圏ガク!!

はなッぱち

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消灯後の校舎侵入の代償

お出迎え

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 少しだけ軽くなった気持ちのせいか、足取りも軽いものになり、すぐに学校のフェンス前に着いてしまった。ここまで来たら、さすがのオレでも手をつないだままというのは、よろしくない。フェンスをくぐらなきゃならない現実的な理由もある。オレは思い切って、自分から先輩の手を離した。けれど、一瞬だけ離れた手を先輩はすぐに捕まえ握り直し、真剣な顔をしてオレを見ていた。

「セイシュン、分かってると思うけど、本当は無断で山の中に入っちゃ駄目なんだ」

 そんな事は今更だが、先輩の真剣な雰囲気に飲まれて、オレは同じくらい真剣に頷いた。

「もし、誰かに今日の事を聞かれたら、俺に無理矢理連れ回されたって言うんだ。……約束できるか?」

 先輩は真剣な顔をして、また子供みたいに小指を突き出してくる。オレはコクンと小さく相槌を打って、先輩へと手を伸ばし、さっきされたみたいに先輩の小指を手のひらで包み込んだ。

「こら、セイシュン。冗談じゃないんだぞ。勝手に山に入るのは、夜中の校舎に入るよりリスクが高いんだ。だから、見つかったら反省文程度じゃ済まないんだ」

「ちゃんと分かってるよ。そりゃ遭難されたら大変だもんな。寮長の裁量でどうにかなる程度の罰じゃ済まないよな」

 オレがふてぶてしく言うと、先輩は呆れた表情で「じゃあ約束だ」と、もう片方の小指を鼻先に突きつけてくる。

「ぜってーヤダ。そんなしょーもない約束はする気ねぇよ」

 ちょっと強引に小指をまた握り込む。先輩の表情から、ちょろっと本気で怒っている気配が滲んだが、こっちも折れるつもりはないのだ。

「先輩に全部責任を押しつけるつもりはない。今日の事はむしろオレが無理を言ったんだ。それを言うなら、先輩こそ約束しろよ。もし誰かに見つかったら、オレが山に勝手に入っていくのを見つけて捕獲したんだって、そう言ってよ」

「そんな嘘を言う気はない」

「オレだって同じだ。だから、いいじゃん。そもそも、見つからないようにすればいいだけだろ。慎重に寮に戻るから大丈夫だって」

 先輩が嫌そうに溜め息を吐いた。これはオレを信用してない顔だな。でも、諦めてくれたらしく、手を引っ込めてくれた……と思ったら、先輩の指先がひらめき、次の瞬間、強烈な手刀がオレの額に炸裂した。

「先輩に口答えするからだ」

 額を押さえて呻くオレを見て、先輩は実に上級生らしい言葉を口にした。

「しょうがない、こうなったら意地でも、誰にも見つからずに寮まで送り届けてやるからな」

 痛みの隙間から先輩を見上げると、ついにやけてしまいそうな優しい表情が浮かんでいた。「家に帰るまでが遠足だしな」とボソッと呟く声が聞こえてしまい、やっぱりオレは我慢出来ず、口元が緩んでしまった。

 森と学校の境目であるフェンスを越える。人の手が入った平らな地面を足裏に感じて、少しホッとしている自分がいた。人目から逃れないといけない、ここからが大変なんだろうが、こんなクソみたいな場所でも『帰って来た』という気持ちを抱いてしまっているようだ。

「ちょっと表を見てくるな。少しここで待っていてくれ」

 オレがフェンスを抜けたのを見届けて、先輩は目の前にある出るときに使った扉ではなく、その横にある、まるでこの外への抜け道を隠すように積み上げられた、タイヤや木材で出来た山を音もなく登りだした。返事をしようと口を開きかけた時には、もう先輩の姿は見えず、オレも先輩に倣い目の前の大きなタイヤに手をかけたのだが、体重を乗せた途端、こちらに倒れてくるのではと思う程の揺れになり、慌ててタイヤから飛び降りた。

「忍者か、あの人は」

 オレより絶対に体重あるのに、なんで平気でこのゴミの山を登れるんだか。何かコツがあるのかな?
 
 先輩の言いつけ通り、大人しく待つべきなのは分かっていたが、どうしてかジッとしていられなかった。かと言って、もう一度ゴミ山に挑戦するのは無謀なので、それに背中を向けてみる。反対側はブロック塀が、これまた高々と築かれていた。手をかける場所すらないブロック塀を登るのは無理だ……いや、わざわざ壁だのゴミだのを登る必要はない。オレはさっき越えたばかりのフェンスに向き直る。

 フェンスを伝って先輩の後を追えばいいんだ。そう思いついたオレは、早速フェンスに手を足をかけた。まあ、人が登る為に作られている訳ではないのだろう、網の部分が鋭く手のひらに食い込み痛い。それに体重を乗せると金属が軋むような音が大きく鳴った。このまま進むべきか、諦めて素直に待機するべきか。オレが真剣に頭を悩ませていると、唐突に、無遠慮に、背後の扉が勢いよく開かれた。

「ごめん、せんぱぃ……」

 オレは肩越しに振り返って、怒られる前に謝ろうとして、言葉が詰まった。しまったと後悔する事すら出来ず、オレは扉から出て来た奴に首根っこを掴まれ地面に引きずり落とされた。掴んでいたフェンスでか、地面に手を付いた時に砂利でやったのか、手のひらが切れてしまったらしく熱くなる。オレは小さく呻きながら、ズルズルとそのまま車庫の中へと物のように引きずられ、物が溢れた床へと投げ捨てられた。オレでなぎ払われたスパナか何かが床を転がる音が車庫内に木霊した。

「しっぽりとお楽しみだったようだな。随分と待ち侘びたよ」

 埃っぽいこの場所には不似合いな、よく通る会長の声が、多分の皮肉を含みオレの頭上から降ってきた。

 背後で扉を閉じた上ご丁寧に鍵までかけやがった人の事を放り投げた奴が、また無造作にオレの服を乱暴に掴んできた。無理矢理に上体を起こされ、膝立ちの状態でオレは会長と顔を合わせた。

 雑多な車庫内で、そこだけ見事に別空間だった。生徒会室で見た悪趣味な椅子を床に敷いてあった絨毯ごと、この車庫に持って来たらしい。椅子に深く腰掛け、気怠げに頬杖をついている会長は、長い足を組みそのつま先を僅かに揺らしていた。磨き上げられた靴は、車庫の照明に照らされて冗談みたいな光沢がある。

 オレと目が合うや、会長はハッと鼻で笑った。

「お前には言いたい事が色々あるが、今は邪魔が入る前に聞いておきたい事がある。夷川清春」

 いきなりフルネームで呼ばれたせいで、必要以上に身構えてしまう。会長の声は態度と違い、余裕が全くない。オレは自分を掴む手を振り払って立ち上がり「はい」と返事をする。

「笹倉政史は知っているな」

 さっき切った手のひらがズキズキと疼く。心臓がドクドクと鳴っているせいだろうか、血が勢いよく外に流れ出ているのかもしれない。夕べの事が頭に蘇る。口の中が気持ち悪くて唾を吐き出したくなった。

「夕べ、あの男と何があった?」

 会長は、なんで、そんな事を聞くんだ。何もかも見透かすような鋭い視線を向けられて、思わず一歩、退いていた。

「ちゃんと会長のお言葉に答えなさい。君は笹倉君に何をされたんです?」

 肩を掴まれ、顔を覗き込まれた。あぁ、オレを物扱いしてくれたのは、生徒会室に居た一見まともそうに見える変態野郎だった。

「笹倉……先輩とは、医務室を半壊させた時に、食堂で説教受けた時から、顔も見てません」

 オレがそう答えると、変態は問答無用でオレを床に組み伏せた。抵抗する間もなく、床に頬を打ち当て、鈍い痛みに奥歯を噛みしめていると、手から伝わる激痛に目の前がチカチカし出した。喉がひりつくような声が自然と漏れる。変態が傷口を抉るように爪を立てていた。

「会長のお言葉に嘘偽りで答えるなど、あってはならない事です。悔い改め、もう一度ちゃんと真実を口になさい」

 痛い、痛い、痛い。

 頭の中を占めるのは、肉を千切られようとする痛み、痛み、痛み。それなのに目に映る真っ赤な自分の手は、なんか作り物みたいに思えて妙に現実味がない。歯を食いしばっても、嗚咽はその隙間から際限なく漏れて、どうしようもない。

 なんて答えりゃ、こいつらは満足なんだ。真実ってなんだ! あいつらに犯されそうになったって事かよ。そんなん聞いてどうする気だ。分からない。なんで、オレがこんな目に遭ってるのかも分からない。

「何を勘違いしているのかは知らないが、私はお前自身に興味はない。私が知りたいのは」

 会長が口を開くと、変態はピタリと動きを止めた。手が心臓になったようにドクドクと脈打ち痛むが、呼吸を整えて、なんとか会長の言葉を拾おうと耳をすます。

「私の友人が、どうして自身の将来を閉ざすであろう、軽率な行動をしたのか……その原因についてだ」

 会長の声には、オレに対する憎悪と、もう一つ何か別の感情が混ざり合っていた。
 てめぇの交友関係なんて知るはずねぇだろ。他を当たれと、痛みに任せて暴言を吐く所だったが、何かとんでもない事を言われているのではと、冷静な部分がそれを止めた。

 カツンと靴底で床を鳴らしながら、会長が近づいて来る。何も言わず、変態はオレを再び引きずり起こした。

「お前は、金城に何をさせたんだ」

 ゾクッと背筋が震える。会長の友人とやらが、先輩なんだとすれば、先輩が、何かをしたのか? 夕べ? 先輩はオレを笹倉たちから助けてくれた。笹倉の悲鳴? あれか? あれを先輩がやったのか? いや、だからって、なんでこんな大袈裟なんだよ。誰かに殴られた蹴られたなんて、この学校じゃあ日常茶飯事だろ! オレだって、あいつらに結構派手にやられた、今だってそうだ! オレの血がベッタリ付いた手をした奴が居るだろ! なんで会長は、ここまで切実な顔をするんだよ。
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