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第97話
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時折、相槌や質疑を挟みながらも、耳を傾けていた御仁は話の区切りで一息吐き、小難しい内容で硬くなっていた表情を和らげる。
「確かに幾らかの交換益を乗せた方が新紙幣の一本化は進むものの、既に貴領が発行した総量を考えると、僅かな利率でも財政の負担は大きいな」
「えぇ、逆に国家資本の信用力を謳い、手数料を取ることも可能ですが……」
「現紙幣を溜め込んでいる市井の者達に恨まれ、顰蹙を買うのも得策ではないか」
別に急ぐ必要は無いため、等価交換の下で自然と移ろうのに任せれば良いと締め括り、途中で公爵家のメイドが運んできた香草茶に口を付けた。
仄かに甘い液体で喉を癒す傍ら、具体的なグラシア紙幣の導入時期や、张・哉藍氏に依頼する意匠の相談も済ませて、今の段階で伝えておくべき内容を言い終える。
「ご苦労、凡その進捗は理解できた。そちらも何か聞きたいことがあるなら、この機会に答えよう。頻繁に時間を取れる訳でもないからな」
「お言葉に甘えて遠慮なく… ご自身も継承権のある宰相殿は第一王子と第二王子、どちら寄りの立場ですか?」
念のために寄り親の動向を確認すると、困り顔になった御仁は大仰に肩を竦め、七面倒なことに関わる気は微塵もないと宣う。
「前回の時、神輿にされて散々な目に遭ったし、もう従弟とは話を付けている」
「分かりました、こちらも能動的な関与は控えます」
現王と宰相、どのような遣り取りがあったのか、若干の興味をそそられる一方で、軽々に首を突っ込むのは賢い選択と思えない。
ほどよく親等の離れた娘がいるため、勝ち残った方に嫁がせて権勢を保つのだろうか、などと邪推しつつも深掘りせずに引き下がり、流石に立ち疲れたであろうフィアと一緒に接見の場を辞した。
――― 若い客人らの姿が扉の向こうに消えて暫く、書斎の主は椅子の背凭れに身体を預け、十数秒ほど噤んでいた口を開く。
「さて、どう見る?」
「マナの保有量が破格、明らかに規格外の部類だし、多分めっちゃ強いわよ」
藪から棒に問われた専属の女魔術師は羨ましそうに溜息を吐き、元金等級の冒険者たる自身でも遠く及ばないと嘯いた。
彼女の知る限り、あれほどの資質と脅威を感じたのは一人だけ。
自身の限界を悟り、最前線から身を引く契機になった巨樹の如き “黒い仔山羊”、その第三次討伐隊に紛れ込んでいた爆炎と空間魔法の遣い手、窮状に追い込まれても呵々大笑しながら刃を振るう長身痩躯の傭兵くらいだ。
「私にも天賦の才があれば、公爵家にいなかったんだけどね」
「ふむ、無下に扱うつもりは無いが、余計な恨みを買わない方が良さそうだな」
「ん… 彼が継ぐウェルゼリア領は海上貿易の要所、現領主も男爵風情と侮れないほどの手腕があるみたいだし、上手に付き合っていくしかないでしょう」
各地を渡り歩いて得た荒事稼業の見地に基づき、幾ばくかの助言など与えた女魔術師はひらひらと手を振り、これでお役御免とばかりに退出していく。
独り書斎に残された宰相ダヴィトは顔を片手で軽く押さえ、優秀過ぎる手駒の存在も厄介なものだと、気の抜けた声で独り言ちた ―――
「確かに幾らかの交換益を乗せた方が新紙幣の一本化は進むものの、既に貴領が発行した総量を考えると、僅かな利率でも財政の負担は大きいな」
「えぇ、逆に国家資本の信用力を謳い、手数料を取ることも可能ですが……」
「現紙幣を溜め込んでいる市井の者達に恨まれ、顰蹙を買うのも得策ではないか」
別に急ぐ必要は無いため、等価交換の下で自然と移ろうのに任せれば良いと締め括り、途中で公爵家のメイドが運んできた香草茶に口を付けた。
仄かに甘い液体で喉を癒す傍ら、具体的なグラシア紙幣の導入時期や、张・哉藍氏に依頼する意匠の相談も済ませて、今の段階で伝えておくべき内容を言い終える。
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念のために寄り親の動向を確認すると、困り顔になった御仁は大仰に肩を竦め、七面倒なことに関わる気は微塵もないと宣う。
「前回の時、神輿にされて散々な目に遭ったし、もう従弟とは話を付けている」
「分かりました、こちらも能動的な関与は控えます」
現王と宰相、どのような遣り取りがあったのか、若干の興味をそそられる一方で、軽々に首を突っ込むのは賢い選択と思えない。
ほどよく親等の離れた娘がいるため、勝ち残った方に嫁がせて権勢を保つのだろうか、などと邪推しつつも深掘りせずに引き下がり、流石に立ち疲れたであろうフィアと一緒に接見の場を辞した。
――― 若い客人らの姿が扉の向こうに消えて暫く、書斎の主は椅子の背凭れに身体を預け、十数秒ほど噤んでいた口を開く。
「さて、どう見る?」
「マナの保有量が破格、明らかに規格外の部類だし、多分めっちゃ強いわよ」
藪から棒に問われた専属の女魔術師は羨ましそうに溜息を吐き、元金等級の冒険者たる自身でも遠く及ばないと嘯いた。
彼女の知る限り、あれほどの資質と脅威を感じたのは一人だけ。
自身の限界を悟り、最前線から身を引く契機になった巨樹の如き “黒い仔山羊”、その第三次討伐隊に紛れ込んでいた爆炎と空間魔法の遣い手、窮状に追い込まれても呵々大笑しながら刃を振るう長身痩躯の傭兵くらいだ。
「私にも天賦の才があれば、公爵家にいなかったんだけどね」
「ふむ、無下に扱うつもりは無いが、余計な恨みを買わない方が良さそうだな」
「ん… 彼が継ぐウェルゼリア領は海上貿易の要所、現領主も男爵風情と侮れないほどの手腕があるみたいだし、上手に付き合っていくしかないでしょう」
各地を渡り歩いて得た荒事稼業の見地に基づき、幾ばくかの助言など与えた女魔術師はひらひらと手を振り、これでお役御免とばかりに退出していく。
独り書斎に残された宰相ダヴィトは顔を片手で軽く押さえ、優秀過ぎる手駒の存在も厄介なものだと、気の抜けた声で独り言ちた ―――
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