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第二部
146.資料探し
しおりを挟む「とりあえず、気になった資料はすべて手に取った方がいいわ」
「わ、わかりましたっ」
星詠みの夜に関するレポート課題を出され、私とシャノンはセフェルカルツィ図書館にやって来た。
授業中ということもあって、生徒は見当たらない。
―――うんうん。今来て大正解だね。
分かりやすい本や人気の本はすぐに借りられてしまう。
そのため、早めに行動したというわけだ。
「あの、ユリアーナ様」
「ユリアーナでいいわよ。今は人もいないし」
「っ、あ、ありがとう、ユリアーナ」
個人的には教室でも呼び捨てで構わないのだが、大半の生徒は貴族だ。
平民のくせに公爵家の者とあろうことか呼び捨てで親しげに話している……だなんて情報が行き渡ったら、シャノンが目をつけられてしまう。
それは私の望むことではない。
―――ほんと、お貴族様って面倒だよね。
だが、仕方のないことだ。
私だって前世の記憶がなければ、周りの貴族と同じ思考や行動をしただろう。
一応これでも、公爵令嬢としての教育を受けてるからね。
……エリィ姉さんやレティシア様に比べたら、私なんてまだまだ全然だけど。
「私、図書館に来るの、初めてです……」
「そうなの?」
ちょっと意外だ。
図書館は静かだし人もそこまでいないから、私と同じようによく来るのかと思っていた。
「興味はあったんですけど……カルムはあまり、好きじゃないので」
―――カルムめ。
こんなに大きくて素晴らしいセフェルカルツィ図書館に興味のあったシャノンを引き留めるなんて……!
でも、なんでカルムは図書館が好きじゃないんだろう。
「……カルムは昔、本を焼かれたことがあるんです。それも、本棚ごと」
「は?」
「あっ、放火した人は処罰されました。賠償金も」
けど、とシャノンは続けた。
「焼かれた本の中には、カルムがずっと大切にしていたお気に入りの本もあったんです。すごくすごく大事にしてた本、なんです。同じ本は書店で何冊も売っていますが、それでは、意味がないのだと……」
―――あぁ。
その気持ちは、すごく分かる。
『ねえお姉ちゃん!』
ずっとずっと昔の、花蓮との出来事を思い出す。
『その本、私にちょうだい!』
『え……?』
『ちょうだい!』
花蓮がねだった本は、私がまだ病気になる前に買ってもらった一冊の絵本だった。
何度も読んでいたから、背表紙はボロボロだったし、紙は一部汚れたり折れたりしていたけど、私の大切なものだった。
だってそれは、幸せな家族だった頃の思い出の一つだったから。
たとえ文字が消えて読めなくなってしまっても、とっておくつもりだった。
その、つもりだったのに―――。
『花蓮、やめて……っ』
『お姉ちゃんがやめて! 私にちょうだい!』
『なんで? お母さんに買ってもらえばいいじゃない』
『やだ! 私は……花蓮はその本がいいの!!』
『あっ……』
ビリビリビリ、と紙が破れる音がした。
花蓮と引っ張り合っていた本がぐしゃぐしゃになったのを見て、ひゅっと息を呑んだ。
『あー! お姉ちゃん、なんでこんなことするの!』
『……はぁ?』
花蓮の言っている意味が分からなかった。
まるで、私がすべて悪いみたいなその言葉が、許せなかった。
『花蓮が悪いんでしょ!? 花蓮が私の本を引っ張ったから……!』
『っ……ひどい。お姉ちゃん、ひどい』
『ひどいのは花蓮でしょ! 私の何が悪かったって言うのよ! 人の物を勝手に奪おうとした花蓮が悪いんじゃない!』
結果、お父さんとお母さんになだめられたけど、花蓮には謝ってもらえなかった。
そしてあろうことか、お母さんは私に言ったのだ。
『お姉ちゃんなんだから、あれぐらい我慢してよね。由良』
目の奥が熱くなって、涙が出そうになった。
悪いのは花蓮なのに、なんで私がそんなこと言われなきゃいけないの?
どうして花蓮は、いつもいつも許されているの?
結局、そんな思いは言えなかった。
―――あの後、同じ絵本を買ってもらったんだよね。
新品の、傷一つない同じ絵本を買ってもらったが、私の心は晴れなかった。
この本じゃない、私が欲しかったのは、大事なのは、この本じゃない……。
同じ本でも、何一つ変わらない内容でも、私にとっては違った。
あれは私の思い出の結晶のようなものだったから。
―――それを、カルムは。
故意に焼かれたというのか。
大切な思い出の本を、焼かれたと……。
―――図書館が好きじゃない、ってわけじゃないんだろうな。
多分カルムは、見たくないのだ。
本棚ぎっしりに詰まった本を、見たくないのだ。
焼かれてしまった時のことを、思い出してしまうから。
「……あっ、あの、ユリアーナ!」
シャノンの声で、意識が現実に戻る。
そうだ、今、私が図書館にいるのは、星詠みの夜のレポートを書く資料を探しに来たからだ。
「どうかした?」
「この本はどうでしょう?」
「! それ……」
シャノンが手に取ったのは『星の神子リル』シリーズの第1巻だった。
―――そうだった!!
『星の神子リル』シリーズはフィクションの小説だが、実際の文献にある神話も取り入れた話となっている。
1巻と5巻では“星夜祭典”というリルが活躍する行事が出てきており、これは『星詠みの夜』のことを指していたはずだ。
「シャノン、ちょっとその本、貸してくれる?」
「はい。どうぞ」
一番最後のページから捲っていくと、参考文献が書かれた箇所を見つけた。
作者が参考にした本の情報である。
題名を見て、それが星夜祭典を書くために使ったものだと確信する。
「シャノン。ここに書いてある本を探せる?」
「もちろんです。ユリアーナは、なにを?」
「私はこの5巻を探す。そこにも星詠みの夜に関する文献が載ってるはずだから」
10冊ほど見繕い、カウンターで貸出処理を頼む。
借りた本はすべて魔法で異空間に収納した。
力のない私には両手いっぱいの本を持つ自信がないのだ。
「すごいです、ユリアーナ」
「そう? シャノンだって練習すればこれくらいできるわよ」
「いえ。私には到底できそうにありません。⋯⋯魔力が、少ないですし」
たしかにシャノンの魔力は少ないけれど⋯⋯魔力圧縮と魔力消費を抑えるコツさえ掴めば、誰にでもできると思う。
シャノンはそういったものを知らないだけだ。
「じゃあ今度、教えてあげるよ」
「えっ?」
「空間収納の魔法、教えてあげる」
「⋯⋯! いいんです、か?」
「全然構わないよ。私を誰だと思ってるの? 一級魔術師を舐めないでよね」
私は魔法使いの頂点に立つ一級魔術師だ。
技術も教え方も、結構上手いと自負している。
「ありがとう。ユリアーナ」
はにかむシャノンにつられて、私も笑顔になる。
すると―――
「君、ユリアーナ・リンドールさん?」
芯の通ったはっきりと聞こえる声だった。
オレンジ色のインナーカラーの髪は肩の高さで切り揃えられていて、彼女の性格が映し出されているように見えた。
橙色の瞳からはこちらを見定めるような、興味深いものを見るような、そんな視線を感じた。
―――黄色のリボンタイ⋯⋯2年生か。
初めて見る生徒だ。
この人は、誰だ?
「はじめまして。生徒会書記のオリビア・スカルラットよ。既に聞いていると思うだけど、ツェツィーリア―――生徒会長があなたに会いたいらしいの。先生の方には伝えてあるから、一緒に来てくれない?」
⋯⋯嘘でしょ?
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