圏ガク!!

はなッぱち

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圏ガクの夏休み

圏ガクの評判

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 担任は何も答えず、自分のポケットを漁り、ライターを取り出すと咥えた煙草に火を点けた。しみじみと味わうように大きく胸を膨らませた後、溜め息を吐くように紫煙を吐き出すと、車内にある灰皿を引き出し、中に溜まっていた吸い殻にグリグリと先を押しつけ火を消した。躊躇無く一口だけ吸った煙草を捨て、担任は「そうだ」と短く呟く。

「うちの学校は、素行も頭も悪い連中ばっかりだからな」

 独り言みたいな担任の言葉に、オレは特に何も言い返さなかった。言われてみればその通り、けれど、それならば大人しく山に引きこもっている方がいいんじゃないかと思った。多分、地元の人たちが、オレたちに抱いている危惧や不快感は、間違っていないだろう。わざわざ、関わる必要性はないのだ。オレらみたいなのが居るという心配の種は、圏ガクの教師に全部押しつけ四六時中監視でもさせておけばいい。

 学校で過ごす時間と同じくらい、憂鬱になりそうな状況を知り、明日からどうしようかと考えていると、軽トラは快調にのろのろと進み、古いがちょっとした大きさの公民館へと乗り入れた。だだっ広い駐車場の隅の方へと停車すると、荷台でダンと小吉さんが跳ねる。軽トラから飛び降りたらしく、すぐに助手席の方へと回ってくると、ケロッとした顔で「大丈夫か」とこちらを気遣ってきた。

「小吉さんこそ平気?」

 すでにあちこち汚れた小吉さんは、軽トラから二度ほど転がり落ちているのだ。「大丈夫か」はこちらの台詞だった。

「あら、早いですね。谷垣先生、おはようございます」

 小吉さんに外に引っ張りだされていると、公民館の玄関口から一人のおばさんが顔を出し、こちらへと駆けて来た。担任が保護者にもきっと見せない畏まった態度で挨拶を返しているのが可笑しい。

 担任と話すその人は、爺さん婆さんが見せた険悪な雰囲気など微塵も持ち合わせず、朝から快活で少し戸惑う。年はオレの母親と同世代か、少し上くらいだろうか。

「小吉君は来ると思ってたけど、見ない顔もいるわね」

 一通り挨拶をすると、今度はこっちに顔を向けられる。いきなり話を振られ、どうしたものかと口ごもっていると、担任に睨まれてしまった。隣で立つ小吉さんが、相手にもしっかり聞こえる小声で「自己紹介」と教えてくれたので、簡潔に自分の名前と学年を告げると、その人は嬉しそうに声を出して笑った。

「後輩を連れて来てくれたのね。さすが期待の星だわ」

 期待の星と言われ、だらしなく照れ始める生徒の後頭部を担任がまたスパーンと叩くと、本当にリセットボタンでもあるのかという勢いでビシッとなる小吉さん。いつもの事なのか、教師の生徒への体罰を目の当たりにしても、まるで動じないその人は、その様子を微笑ましそうに横目で見ながらオレに手を差し伸べてきた。

「はじめまして。私はここら一帯を管理させてもらってる村主と言います。偉そうなことも言うおばちゃんだけど、よろしくね」

 市役所の人間なんだろうか。オレの疑問を察したらしい村主さんは、少し苦笑いで言葉を付け足した。

「そうねぇ……簡単に言うと、村長さんみたいなものかしら」

 ゲームでしか見た事のない職業だなと、失礼な感想しか浮かばなかったオレは、軽く会釈する程度しか返せず、半ば強引に伸ばされ握られた手の柔らかさが、妙に居心地悪く思えた。

 手を離した村主さんは、一瞬オレの顔をジッと観察するような目で見ると、ポンと軽く腕を叩き、逃げ出したくなるような優しい顔を見せた。担任へと向き直ると、すぐ元の元気印といった雰囲気に戻ったが、それはオレの中の見えない何かを酷く刺激した。

 朝ご飯でも食べましょうと、村主さんに連れられてオレたちは、軽トラを公民館に駐車したまま徒歩で近場の喫茶店へと向かった。道中、何人かの爺さん婆さんとすれ違ったが、明らかに異様と言うか異質なオレたちを同伴しているせいか、村主さんの元気な挨拶にだけ挨拶を返すと、みんな逃げるように足早にオレたちの横を通り過ぎていった。

 何度か挨拶を無視されて学んだのか、小吉さんは村主さんと同じタイミングで元気よく挨拶をしては年寄りを驚かせていたが、担任は申し訳程度の会釈だけで済まし、オレはそれすらしなかった。村主さんが小吉さんを期待の星と呼んだ気持ちが少し分かった気がした。

 小さな砂場と、やたらど派手なペンキが塗られたベンチしかない、本当に小さな公園の向かいに喫茶店はあった。看板はウン十年かけて風雨がキレイに剥ぎ取ったらしく、店名は解読不能だったが、年季の入った扉には『営業中』の札がかかっている。自分の家にでも帰ってきたような勢いで、村主さんが店の扉を開けると、ふわっとコーヒーの匂いが店から流れてきた。

 店主は枯れ木みたいな婆さんで、耳も遠いらしく、村主さんはカウンターに身を乗り出して、大声でコントのようなやり取りをし出す。適当な席で座って待っていろと先に言われていたので、担任に先導してもらい四人が座れるテーブルにつく。当然、店内に客は一人もいなかった。

 村主さんがカウンターの中に入って、店主の手伝いを本格的に始め、それを見ていた担任は、時間がかかりそうだと判断したのか、一服してくると席を外した。

 色あせた手作り感満載のメニューを真剣に見つめる隣に座った小吉さんに、独り言のような小声でオレは話しかける。

「なんか、色々と大変そうだな」

 これから一夏、このアウェーな雰囲気バリバリの場所で奉仕せねばならない事に対する言葉だったのだが、小吉さんはメニューから顔を上げて「ここはいっつもこんな感じなんだ」とカウンターを見ながら笑った。

 まるで常連のような物言いを疑問に思い、初めてじゃないのかと聞くと、五回目くらいと予想以上の利用回数が返ってきた。ここの婆さんはコーヒーだけしか淹れてくれないらしく、他は基本セルフらしい。フライパンに卵を落としたような、ジュワッと油が弾ける音が聞こえてくると、あんパンと牛乳の存在を忘れた腹が鳴いた。

「あーゆー人たちばっかりじゃないから、心配しなくて大丈夫だ」

 オレの胸中を察してか、小吉さんは困ったように言う。

「なんかさ、おれが入学する前の年かな? 地元の人が圏ガクどっか行けーってデモ活動とか頻繁にするくらい荒れてたらしくて、その頃のイメージで見てる人も多いからさ」

「あんな山奥の学校なのに?」

 殆ど関わりなんてないだろうに、一体全体、何をやらかしたら、そこまで極端な状況になるんだ。疑問と言うより、どっちに対しても呆れてしまったのだが、冷静に考えてみると、小吉さんが入学する前の年って、先輩が入学した年じゃあないかと思い当たりドキッとしてしまう。

「夏休みとか冬休み、圏ガク生が帰省する為に山を下りてくる時期は、女子供は家から出すなーとか言われてたらしいぞ」

 現代で、そんな昔話みたいな風習を聞く事になるとは……改めて、圏ガクの評判の悪さを実感したが、小吉さんは冗談半分で言ったらしく、真剣に頷くオレを見て慌てて付け足す。

「さすがに今は違うからな。そこまで悪い関係じゃないから、心配しなくていいからな!」

 近い距離で身振りを取り入れ、バタバタ慌てる小吉さんを止めたくて、今朝方仕入れた担任が見せた技を思わず繰り出す所だったが、準備の終わった村主さんに手伝うよう声をかけられ、オレたちは揃って席を立った。

 カウンターに並べられた四枚の皿には、卵を二個使ったハムエッグと、レタスを千切った簡単なサラダにプチトマトが三個、それぞれ盛られていた。小さめの丸パンは、四人分がまとめて一つのカゴに積まれていて、カップに注がれたコーヒーの匂いは堪らなく食欲をそそる。

 絵に描いたような朝食を目の前に、ここ数ヶ月の朝飯を思い出す。パンなんて一度も出た事はなく、ご飯と味噌汁が基本で、納豆や煮炊きした野菜が申し訳程度に付いて来る。たまにそれがバナナやチーズに代わる事もあるが、おかずがどんな内容であろうと、当然のように牛乳が付いてくるのは、いまだに慣れない。

 だから、こんな朝食にずっと憧れていたのだ。パンに目玉焼き、あとは甘いカフェオレ。

 テーブルに皿を並べ終わり、担任と村主さんが席に戻って来たので、オレと小吉さんは二度目の朝食に手を合わせた。

 オレはテーブルの上に砂糖やミルクがないか探したのだが、コーヒーに混ぜる物は見つからず、仕方無くブラックのまま口をつける。苦かったら、完全に温くなってから一気飲みしようと思っていたのだが、吹き冷まして口をつけたコーヒーは、オレでもそのまま飲めるくらい飲みやすく美味しかった。

 一人二個ずつあるパンを一つ手に取る。どこかで見た事のあるパンだなと思い、何も付けずにガブリとやってようやく思い出した。それは遠足に行った日の朝、先輩が用意してくれた焼きたてパンと同じ味がした。

 圏ガクと地元の繋がりを夢中で噛みしめていると、食事の手を止めた村主さんから今後の説明がされた。どうやら、奉仕活動に初めて参加するオレの為のレクチャーらしく、失礼にならないよう少し姿勢を正した。

「別に畏まらなくていいわよ。食べながらでいいから、耳だけ傾けていて」

 オレはお言葉に甘え、人の皿にまで手を伸ばそうとする小吉さんと競い合うように食事を再開させながら、圏ガクの黒歴史から今に至るまでをかいつまんで教えて貰った。
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