閉じたまぶたの裏側で

櫻井音衣

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温かい手とまっすぐな想い

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「なんで?!男子と女子では水泳の時間は別々だったでしょ?それにプールには壁も屋根もあったじゃない!」
「ああ……あったな、安物のトタンでできたボロい屋根。あの屋根、壊れて穴が空いてる場所があってさ。体育館のギャラリーに、その穴からプールがよく見えるポイントがあるんだよ。よく体育の授業抜け出して見てた。おかげで単位落としそうになって、補習だって言われてグランド20周走らされたな」

そこまでして女子の水着姿を見たいものなのか?
思春期の男子の性欲は計り知れない。

「そこまでして覗きなんて、やっぱ変態?……っていうか、間違いなくバカでしょ?」
「なんとでも言え。好きな女の水着姿だからな、見たいものは見たいんだ。今はもっと間近で見たいぞ。本音言うと、水着は要らないけどな」
「バカッ!!最低!!」

このエロ魔神が……!!
頭ん中どんだけサルなのよ!!
今まで何も知らずに、こんな性欲の塊みたいな男と二人きりでお酒を飲んでいたなんて恐ろしい。
そしてまさに今、車という密室に二人きりでいることに身の危険を感じる。
應汰がもし何か変なことをしてきたら、迷わず噛みついて逃げてやろう。

「冗談はさておき、車降りてその辺少し歩いてみるか?」
「あ……うん、そうだね」

冗談だったのか……。
いや、應汰のことだから、おそらく8割くらいは本音だろうけど、ここは冗談ということにしておこう。
車を降りて、潮風を胸いっぱいに吸い込んだ。
人影もまばらな季節外れの海は、日射しを波に乱反射させて、キラキラと光を放つ。
海を見て波の音を聞いていると心が落ち着く。
夕べのことも、何度もひとりで泣いたことも、今だけは忘れられそうな気がする。

私が海を眺めていると、應汰が私の隣に立って手を握った。
その一瞬で我に返り、現実に引き戻された体が強ばる。
おそるおそる見上げると、應汰は少し困った顔をして小さく笑った。

「取って食ったりしないから、そんなビビんなよ。今日はデートだろ。手ぐらい繋がせろ」
「……うん」

應汰は私の手を引いてゆっくりと歩き出した。
あんな顔もするんだな。
口は悪いけど、優しい事は知ってる。
ふざけていやらしい事ばかり言うけど、本当に私を想ってくれている事が、ちゃんと伝わって来る。
應汰の手は大きくて温かい。

「芙佳……好きだぞ」

海の方を向いたままで、應汰が呟いた。
その言葉は波の音とともに、私の耳に優しく流れ込む。

「……うん、ありがとう」

應汰の『好きだ』はひたすらまっすぐで、私を裏切り妻をあざむく勲の『愛してる』とは違う。
私だけを想って大切にしてくれる人を本気で好きになれたら、それがきっと一番幸せだ。
私の中の勲との想い出を色褪せさせるくらい、應汰が私の心を上書きして埋め尽くしてくれたらいいのに。
だけど勲との事を忘れ去るにも、應汰の気持ちを受け入れるにも、まだまだ時間が必要だと思う。
私自身が現実を現実として受け止める事を、まだ躊躇している。
自分から繋がりを断ち切ろうとしたくせに、私は勲を完全に失ってしまう事を恐れている。
今はまだ、なんの答えも出せない。
どっちを選ぶのが私にとって幸せかなんて、一目瞭然なのに。


ゆっくりと歩きながら、應汰は私の手を一度ギュッと握り、優しく指を絡めた。

「高校生の頃さ……芙佳とこうして学校から帰るのが夢だった。一度もできなかったけどな」
「うん……」
「今だって、ちょっとドキドキしてる」

昨日何度もキスして、未遂とはいえ私を食っちゃおうとしたくせに、手を繋いで歩くくらいでドキドキしてるなんて信じられない。

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