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第一部
80.さすが主要人物、やることが違うね
しおりを挟む「他者の意見に流されないでください。アルトゥール様を決めるのは、アルトゥール様自身です」
「……ユリアーナ様は、強いですね」
「最初から強かったわけではありません」
私が強くなれたのは―――
「ある本に、こう書かれていたんです」
それは謝罪のような、心の底から願う応援に聞こえた。
「『―――あなたが悲しい時、私はそばにいられないかもしれない。あなたの苦しみの一部しか、私は理解できていないだろう。だけど、私はいつだってあなたが幸せになれることを祈り、優しさを添えたいと思っている』」
絶対、なんて約束はできないけれど、それでも信じてほしい。
そんな思いがあるように私は感じた。
「……この言葉を知ったから、私は今、強く在ることができているんです」
今の私が生きているのは、名前も知らない誰かに「生きてほしい」と言われたように思ったからだ。
アルトゥール様にも伝わってほしい。
「アルトゥール様はひとりじゃないですよ」
「っ……」
私はアルトゥール様の手を取る。
「死のうだなんて、思っちゃダメですからね。少なくとも、私はアルトゥール様には幸せに生きてもらわないと困ります」
「……どうしてですか?」
「それは秘密です」
―――さすがに「主要人物が死ぬと未来が変わって読書できなくなるかもしれないから」とは言えない⋯⋯。
すると、アルトゥール様が笑った。
笑って、笑って、「ありがとうございます、ユリアーナ様」と言った。
もう大丈夫そうだ。
少なくとも自殺はしないだろう。
安心安心。
すると―――
「ユリアーナ様。これを、受け取ってくれませんか?」
「! いいんですか?」
アルトゥール様が見せたのは、ここの庭で育てられた綺麗な白薔薇だった。
心が落ち着くいい匂いだ。
「ありがとうございます、アルトゥール様」
「たくさん咲いているので一本くらい平気ですよ。それに……」
アルトゥール様が私の髪に触れ、唇を落とした。
「ユリアーナ様だからさしあげたのです」
―――うん。さすが主要人物、やることが違うね。そして絵になるね。私じゃなきゃ卒倒してたね。
一瞬アルトゥール様の周りにキラキラピカピカのマークが浮かんだ気がした。
かっこいい王道シーンによくあるアレである。
「シュヴァリエ領は家紋にもなっているように、この白薔薇も含め、薔薇が盛んに育てられています。育てている薔薇は香水や入浴剤などにも使用してまして、シュヴァリエ領の名産品になっています。王宮にある薔薇園にも負けない品質なんですよ」
王宮の薔薇園……たしか初めて王宮図書館に行った時の待ち合わせ場所だ。
「もしよければ、ユリアーナ様にも使って欲しいです」
「! ぜひ!」
贈り物としても人気らしい。
とても楽しみだ。
すると―――
「アルトゥール」
「! 父上……!」
アルトゥール様のお父さんが呼んだ。
もう時間らしい。
「ユリアーナ。そろそろ帰らないとフェーリとエリアーナが心配する。家に帰るぞ」
「はい」
お父様のもとに行き、馬車に乗る。
「ユリアーナ様」
「アルトゥール様」
「また、お会いしましょう」
「はい。また」
シュヴァリエ邸から離れると、お父様が訊いた。
「ユリアーナ」
「はい」
「アルトゥール様はどうだった」
「盲目と聞いていましたが、それを感じさせない人でした。誠実で温厚な印象を受けたのと……とても強い人なのだと知りました」
「強い、とは何においてだ」
「剣や魔法の武力において、です。かなり鍛えられていました。剣ダコができていたのと、魔力量が多いことが理由です」
普通、盲目の人は杖を使うが、果たして魔力反応だけで動けるものだろうか。
視覚以外の五感が秀でているのだろう。
白薔薇を渡された時に剣ダコが見えた。
あれは相当練習している証拠だ。
「ユリアーナはどうしたい。アルトゥール様と婚約するもしないも、ユリアーナが決めていい」
「……!」
選択権があるとは思ってもいなかった。
―――でも、なんとなくだけど、アルトゥール様以外とは婚約できない気がするんだよね。
私と婚約したいと言う人は爵位狙いの人か、変人くらいだろう。
アルトゥール様ならその心配はないだろうし、私もアルトゥール様が心配している盲目であることはどうでもいいと思っている。
なんの問題もない。
―――うん。決めた。
「アルトゥール様と婚約します。お父様」
今のアルトゥール様じゃ、早死にしてしまいそうで少し心配だ。
主要人物に死んでもらっちゃ困る。
「そうか。そう伝えておく」
嫁入りは18歳になったらだ、とお父様は言った。
18歳になったらユリアーナ・シュヴァリエになるのだと思うと、ちょっと変な感じがする。
そして数日後に手紙が届き、私とアルトゥール様の婚約は正式なものとなった。
――――――――――――
補足/
白薔薇の花言葉について載せておきます。
「心からの尊敬」
「約束を守る」
「私はあなたにふさわしい」
「あなたの色に染まる」 など……。
アルトゥールが贈った時に思ったのはどの言葉だったのかはご想像にお任せします。
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