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圏ガクという環境
夜這いリベンジ予告
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明日の事を話せるようになり、校内でも先輩を頻繁に見かけるようになっていた。
今までも確かに見かける事はあったのだが、先輩はオレの事なんて全く気付かない。ただ先輩の姿が見えなくなるまで視線で追いかけるだけだったのが、ちゃんと先輩にオレの事を認識して貰えるようになった。
オレが見ていると気付いて、手を振ってくれたりするのだ。初めてその状況に遭遇した時、嬉しすぎてテンション上がって、教室でブンブンと手を振り返したら、スバルが意味不明に興奮して大暴れしたり、皆元にからかわれたりしたので、今は軽く会釈する程度に抑えている。
今も先輩を窓の外に見つけて眺めていると、ふとこちらを見上げた先輩がオレに気付いてくれた。プリントを丸写ししている皆元が側に居るので、あまり反応しないようクールに対処したのだが、皆元が呆れたような表情をして顔を上げた。
「なんか良い事でもあったか?」
「は? ある訳ねぇだろ、んなもん」
極力つまらなそうな顔をして答えると、皆元がオレをいきなり指さした。
「じゃあなんでガッツポーズしてるんだ、お前」
指摘に絶句しているオレを放置して、皆元はまたプリントを写す作業に戻りやがった。穴があったら入りたいとは、こういう状況なんだろうな。自分の感情を上手くコントロール出来なくて、机に突っ伏したら「邪魔」と皆元に怒られた。
毎日のように先輩と何をしたいか相談し、約束の日の前日にようやく、大まかな方針が決定した。
「晴れてたら俺のおまかせコースで、雨だったらセイシュンのおまかせコースな」
要するに晴れていたら外で遊び、雨だったら部屋の中で遊ぶという、大雑把極まりない決定なのだが、先輩と二人でという条件付きなので、何一つ不満はない。新聞の天気予報欄で確認したら、明日は晴れらしいので、オレは先輩に全部任せて楽しむ事に集中しようと思う。
今日買って貰った野菜ジュースを吸いながらオレが頷くと、先輩も嫌そうな顔で自分のジュースに口をつけた。今日は野菜ジュースとあの毒ジュースのボタンを同時に押して運試しをしたのだが、運が良いのか悪いのかオレには野菜ジュースが、先輩には毒ジュースが落ちてきた。
交換しようかと持ちかけたのだが、連日こんなモノ飲ませられないと断られ、放置するとオレが横からかっぱらうので、先輩は嫌々ながらジュースを飲んでいる。
どれだけ嫌なのか知らないが、ジュースを口にしている時は必死で堪えるように目を瞑っていたりする。そこまで無理しなくてもいいのに。てか、先輩は普通に好きなジュースのボタンを押せばいいのに……こんな所まで律儀に付き合ってくれる先輩をオレはニヤニヤしながら眺めた。
「えべっさん……悪い、ちょっといいか?」
多少は悪趣味だろうと、先輩を近くで存分に眺めていられる至福の時間、そこに突然、第三者が侵入してくる。至福の満喫を邪魔する声の主を睨み付けた。
「今じゃなくてもいいだろ。後にしろよ、コウスケ」
どうしてか青白い顔して立ち止まったコウスケに、オレは自分が狭量だと自覚しながらも不機嫌さを隠しもせず冷たくあしらった。
「ん? 誰なんだ、セイシュン」
ストローから口を離し、心なしかホッとした表情の先輩は、オレとコウスケを交互に見ながら聞いてきた。
「……スバルの連れ、てか、あんたも一回は顔合わしてるだろ」
「あーあー思い出した。春日野を部屋に連れてった時に引き取ってくれた奴だな。あの時は助かったよ、ありがとな」
馬鹿丁寧に後輩に挨拶する先輩へコウスケは「はぁ、どうも」と力なく頭を下げた。まだ夕食までには時間がある。この会合が解散するには早いのだ。空気読んで消えろと、視線に乗せて伝えてみたが、違う奴が別の空気を読んでしまった。
「セイシュン、じゃあ、また明日な」
飲み終わったのか、ジュースのパックをゴミ箱に投げ込むと、先輩は短い言葉を残して立ち去ってしまった。オレが何かを言う前に、背中を見せた先輩はすぐに視界から消えてしまう。
残ったジュースをベンチに置いて、ため息を一つ吐いた。明日になれば丸一日、一緒に居られるのに、この物悲しさは何なんだ。嬉しいのと寂しいのが交互に押し寄せてくる。
「もう大丈夫なのか?」
明日の今頃を思うと気が気でないので、ボサッと突っ立ったままのコウスケに意識を向けた。
珍しく放課後に教室へ顔を出さなかったので不思議に思い、同室のスバルに聞けば「部屋で死んでた」と答えたので、まあ風邪か何かだろうと思ったのだが、予想以上に弱々しい姿。先輩の前では邪険にしてしまったが、心配になり隣のベンチに座るよう勧める。
真っ青な顔のコウスケは曖昧に頷き、腰を下ろそうとしたのだが、長居をする気はないのだろう、立ったままでいいと断ってきた。
オレの正面には立たず、少しずれた場所に突っ立ったままのコウスケは、言葉を探しているのか何度も「あ」とか「その」を繰り返している。相手が何を言いたいのか分からず、けれど先を促して急かすのも躊躇われ、オレは残ったジュースをなんとなくコウスケに差し出した。
「ちょっと残ってる。飲むか?」
せっかく先輩に買って貰ったジュースなのだが、コウスケの分を買ってやる金のないオレは、残っている分を心の中で泣きながら手渡してやる。
力なく笑いながら「ありがと」と言って、コウスケが手を伸ばした時、長袖から僅かに覗いた手首に赤々とした帯のような痣が見えた。何処かで作ってしまった打ち身などではないだろう。少し迷ったが、オレはコウスケの腕に視線を向けながら「どうかしたのか?」と聞いてみた。すると、コウスケの顔に明らかな動揺が走る。
「うん……どうか、したんだ。うん」
自分の腕の痣を空いた方の手でグッと握り込んだコウスケは、二回、小さく深呼吸すると、怯えたような目を真っ直ぐオレに向けた。ジッと見返してやると、突然コウスケの目からボロボロと大粒の涙が溢れ出した。いきなり泣き出したコウスケにギョッとしてしまったオレは、状況に付いて行けず、ちょい引き気味で相手が何か話し始めるのを待つ事しか出来なかった。
泣いてる事に気付いていないのかダラダラと流れる涙は拭わず、けれど同じく垂れ流し状態の鼻水はさすがに口を開くのに邪魔だったのだろう、ズルズルと何度か鼻をすすり上げて、ようやくコウスケはオレに用件を告げた。
「多分、きょぅ、また、スバルが、あそびにいきます」
泣いているせいか、いつもの相手を気遣うような余裕が微塵もないコウスケの言葉は、見事にオレの気持ちに水を差してくれた。
さすがに泣いている奴に蹴りを入れる訳にはいかない。前回の時と比べれば、事前に報告を入れる辺りは良心的とも言える。が、手に負えないからと言って、スバルを放し飼いにされては堪らないので、自然と低くなった声で半ば脅しつけるようにオレは確認を取った。
「もちろん、それは阻止してくれるんだろうな。スバルを縛ってでも」
一歩退いたコウスケは、許しを請うように涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を更に情けなく歪めた。
「そんなの無理に決まってる。えべっさんだって分かるだろ、そのくらい。スバルの手綱を握るなんて人間には不可能だよ!」
言いたい事は分かるが、最初から丸投げしてくる態度が気に入らない。「家の犬は噛みますよ」と伝えていれば、壊れかけた犬の鎖を買い換えなくてもいいなど、もってのほかだ。余所に迷惑かける事が分かっているのに、放置しようなど許せん。
オレとコウスケが一歩も引かず水掛け論を続けていると、廊下から足を上げずに進む独特の足音が聞こえてきた。聞き覚えのあるその足音は校医のじいちゃんのものだ。
じいちゃんの前で、声を荒げたくなくて、オレはじいちゃんが通り過ぎるまで少し口数を減らして様子見をしていた。けれど、じいちゃんはオレらの方までわざわざ来ると「はあはあ、おったおった」と一人で相槌を打ちながら、ヨレヨレの所々食べ物の染みで汚れた白衣のポケットから何かを取り出した。
手のひらに薬……だろうか? 透明の容器ではないが、コンビニ弁当とかで入っている醤油入れのような雰囲気の何かを乗せて、オレではなくオレの目の前に居るコウスケに差し出す。
「忘れてしもとったんやぁ、これ今晩の分な。ちゃんときれいに洗て、ゆっくり全部入れるんやで。はあはあ、それとなぁ、出えへん時はな、無理に力んだらいかん。便秘にはぎょーさんの水と繊維取らなあかんでぇ」
コウスケに便秘薬なのか座薬? らしい薬を手渡すと、じいちゃんは「切れてしもたら痛いからなぁ~」と、しみじみ口にしながら、また元来た道をすり足で帰って行った。
オレはコウスケの手を覗き込みながら、体調不良は糞詰まりが原因かと思ったのだが、青かった顔色が面白いくらい一瞬で白くなっていた。
尋常でない様子に、水掛け論を再開する気にはなれず「大丈夫か」と声をかけた。すると、コウスケは弾かれたようにその場を駆け出し、恐らく自室に戻るのだろう階段の方へと消えてしまう。
便秘を知られて恥ずかしかったのか? オレはコウスケの態度に思わず首を傾げてしまったが、さっきのやり取りを反芻していると、最悪のシナリオが頭に浮かんでしまい、オレは慌ててコウスケの後を追いかけた。
コウスケの部屋を訪ねたが、呼びかけても返事がないので、勝手にドアを開けて入ると、どうしてか、もぬけの殻だった。前に来た時に見たままの形で、布団が乱雑に敷かれた部屋を後にする。他に探す当てもなく、仕方がないので自室に戻ると、部屋の隅で蹲りグズグズ言ってるコウスケが居た。
「勝手に人の部屋に入ってんじゃねーよ」
その背中をとりあえず蹴っておいた。これは泣いてようと関係ない。ここはオレだけの部屋ではないのだ。当然のように上がり込まれては困る。
オレはコウスケの側に腰を下ろした。ゴメンと呟きながら顔を上げたので、狭間が入浴用に用意してくれていたタオルを手渡す。ティッシュでは何枚あっても足りそうにないからな。
「あの部屋に居たらスバルが戻って来そうで恐かったんだ」
まあ戻って来るんだろう。一応スバルの部屋だからな。なんと言葉を続けていいのか分からず、辛抱強くコウスケが続きを口にするのを待った。
「ここの所、スバルがまた発情し出して……えべっさんも気付いてると思うけど、おかしかっただろ?」
ここの所はオレ自身もテンションがやたら高くておかしかったので、正直スバルなんか全く見ていなかった。思い返してみれば、首筋を囓られた日もあったが、それ以外は特に何も思い当たらない。……先輩が毎日会ってくれるようになって、オレも相当舞い上がっていたんだな。
「えべっさんの所に夜這いに行った時、もっさんに邪魔されたって言ってた。それで今度は、ちゃんと、もっさんを起こされないように対策を立てるって……そしたら昨日、ガムテープ持って帰って来たんだ」
今までも確かに見かける事はあったのだが、先輩はオレの事なんて全く気付かない。ただ先輩の姿が見えなくなるまで視線で追いかけるだけだったのが、ちゃんと先輩にオレの事を認識して貰えるようになった。
オレが見ていると気付いて、手を振ってくれたりするのだ。初めてその状況に遭遇した時、嬉しすぎてテンション上がって、教室でブンブンと手を振り返したら、スバルが意味不明に興奮して大暴れしたり、皆元にからかわれたりしたので、今は軽く会釈する程度に抑えている。
今も先輩を窓の外に見つけて眺めていると、ふとこちらを見上げた先輩がオレに気付いてくれた。プリントを丸写ししている皆元が側に居るので、あまり反応しないようクールに対処したのだが、皆元が呆れたような表情をして顔を上げた。
「なんか良い事でもあったか?」
「は? ある訳ねぇだろ、んなもん」
極力つまらなそうな顔をして答えると、皆元がオレをいきなり指さした。
「じゃあなんでガッツポーズしてるんだ、お前」
指摘に絶句しているオレを放置して、皆元はまたプリントを写す作業に戻りやがった。穴があったら入りたいとは、こういう状況なんだろうな。自分の感情を上手くコントロール出来なくて、机に突っ伏したら「邪魔」と皆元に怒られた。
毎日のように先輩と何をしたいか相談し、約束の日の前日にようやく、大まかな方針が決定した。
「晴れてたら俺のおまかせコースで、雨だったらセイシュンのおまかせコースな」
要するに晴れていたら外で遊び、雨だったら部屋の中で遊ぶという、大雑把極まりない決定なのだが、先輩と二人でという条件付きなので、何一つ不満はない。新聞の天気予報欄で確認したら、明日は晴れらしいので、オレは先輩に全部任せて楽しむ事に集中しようと思う。
今日買って貰った野菜ジュースを吸いながらオレが頷くと、先輩も嫌そうな顔で自分のジュースに口をつけた。今日は野菜ジュースとあの毒ジュースのボタンを同時に押して運試しをしたのだが、運が良いのか悪いのかオレには野菜ジュースが、先輩には毒ジュースが落ちてきた。
交換しようかと持ちかけたのだが、連日こんなモノ飲ませられないと断られ、放置するとオレが横からかっぱらうので、先輩は嫌々ながらジュースを飲んでいる。
どれだけ嫌なのか知らないが、ジュースを口にしている時は必死で堪えるように目を瞑っていたりする。そこまで無理しなくてもいいのに。てか、先輩は普通に好きなジュースのボタンを押せばいいのに……こんな所まで律儀に付き合ってくれる先輩をオレはニヤニヤしながら眺めた。
「えべっさん……悪い、ちょっといいか?」
多少は悪趣味だろうと、先輩を近くで存分に眺めていられる至福の時間、そこに突然、第三者が侵入してくる。至福の満喫を邪魔する声の主を睨み付けた。
「今じゃなくてもいいだろ。後にしろよ、コウスケ」
どうしてか青白い顔して立ち止まったコウスケに、オレは自分が狭量だと自覚しながらも不機嫌さを隠しもせず冷たくあしらった。
「ん? 誰なんだ、セイシュン」
ストローから口を離し、心なしかホッとした表情の先輩は、オレとコウスケを交互に見ながら聞いてきた。
「……スバルの連れ、てか、あんたも一回は顔合わしてるだろ」
「あーあー思い出した。春日野を部屋に連れてった時に引き取ってくれた奴だな。あの時は助かったよ、ありがとな」
馬鹿丁寧に後輩に挨拶する先輩へコウスケは「はぁ、どうも」と力なく頭を下げた。まだ夕食までには時間がある。この会合が解散するには早いのだ。空気読んで消えろと、視線に乗せて伝えてみたが、違う奴が別の空気を読んでしまった。
「セイシュン、じゃあ、また明日な」
飲み終わったのか、ジュースのパックをゴミ箱に投げ込むと、先輩は短い言葉を残して立ち去ってしまった。オレが何かを言う前に、背中を見せた先輩はすぐに視界から消えてしまう。
残ったジュースをベンチに置いて、ため息を一つ吐いた。明日になれば丸一日、一緒に居られるのに、この物悲しさは何なんだ。嬉しいのと寂しいのが交互に押し寄せてくる。
「もう大丈夫なのか?」
明日の今頃を思うと気が気でないので、ボサッと突っ立ったままのコウスケに意識を向けた。
珍しく放課後に教室へ顔を出さなかったので不思議に思い、同室のスバルに聞けば「部屋で死んでた」と答えたので、まあ風邪か何かだろうと思ったのだが、予想以上に弱々しい姿。先輩の前では邪険にしてしまったが、心配になり隣のベンチに座るよう勧める。
真っ青な顔のコウスケは曖昧に頷き、腰を下ろそうとしたのだが、長居をする気はないのだろう、立ったままでいいと断ってきた。
オレの正面には立たず、少しずれた場所に突っ立ったままのコウスケは、言葉を探しているのか何度も「あ」とか「その」を繰り返している。相手が何を言いたいのか分からず、けれど先を促して急かすのも躊躇われ、オレは残ったジュースをなんとなくコウスケに差し出した。
「ちょっと残ってる。飲むか?」
せっかく先輩に買って貰ったジュースなのだが、コウスケの分を買ってやる金のないオレは、残っている分を心の中で泣きながら手渡してやる。
力なく笑いながら「ありがと」と言って、コウスケが手を伸ばした時、長袖から僅かに覗いた手首に赤々とした帯のような痣が見えた。何処かで作ってしまった打ち身などではないだろう。少し迷ったが、オレはコウスケの腕に視線を向けながら「どうかしたのか?」と聞いてみた。すると、コウスケの顔に明らかな動揺が走る。
「うん……どうか、したんだ。うん」
自分の腕の痣を空いた方の手でグッと握り込んだコウスケは、二回、小さく深呼吸すると、怯えたような目を真っ直ぐオレに向けた。ジッと見返してやると、突然コウスケの目からボロボロと大粒の涙が溢れ出した。いきなり泣き出したコウスケにギョッとしてしまったオレは、状況に付いて行けず、ちょい引き気味で相手が何か話し始めるのを待つ事しか出来なかった。
泣いてる事に気付いていないのかダラダラと流れる涙は拭わず、けれど同じく垂れ流し状態の鼻水はさすがに口を開くのに邪魔だったのだろう、ズルズルと何度か鼻をすすり上げて、ようやくコウスケはオレに用件を告げた。
「多分、きょぅ、また、スバルが、あそびにいきます」
泣いているせいか、いつもの相手を気遣うような余裕が微塵もないコウスケの言葉は、見事にオレの気持ちに水を差してくれた。
さすがに泣いている奴に蹴りを入れる訳にはいかない。前回の時と比べれば、事前に報告を入れる辺りは良心的とも言える。が、手に負えないからと言って、スバルを放し飼いにされては堪らないので、自然と低くなった声で半ば脅しつけるようにオレは確認を取った。
「もちろん、それは阻止してくれるんだろうな。スバルを縛ってでも」
一歩退いたコウスケは、許しを請うように涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を更に情けなく歪めた。
「そんなの無理に決まってる。えべっさんだって分かるだろ、そのくらい。スバルの手綱を握るなんて人間には不可能だよ!」
言いたい事は分かるが、最初から丸投げしてくる態度が気に入らない。「家の犬は噛みますよ」と伝えていれば、壊れかけた犬の鎖を買い換えなくてもいいなど、もってのほかだ。余所に迷惑かける事が分かっているのに、放置しようなど許せん。
オレとコウスケが一歩も引かず水掛け論を続けていると、廊下から足を上げずに進む独特の足音が聞こえてきた。聞き覚えのあるその足音は校医のじいちゃんのものだ。
じいちゃんの前で、声を荒げたくなくて、オレはじいちゃんが通り過ぎるまで少し口数を減らして様子見をしていた。けれど、じいちゃんはオレらの方までわざわざ来ると「はあはあ、おったおった」と一人で相槌を打ちながら、ヨレヨレの所々食べ物の染みで汚れた白衣のポケットから何かを取り出した。
手のひらに薬……だろうか? 透明の容器ではないが、コンビニ弁当とかで入っている醤油入れのような雰囲気の何かを乗せて、オレではなくオレの目の前に居るコウスケに差し出す。
「忘れてしもとったんやぁ、これ今晩の分な。ちゃんときれいに洗て、ゆっくり全部入れるんやで。はあはあ、それとなぁ、出えへん時はな、無理に力んだらいかん。便秘にはぎょーさんの水と繊維取らなあかんでぇ」
コウスケに便秘薬なのか座薬? らしい薬を手渡すと、じいちゃんは「切れてしもたら痛いからなぁ~」と、しみじみ口にしながら、また元来た道をすり足で帰って行った。
オレはコウスケの手を覗き込みながら、体調不良は糞詰まりが原因かと思ったのだが、青かった顔色が面白いくらい一瞬で白くなっていた。
尋常でない様子に、水掛け論を再開する気にはなれず「大丈夫か」と声をかけた。すると、コウスケは弾かれたようにその場を駆け出し、恐らく自室に戻るのだろう階段の方へと消えてしまう。
便秘を知られて恥ずかしかったのか? オレはコウスケの態度に思わず首を傾げてしまったが、さっきのやり取りを反芻していると、最悪のシナリオが頭に浮かんでしまい、オレは慌ててコウスケの後を追いかけた。
コウスケの部屋を訪ねたが、呼びかけても返事がないので、勝手にドアを開けて入ると、どうしてか、もぬけの殻だった。前に来た時に見たままの形で、布団が乱雑に敷かれた部屋を後にする。他に探す当てもなく、仕方がないので自室に戻ると、部屋の隅で蹲りグズグズ言ってるコウスケが居た。
「勝手に人の部屋に入ってんじゃねーよ」
その背中をとりあえず蹴っておいた。これは泣いてようと関係ない。ここはオレだけの部屋ではないのだ。当然のように上がり込まれては困る。
オレはコウスケの側に腰を下ろした。ゴメンと呟きながら顔を上げたので、狭間が入浴用に用意してくれていたタオルを手渡す。ティッシュでは何枚あっても足りそうにないからな。
「あの部屋に居たらスバルが戻って来そうで恐かったんだ」
まあ戻って来るんだろう。一応スバルの部屋だからな。なんと言葉を続けていいのか分からず、辛抱強くコウスケが続きを口にするのを待った。
「ここの所、スバルがまた発情し出して……えべっさんも気付いてると思うけど、おかしかっただろ?」
ここの所はオレ自身もテンションがやたら高くておかしかったので、正直スバルなんか全く見ていなかった。思い返してみれば、首筋を囓られた日もあったが、それ以外は特に何も思い当たらない。……先輩が毎日会ってくれるようになって、オレも相当舞い上がっていたんだな。
「えべっさんの所に夜這いに行った時、もっさんに邪魔されたって言ってた。それで今度は、ちゃんと、もっさんを起こされないように対策を立てるって……そしたら昨日、ガムテープ持って帰って来たんだ」
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