オフィスにラブは落ちてねぇ!!

櫻井音衣

文字の大きさ
2 / 45
大嫌いな男

しおりを挟む
「あー、もう定時過ぎちゃったんですね……」
「何か急ぎの仕事でもありました?」
「申し訳ないんですけど……1件だけお願いできますか?」
「いいですよ」
 (帰るとこだったけど……高瀬FPの頼みなら、まぁ仕方ないか……)

愛美は再び内勤の席に着いて、高瀬FPから書類を受け取った。

「すみません菅谷さん、もう帰られるとこだったんですよね」
「ええまぁ……。でもこれならすぐ済みますので大丈夫です」
「ありがとうございます」

ファイナンシャルプランナーの高瀬 諒タカセ リョウ は24歳。
性格は真面目で穏やか、見た目はそこそこイケメン。
いかにも肉食系な緒川支部長とは正反対で、高瀬FPは草食系眼鏡男子と言ったところだろうか。
愛美はいつも、高瀬FPの眼鏡の奥の優しい瞳に癒やされている。
付き合いたいとか言うほど好きなわけでもないが、なんとなく好みのタイプに近いので、見ているだけで心が和む。

「はい、終わりました」
「ありがとうございます、助かりました。菅谷さん、ホントに仕事が早いですね」
「いえいえ」
 (あー、かわいい……)

高瀬FPの優しい笑顔に、愛美もつられて笑みがこぼれる。

「それでは私はこれで」
「あ、はい、お疲れ様でした」

今度こそ帰ろうと愛美が席を立った時、緒川支部長が大きな声で愛美を呼び止めた。

「菅谷、ちょっと待って」

愛美は感情をあからさまに顔に出さないように気を付けながら、大嫌いなその声に振り返る。

「はい、なんでしょう?」
 (だから帰るっつってんだろうがぁ!!)

感情を抑えてはいるものの、自然と声のトーンが低くなっている自覚はある。
本当は緒川支部長とは一言だって口をききたくないけれど、業務上の指示を無視するわけにはいかない。

「このデータ、新仕様のファイルに入力し直して、明日の朝9時半までに本社に送って」

資料を手に支部長席から動く様子のない緒川支部長にイラつきながら、愛美は仕方なく支部長席に近付いた。
パソコンの画面から顔を上げる事なく資料を手渡す緒川支部長の頭にコーヒーをぶっかけてやりたい衝動を堪えながら資料を受け取る。
枚数こそ多いものの、入力が必要な箇所はそれほど多くはなさそうだから、明日の朝にやればじゅうぶん間に合うだろう。

「明日の朝9時半まででいいんですね?」
「そう」
「わかりました。明日の朝、早めに出社して入力します」
「よろしく」
「失礼します」
「はい、お疲れ」

愛美が無愛想に挨拶をすると、緒川支部長も顔を上げる事なく無愛想に返事をした。

 (はい、お疲れってなんだ?!『様』はどこに行った、『様』は?!)

受け取った資料を内勤席の引き出しにしまい、愛美はイライラしながらやっと支部を出た。


「菅谷さん」

エレベーターに向かう途中で後ろから声を掛けられ、足を止めて振り返ると高瀬FPが足早に近付いてきた。
まだ何か頼みたい仕事でもあるのかと、愛美は少し首をかしげる。

「これ、お客さんからたくさんいただいたんで、お裾分けです。良かったらどうぞ」

そう言って高瀬FPは、手のひらいっぱいのお菓子を愛美に差し出した。
愛らしい容姿に、色鮮やかな包みのお菓子が似合い過ぎる。

「ありがとうございます」

愛美が指先でひとつ摘まみ上げると、高瀬FPはニコニコ笑う。

「違いますよ、両手出して下さい」
「え?」

言われた通りにすると、高瀬FPは愛美の手に、こぼれ落ちそうなほどのお菓子を乗せた。

「これ全部……ですか?」
「あ、でもこれじゃ両手が塞がっちゃいますね。すみません、袋か何かに入れてくれば良かった」
「大丈夫ですよ。あ、でももう一度持っててもらえますか?バッグから袋出しますので」
「はい」

バッグの中から紙袋を取り出して開き、高瀬FPの手からお菓子を入れてもらった。

「ありがとうございます」
「いえ。すみません、また引き留めちゃって」
「お菓子、帰ってゆっくりいただきますね」
 (ホントは甘いものなんか全然好きじゃないんだけど、かわいいから許す!)


愛美は更衣室で制服から通勤着に着替え、化粧を直して腕時計を見た。

 (あー、いつもより少し遅くなっちゃったな……)

少し時間がずれた事で、更衣室には誰もいなかった。
とは言え、例え誰かがいたとしても、ほんの少し会話をして『お疲れ様でした』と挨拶を交わす程度で、これと言って特別な付き合いもない。
学生時代は女友達と食事に行ったり、時には合コンなどにも参加したが、最近は一人でいる方が気が楽だと思うようになった。

思えば合コンなんて、ろくな出会いがなかった。
性欲の塊みたいな肉食系の男とか、彼女がいても他の女の子との新たな出会いを求める軽い男とか。
合コンで知り合った男と成り行きで付き合った事もあったが、二人っきりになるとしっくり行かず、たいして好きにもなれなくて、どの相手とも長続きはしなかった。
異性と出会うために作られた出会いの場で知り合った相手なんて所詮そんなものだと思うようになってからは、自然と足が遠のいた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ヒロインになれませんが。

橘しづき
恋愛
 安西朱里、二十七歳。    顔もスタイルもいいのに、なぜか本命には選ばれず変な男ばかり寄ってきてしまう。初対面の女性には嫌われることも多く、いつも気がつけば当て馬女役。損な役回りだと友人からも言われる始末。  そんな朱里は、異動で営業部に所属することに。そこで、タイプの違うイケメン二人を発見。さらには、真面目で控えめ、そして可愛らしいヒロイン像にぴったりの女の子も。    イケメンのうち一人の片思いを察した朱里は、その二人の恋を応援しようと必死に走り回るが……。    全然上手くいかなくて、何かがおかしい??

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

溺愛のフリから2年後は。

橘しづき
恋愛
 岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。    そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。    でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

おじさんは予防線にはなりません

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「俺はただの……ただのおじさんだ」 それは、私を完全に拒絶する言葉でした――。 4月から私が派遣された職場はとてもキラキラしたところだったけれど。 女性ばかりでギスギスしていて、上司は影が薄くて頼りにならない。 「おじさんでよかったら、いつでも相談に乗るから」 そう声をかけてくれたおじさんは唯一、頼れそうでした。 でもまさか、この人を好きになるなんて思ってもなかった。 さらにおじさんは、私の気持ちを知って遠ざける。 だから私は、私に好意を持ってくれている宗正さんと偽装恋愛することにした。 ……おじさんに、前と同じように笑いかけてほしくて。 羽坂詩乃 24歳、派遣社員 地味で堅実 真面目 一生懸命で応援してあげたくなる感じ × 池松和佳 38歳、アパレル総合商社レディースファッション部係長 気配り上手でLF部の良心 怒ると怖い 黒ラブ系眼鏡男子 ただし、既婚 × 宗正大河 28歳、アパレル総合商社LF部主任 可愛いのは実は計算? でももしかして根は真面目? ミニチュアダックス系男子 選ぶのはもちろん大河? それとも禁断の恋に手を出すの……? ****** 表紙 巴世里様 Twitter@parsley0129 ****** 毎日20:10更新

処理中です...