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第一部
99.きっとまた会うために。
しおりを挟む―――帰ってきたんだ。
自室に戻ると、それをより一層実感する。
不在の期間はサーシャが掃除を担っていたと聞いた。
あとでお礼を言っておこう。
―――さてと。
机の中を開け、厳重に封印してある箱を取り出す。
―――【解除】
私特製の封印は、術者である私でも封印を解くのに10分程度時間を要する。
それぐらい大事なものだ。
―――2ヶ月ぶりの帰宅だし、所在の安否を確認しないとね。
封印を解除し、取り出したのは―――
―――……よかったぁ、ちゃんとあった……。
ルアの〈黒竜の末裔〉の力を解放する能力解放の鍵であり、また、記憶を閉じ込めるために使われたルビーのペンダントだった。
「綺麗……」
光に反射し、キラキラと光るそれは、美しさと同じくらい危険も孕んでいる。
炎のような紅蓮のそれは、ひんやりとしていて冷たく、落とせば簡単に壊れてしまいそうなぐらいもろい。
―――どうしよう、これ。
ルビーのペンダントを見つめながら、私はボソッとつぶやいた。
『これを使えば愚弟の力は解放されます。今まで押さえていた力が増幅している可能性もあるので、暴走する可能性もあります。また、封じた記憶も思い出すことになりますので、どうか使いどころは気をつけてください』
『……どうしてこれを私に?』
『今の愚弟の主人《あるじ》はユリアーナ様ですから』
ふと、ルビーのペンダントをもらった時のエヴァとの会話を思い出した。
―――私はどうするべきだったのかな。
たしかにエヴァの言う通り、ルアと出会ってすぐに使うのはよくなかっただろう。
ルアのエヴァへの憎悪は並々ならぬものではなかった。
だけど、だんだんとルアは冷静さを取り戻していたはずだ。
少なくとも、出会った時よりもルアは強くなり、心身共に成長した。
そのことは私が一番よく知っている。
―――……やめよ。
今さら考えたって、過去は……変わらないのだから。
「あれ。これ……」
視線を落とすと、ルビーのペンダントが入っていた場所と同じ場所に青のブローチがあることに気づいた。
マナちゃんとの事件が起きる前にルアに買ってもらったものだ。
―――ユリが入れておいてくれたのかな……?
楕円形をしたブルーサファイアに似たこれは、私の宝物だ。
『世界で一番綺麗な色』と言った、大切なもの。
きっと一生忘れない、ルアからもらった最初で最後の―――
―――……最後?
今、私、なんて……
「ごしゅじんさま、外で誰かが……って、ごしゅじんさま?」
私は我慢できず、ユリに抱き着いた。
「どうしたのですか、ごしゅじんさま……?」
「ユリ、どうしよう……私、私……っ」
ルアにもう、会えないと思ってる。
「屋敷についた時からそうだったんだけど、ずっと、なんか、変だったの」
「はい」
「それがなんなのか、最初はよくわからなかったの。でも、今はわかる」
自室に戻った時、安堵と同時に違和感を感じた。
―――なんか、部屋が広くなってる……?
2ヶ月で改修工事をしたとしても、する理由がわからない。
それに、広くしたのなら誰かしらが報告してくれるはずだ。
それに―――
『おい馬鹿主人』
『ったく、なにやってんだよ』
『ちゃんと寝ろよ?』
瞳を開けるたび、ルアとの記憶が思い出されるのだ。
「ルア……」
部屋が広く感じるのは、いつもそばにいたはずのルアがいないから。
部屋が静かなのは、いつも言い合っていたはずのルアがいないから。
―――ルア。
こんなにもひとりは寂しいものだったっけ。
―――ルア。
こんなにも胸が苦しくなるものだったっけ。
―――ルア。
ルアはいつのまにか私の日常の一部になっていたのだ。
「ルア……ルア……っ」
名前を呼んでも、ルアがいないことに変わりはない。
『約束通り、あんたのことは俺が守る』
あの日、ルアはそう言ってくれたじゃないか。
別に守ってくれなくても、主人と従者の関係じゃなくても。
ただ、そばにいるだけでもよかったのに。
ただ、それだけが嬉しかったのに。
「……なんで、出ていっちゃったの」
その問いの答えは、知っているけど。
受け入れられるかはまた、別の問題だ。
「どうして、ひとりで決めちゃうの……」
一言ぐらい、相談してくれてもよかったじゃないか。
私が目覚めるのがもっと早かったら、ルアは、相談してくれただろうか。
「……ばか。ルアのばか……っ」
離れられるくらいなら、嫌われる方がよっぽどいい。
「ひとりに、しないでよ……っ」
大粒の涙が零れる。
ユリは何も言わず、泣き止むまでずっと私を抱きしめてくれた。
「落ち着きましたか、ごしゅじんさま?」
「……うん。ありがとう、ユリ」
ゴシゴシと目をこすると、ユリが「赤く腫れてます」と言って【治癒】で治してくれた。
「ルア様がいらっしゃらないのは寂しいですね」
「……うん」
喪失感で精神が安定していないのがわかる。
ルアの喪失による影響は大きい。
「ですが、立ち止まるわけにもいきません。ごしゅじんさまがつらく、苦しい状況にあるのは私も理解していますが、それでも、ごしゅじんさまは前に進まなければなりません。―――ごしゅじんさまは一級魔術師になると決めたのですから」
それは、今の私には届かない称号だ。
誰よりも努力し、強くならなければ一級魔術師にはなれない。
―――そうだ。前に進まなきゃ、何も始まらない。
泣いても何も変わらない。
どんなに怖くても、ひとりでも、一級魔術師になるには自分が頑張るしかない。
いつまでも感傷に浸っているわけにはいかないのだ。
―――ルア。
手をぐっと握り、決意を固める。
―――きっとまた会うために。
大好きな人たちと笑って、好きなだけ本を読んで、人生を謳歌する。
そんな幸せな未来が待っていると信じて。
「まずは一級魔術師」
国内最難関と呼ばれる試験の合格を目指す。
〈第1部 幼少期編・終〉
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