圏ガク!!

はなッぱち

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圏ガクの夏休み

同居生活スタート

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 お世辞にも広いとは言い難いのが先輩の部屋だ。一体何を運び込むつもりだろうか。気になって部屋を覗き込むと、そこには文字通り山と積まれた布団がずらりと並んでいた。

「布団を取り替えようと思ってな。ほら、セイシュンの分だ」

 オレの腕にぽいと乗せられたのは、物置に放置されていたとは思えない清潔に乾いた夏布団一式だった。布団の上に置かれた、アイロンがけされたような皺一つないシーツを見て、いつでも使えるようにと、使う当てのない布団を干しまくる狭間の姿が即座に思い浮かんだ。

 ありがたく使わせて貰うが、少し注意してやった方がいいかもしれないと胸に刻む。こんな圏ガクの家政婦みたいな事を完璧にこなしていたら、自分の時間など全く取れないだろう……いくら、狭間が鬼としか形容できない家事の達人であろうと、ここまで馬車馬のように働かなくてもいい。

 先輩も同じく布団一式を抱えると、オレらは堂々と校舎へと戻って行く。寮から校舎へ向かう途中で、律儀に喫煙所で一服してきたらしい担任とばったり出くわしてしまったが、注意すらされず普通に挨拶を交わして見送ってくれた。

 なんとなく妙な心地はしたが、これってもしかして学校公認(正確には黙認だが)の同棲なんじゃね? と一人で盛り上がってしまい、汗が噴き出すのも構わず階段を段飛ばしで駆け上がり、先輩よりも先に部屋へ飛び込んだ。布団を投げ捨てドカッとその上に胡座を掻き、呼吸を整えて待ち構える。

「どうしたんだ? 急に走り出して。腹でも痛いのか?」

 オレを追いかけて走ってくれたらしい先輩が部屋に一歩踏み込んだのを見届け、部屋中を跳ね回りたい気持ちをそのまま声に乗せた。

「おかえり!」

 小吉さん並の元気な声に驚いたのか、先輩はピタリと一瞬動きを止めてしまったが、期待を隠しもせず向けるオレと目が合うと、ふにゃっと顔を綻ばせて「ただいま」と言ってくれた。

 冷蔵庫にある冷えた野菜ジュースで体に籠もる熱を冷ましながら、ちょっと気になっていた『先輩がどうやって帰校したのか』を聞いてみると、予想外の答えが返ってきてしまいビビった。

 一日に何往復かする教師による送迎に乗り合わせたのかと思っていたが、そうではなく先輩は自分の足で帰って来ていた。あんなデカイ荷物を抱えて、車をかっ飛ばしても三十分はかかる山道を登ってきたと言うのだ。

「手ぶらなら問題ないけど、たんまり土産を抱えていたからな」

 そう言いながら先輩は、中から着替えなどが覗くリュックに手を突っ込み、こちらに向かって何かを投げて寄越した。

「アイスもそうだけど、こういう菓子類も没収対象だからな。その辺は夏休みだろうと変わらないんだよ」

 受け取った物を確認すると、竹の子をチョコとクッキーで作ってある有名な菓子だった。「食おう」と言ってくれる先輩に甘えて、いくつか口に放り込むと、少し溶けたチョコがまた美味しく、大の男二人で顔付き合わせてペロリと平らげてしまった。

 丸半日近くかけて山を登ったと言う先輩は、いつもと変わらず疲れを感じさせない風だったが、目元がほんの少しとろんとしているのをオレは見逃さなかった。しっかり昼寝した上、興奮剤が側に居る事で、正直オレは眠れる自信など微塵もなかったのだが、先輩を休ませてやろうと早々の就寝を提案する。

 手洗い場で歯磨きを済ませ、狭い部屋にさっき運び込んだ布団を敷く。二組の布団は、互いに端を少しばかり重ねなければ部屋におさまらず、その距離は思わずにやけてしまうくらい近い。

「壊れたテントと汚れた布団を部屋から出せば、もう少し余裕を持って敷けそうだな。とりあえず隣に移動させるか」

 この一体感を良しとせず、先輩は布団を少しでも離せるよう、部屋の隅にやられたガラクタに視線をやった。

「いいじゃん、別にこのままでも大丈夫だって」

 一足先に寝転がって、先輩の目論見を阻止すべくゴロゴロと布団を横断して見せる。すると渋々といった顔で、先輩も布団に腰を下ろした。

「……こんなに布団が近いのは問題だ」

 明らかに困った表情を向けられ、少しからかってやろうと意地悪く口元を釣り上げて言ってやる。

「男同士だし『問題』なんて起きないだろ?」

 すると深い深い溜め息を吐かれてしまった。問題を起こす気満々のオレとしては、面白くない反応だ。いつでも飛びかかれるよう体を起こすと、先輩が何か言いたげな目を向けてきた。

「お前の寝相の悪さは大問題なんだよ」

 前に、遠足の前夜に一緒に寝た時、散々蹴り飛ばされたと、今更な報告を受けてしまった。確かにオレの寝相は自覚はあまりないのだが悪いというのは事実だ。

 寮では最初、由々式の隣に寝ていたが、寝相が最悪だと大クレーム。その後、隣人が眠りを妨げると強烈な一撃を見舞ってくる皆元に代わり、無意識に数度死にかけ、睡眠中も危機を回避する習性を身に付けた。皆元がいない方へ足を伸ばして寝ているらしく、オレの眠る側の壁には無数の亀裂が走っている。

「大丈夫だって。ちょっと前、小吉さんと一緒に寝た時は、本当に何も言われなかったし、その……多分、オレの寝相が悪いのなおってると思う」

 寮の壁は間違いなくオレが壊しているのだろうが、この部屋で小吉さんと寝た時にクレームは出ていない。隣の部屋で寝ると言い出さないか不安で、説得材料をかき集め説明するが、小吉さんの名前を出すと、先輩はついに唸りだしてしまった。

「一緒に寝たって言ってもアレだからな! 何も変な事とかないから、ほんとに横に並んで寝ただけだから、勘違いすんなよ!」

 オレの言い方が妖しかったのかと思い、慌てて補足をするが、先輩は力なく首を振り「そうじゃない」と苦笑する。

「小吉の寝相もお前に負けず劣らず酷いからな」

 相殺されたんじゃないかと、先輩は可笑しそうに笑った。小吉さんから事前に聞いていたおかげで、一瞬だけ嫌な感じで心臓が鳴ったが、先輩の言葉を聞き流す事が出来た……と思ったのに、やっぱり無理そうだ。

「大丈夫だって言ってんだろーがッ! なんか腹立ってきた。もう、こうなったら、一緒に寝るからな! 布団は一つで上等だ」

 ダーンと勢いよく先輩の上に飛び掛かる。押し倒してやろうと思ったのに、先輩はオレの動きを読んでいたのか、するりと躱し、逆にオレを押さえ込んだ。腕を背中で捻られ、べったりと頬が布団に埋まる。ジッとしていたら痛みはないが、少しでも抵抗すると、関節に負荷が掛かっているのか思わず呻いてしまう。

「そこまで言うなら、セイシュンの自己申告を信じるよ。ん、じゃあ、ここから……こっちは俺の陣地な。そっちはセイシュンのだ」

 オレが痛がったせいか、先輩はすぐに拘束を解いてくれた。そして、リュックから真っ青で派手なタオルを取り出し、布団が重なっている部分に線を引くように置いた。

「…………もし、先輩の陣地にオレが入ったらどうするんだよ?」

 覚えのある痛みにふて腐れるオレは、自分の陣地とやらに腰を下ろし、足を伸ばしてタオルの上を越境する。

「もちろん迎撃するぞ」

 暢気な顔で言われても説得力がない。領空侵犯をしていた足を試しに落っことせば「こうだ!」と叫ぶや、先輩はすかさずオレの足を掴んで思いっきり反らせた。思わぬ反撃に堪らず、自分の布団へ足を引っ込める。

「ただでさえ暑いんだから、風通し良くして寝よう。セイシュン、分かったな?」

 足を抱えて蹲るオレの頭をグリグリと撫でると、先輩は部屋の灯りを消して布団に横になった。要するに寄って来るなと言われてしまった訳で、オレの心中は穏やかではない。そりゃあ、このクソ暑い中、引っ付いて寝るのは地獄だろうよ。だからって、別々の布団で寝ていては『問題』のもの字も期待できないじゃあないか。

 このまま大人しく眠れるはずもなく「おやすみ」と先輩が目を瞑ってからも、オレの目はギラギラと輝いていた。

 穏やかな寝息に耳をすませ、それらが規則正しく聞こえてくるのを確認すると、そろりと腕を持ち上げ静かに境界線を越える。別に何をしようという考えあっての行動ではない。何をしていいのかも正直分からないしな。ただ、ほんの少し先輩の体に触れたかっただけなのだが、それは叶わなかった。

 先輩に触れそうになった瞬間、手をバシッと勢いよく弾かれた。反射的に手を引っ込めたが、叩かれた手の甲は痺れたように痛い。
 一度失敗した程度で諦められるオレではなく、少し時間を置いて、再挑戦してみたが結果は同じ。少し意地になってフェイントなども入れてみるが、先輩は瞼を開かず軽くオレをあしらった。

「先輩、寝た?」

 自分の布団に一時退却して小声で尋ねれば「もう寝る。お前も早く寝ろ」と返事をしやがった。一応、形だけ頷いて、ゴロゴロと寝返りを打った後、再び寝たかコールをすれば、何か諦めたような声で「寝た」と返ってくる。それを何度か繰り返すと、返事はどんどん小さく曖昧になり、終いには聞こえなくなった。

「せんぱい……寝た?」

 先輩の方を向いてジッとその横顔を見つめる。答えはなく、僅かに開いた口からは無意識だろうが妙にエロい息づかいが聞こえた。

 今日も一日暑かったからな……そんな中を大荷物抱えて山一つ登ればクタクタにもなるよな。

 暗闇に目が慣れたのか、開け放した窓から入る月の光が照らす先輩は、輪郭だけでなく表情までちゃんと見える。気持ちよさそうな寝顔だ。

 それを見ていると『問題』ありそうな事を期待する、浮かされたような熱は冷めて、代わりにクソ暑い中でも不快に思えない、胸の中が温かくなるような気持ちで一杯になった。

 体を起こし境界線のタオルを先輩の方へと寄せて、オレも少しだけ移動する。前に一緒に眠った時とは違い、風が通り抜けられるよう触れ合う程の近さはないが、手を少し伸ばせば先輩に届く場所に体を置く。

 本当は無防備な口に吸い付いて、舌でも突っ込んでやりたい所だが、今はソッと手を伸ばすだけで我慢する。指先に先輩の手が触れる。オレの体温が高いのかもしれないが、指先から伝う先輩の肌はひんやりと冷たい気がした。

「先輩、帰って来てくれて、ありがとう……オレ、すごい」

 寂しかったと、本心が口から転がり出てしまった。女々しい自分が恥ずかしくなり、空いた方の手で顔を覆う。目を閉じるとジリジリと眠気が迫って来て、もったいないような気もしたがオレも眠る事にした。触れていた手を迷いながらも更に伸ばし、先輩の手を勝手に握る。

「おやすみなさい」

 手の甲は冷たかったのに、握った手のひらは温かかった。気のせいだろうか、握り返されたような気がして、堪らない幸福感の中、オレは静かに瞼を閉じた。

 翌朝、目が覚めると、先輩が寝ていた場所で大の字になって寝ていた。もちろん先輩の姿はない。慌てたオレは、立ち上がるのも忘れて這って廊下に飛び出そうとしたが、扉の前にあった障害物にぶつかり、朝っぱらから目の前で星が散った。

「大丈夫か、セイシュン?」

 ぶつけた鼻先を押さえながら見上げると、不思議そうに首を傾げる先輩が視界に入り、痛みとか不満がわき上がるうより先に、安堵から言葉が詰まった。そして、離すまいとその足にしがみつくと、先輩は何も怒らず何も言わず、黙ってオレの頭を撫でてくれた。

 寝起きドッキリに文句を言いながら、先輩の用意してくれた朝食を取った後、オレらは少し早めに図書室へ向かった。

 昨日は図書室の片付けを手伝っている程度の説明しかしなかったのだが、飯を食っている間に本当の事(あの惨状を引き起こしたのがオレと稲継先輩だという事実)を白状させられ、女神との約束の時間までぼんやり過ごすのではなく、自主的に片付けを始めようと先輩に言わされたのだ。
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