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蜜月
除夜の鐘
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蕎麦を食べ終え、暫くは大人しく椅子に座っていたのが、一時間も経たずにオレは立ち上がった。
「どうした? 便所か?」
「違う」
先輩の疑問に短く答え、オレは隣の部屋へ行き、いつも使っている布団一式を抱えて戻って来る。
「ん、眠たくなったのか。じゃあキャンプは、ここらで片付けるか」
「それも違うから。先輩は椅子とか机をちょっと避けといて」
爪先で椅子を先輩の方へやり指示を出す。不思議そうにしながらも片付けてくれるので、そこへ布団を手放す。それから、もう一度部屋へ戻り、夏用の薄っぺらい寝袋を持って来る。
ストーブと絶妙な距離感を取りつつ、布団と寝袋をセッティングして、オレは遠慮無く横になった。
「ずっと座ってるのも飽きた。部屋もいい感じに暖かくなってるし、寝転びたくなったんだ。先輩も早く来て」
キャンプで寝転ぶ事ってあるんだろうかと疑問に思わなくもないが、今日は部屋の中でのキャンプごっこなので、何でもありだ。
布団をパンパン叩いて早く来いと催促すると、先輩は困ったように笑ってオレのすぐ近くに腰を下ろしてくれた。待ってましたとばかりに、先輩の膝を断りもなく枕にしてやる。すると、当たり前みたいに頭を撫でてくれるので、心地よさに思わず目を瞑ってしまう。
「セイシュン、ちょっとだけ動いてもいいか?」
頭上から申し訳なさそうな声が降ってくる。先輩の膝に頬を擦りつけながら、便所かと今度は聞き返してやると「違う」と僅かに笑う気配。
「何も被らず寝たら風邪引くかもしれないだろ。掛け布団でも持って来ようと思ってな」
先輩の心配に答えてやるべく、仰向けに寝転ぶと、オレを見下ろしている先輩と目が合った。
「布団被ったら寝ちゃうじゃん」
「んー……寝たら駄目なのか?」
「せっかくだし、今年が終わるまで起きとこうよ。ほら、これ……」
オレはポケットにねじ込んだ紙を取り出し、蕎麦の事が書かれてあったページを開くと、その隅の方を指さす。
「除夜の鐘ってのも聞いてみたいしさ」
聞きたいと思って聞けるものでもないだろうが(なんせ山奥の学校だからな)それを口実に今日は夜更かしをしてみたかった。
習慣とは恐ろしく、午後十時には消灯の生活に染まりすぎて、いつも日付が変わる頃には夢の中なのだ。先輩と一緒にいるというのに。
「近所に寺は……あった、ような気はするが……」
聞こえるかなと、手渡した紙を真剣に見つめながら悩み出す先輩。確かに下山して公民館へ向かう途中で、寺らしき場所はあるのだが、近所というにはちょっと遠い気はする。
鐘を突く事で煩悩を取り除き、清らかな心で正月を迎える事が目的らしいが、聞こえなければ逆に煩悩を発掘していくのも面白そうだ。矢野君らに邪魔された続きをしよう。
オレが煩悩に塗れた考えに耽りにやけていると「あ」と先輩が小さく声を漏らした。
「……聞こえた」
窓の方を見つめ先輩が呟くので、オレも起き上がる。耳をすましてみるが、ストーブが芯を焦がす音しか聞こえなかった。
「ほんとに? ぜんぜん聞こえないよ」
「うん、多分これがそうだろ。ここじゃあ聞こえにくいな。また部屋は冷えるが、窓開ければセイシュンにもちゃんと聞こえると思うぞ」
先輩がそう言うので、オレは窓を開けてみる。冷たい風に思わず背中を丸めると、後ろから先輩が抱きしめてくれた。
白い息を吐きながら、再び耳をすませていると、今度は本当に遠くの方からそれらしき音が聞こえてきた。
「うん、オレにも聞こえた。てか、すごい遠いじゃん。これ窓閉めた状態で聞こえるのすげぇな」
オレが一人感心すると、先輩の疲れたような気配が苦笑した。
「死活問題だったからな。耳や目は他の奴より敏感なんだ」
そう言うと、先輩は腕にぎゅっと力を込めた。嫌な事を思い出させてしまったのかなと気付いたが、オレは特に何も言わず先輩に埋もれてやる。
「この鐘の音、今が何回目か分かる?」
「さすがにそこまでは分からないな。でも、百回以上つくなら暫くは聞こえてるだろ」
じゃあ、オレの煩悩の半分くらいは消されそうだな。清らかな心とまではいかないが、厳かな鐘の音のおかげで、あわよくば年内最後の一回を敢行してやろうという気はおさまった。
先輩の腕時計を眺めながら、時折聞こえてくる鐘の音を耳で拾う。そんなふうにぼんやり過ごしていると、いつの間にか明日へのカウントダウンが始まっていた。
「先輩、見て。オレなんか変わった?」
緩くなった腕をすり抜け、先輩と向き合って、オレを見ろと腰に手を当て胸を張る。当然ながら、先輩には不思議そうな顔をされてしまう。
「除夜の鐘聞いて、煩悩だいぶ取り除かれたっぽい?」
眼鏡かけたら賢さ上がったみたいな気分で、得意げに聞いてみると何故か先輩の両手で顔を掴まれた。
キスでもされんのかなと、ちょっと期待しながら先輩を見上げるが、少なくともエロい事を考えていそうな顔ではない真剣さに見下ろされ、オレは少し身構えた。
「…………どうしたの?」
何か先輩の気に障るような事をしただろうかと不安になる。
「ん、いや……困ると、思ってな」
言いにくそうに先輩が口を開く。
「セイシュンの煩悩がなくなって、そういう気持ちがなくなったら……俺が困る」
なるほど……そういう事なら、オレもやり返さねばなるまい。同じく真顔で先輩の耳に手を重ねる。オレの手が熱いのか、先輩の耳が冷たいのか。手のひらをひんやりさせる感触が心地良かった。
「どうした? 便所か?」
「違う」
先輩の疑問に短く答え、オレは隣の部屋へ行き、いつも使っている布団一式を抱えて戻って来る。
「ん、眠たくなったのか。じゃあキャンプは、ここらで片付けるか」
「それも違うから。先輩は椅子とか机をちょっと避けといて」
爪先で椅子を先輩の方へやり指示を出す。不思議そうにしながらも片付けてくれるので、そこへ布団を手放す。それから、もう一度部屋へ戻り、夏用の薄っぺらい寝袋を持って来る。
ストーブと絶妙な距離感を取りつつ、布団と寝袋をセッティングして、オレは遠慮無く横になった。
「ずっと座ってるのも飽きた。部屋もいい感じに暖かくなってるし、寝転びたくなったんだ。先輩も早く来て」
キャンプで寝転ぶ事ってあるんだろうかと疑問に思わなくもないが、今日は部屋の中でのキャンプごっこなので、何でもありだ。
布団をパンパン叩いて早く来いと催促すると、先輩は困ったように笑ってオレのすぐ近くに腰を下ろしてくれた。待ってましたとばかりに、先輩の膝を断りもなく枕にしてやる。すると、当たり前みたいに頭を撫でてくれるので、心地よさに思わず目を瞑ってしまう。
「セイシュン、ちょっとだけ動いてもいいか?」
頭上から申し訳なさそうな声が降ってくる。先輩の膝に頬を擦りつけながら、便所かと今度は聞き返してやると「違う」と僅かに笑う気配。
「何も被らず寝たら風邪引くかもしれないだろ。掛け布団でも持って来ようと思ってな」
先輩の心配に答えてやるべく、仰向けに寝転ぶと、オレを見下ろしている先輩と目が合った。
「布団被ったら寝ちゃうじゃん」
「んー……寝たら駄目なのか?」
「せっかくだし、今年が終わるまで起きとこうよ。ほら、これ……」
オレはポケットにねじ込んだ紙を取り出し、蕎麦の事が書かれてあったページを開くと、その隅の方を指さす。
「除夜の鐘ってのも聞いてみたいしさ」
聞きたいと思って聞けるものでもないだろうが(なんせ山奥の学校だからな)それを口実に今日は夜更かしをしてみたかった。
習慣とは恐ろしく、午後十時には消灯の生活に染まりすぎて、いつも日付が変わる頃には夢の中なのだ。先輩と一緒にいるというのに。
「近所に寺は……あった、ような気はするが……」
聞こえるかなと、手渡した紙を真剣に見つめながら悩み出す先輩。確かに下山して公民館へ向かう途中で、寺らしき場所はあるのだが、近所というにはちょっと遠い気はする。
鐘を突く事で煩悩を取り除き、清らかな心で正月を迎える事が目的らしいが、聞こえなければ逆に煩悩を発掘していくのも面白そうだ。矢野君らに邪魔された続きをしよう。
オレが煩悩に塗れた考えに耽りにやけていると「あ」と先輩が小さく声を漏らした。
「……聞こえた」
窓の方を見つめ先輩が呟くので、オレも起き上がる。耳をすましてみるが、ストーブが芯を焦がす音しか聞こえなかった。
「ほんとに? ぜんぜん聞こえないよ」
「うん、多分これがそうだろ。ここじゃあ聞こえにくいな。また部屋は冷えるが、窓開ければセイシュンにもちゃんと聞こえると思うぞ」
先輩がそう言うので、オレは窓を開けてみる。冷たい風に思わず背中を丸めると、後ろから先輩が抱きしめてくれた。
白い息を吐きながら、再び耳をすませていると、今度は本当に遠くの方からそれらしき音が聞こえてきた。
「うん、オレにも聞こえた。てか、すごい遠いじゃん。これ窓閉めた状態で聞こえるのすげぇな」
オレが一人感心すると、先輩の疲れたような気配が苦笑した。
「死活問題だったからな。耳や目は他の奴より敏感なんだ」
そう言うと、先輩は腕にぎゅっと力を込めた。嫌な事を思い出させてしまったのかなと気付いたが、オレは特に何も言わず先輩に埋もれてやる。
「この鐘の音、今が何回目か分かる?」
「さすがにそこまでは分からないな。でも、百回以上つくなら暫くは聞こえてるだろ」
じゃあ、オレの煩悩の半分くらいは消されそうだな。清らかな心とまではいかないが、厳かな鐘の音のおかげで、あわよくば年内最後の一回を敢行してやろうという気はおさまった。
先輩の腕時計を眺めながら、時折聞こえてくる鐘の音を耳で拾う。そんなふうにぼんやり過ごしていると、いつの間にか明日へのカウントダウンが始まっていた。
「先輩、見て。オレなんか変わった?」
緩くなった腕をすり抜け、先輩と向き合って、オレを見ろと腰に手を当て胸を張る。当然ながら、先輩には不思議そうな顔をされてしまう。
「除夜の鐘聞いて、煩悩だいぶ取り除かれたっぽい?」
眼鏡かけたら賢さ上がったみたいな気分で、得意げに聞いてみると何故か先輩の両手で顔を掴まれた。
キスでもされんのかなと、ちょっと期待しながら先輩を見上げるが、少なくともエロい事を考えていそうな顔ではない真剣さに見下ろされ、オレは少し身構えた。
「…………どうしたの?」
何か先輩の気に障るような事をしただろうかと不安になる。
「ん、いや……困ると、思ってな」
言いにくそうに先輩が口を開く。
「セイシュンの煩悩がなくなって、そういう気持ちがなくなったら……俺が困る」
なるほど……そういう事なら、オレもやり返さねばなるまい。同じく真顔で先輩の耳に手を重ねる。オレの手が熱いのか、先輩の耳が冷たいのか。手のひらをひんやりさせる感触が心地良かった。
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