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第一部
85.やってたんかい!!
しおりを挟む牧野花蓮。
私の、前世の妹の名前。
「……どうしたの? 急に」
「大事なことです。教えてください」
ユリがいつになく真剣に聞く。
これは真面目に答えなければならないやつらしい。
―――あ、やばい。
湯船にいるはずなのに、寒気がした。
体が拒絶反応を起こしているのがわかった。
『どうしてお姉ちゃんは生きてるの?』
『お姉ちゃんはいつも本を読んでばかり! たまにはお外に出て遊んだらいいのに! ひなたぼっこしたりおにごっこしたりする方が楽しいよ!』
『お姉ちゃん、本なんか読んでてつまらなくないの?』
―――やだ、やだ、そんなこと、言わないで。
『ひとりぼっちだなんて、惨めだね』
『お母さんもお父さんも、もうお姉ちゃんのこと好きじゃないんだって。可哀想なお姉ちゃん』
―――そんなの、私が一番わかってる。
『なんで死なないの? 私だったら孤独に耐えられなくて死んじゃうのに』
『早く死んでよ。家族に迷惑しかかけないお姉ちゃん』
―――だけど、生きたいと願ってたの。
『お姉ちゃん』
『聞いてるの? お姉ちゃん』
『返事してよ、無知で無力なお姉ちゃん』
―――いらない子だって、知ってたよ。
『いい加減自分の立場を考えてよね』
―――なんで生まれたんだろうって、ずっと思ってた。
『お姉ちゃんがいなくなれば、この家族は普通の幸せな家族になれるの。ねぇ、私の言いたいことわかるよね?』
―――うん。わかるよ。私なんか、生まれなきゃよかったんだよね。
―――それでも、生きたかった。
過去のことは今でも鮮明に覚えている。
寂しくて、悲しくて、苦しくて、いつも一人で泣いていた。
それがある時から、一粒も涙が出なくなった。
ひとりぼっちが『普通』になって、諦めることを覚えたからだ。
「……ユリ」
「はい」
「私にとって花蓮は危険人物よ。それは、多分、今もこれからも変わらないことだと思う」
「……はい」
嫌な思い出は、ずっと残り続ける。
「花蓮を中心に、最後まで苦しかったことは変わらない。私はそれを覚えているし、忘れるつもりもない。……忘れられない、が、正しい表現だけど」
「……はい」
しかし時間が経ってわかったこともある。
転生した当時じゃ、わからなかったこと。
「でもね、悪いことだけじゃなかったよ。花蓮がまだ言葉を喋れなかった時、私は花蓮のことが大好きだった。それは、覚えてるの」
おそらく、私は、花蓮を愛していた。
『ねーね』
心から、愛していた。
『おねえちゃん』
本当に、愛していた。
『お姉ちゃん』
可愛くて無邪気な花蓮が、大好きだった。
だから―――
『早く死んでよ』
だから、そう言われた時、何も言えなかった。
悲しい現実を、知ってしまったから。
―――嗚呼、愛していたのは私だけだったんだ。と。
「けれど、あの日傷ついたから、ユリアーナになってわかることもあるんだよ」
エリアーナの苦しみ。
ルアの激情。
アルトゥール様の哀しみ……。
それらに共感できたのは、支えようと思ったのは、花蓮という存在がいたからだ。
「だから、悪いことだけじゃ、なかったと思うの。……今だから、思えるんだけどね」
過去と向き合うのはつらい。
だけど、いつまでも逃げるわけにはいかないのだ。
いつかは絶対に、向き合わなければいけない時が来るはずだから。
―――きっと大丈夫。
その時が来ても、私は私を愛することができるはずだから。
ユリはそれを聞くと、私に尋ねた。
「……ごしゅじんさまは、恨んでいないのですか?」
ユリは珍しく、怒っているようだった。
「ごしゅじんさまを傷つけ、壊した、花蓮を恨んではいないのですか?」
「恨む、か。……恨んでない、って言ったら嘘になるけど、どちらかと言えば『知りたい』かな」
「しりたい」
「うん。知りたい」
言葉にすると、ふっと、どこか安心したような心地になった。
「私は花蓮が変わってしまった理由を『知らなかった』から、どうしてかわからなくて苦しんでいたんだと思うの。どうして、がわかれば、納得できることもあると思うんだ。だから、『知りたい』って思ってる」
「……」
それでもユリは、不服そうだ。
ではそろそろ答え合わせの時間としようじゃないか。
「さて、私は私なりの答えを教えたことだし、ユリもどうしてそんなことを聞いたのか教えてくれない?」
「…………に、」
ユリは小さな息を吐いてつぶやいた。
「……エヴァ様に頼まれたのです。ごしゅじんさまが本音で話せるような相手になりなさい、と」
―――……何か企んでるのか?
師匠だからか、それとも実力があるからか……あるいはその両方だからか。
何にしろ、エヴァが理由で花蓮について訊いたことはわかった。
「……私、結構本音でストレートに話してると思うけど?」
ユリは首を横に振った。
「それは一部のことだけです。ごしゅじんさまは強がったり、演技したりする時があります。……私はごしゅじんさまの一番の味方なのに」
―――え、なにそれ、かわいい。ユリがめっちゃかわいい。
これはもしや、拗ねてるというやつか?
拗ねているのか?
このユリが?
キュンとこない理由がないんだが。
「……強がるってのは思い当たることがあるけど、演技してるってどういう時?」
「パーティなどに行った際に陰で悪口を言われてる時です。ごしゅじんさまは『言わせておけばいい』『全然気にしてない』と仰いますが、心の内では落ち込んでるじゃないですか」
「まあ、そりゃ多少は響くよ。特にエリィと比較される時はね。でも、エリィがムッとして悲しそうな、怒ってるような顔をするから、私も同じような気持ちになるだけだよ」
「それを隠して何事もなかったかのような演技をしてるじゃないですか。だからずっと言われ続けてるんですよ」
「いやぁ、でも、もう慣れたし」
「そういう問題じゃありません……!」
ユリの言葉に熱が入り始めたので、落ち着きを取り戻すよう、なだめた。
たしかに、演技してるのは事実だが、そこまで重大なことじゃないと思っている。
体も温まったし、そろそろお風呂から上がるとしよう。
「どうせ、私の悪口言ったやつは、裏でバレないように嫌がらせしてるんでしょ?」
「えっ、なんで知ってるんですか?」
「……」
―――やってたんかい!!
軽い冗談のつもりでカマをかけてみたのだが、まさか本当にしてたとは……。
有言実行タイプの真面目なユリのことだ。
詳細は怖いので聞きたくないが、とりあえず適当にはぐらかして、「ほどほどにね」と言ってこの話は終わりにした。
「ルアを廊下で待たせてるし、そろそろあがろっか」
「はい。……あの、ごしゅじんさま」
「ん?」
「私は……ごしゅじんさまのお役に立てていますでしょうか」
え、有能すぎてこれ以上主人を超えられちゃうとちょっと困るな~って思ってるぐらいすごく役に立ってますが?
「もちろん。ユリは頼りがいのある私の最高のメイドさんだよ」
「……っ!」
いつも助けてもらってばかりで申し訳ないほどである。
こっそり抜け出すのを手伝ってくれたり、些細なことにも気がついて支えてくれたり、ユリがいなきゃできないことは多い。
「ダメな主人かもしれないけれど、これからもよろしくね。ユリ」
「~~はい! 私の方こそ、どうか最期までおそばにいさせてください」
やっぱりユリは最高のメイドさんである。
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