圏ガク!!

はなッぱち

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初デート!!

帰り道

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 オレが一人、恥ずかしさからの復活の為バカな事を考えていると、先輩はリュックに手を突っ込んだ状態で、こちらをチラチラ窺いながら落ち着かない様子だった。オレがまだ少し赤い顔を、表情で平静を装いながら向けると、先輩は嬉しそうな顔をして、勢い良くリュックから手を引き抜いた。先輩は手に一枚の板チョコを持ち、こちらに突きつけるみたいに翳し「じゃーん」と真剣な顔して言うから、おかしくて吹き出してしまった。

 先輩はオレの反応が不思議だったらしく、何か間違えて出したかなと、手の中のチョコを何度も確認しては首を傾げている。その仕草もなんか堪らなくて悶えそうになった。

「お待ちかねのチョコレートだぞーって、もしかして、セイシュンの考えてたチョコレートと違ってたか?」

 オレが意味不明に一人で盛り上がってしまったせいで、先輩に不安そうな顔をさせてしまった。オレは慌てて頭を切り換える。

「そんな事ないよ。チョコ見るのすら久し振りすぎて変にテンション上がってただけ」

 そう伝えると、先輩はオレの手にチョコを渡してくれた。

「あ、赤色のチョコだ!」

 その見覚えのあるシンプルなパッケージに思わず声が弾んでしまう。 

 チョコレートが特別好きという訳ではないが、ちょっと前までコンビニで弁当を買う時には、一緒に板チョコも買っていた。商品棚には所狭しと色々なチョコ菓子が並んでいたが、いかにも女子が好きそうな可愛らしいパッケージには手が出せなくて、シンプルで男らしい茶色の板チョコばかりを食っていた。

 いつも買う板チョコの隣にあったのが、この赤色のチョコ。何が違うのか分からないが、いつものより甘いらしい謳い文句に何度も手を伸ばしかけたが、結局いつも茶色のチョコを買ってしまっていたのだ。

「セイシュンは茶色のチョコレートが好きなのかー」

「別に好きって訳じゃないよ。ずっと、この赤色の食べてみたかったんだ」

 先輩が残念そうな声でそう言うので、オレは慌てて訂正する。すると、どうして今まで赤いチョコを買わなかったのかと聞かれてしまった。

「チョコ買うのとか恥ずかしいのに、その上、なんか赤色って恥ずかしいじゃん。女子みたいで」

 渋々答えると、先輩は一瞬ポカンとした顔をした後、失礼にも吹き出しやがった。

「変なトコばっかり気にするんだなぁ」

 さっき不覚を取ったヨダレの事も、その変なトコに含まれているらしい。でも、これは言わせて貰う。それは単に先輩の心がとんでもなく広いだけだ! 普通だったら怒るのが当たり前なんだ!

「唾を吐かれた訳じゃないんだ。そんな怒るような事か?」

「状況は違っても、結果は同じだろ。だから、別にそこは変じゃないんだ。気にしない先輩の方が変なんだよ」

 納得出来ないと言いたげな先輩は、「じゃあそっちは?」と、オレの手の中にあるチョコを視線で指した。
 
 そりゃあオレだって、別にコアラとかキノコとかタケノコとかの形した菓子を買おうと、誰も気にしないって頭では理解してるんだ。でも、普通に考えて男が一人で、しれっとそんな可愛らしい菓子を買ってたら変だろ! それと一緒だよ。なんか赤色のチョコって、バレンタイン時にやってる宣伝のイメージが強いじゃん。いかにも女子って感じするだろ。

 オレがチョコレートのイメージを捲し立てると、先輩は「やっぱりセイシュンは変だ」とオレの主張をバッサリ切り捨てた。それも笑いながら。何故この恥ずかしさが分からんのかと、オレがむくれている間に、先輩はリュックから水の入ったペットボトルと残っていたおにぎりを取り出していた。

「ちょ、先輩、そのおにぎり、どうするつもりだよ」

 手にしたおにぎりのホイルを開きだした先輩にオレは待ったをかける。おにぎりを見て、先輩は苦笑いを浮かべた。

「自分で作った物だしな、責任持って片付けようかと思って」

「オレも食べるよ! ちゃんと半分くれよ」

「んーもういい時間だしな。今こんなモン食ったら夕食が入らなくなるぞ。それにセイシュンはチョコレートだ。チョコレート担当。だからこっちは俺に任せろ、な」

 別に夕食が入らなくなったって問題無い。夕食の分量が絶対的に足らないらしい、食い終わった瞬間から「腹が減った」とか言い出す皆元と一緒なんだ。全部くれてやればいい。

 それよりも、先輩が作ってくれたおにぎりだ。先輩はどうもオレが無理して手伝おうとしていると思っているらしいが、それは断じて違う。例え先輩であろうと、他の奴の胃袋にくれてやるなと、オレの体が訴えてくるのだ。

「どっちも半分ずつにしよう。それならいいだろ」

 オレは赤い包装紙を破り、銀紙を剥かずにチョコを半分に割って先輩に押しつけた。

「ほら、おにぎり、半分にしてよ。んで、ちゃんとオレにも寄越せ! 独り占めとか卑怯だぞ」

 キレ気味に急かすと、先輩は勢いに流される形でおにぎりを半分に割ってくれた。しっかりと握られていたおにぎりは、見るからに大きさに差はあったが崩れる事なく二つになった。先輩は手の中の二つを見比べて、少し迷いつつも大きい方をオレに差し出してくれる。

「ありがと」

 お礼を言って受け取ると、オレは自分の顔を見られないよう、先輩の隣に近すぎるくらいの距離にドーンと座って、おにぎりにかぶり付いた。

 おにぎりとチョコでは食い合わせが悪いとか言い出した先輩を横目に、オレは二つともしっかり味わいながら腹におさめる。最後の一口として残していたチョコを目ざとく見つけられ、先輩はそれをヒョイとオレの手から奪い、代わりに先輩の丸々残ったチョコをオレに握らせた。

「俺は一口あれば十分だ」

 オレの歯形が残ったチョコを口に放り込んだ先輩は、返品は受け付けないと言いたげな顔でこちらを見る。結局、先輩の言葉に甘えて、オレはもう半分もペロリと頂いた。

 それから、わだかまりのとけた先輩との時間は、本当にあっと言う間に過ぎた。無理だ無理だと言う先輩を無理矢理背負って歩いたり、登れそうな木を見つけて一人で勝手に登ったら降りられなくなって先輩に助けてもらったり……また手をつないで歩いたり。本当に楽しくて、余計な事を考える暇なんてなかったおかげで、オレは今日の終わりが見えるまで、先輩を困らせるような事をしようとは思わなかった。

 日が沈み、すっかり辺りが暗くなった頃、遠目に学校の灯りがチラチラと見え出した。疲れた訳ではないが、自然とオレも先輩も口数が少なくなる。

 握られていた先輩の手から、ゆっくりと力が抜けていく。離れてしまった手が、急に冷たく感じた。

「セイシュン、今日は」

 続く言葉は『ありがとうな』だろうか。

「先輩!」

 今日という日の幕引きをオレはまだ聞きたくなくて、その言葉をかき消すような声で先輩を呼んだ。驚いた顔をしているらしい先輩は、それでも優しく「どうした?」と、こちらを窺ってくれる。離れた手を、今度はオレから強く握った。辺りが暗いせいで、きっと表情なんてちゃんと見えない。それでも、オレはただ握りしめた手だけを見つめて口を開いた。

「今日は、すげぇ楽しかった。こんなに楽しいのは本当に生まれて初めてで、あー、あの、大袈裟だけど、引かれるかもしんないけど、本当で……だから、あ、ありがとう」

 手に汗が滲む。どこかが震えているような気すらすると思ったら、声が情けないくらい震えていた。

「俺も楽しかったよ。ありがとな、セイシュン」

 先輩の優しい声に胸がグッと熱くなった。大丈夫だ。言える。続きも言ってしまえる。

「だ、から……じゃなくて、その……あ、の。あのさ、また一緒に遊ぼうよ。てか、遊んで下さい」

 オレは震える声に乗せて、図々しいお願いを口にした。

 先輩の声が聞こえない。

 「うん」とも「いや」とも。

 震えは指先にまで広がってしまう。

 先輩が口を開く気配はするのに、返事はなかなか聞こえて来なかった。

 先輩の手を握り潰す訳にもいかず、沸き上がってくる不安を下唇を噛む事で押さえつける。じわりと血の味が舌に広がっても、先輩の声は聞こえてこない。

 別に変な意味で言ったんじゃない。ただ普通に一緒に居たいだけだ。必死で言い訳を考えていると、胸の奥がスッと冷たい何かで満ちてくる。

 言葉の上では変な意味なんてない。けれど、オレの中では、それは確実に、きっと違う意味も含まれていた。

「…………この山さ」

 たんまりと沈黙を抱えた後の先輩は、独り言のような小さな声で話し始めた。

「学校から見て反対側、ん、丁度裏側になるのかな。そこに小さな民家があってさ。爺さん婆さんの二人で、ほぼ自給自足しながら住んでるんだけど、冬場はさすがに体が辛いらしくて、山を下りるんだ」

 先輩が何を言いたいのか分からず、恐る恐る相槌を打つ。話の終着点が見えず、不安は少しも消えないが、先輩が何かを答えようとしてくれているのは伝わり、オレは血の滲む下唇を拭うように舌で撫でながら続きを待つ。

「息子夫婦が山を下りた先にある村で暮らしてるらしくてな。まあ、その辺はいいか。ん」

 先輩はまた沈黙してしまう。少し落ち着いたのか、手の震えは止まっていた。

「温泉あるんだ。そこに」

 オレは思わず顔を上げる。温泉という単語に反応した訳ではない。先輩がオレの手を握り返してくれたのだ。

「冬場にな、家屋の補修をしてくれるなら、家を自由に使ってもいいって言ってくれてるんだけど…………ん、その、セイシュンは温泉とか」

「温泉行きたい! オレ温泉とか入った事ない!」

 次の約束だ。嬉しくてオレは先輩の手を両手で握って、ブンブンと握手するみたいに豪快に振る。先輩が困ったように笑ってくれた。

「先輩、約束な!」

 さすがに前の時みたいに飛びつくのは我慢した。その代わり、今度はオレから、先輩の鼻先に小指を突き出す。

「冬場の話だ。これは、まだ早い」

 けれどオレの小指は、やんわりと先輩の大きな手に包まれてしまった。

「いいじゃん、別に。先の約束したって」

 つい文句を垂れてしまう。ふて腐れた声で言うと、先輩はちょっと痛いくらいの力でオレの頭を撫で回して、わざとらしく笑って見せた。

「そんな顔すんな。いいものやるからさ……ほれ、これ持って帰れ」

 リュックのサイドポケットに手を突っ込んだと思ったら、先輩はリュックを下ろさず何かを器用に取り出していた。オレの鼻先に突きつけられたそれは、ピーナッツやらが入ったチョコバーだった。

「今日のお土産だ。これならポケットにも入るだろ」

 誤魔化されたみたいな気がして、なかなか受け取らないオレに、先輩は小さく息を吐くと、無理矢理オレのポケットにチョコバーをねじ込んできた。腰を掴まれて、一瞬ドキッとしてしまった。前途多難だなと反省していると、先輩が当然のようにオレの手を握り直した。

「帰ろう、セイシュン」

 オレは素直に返事をする。先輩に手を引かれて歩くのは、この先が圏ガクだろうと止める事は難しそうだった。
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