圏ガク!!

はなッぱち

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圏ガクの夏休み

畑探訪

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 色々複雑な感情は割り切り、矢野君が残してくれた弁当を美味しく頂く為に、先輩を手伝ってズッシリと重い弁当をカウンターに運ぶ。胸くそ悪い香月たちの顔を見ながらであっても美味しく思える弁当を先輩と一緒に食べられる……正に至福のひとときだ。

「先輩! 先輩の好きなおかず教えて」

 弁当を前にしても、教師が揃うまで食事は始められない。いつもなら空腹で口を開く元気もなく、仇を見るような目で食堂の入り口を今か今かと睨みつけているのだが、今日は目の前から視線を外す方が難しかった。

「んーそうだな……鰻とか美味いよな」

「鰻はさすがに出ないだろ。そうじゃなくて、弁当でありそうなメニューから答えてよ」

 普段は三年の先輩と一緒に食事する事なんて滅多にない。でも、今はこうして向かい合って弁当を食べようとしている。と言う事は、羨ましくて仕方なかったアレが出来ると思いついたのだ。

「弁当にありそうなおかずか……それじゃあ、お新香かな」

 鰻からお新香ってえらいランク下げてきたな。弁当の蓋をソッと開けて中を確認するが、鰻はもちろんお新香も残念ながら入っていなかった。

「先輩、トンカツ好き?」

 今日のメインはトンカツ、他は酢の物ときんぴらみたいな炒め物、あとは毎回ごはんの上に乗ってる大きな梅干し。

「んー、トンカツ、よりも……この中では酢の物が好きだな。タコが入ってて美味そうだ」

 オレと同じように弁当箱を覗きながら先輩は真剣に答えてくれる。酢の物か……いつも食ってた酢の物と違って、由々式のおばさんが作ってくれる酢の物は確かに美味しい。しかも、先輩の言う通り、今日はタコまで入っている。

「じゃ、じゃあ、オレの酢の物あげるよ!」

 本当だったら『交換』をしたいのだが、トンカツと酢の物、どうにもレートが合っていない気がして、そう提案してみた。

 いや、夏休み前に買い置きしてくれた缶詰やらを遠慮の欠片もなく、散々食い荒らしてきたのだ。交換なんてケチ臭い事を言ってないで、先輩の好きなおかずを献上するべきだな。一口だけ貰って後は先輩にあげよう。「セイシュンは酢の物が苦手なのか?」と困った顔をさせてしまったが、そこは方便だ、先輩に話を合わせて頷いた。

 厨房の冷蔵庫から瓶ビールを取り出し、最後の教師が席に着く。ざわついていた食堂内が一瞬で静まり、スタートの合図を待つ腹減り共の空気が張り詰める。

 奉仕作業中の昼食時には、小学生の給食みたいに全員で手を合わせるのだが、学校に戻ってまで『お行儀良く』する必要はない。

 ただ一つ、教師より先に食べ始めない。これだけ守れば後は自由なのだ。

 ビールがコップに注がれる音を注意深く聞き届け、隣に座る小吉さんが弁当箱の蓋に手をかけた。教師同士が労うよう控えめにグラスを鳴らす。グビグビと喉を鳴らし、あっと言う間に中身を飲み干し、勢いよく空のグラスを机に置く。コンと響く音と同時にオレらの食事は開始される。

 蓋を弾き飛ばす勢いで弁当を開け、犬のようにがっつく。この浅ましい食いっぷり、空腹なのは事実だが、理由はそれだけではない。多くはないが、おかわり用のおかずが用意されており、それの争奪戦がすでに始まっているのだ。

「これは……早く食べた方がいいのか?」

 周りの食いっぷりに置いて行かれた先輩は、同じく争奪戦から早々に離脱したオレに説明を求めてきた。弁当の蓋を開けながら「大丈夫」と答えるのより少し早く

「隙ありッ!」

斜め前の席から、山センの電光石火の箸捌きが、オレの弁当箱を襲った。「あっ」と声を上げるより先に、オレのトンカツ、それも一番大きいど真ん中の一切れは、無情にも山センの口の中に放り込まれてしまう。

「ちゅぅひゃいりょぉな」

 にやにやといやらしく笑う番長代理は、さっきの小吉さんとの仲裁料として容赦なくトンカツを奪い去りやがった。文句を言えないオレは、これ以上はやらせまいと弁当箱を抱え込もうとしたのだが、今度は正面から箸が迫ってくる。

「なんでセイシュンの弁当を盗るんだ。自分の分を食えばいいだろ」

 先輩の箸からトンカツが一切れ、オレの弁当箱に落ちてくる。

「金城、お前は知らないかもしれないけどな、一年の食い物の半分は二年が食っていいんだよ。てか、お前トンカツいらねぇの? んじゃ、オレが貰ってやるから安心しろッよっと!」

 オレの弁当から先輩の弁当へ標的を変えた山センの箸は、即座に対応する先輩の箸に阻まれた。まるで真剣勝負のように二人の箸は派手に打ち鳴らされる。

「お前にやるトンカツはない。自分のを食え」

 カンカンペシペシ、箸をぶつけ合う先輩たち。そんな中、必死におかずの献上を試みたが隙を狙われ、更に一切れ山センに奪われてしまい、結果先輩のおかずを更に減らしてしまった。

 どんくさいオレに視線で「早く食っちまえ」と促し、山センの箸を適宜に捌きつつ悠々と自分の弁当を食べる先輩に守られ、いつもの野良犬並のペースで弁当を腹におさめた。

 この一件で、おかずの交換は簡単ではないと学んだが、夏休みはまだ一月も残っている。リベンジを心に誓い、食堂を後にした。

 当然のように先輩は一緒に部屋へ戻ろうとしてくれたのだが、先に戻っていて欲しいと伝え、一人灯りも乏しい車庫へと続く道に足を向けた。

「車庫の前を通って、更に奥にちょっと行った所……か」

 一服しに戻るつもりか、喫煙所を照らすライトが一つだけ点きっぱなしになっている。その明るさのせいもあるだろうが、目的の道は視線の先でのっぺりと暗くおどろおどろしい。森との境目が限りなく曖昧になっている圏ガクの最果て、潔く踏み居る勇気もなく、車庫を漁り懐中電灯を見つけ出し、ようやく夜の探検に出掛ける。

 道すら見当たらないと足下を照らせば、人が行き来しているらしい夏草を踏み付けて出来た通りを発見した。それをなぞるように歩くと、真っ暗な周囲からサワサワと草の擦れる音が聞こえだし、心細くなったオレは、目的の場所へと一心不乱に駆け出す。

 草木が生い茂る中を夢中で駆け抜けると、揺れまくる懐中電灯が照らし出す先に大きな影が現れた。顔にまとわりつく虫や蜘蛛の巣を払い、目の前に現れた開けた空間に目をこらす。暗くてよく見えない、そうぼやこうとして手に持った懐中電灯を思い出し、奥に見える建物を確認する。

 黒々と佇む一年寮は、本当に黒々としていた。影として見えたそのままの色をして、そこに建っていた……いや、朽ちていた。なんせ、目に映り込んだのは、数年前まで圏ガクの一年が使っていたであろう、部屋そのものだった。あるべきものがなかった、壁がなかったのだ。

 その上、煤けて部屋全体が黒く、微かに焦げ臭さも残っている。建物のサイズも一年全員を収容するにはコンパクトすぎる。まるで寮を真っ二つにへし折ったような有様だと思った。

 想像していた以上におっかない見てくれに、心細さはすぐさま跳ね上がり、目的の奴が居るだろう手前の方に懐中電灯を向ける。

「小吉さん! 居る?」

 パッと見、姿が見えず、ガサガサと物音だけが聞こえる中、ちょっと上ずった声で呼びかけると、背丈の高い植物の間から小吉さんがひょっこり顔を出した。

「おっ夷川か? どうしたんだ。こんな所で」

 トマトを積み上げたいつものカゴを抱え、姿を見せた小吉さんは、風呂に入った後だと言うのに顔や腕が泥だらけになっていて、汚れた手ぬぐいで更にそれを広げている。

「前に約束しただろ。小吉さんの畑、見せてくれるって」

 本当の目的を白状するのが恥ずかしくて、つい逃げてしまった。

「こんな夜中に来ても、しょうがないぞ。真っ暗で何も見えないだろ」

 笑いながら畑から出て来る小吉さんに、懐中電灯を向けて、ちょっと注意してやる。

「それはオレのセリフだ。小吉さんこそ灯り一つ持たないで何やってんだよ。危ないだろ」

 眩しそうに目を細め「おれは慣れてるから大丈夫なんだ」と笑いやがるので、懐中電灯を消してその手に抱えたトマトを奪い取ってやった。

「ほら、危ない。不意を突かれて襲われたら手も足も出ないじゃん」

 野菜を盗む奴なんて圏ガクにはいないと、呆れた声が返ってくる。

「おれより、お前の方が危ないんだぞ。あんまり一人で行動するなよ。ここが何に使われてるか教えただろ」

 その言葉に先客が誰か居るのかと、建物の方へ懐中電灯を向ける。虫の声と葉擦れの音、その中に床が軋むような音が聞こえた気がして、咄嗟に息を殺す。

「今は誰もいないよ。でもな、夏休みって先生たちもここまで来ないんだ。ガレージの方で吸ったり、内緒だけど、旧館でこっそり吸ったりしてるから……だから、生徒会の奴らに後をつけられたりしたら終わりだぞ」

 小吉さんの指摘に背後へと懐中電灯を向ける。ジッと人の気配を探るが、オレらを取り囲むのは虫や草ばかりで、どうやら香月たちが追ってきているという心配はなさそうだった。

「あ、あとな、こう、足下とかに蛇がいたりするから注意しろよ。毒があるのもいるから」

 ホッと胸を撫で下ろしたオレに追い打ちをかける小吉さん。飛び上がる勢いで、今度は足下を照らす。耕された柔らかな土の感触が、これまた何かを踏み付けた感覚に思えて、二度三度とばね仕掛けの玩具みたいに飛び回り、軽くパニックに陥ってしまった。

「畑を見るのは、また昼間にしよう。谷垣先生か金城先輩が一緒の時にさ……あのな、正直な、今お前のよくない友達が押し寄せて来たら、おれ一人じゃ助けてやれないと思うから、うん」

 きまり悪そうに後ろ頭を掻く小吉さんは、阿呆みたいにビビりまくるオレを笑うどころか、身の安全を心配してくれる。「蛇がいないか確認してやる」と張り切る小吉さんの服を掴んで、オレは慌てて引き止めた。

「小吉さん! そのっ、さっきは、ごめん」

 言葉足らずなオレの謝罪に振り返った小吉さんの顔は、何故か満面の笑みだった。

「別に怒ってなんかないぞ。むしろ、嬉しいくらいだ。あ、それにな、元からこの中にはお前の分もあるんだ。盗らなくても、ちゃんとやるから安心しろ」

 掴んでいた服から手を離す。黙りこくるオレを不思議そうに覗き込んでくる小吉さんに、ぽつりぽつりと思いつく言葉を投げていく。

「……小吉さんと、先輩が……親しいって思わなくて……ちょっとだけ、だけど……すごいイライラした」

 口から出してしまった本心が恥ずかしくて、誤魔化すみたいに「ごめん」と謝って頭を下げた。呆れているのか、オレの先輩への執着を不気味に思っているのか、小吉さんは一分近く何も言わなかった。
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