【完結】幼なじみが気になって仕方がないけど、この想いは墓まで持っていきます。

大竹あやめ

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十二年ぶりに訪れた博美の実家は、相変わらず威圧感だけは立派な洋館だが、驚くほどあっさりと通された。

もうちょっと抵抗されると思っていたので、博美は逆に怖くなる。中に案内した中年の女性は知らない人で、博美がいたころのお手伝いさんはもうおらず、恒昭が来た時に入れ替えたのだと聞いた。

客間で待つように言われて、博美は部屋を見渡す。洋風のアンティークが並ぶこの部屋は、こちらも記憶にはない景色だった。

すると、部屋の外から男性の声が聞こえた。その声に、びくりと体を震わす。

「勝手に出て行って勝手に戻って。ワシらをなんだと思ってるんだ!」

どうやら恒昭のことを言っているらしい。その人物はそのまま喚きながら客間のドアを開く。

「恒昭! 貴様、許さんぞ!」

開口一番そう言った父親は、博美の記憶通りだった。博美の来訪は知っているはずだから、無視をするつもりらしい。

部屋に入るなり恒昭につかつかと近づき、手を挙げる。

しかし、この中で誰よりも体格が良い幸太に止められた。腕を掴まれた父親は、ぎろりと幸太を睨む。

「何だ貴様は。家に呼んだ覚えはないぞ、さっさと帰れ」

記憶と少し違うのは、少し衰えた体と、白髪交じりになった髪の毛だ。そして、幼い頃にはあんなに大きく感じた父親が、今は小さく見えた。

「お父さん……」

博美は声を掛けると、父親――ひろしは、博美も睨む。

しかし、敵意をむき出しにされているのに、何故か全然恐怖を感じなかった。

「お前、帰ってくるなと言ったはずだ。それに、お前の父親ではない」

「……うん、そうだね」

何でこんな小さな人間に、あんなに怯えていたのだろう。不思議と心に落ちた感情は憐みだった。

何年か会わないうちに博美の心が成長したのか、それとも博が人間的に落ちたのか。

博美は静かに博の言葉を受け止めると、言葉を続ける。

「でも、血は繋がっているから一応報告。俺、この人と生きてく」

そう言って幸太の腕に触れると、彼は博の腕を掴んだ手を放した。衝撃が大きかったのか、博の抵抗はなくなる。

「俺、男の人しか愛せないけど、今はもう、幸太しか愛せないんだ。だから、ここへは本当にもう来ない。今までありがとう」

卑屈なことは言わないと、幸太とここへ来る途中で約束した。

これは最後の一言まで博美の本音だ。ろくな思い出はないけれど、今生きていられるのは両親のおかげだということは、忘れてはいけない。

すると、博は呆然としたまま、膝を付いた。その姿を見て幸太が、やはり何かを見通していたのか、呆れたため息をつく。

「これが、あなたのやった結果だ。あなたは博美を追い詰め過ぎた」

「そ、そんな……」

その一言で、博美は博の真の心境を垣間見ることができた。想像とは違う結末に、博美もどうしていいか分からない。

(厳しくすれば、もうだめだとすがってくると思ったのかな)

あくまで推測にしか過ぎないけれど、一種の愛情の裏返しではないかと感じた瞬間、幸太の一言がよみがえる。

(もう十分傷ついてきたんだから、そろそろ思い通りに生きても良いんじゃないか)

素直に親の言うことだけを聞くことを期待され、がんじがらめにされた幼少時代。

親なしでは生きられないだろうと放り出してみれば、博美の場合は計算違いだったのだ。予想以上に強かった博美は、親の庇護を求めず、険しい道を行くことに決めた。

「博美さんは俺が絶対に幸せにする。だから……子供を二度も捨てるなよ」

幸太はそう言うと、博美の腕を引っ張って部屋を出ていく。すれ違いざまに恒昭と目配せし、後を頼む、と去った。

廊下を進みながら、博美は振り返る気分にはならなかった。あまりにもあっけなく終わってしまった面会。諸手を上げて喜ぶ心境でもないけれど、これで終わりだと言うよりは、これからが本番なんだ、と何故か感じた。

それは幸太も同じだったらしい、掴んでいた腕を一度放すと、手を握ってきた。

「このまま博美さんのうちへ行く。良いよな?」

「うん……」

博美は手を握り返した。しっかりとした感触がたくましく思えて、ドキドキしたのは内緒だ。

(何だろう……武者震いみたいな、感じかな)

思えば性的な接触も二ヶ月はしていないのだ、緊張した興奮と、それの興奮とごっちゃになってしまっているのかもしれない。

博美の無駄に大きな実家を出ても、二人はずっと手を握ったまま歩いた。

誰かに見られたらとか、見られて指を指されたら、とかどうでも良かったのだ。

「博美さん、俺が正社員になったら同棲して」

幸太もいつもと違う雰囲気だ。まっすぐ前を向いて、否定の言葉を許さないような口調で言い切る。

「うん」

博美は素直にうなずいた。

「で、俺の収入が安定したら、籍入れて。頑張って稼ぐから」

「うん」

「じゃ、帰ったらしよ」

「……うん」

幸太の隠さない言葉に、博美は恥ずかしくなって俯いた。手のひらの体温が上がったのを感じ、幸太がこれに気付きませんように、と願う。
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