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圏ガクの夏休み
初めての下山
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振り返ると、いつもは酷い寝癖とヨレヨレのジャージがトレードマークの担任が、小綺麗な格好で(とは言えジャージなのだが)立っていた。
「後輩にいびられて泣くな小吉」
「泣いてないです! ちょっと鼻がツンとしただけです!!」
復活した小吉さんは、吠えるような勢いで訳の分からない言い訳をした後、丁寧に頭を下げて「おはようございます」と担任に挨拶をしたので、オレもそれに倣った。すると、改めてオレに視線を向けてきた担任が、深い深い溜息を吐いた。
「夕べはこいつらと一緒だったのか?」
小吉さんを顎で指し、聞かれてしまったのだが、どう答えるべきか迷う。当然の事ながら、オレは昨日の消灯前点呼の時、自室にはいなかった。それを咎められるのは仕方無いが、そのとばっちりを小吉さんたちが受けるのは申し訳ない。
「はい! 谷垣先生、聞いてくれよ! こいつ、おれの作ったトマト美味しいって言って四つも食ってくれた!」
オレが必死で答えを考えている間に、小吉さんが代わりに元気よく返事をしてくれた……のだが、ついでに昨日の事を報告しながら思い出したのか、嬉し泣きを始めてしまい、オレはなんとも居たたまれなくなり、つい手に持ったままの手ぬぐいで涙を拭った。
「いちいち泣くな! 朝から鬱陶しい!」
更に「ありがとう、ありがとー!」と号泣し出した小吉さんの後頭部を担任は慣れているのかパシーンといい音を鳴らしながら叩いた。
後頭部にスイッチでもあるのか、担任に叩かれた小吉さんは、ビシッと敬礼でもするように姿勢を正し、垂れ流されていた感情を自分の中に引っ込めた。器用な人だなぁと呆れつつも、今度、小吉さんを泣かせてしまった時には、オレも涙を拭うのではなく止めてやろうと、担任の見せた手首の動きをしっかり記憶した。
集合時間まで十分ほどあった余裕は、園芸部のミーティングに費やされ、集合場所である食堂に着く頃には四時半を回ろうとしていた。出入り口付近の席に座り、他の連中が来るのを待つ……が、集合時間を五分過ぎても残留一年は誰一人、姿を見せなかった。火を点けていない煙草を咥えて、食堂内の時計をジッと睨み付けている担任から、香月たちを呼びに行けと指示されるんじゃないかと思い、内心ひやひやしていたのだが、集合時間から十分が経つと唐突に立ち上がり、オレと小吉さんは「行くぞ」と短く告げられた。
「え、二人だけでいいの?」
車庫に向かう道中、隣で何の疑問も抱かず歩いている小吉さんに小声で聞く。旧館で寝起きしているのは、残留の一年のみなはずだ。オレが起こしに行くのは勘弁だが、奴らを叩き起こすのなら他にも手はある。手っ取り早く、館内放送で起床ラッパよろしく担任が一声怒鳴り上げれば、嫌々ながらも下りてくるだろう。
「うん。初日っつーか、前半はこんなもんだよ」
楽しそうに歯を見せながら小吉さんは、去年は自分一人だったと教えてくれた。
「『強制』じゃないから?」
プリントにあった圏ガクらしからぬ内容のせいなのかと問えば、あっさり「そう」と答えが返って来る。
「向こうさんの希望なんだって。あくまで生徒が自主的に参加することが重要とか言ってた。まあ、バイトじゃなくてボランティアだからな。やる気ない奴が嫌々参加しても邪魔なだけなんだろ」
オレも特別やる気がある訳じゃあないので、少し言葉に詰まってしまった。それには気付かず小吉さんは続ける。
「もうちょっとしたら、どんどん増えてくよ。みんな嫌でも『自主的に』なっちゃうから」
「あいつらが?」
香月たちの顔が思い浮かび、その言葉が信じられず声に出すと、したり顔で小吉さんは笑う。
「そ、どんな奴でも、絶対に下りるようになる……でなきゃ、本気で夏休み中、ずーっと缶詰生活だからな」
けれど最後に浮かべた、配給の味、非常食の缶詰の味を知っている者だけが浮かべる事の出来る諦観の表情には、とてつもない説得力があり、オレは納得した。
乗客が二人のせいか、下山に使う車は、一度乗ったスクラップ寸前のバスではなかった。
「おう、早く乗れ」
正直……目の前の現実について行けていない。担任が車庫から乗り出して来たのは、バスと同様に傷だらけで、白いボディの塗装が剥げた上に汚れ、縞々模様になった軽トラだったのだ。
「よぉうし! 夷川、おれの上に乗れぇ!」
何故かテンションが高い小吉さんは、満面の笑みで自分の膝をパンパンと両手で叩いている。膝の上に乗れと? てか、軽トラの定員って二人だろ……三人乗れるのかな? いやいや、普通に駄目だろ普通に!
「先生、この車に三人乗ったら駄目だろ。道路交通法違反、とかになるんじゃ……ないですか?」
そこまで厳密に制限とかないかもだけど、仮にも教師が生徒を乗せての運転だろ。どうか真っ当な判断をしてくれと必死に訴えると、担任は酷く心外そうな顔をした。
「何を阿呆な心配してんだ。大丈夫に決まってんだろ。下山に使う道は全部私有地だ」
そういう問題じゃねーよ! 普通のバスでも、あれだけ悲惨な道中だったんだぞ。それを軽トラに詰め込まれた状態で、再体験するなんざ、正気の沙汰じゃねぇ。
「なんだよ。おれの上は嫌なのか?」
一向に乗る意思を見せないオレに、小吉さんは不服そうに聞いてくるので「嫌だ」と即答してやる。すると、さっきのテンションをそのまま反転させたような、ガキみたいな拗ね方を見せながら、ピョンと助手席から飛び降りた。
「じゃあ、一人で乗ればいいだろ。おれは後ろに乗るもんねー」
手慣れた様子で、荷台に飛び乗る小吉さん。そこは本来人が乗る場所じゃねーだろ、本当に大丈夫なんだろうか。オレが一緒に乗るのを拒否したせいで、すっかり臍を曲げてしまった小吉さんを止めて欲しくて、担任の様子を窺うと中から伸びてきた手に襟ぐりを掴まれ、問答無用で車内に引きずり込まれてしまった。
「オラ、ぐだぐだ言ってねぇで行くぞ」
バタンと閉まる扉に足を挟まれそうになりながらも体を起こすと、軽トラは急発進し、初っぱなからオレは頭を思い切りぶつけてしまった。
「小吉! 振り落とされんなよ!」
担任の張り上げる声に急かされ、慌ててシートベルトを装着した。古いせいか、単に壊れているのか、ベルト部分がベローンと弛んでいて、あまり役に立ちそうになかったが、藁にも縋る思いで余った部分を自分で握り込み、必死で体を固定する。
担任がアクセルを踏みつける度に、地鳴りのようなエンジン音が車体を揺らし、オレは一瞬で恐怖に取り憑かれた。普段からおっかない担任は、ハンドルを握ると更に性格が豪快になるらしい事が、乗車数秒で身に染みて分かってしまったからだ。
少し小高い丘のようになっている校門を出る時、映画みたいに軽トラが一瞬宙に浮き、勢いよく地面に着地した衝撃で、ケツを思い切り叩きつけられたショックのせいか、オレは抗議する言葉を失い、ただひたすらに祈り続けた。どうか無事にこの軽トラから下りられますように、と。
「へぶぅ!」
ベチャッと荷台で跳ねた小吉さんが潰れる音が聞こえたので、すかさず小吉さんが道中、荷台から転がり落ちませんようにとつけ足した。
それから暫く、予想通り、胃の中がひっくり返ると言うか、内蔵が丸ごとシェイクされるような濃厚な時間を過ごす事になった。
何度となく跳ねる軽トラから、小吉さんは二度ほど落ちたし、恐ろしい事に助手席に乗っていたオレですら数回落ちそうになった。ベルトだけでなく、扉もバカになっているらしく、何かに乗り上げて車体が大きく跳ねると、その衝撃で開いたりしたせいだ。
足場の悪い道を走っているというのに、担任はまるで気にするふうもなく、思い切りアクセルを踏みやがるので、一瞬どころか数秒は空中を飛ぶ事が何度もあったと思う。
小吉さんが転がり落ちた時、決死の思いで安全運転を訴えようとしたが「舌噛みたいのか、黙ってろ!」と、一喝と同時にアクセルを全開にされて断念。車酔いなんて生易しい感覚はなく、軽トラが跳ねない真っ平らな地面に辿り着いた時には、体の感覚が丸ごと麻痺しているような状態に陥っていた。
私有地である山から出ると、軽トラはぐんと速度を落とし、さっきまでの悪夢が嘘のようにタラタラと走った。窓から入る朝の涼しい空気が、エアコンのない車内を通り抜けていくと、徐々に麻痺した五感と正常な思考が戻って来たので、慌てて背後を小吉さんの無事を確認する。
「小吉さん! まだ生きてる?」
背後を振り返ると、荷台に寝転がっている小吉さんが、手だけで返事をしてきた。二度三度、力なくだが手を振ってくれたので、ホッと一安心。帰りの事を思うと、果てしなく憂鬱になるのだが、今はあえて考えないようにした。けれど、これが毎日続くのかと、嫌でも考えてしまい深い溜め息を吐いた。
何もないと言うか、ただひたすらに畑や田んぼが続く道を走ると、次第にポツンポツンとだが小屋だか家だかが視界に入るようになってきた。どこへ向かっているのか、気にはなったが、口を開く余力はなく、黙ったまま軽トラに揺られていると、ものの数分で、古い家だがちらほら見える、紛れもない集落……というか、寂れてはいるが町の中に進入していた。
車内の時計で時刻を確認すると、五時を十分ほど回った所だったが、畑や田んぼで作業があるのか、何人かの住人とすれ違う。どの人も爺さん婆さんと言った雰囲気だったが、久し振りに見る圏ガク関係者以外の姿にちょっと感動して、視線で追ってみると、向こうもこちらが物珍しいらしく高確率で目が合った。
足を止めてまで、ジッとこちらを眺める婆さんを見送ってからオレは、いつの間にやら煙草を咥えていた担任に声をかけた。煙草を吸えないせいか、アクセルを思い切り踏めないせいか、少し不機嫌そうな(と言ってもデフォルトなのだが)声で返事を寄越したので、ずばり疑問を口にする。
「オレらって、もしかしなくても、迷惑なんじゃないですか?」
軽トラにはデカデカと学校の名前が入っている。それを目にした途端、ぼんやりしていた爺さん婆さんたちは、一様に分かりやすく険悪な表情になったのだ。
「後輩にいびられて泣くな小吉」
「泣いてないです! ちょっと鼻がツンとしただけです!!」
復活した小吉さんは、吠えるような勢いで訳の分からない言い訳をした後、丁寧に頭を下げて「おはようございます」と担任に挨拶をしたので、オレもそれに倣った。すると、改めてオレに視線を向けてきた担任が、深い深い溜息を吐いた。
「夕べはこいつらと一緒だったのか?」
小吉さんを顎で指し、聞かれてしまったのだが、どう答えるべきか迷う。当然の事ながら、オレは昨日の消灯前点呼の時、自室にはいなかった。それを咎められるのは仕方無いが、そのとばっちりを小吉さんたちが受けるのは申し訳ない。
「はい! 谷垣先生、聞いてくれよ! こいつ、おれの作ったトマト美味しいって言って四つも食ってくれた!」
オレが必死で答えを考えている間に、小吉さんが代わりに元気よく返事をしてくれた……のだが、ついでに昨日の事を報告しながら思い出したのか、嬉し泣きを始めてしまい、オレはなんとも居たたまれなくなり、つい手に持ったままの手ぬぐいで涙を拭った。
「いちいち泣くな! 朝から鬱陶しい!」
更に「ありがとう、ありがとー!」と号泣し出した小吉さんの後頭部を担任は慣れているのかパシーンといい音を鳴らしながら叩いた。
後頭部にスイッチでもあるのか、担任に叩かれた小吉さんは、ビシッと敬礼でもするように姿勢を正し、垂れ流されていた感情を自分の中に引っ込めた。器用な人だなぁと呆れつつも、今度、小吉さんを泣かせてしまった時には、オレも涙を拭うのではなく止めてやろうと、担任の見せた手首の動きをしっかり記憶した。
集合時間まで十分ほどあった余裕は、園芸部のミーティングに費やされ、集合場所である食堂に着く頃には四時半を回ろうとしていた。出入り口付近の席に座り、他の連中が来るのを待つ……が、集合時間を五分過ぎても残留一年は誰一人、姿を見せなかった。火を点けていない煙草を咥えて、食堂内の時計をジッと睨み付けている担任から、香月たちを呼びに行けと指示されるんじゃないかと思い、内心ひやひやしていたのだが、集合時間から十分が経つと唐突に立ち上がり、オレと小吉さんは「行くぞ」と短く告げられた。
「え、二人だけでいいの?」
車庫に向かう道中、隣で何の疑問も抱かず歩いている小吉さんに小声で聞く。旧館で寝起きしているのは、残留の一年のみなはずだ。オレが起こしに行くのは勘弁だが、奴らを叩き起こすのなら他にも手はある。手っ取り早く、館内放送で起床ラッパよろしく担任が一声怒鳴り上げれば、嫌々ながらも下りてくるだろう。
「うん。初日っつーか、前半はこんなもんだよ」
楽しそうに歯を見せながら小吉さんは、去年は自分一人だったと教えてくれた。
「『強制』じゃないから?」
プリントにあった圏ガクらしからぬ内容のせいなのかと問えば、あっさり「そう」と答えが返って来る。
「向こうさんの希望なんだって。あくまで生徒が自主的に参加することが重要とか言ってた。まあ、バイトじゃなくてボランティアだからな。やる気ない奴が嫌々参加しても邪魔なだけなんだろ」
オレも特別やる気がある訳じゃあないので、少し言葉に詰まってしまった。それには気付かず小吉さんは続ける。
「もうちょっとしたら、どんどん増えてくよ。みんな嫌でも『自主的に』なっちゃうから」
「あいつらが?」
香月たちの顔が思い浮かび、その言葉が信じられず声に出すと、したり顔で小吉さんは笑う。
「そ、どんな奴でも、絶対に下りるようになる……でなきゃ、本気で夏休み中、ずーっと缶詰生活だからな」
けれど最後に浮かべた、配給の味、非常食の缶詰の味を知っている者だけが浮かべる事の出来る諦観の表情には、とてつもない説得力があり、オレは納得した。
乗客が二人のせいか、下山に使う車は、一度乗ったスクラップ寸前のバスではなかった。
「おう、早く乗れ」
正直……目の前の現実について行けていない。担任が車庫から乗り出して来たのは、バスと同様に傷だらけで、白いボディの塗装が剥げた上に汚れ、縞々模様になった軽トラだったのだ。
「よぉうし! 夷川、おれの上に乗れぇ!」
何故かテンションが高い小吉さんは、満面の笑みで自分の膝をパンパンと両手で叩いている。膝の上に乗れと? てか、軽トラの定員って二人だろ……三人乗れるのかな? いやいや、普通に駄目だろ普通に!
「先生、この車に三人乗ったら駄目だろ。道路交通法違反、とかになるんじゃ……ないですか?」
そこまで厳密に制限とかないかもだけど、仮にも教師が生徒を乗せての運転だろ。どうか真っ当な判断をしてくれと必死に訴えると、担任は酷く心外そうな顔をした。
「何を阿呆な心配してんだ。大丈夫に決まってんだろ。下山に使う道は全部私有地だ」
そういう問題じゃねーよ! 普通のバスでも、あれだけ悲惨な道中だったんだぞ。それを軽トラに詰め込まれた状態で、再体験するなんざ、正気の沙汰じゃねぇ。
「なんだよ。おれの上は嫌なのか?」
一向に乗る意思を見せないオレに、小吉さんは不服そうに聞いてくるので「嫌だ」と即答してやる。すると、さっきのテンションをそのまま反転させたような、ガキみたいな拗ね方を見せながら、ピョンと助手席から飛び降りた。
「じゃあ、一人で乗ればいいだろ。おれは後ろに乗るもんねー」
手慣れた様子で、荷台に飛び乗る小吉さん。そこは本来人が乗る場所じゃねーだろ、本当に大丈夫なんだろうか。オレが一緒に乗るのを拒否したせいで、すっかり臍を曲げてしまった小吉さんを止めて欲しくて、担任の様子を窺うと中から伸びてきた手に襟ぐりを掴まれ、問答無用で車内に引きずり込まれてしまった。
「オラ、ぐだぐだ言ってねぇで行くぞ」
バタンと閉まる扉に足を挟まれそうになりながらも体を起こすと、軽トラは急発進し、初っぱなからオレは頭を思い切りぶつけてしまった。
「小吉! 振り落とされんなよ!」
担任の張り上げる声に急かされ、慌ててシートベルトを装着した。古いせいか、単に壊れているのか、ベルト部分がベローンと弛んでいて、あまり役に立ちそうになかったが、藁にも縋る思いで余った部分を自分で握り込み、必死で体を固定する。
担任がアクセルを踏みつける度に、地鳴りのようなエンジン音が車体を揺らし、オレは一瞬で恐怖に取り憑かれた。普段からおっかない担任は、ハンドルを握ると更に性格が豪快になるらしい事が、乗車数秒で身に染みて分かってしまったからだ。
少し小高い丘のようになっている校門を出る時、映画みたいに軽トラが一瞬宙に浮き、勢いよく地面に着地した衝撃で、ケツを思い切り叩きつけられたショックのせいか、オレは抗議する言葉を失い、ただひたすらに祈り続けた。どうか無事にこの軽トラから下りられますように、と。
「へぶぅ!」
ベチャッと荷台で跳ねた小吉さんが潰れる音が聞こえたので、すかさず小吉さんが道中、荷台から転がり落ちませんようにとつけ足した。
それから暫く、予想通り、胃の中がひっくり返ると言うか、内蔵が丸ごとシェイクされるような濃厚な時間を過ごす事になった。
何度となく跳ねる軽トラから、小吉さんは二度ほど落ちたし、恐ろしい事に助手席に乗っていたオレですら数回落ちそうになった。ベルトだけでなく、扉もバカになっているらしく、何かに乗り上げて車体が大きく跳ねると、その衝撃で開いたりしたせいだ。
足場の悪い道を走っているというのに、担任はまるで気にするふうもなく、思い切りアクセルを踏みやがるので、一瞬どころか数秒は空中を飛ぶ事が何度もあったと思う。
小吉さんが転がり落ちた時、決死の思いで安全運転を訴えようとしたが「舌噛みたいのか、黙ってろ!」と、一喝と同時にアクセルを全開にされて断念。車酔いなんて生易しい感覚はなく、軽トラが跳ねない真っ平らな地面に辿り着いた時には、体の感覚が丸ごと麻痺しているような状態に陥っていた。
私有地である山から出ると、軽トラはぐんと速度を落とし、さっきまでの悪夢が嘘のようにタラタラと走った。窓から入る朝の涼しい空気が、エアコンのない車内を通り抜けていくと、徐々に麻痺した五感と正常な思考が戻って来たので、慌てて背後を小吉さんの無事を確認する。
「小吉さん! まだ生きてる?」
背後を振り返ると、荷台に寝転がっている小吉さんが、手だけで返事をしてきた。二度三度、力なくだが手を振ってくれたので、ホッと一安心。帰りの事を思うと、果てしなく憂鬱になるのだが、今はあえて考えないようにした。けれど、これが毎日続くのかと、嫌でも考えてしまい深い溜め息を吐いた。
何もないと言うか、ただひたすらに畑や田んぼが続く道を走ると、次第にポツンポツンとだが小屋だか家だかが視界に入るようになってきた。どこへ向かっているのか、気にはなったが、口を開く余力はなく、黙ったまま軽トラに揺られていると、ものの数分で、古い家だがちらほら見える、紛れもない集落……というか、寂れてはいるが町の中に進入していた。
車内の時計で時刻を確認すると、五時を十分ほど回った所だったが、畑や田んぼで作業があるのか、何人かの住人とすれ違う。どの人も爺さん婆さんと言った雰囲気だったが、久し振りに見る圏ガク関係者以外の姿にちょっと感動して、視線で追ってみると、向こうもこちらが物珍しいらしく高確率で目が合った。
足を止めてまで、ジッとこちらを眺める婆さんを見送ってからオレは、いつの間にやら煙草を咥えていた担任に声をかけた。煙草を吸えないせいか、アクセルを思い切り踏めないせいか、少し不機嫌そうな(と言ってもデフォルトなのだが)声で返事を寄越したので、ずばり疑問を口にする。
「オレらって、もしかしなくても、迷惑なんじゃないですか?」
軽トラにはデカデカと学校の名前が入っている。それを目にした途端、ぼんやりしていた爺さん婆さんたちは、一様に分かりやすく険悪な表情になったのだ。
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