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番外
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しおりを挟む時を同じくして、少し離れた場所。これまたしっかりした作りの社長室でパソコンを睨みつける男がいた。男の趣味でモノトーンに纏められた部屋は、男の纏う雰囲気も相まって落ち着いた空気を醸し出している。ここを訪れる者は、浮ついた気分を落ち着させられる一方、緊張感も倍増させられているとか。
そんな部屋に、少し気がせったようなノックが響く。男は顔を上げると入室の許可を出した。
「失礼します!」
素早く中に入り込んできた社員は、興奮に顔を紅潮させている。部屋に入ってなお、ふわふわと落ち着かない空気を纏う社員。まぁ若い社員だから仕方ないか、と男は小さく息を付き、何事だ、と首を傾げた。
「流石です竜崎社長!いつの間に高宮を出し抜いたんですか?!」
「はぁ?」
なにか社員が興奮するような事があったか、と色々と頭に浮かべていたものの。予想の斜め上を行く賛辞に、男――竜崎は危うく椅子から滑り落ちそうになった。
大学部を卒業した竜崎は、その時に作った友人たちと起業していた。いずれそういう経験が役に立つだろう、と軽い気持ちで始めた事だった。そうは言っても、そこは竜崎。きっちり業績をあげ、急速にその規模を拡大。若き実業家として名を上げる程になった。その時には、卒業して何年か経っており、さてこれからどうするかと改めて考え始めたその時だった。
真宮当主として奔走していた聖月に呼び出された先で、真宮傘下の企業と合併、社長就任を要請されたのだ。
「いや、流石にここまでの規模となるといきなりはキツイ」
合併の相手として紹介された企業は、中の上といったところか。一応大企業と名乗れるだろうがいまいち知名度が、といった感じのもの。合併するとなれば、突然大企業のトップとして動かす事になる。豪胆な竜崎も難色をしめし、合併相手の社長も真宮の命令とは言え、と渋った時だった。
「あっれー龍ちゃん、こんな事もできないのぉ?」
ニヤニヤと笑って煽るのは、他でもない聖月。
そっかそうだよね、起業家で社長と言っても中規模だもんね、大企業なんて無理か。龍ちゃんにも、出来ない事あるもんね。俺だったらそれくらいやって見せるけど、龍ちゃんには無理かぁ。仕方ないから、他探さなきゃ。いいんだよ、人には出来ない事があるのは当然。龍ちゃんも完璧じゃなかったって事さ。
普段はお目付け役として聖月を宥める竜崎。隙が無く揶揄い甲斐がないと普段から不満を抱えていた聖月は、ここぞとばかりに大爆笑してドバドバ火に火薬とダイナマイトをぶち込んでくる。その時点で、竜崎の頭の中で何かが弾けとんだ。豹変した若い社長を見て、老年の社長がぎょっと目を見開く。酸いも甘いも嚙み分けてきたと自負する百戦錬磨の狸ですら引くほどの鬼気を醸し出す。
「このクソガキ」
獰猛に笑った竜崎は、やってやるよと低く唸った。その言葉の通り、威圧した相手企業の社長以下を強引に黙らせ合併をしたかと思うと、瞬く間に手中に収めたのだとか。その際の大暴走に付き合わされた内部の社員たちには、竜崎に逆らってはならないという不文律が出来る程には過激なものだったらしい。引きつった顔で報告をしに来た元社長に、聖月はつまらないの、と唇を尖らしただけだったが。
そして、その後も何事も無かったようにそのまま仕事をさばいていく二人。これが真宮か、と変な方向に畏怖し感銘を受けた者がいたとかいないとか。二人の信者が増えたのは余談である。
「で、今度は何事だ?」
そんなこんなで、高宮と同じく社長業に今日も今日とて精を出していた竜崎。興奮しきりの社員とは対照的に、頭痛を堪えるのに精いっぱいのようだ。
「高宮と言ったら、例の新規業界開拓の為のM&Aの話か?流石にアイツが相手なだけあって形勢が不利になったから、手を引けと命じたはずだが」
「そう言って気を引いておいて、裏で先に契約を成立させていたんでしょう?まったく、敵をだますには味方からとはよく言いますねぇ!」
「……」
「しかも、それを立案したのはあの真宮の方ですよね!天才とは聞いていたけど凄いなぁ。これで年下なんて信じられない」
若い、と入っても40手前の社員。夢見がちな瞳でウットリと賛辞を述べる。そう、高宮が本気で相手していたのはこの竜崎だったのだ。高レベルであり、しかも切迫した能力を持つ二人の闘いであれば一般の社員など口を挟めない。だからこそ高宮と竜崎直々にやり合っていたのだが、今回は高宮に軍配が上がった。
はずだった。
段々話が読めてきた竜崎はというと、勢いよく放り込まれた苦虫を噛みしめ中である。心当たりは一つしかない。その時、内線電話が鳴る。
『社長、お電話です』
「ああ」
落ち着いた声の秘書が繋いでくる。そのまま許可を出すと、すっと耳から受話器を離す。妙な行動に怪訝そうな顔をする社員だったが、竜崎は肩を竦めて見せるだけ。と、その時。
『ふっざけんなこの野郎っ!!!』
電話口から最大音量の罵声がほとばしった。スピーカーにしていないにも関わらず、少し離れた社員にも聞こえる程の大音量。社員が絶句しているのを面白そうに見ていた竜崎は、サラサラと手元の紙に何かを書きつけると、翳して見せる。曰く。「高宮のヤツ、何かあるたびにクレームの電話を掛けてくるんでな」。
いや、何でライバル企業から直接クレームが、しかも買収勝負に負けたからと言って普通掛けるか、と思いっきり顔で突っ込む社員をみていた竜崎だったが、その音量が小さくなったのを確認して受話器を耳につける。
「悪いが、俺は社長であってクレーム対応じゃないんでな。担当の部署に掛けろ。そもそも俺にクレームを突き付けるのは間違いだぜ」
『そういう問題か!』
耳元で叫ばれ、嫌そうな顔で電話を切る竜崎。すかさず電話が再びかかってくる。慣れた様子を見る限り何時もの事らしい。何だ、と面倒そうに声を掛ける竜崎。溜まった鬱憤を叩きつけんばかりに高宮が喚く。
『やりやがったなこの野郎!一旦手を引くと見せかけて裏から手を回すなんて卑怯者!』
「結果第一。例え俺がそうしたとしても、それを見抜いて対処しないお前の負けだ。卑怯者なんて言ってる場合か阿呆」
『んだとてめぇ!ぬけぬけと……例え俺がそうしたとしても?』
歯ぎしりした高宮は、ふと妙な言い回しに首を傾げたようだ。対する竜崎も疲れた顔で椅子に沈み込む。
「俺は手を引くように命じたんだがな。言っただろう?俺にクレームを突き付けるのは間違いだってな」
『聖の野郎か!』
高宮が呻いた瞬間、奇しくも高宮と竜崎二人のパソコンが揃って通知音を鳴らした。送られてきたメッセージは。
竜崎には「龍ちゃん詰めが甘ーい By聖月」、高宮には「新業界開発の足掛かりは頂いた! ByカイトウH」。どちらも神経を全力で逆なでするもので。
「あのクソガキがっ……!」
盛大なため息が二つ揃って空に消えていった。
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