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第二部
130.古代魔術
しおりを挟む「【すべてのものに安息を―――やすらぎの光】」
無数の光の粒が【死の霧】を包みこんでいく。
【やすらぎの光】はすべてのものを受け入れ、安息を与える浄化の光。
「【集まれ】」
すべての【死の霧】を浄化し終えると、【やすらぎの光】を一点に集める。
そして―――
「【天へ羽ばたけ】」
光が鳥や蝶となって空へと飛び去る。
集まった光の中から魔導書が現れ、手に取る。
フォルツァ先輩の魔導書だ。
【やすらぎの光】で【死の霧】を浄化したときに取ったのだ。
これでフォルツァ先輩は古代魔術を使えない。
「⋯⋯降参する。私の負けだ」
フォルツァ先輩は降伏を宣言する。
残りはカルムだが―――ちょうど終わったみたいだ。
「いい動きだったよ、カルムくん! あたしと素手でやり合える人、なかなかいないよ! どうする? まだやる?」
「⋯⋯降参します」
これで試合は終わりだ。
勝利である。
「ユリユリ~!」
フォルツァ先輩に魔導書を返すと、ノエル先輩が勢いよく抱きついた。
―――お、重い、苦しい⋯⋯。
幼き日のエリィ姉さんとの抱擁を想起させるような⋯⋯いや、あの時以上に負担の大きいハグだ。
「ノエル先輩、あの、いったん離れ⋯⋯」
「勝った~! あたしたち勝った~!!」
⋯⋯この様子じゃ、無理だな。
離してもらえる気がしない。
だけど―――
「ユリユリのおかげ! ありがとう!」
ノエル先輩が喜んでいるのは、とても嬉しい。
私も自然と笑顔になる。
「次の試合が始まるし、撤収しますか」
「そうですね」
休憩室に入ると、腕に着けた魔力制御の装置を外した。
―――あー、しんどかった。
魔力制御の装置は、例えるなら堤防だ。
堤防があると、魔力をいっぱい使おうと思っても使うことができず、とても窮屈な状態が続く。
だから魔力制御の装置を外すと、全身に開放感が広がっていった。
―――やっぱ魔力が抑えられてないって、めっちゃ楽⋯⋯。
魔力制御の装置は、壊そうと思えば壊せるのだが、とても高価なものなので「壊したら弁償な」とグレース先生に言われた。
緊急時以外は壊さないように気をつけなければならない。
「ユリユリ~、あたし、また露店に行ってくる~。魔法戦したらお腹減っちゃった。次の試合までには戻るから~!」
「分かりました」
るんるんで休憩室から出るノエル先輩。
よっぽどお腹空いてたんだろうなぁ。
〈ユリアーナ〉
―――ん? どうかした、ハク?
〈ステラ姉が近くにいる〉
―――え?
感覚を研ぎ澄ますと、たしかにユリが競技場の近くにいた。
エヴァも一緒みたいだ。
ノイア・ノアールの仕事が終わったのだろう。
〈ステラ姉のところ、行ってきてもいい?〉
―――いいよ。ただし、レンと一緒に行くこと。わかった?
〈はぁい〉
〈ハクのことは任せろ〉
―――レン、ありがとう。
ハクとレンは姿を消す。
―――にしても、今年の魔法戦はレベル高いな⋯⋯。狼の獣人に古代魔術の魔導書を使う生徒とか、ヤバすぎでしょ。
狼の獣人は存在自体珍しいことではない。
だが、普通ならば隣国のフリジア王国にある武術学校に行くのに、カルムは他国であるアンリィリル王国の魔法学校に来た。
それが少し不思議なのだ。
―――多分、シャノンが関係していると思うんだけど⋯⋯。
シャノンは今回の異学年交流魔法戦に出ていない。
諸事情で、とグレース先生は言っていたが、あれはどういう意味なのだろう。
人のことを詮索する趣味はないが、気になるものは気になる。
なにせ、あの一匹狼のカルムが唯一優しく接しているのがシャノンなのだ。
―――それに初めて会った時、彼女、杖を持ってたのよね。それも、あんなに長い杖。
長い杖を持てる人は限られている。
それなりに偉い人か、一級魔術師などの資格を持った実力者のみだ。
少なくとも立ち居振る舞いを見る限り、貴族には見えない。
でもあの子、魔力は決して多いと言えるような子じゃないんだよな⋯⋯。
今の特待生の中で一番魔力量が少ないのではないだろうか。
―――どうして彼女は特待生になれたんだ?
勉学の成績が特別優れていたとしても、実力が備わっていなければ特待生にはなれない。
―――フォルツァ先輩は魔導書を使っているとは言え古代魔術を使える、カルムは狼の獣人、カレンは全属性、ノエル先輩は例外として、あと残るのはライラ先輩とシャノンだけ⋯⋯。
こう考えてみると、ひとつ屋根の下で共に過ごす仲間なのに、私は全然彼ら彼女らのことを知らない。
それが普通で、当たり前で、私は残りの学校生活を過ごすのだろうか。
―――⋯⋯観客席に行くか。
ひとりでどうでもいいことをこんなところで考えていても仕方がない。
私は休憩室を出て、観客席へ向かう。
たしか、そろそろレティシア様の試合が始まるんだっけ?
紫蘭の姫騎士の力を見るの、楽しみだなぁ~。
「―――見つけた」
「えっ⋯⋯」
振り返るも、そこには誰もいない。
だけどたしかに声がした。
それも、私の知っている人の声―――
「うーん、まだやっぱり魔力探知は苦手かな?」
「!?」
また振り返るも、誰もいない。
すると、視界が誰かの手で覆われて、暗転する。
敵の攻撃かと思ったが、違った。
やっと魔力探知に引っかかったのだ。
正確には、相手方が魔力を隠蔽するのをやめてくれたのだけど。
「―――久しぶり、リアナ」
その人は私から手を離すと、ニコリと笑った。
月のようなシルバーグレーの髪に、太陽のような橙色の瞳。
「ウィリアム、さま⋯⋯?」
「正解」
〈天蓋の魔術師〉ウィリアム・アスター。
私が最も尊敬し、お慕いしている一級魔術師である。
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