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圏ガクの夏休み!!
ラスボス登場
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「なんだよ、水くせー野郎だなカツヤ。こんな必死に庇ってくれる奴がいるなら、おじさんに紹介すんのが筋ってもんだろが」
オレが渾身の告白をぶちかまそうとする、一呼吸前にそれは聞こえた。間の抜けた妙な足音が、思わず身構えてしまう程の威圧感と一緒に近づいて来る。
聞き覚えのない声なのに、何故か知っている奇妙な声に戸惑う。その理由は考えればすぐに答えが見つかった。そいつの声をオレは聞いていたからだ。事務室で守峰と舌戦を繰り広げていた客人の親玉。そいつが、顔面蒼白となった先輩の背後にヌッと現れる。
「ほぉーう、こいつかぁ。お前が入れ込んでる後輩ってのは」
地獄の鬼のような罵声怒声のイメージそのままな男は、趣味の悪い派手なシャツを羽織り、脛まで捲り上げたズボンにビーチサンダル姿で、とてもじゃないが警察には見えない。
「おら、どうした。お前の口から聞かせろよ。『ぼくのお気に入りはこいつです』って言ってみろ」
先輩の肩に腕を回すと、ニヤニヤと笑いながら顎でオレを指す。オレはどうしたらいいのか分からず先輩を見るが、さっきまでの動揺していた表情はもうそこにはなかった。
オレを冷たくあしらって、帰らそうとした時と同じ顔。先輩の本心を隠す別の顔。
「なんだ、だんまりか。誤魔化せるとでも思ってんのか? 檻ん中に入れてたお前が外に出て、入れ替わりか知らねーが別の奴が檻に入ってんだぞ。どうゆう状況だよ、なぁ? その説明を省かせてやろうっておじさんの好意を無駄にする気か」
この状況を説明するのは、どう考えてもオレの役目だよな。いや、状況説明はどうでもいいとして、先輩に向けられている嫌疑を晴らす絶好のチャンスだ。オレはおっかない鬼のような男に弁明する為に口を開こうとしたが、
「外野は黙ってろ」
その瞬間、鉄格子を思いっきり蹴り飛ばされた。鉄格子が壊れるのではと思う程の強烈な蹴りに驚いたオレは、思わずその場を数歩退いてしまう。けれど、先輩は眉一つ動かさず、沈黙を守っていた。
男の本性が垣間見え、もう一度特攻する気力がすぐには溜まらず、情けないかなオレはその場に立ち尽くす。
「まったく強情な奴だ……おれだって暇じゃねぇーんだぞ! ああそうかい、お前がそういうつもりなら、こっちにも考えがある」
先輩の態度に変化がないと分かった男は、チッと舌打ちしてからオレが持っている鍵と同じ三本の鍵を取り出し、見せつけるようにオレのいる独房の鍵穴にその一つを差し込んだ。
男が苛立っているのは、手元を見るまでもなく分かるのだが、どうしても気になってしまう。違う鍵を差し込んでいるらしく、開く気配のない扉相手に奮闘する姿は、その扉によって守られているオレにとっては心臓に悪い光景だった。聞こえてくる悪態が、徐々に事務室での声を鮮明に思い出させるのだ。
「あぁークソがッ面倒だ!」
違う鍵を試しもせず、男は鍵を床に叩きつけると、問答無用で扉に蹴りを食らわせた。どれほどの威力で蹴ったのか、鍵もろとも扉は勢いよく開き、壁に跳ねっ返り騒々しい音を立てる。
「なんだ、脆い檻だなコリャ。意味ねぇじゃねーか」
ガハハと豪快に笑いながら、男は先輩には見向きもせず、ズンズンと独房に入ってきた。逃げる場所なんてあるはずもなく、あっと言う間に詰まる男との距離に、知らずダラダラと背中を冷や汗が流れる。脳裏に担任の悲惨な顔が浮かび、頭の中で警鐘が鳴る。
「なるほどな……お前が面食いだったなんて意外だなぁ。ま、コレくらいでないと、シャバで男なんざ食えねぇか」
見た目通りの下品な笑い声を吐きかけられる。何か反抗したいが、粘つくような視線の中に、剥き出しの殺気が込められ身動きが出来ず息を飲む。
「で? お前はこんな所で何してんだよ、色男」
ちょっと立ち話というには距離が近すぎる場所で男は立ち止まり、オレの顎を掴んだかと思うと、首でも引っこ抜く気なのかと思うような力加減で、右から左へ下から上へと向きを変えながら眺め回した。
問答無用で反省室送りにされた先輩の弁護に来た。そう答えればいいのに、圧倒されて言葉が出て来なかった。
何か喋ったら、口を開こうとしたら、殴られる。いや、そんな生ぬるい感覚じゃない、馬鹿みたいな話だが、殺されるとオレは本気で思っていた。
目の前の男にとって意に沿わない事を口走れば、何をされるか分からない。そんな恐怖に取り憑かれてしまう。
「ウチも落ちたもんだな。まだ、なんもしてねぇのに噛みつく根性もねぇのか?」
男はオレの顎を掴んだまま、首をガクガクと揺らしやがった。そのおかげで視界が揺れて、男の背後、独房の外で立ち尽くす先輩の姿が目に入った。さっきまで被っていた冷たい表情はボロボロに崩れ、今にも泣き出しそうな顔でこっちを見ている。
「……離せよ。オッサン」
顎で持ち上げられそうになって、ようやくオレの体は自由を取り戻した。危うく浮きそうになった踵でしっかり床を感じ、引き剥がそうと男の腕を掴み返す。
簡単には離してもらえないだろうと思っていたが、意外にもすんなり男は手を緩めてくれる。
「口の利き方がなってねぇよ、餓鬼」
緩まった手が即座に締まる。より掴みやすい場所、首を容赦なく絞めてきた。衝撃で嘔吐くが、構わずオレも密かに回収していた鍵を握り手を振り上げ、男の顔面目がけて叩きつける。
「……まだまだ……勉強が足りねぇみたいだな」
寸前で受け止められた手が、ミシミシと音を立てている錯覚に陥る。痛みと男から向けられる殺気で、押し殺した呻きが僅かに漏れる。
「目上の人間に対する態度がなってねぇ。こりゃあ見逃せんわ。大先輩として一肌脱いでやる」
首にかかる力がどんどん強くなっていく。本気かと相手の目を見れば、恐ろしい事に冗談など微塵も存在していないのは明らかだった。
「目上の人間には絶対服従だ」
よほどオレの態度に腹が立ったんだろう。あぁ、このまま死ぬなと思った瞬間、フッと首と手に血が流れる感覚が戻った。
「それでいいんだよ。はじめから素直になれよな、勝家。危うく学生くびり殺すところだったじゃねーか」
まともに呼吸が出来るようになって、その場にへたり込み何度も咳き込みながら、降ってくる言葉を耳で拾う。先輩が助けてくれたのか?
「コイツに手を出されるのは嫌か。ほーほー、いいんじゃねーか。でもな、このままじゃあ落第だ」
男が一方的に話すばかりで、先輩の声は聞こえてこない。どうなっているのか気になり、まともに呼吸出来るようになって顔を上げると、額に冷たい感触が押し当てられた。
「追試をしてやるよ。さあ、どうする?」
現実離れしすぎて笑いそうになる。まあ、この反省室だって、普通に生活していたら映画の中でしか見ない場所なんだろうが、拳銃を突きつけられるなんて、いくら圏ガクでも聞いた事がない。
頭おかしいだろ、このオッサン。学生相手に何やってんだ。こんなんでも一応は警察なんだろ。善良な市民に銃口向けて、マジで何がしたいんだ。
本気で撃つとは考えられないオレは、今まで見てきた中で一番の大人げなさに呆れていたが、先輩は本気にしたのか「止めて下さい」と震える声で言った。
「セイシュンを巻き込むのは止めて下さい。セイシュンは関係ない。俺とは関係無いんです」
大丈夫だよと駆け寄って言いたい。先輩は震える声で男に訴える。
「『セイシュン』ねぇ……面白いあだ名だな。他の奴からもそう呼ばれているのか、夷川清春」
先輩が答えた事で、男の雰囲気が変わった。無造作に構えていた拳銃を懐に戻し、とっくに調べられていたらしく、フルネームでオレを呼び、確認してきた。
「……そう呼ぶのは、先輩だけ……です」
自然と敬語になってしまったのが悔しい。
「そうかい。あー……悪かったな、本気でやらねーと意味ないんでな」
鈍い痛みが残る喉元に触れながら、どう返事していいのか迷い、小さく頷く事で意思表示しておく。状況を見るに、先輩がオレの為に動くかどうかを見極めたかったのか?
「そんな顔すんなよ。別に咎めに来た訳じゃねぇ。おじさんたちはなぁ、お前らの仲を推奨しに来てやったんだからよ」
どう見てもふざけた格好なのに、さっきまでの態度は先輩の本心を引き出す為の芝居だったのだろう、挑発を引っ込め真剣味を滲ます男に楯突こうとは思えなかった。と言うか、聞き逃せない事をサラリと言いやがる。オレと先輩の仲ってなんだ! しかも推奨ってどういう意味だ!
「おれが五体満足に生きてるって事は自制も出来てるな」
たった一言でオレの思考回路を混乱させた男は、グルグルと肩を回し、後ろに立つ先輩に向き直る。
「ババア誑かして逃げたのかと思って飛んで来たが、アイツに言った事は全部本当だったって訳だ」
男の声はどこまでも上機嫌で、向かい合う先輩の表情だけが、ちぐはぐに思えた。
「コイツもお前を慕ってるみたいだしな。なんだ相思相愛か? よかったじゃねーか」
騒々しく豪快に笑う男とは対照的に、大切なモノを落としてしまった深い深い穴を覗き込んでいるような、後悔で塗りつぶされた辛そうな顔をしている先輩が心配で、目を離せない。
「それにお前の為に馬鹿やるような連中が他にもいたしな。後で『セイシュン』だけじゃなく、外でねんねしてる奴らにも礼言っとけよ」
そうだ、ここに客がいるって事は、見張り役を買って出てくれた皆が間に合わなかったって事だ。知らせが間に合わない所ではなく、男の言い方だと気絶させられてるっぽいな。
オレがされた事を思えば、皆の様子を見に行くべきだろうが、今、目の前にいる男は分別なく生徒に手を上げるようには思えなかったので、この場に留まる。
「さて……お前の元気な姿も見れた。それじゃあ用は済んだし、おれらは帰るわ。残りの学生生活、せいぜい楽しんでくれや」
オレと先輩の仲について、ちゃんと説明して行けよ! と全力で引き止めたくなったが咄嗟に声は出ず、黙って見送ろうとしたが、独房を出ようとした男は、先輩の肩をポンと叩き
「ま、短い時間だろうが、そいつとやってみろよ。嬢ちゃんとやれなかった続きをな」
余計な一言を残していった。
男の間抜けな足音が聞こえなくなっても、オレも先輩もその場から一歩も動かなかった。先輩が何に打ちひしがれているのかは分からなかったが、オレの心をぶん殴ったのは最後の言葉だった。
オレが渾身の告白をぶちかまそうとする、一呼吸前にそれは聞こえた。間の抜けた妙な足音が、思わず身構えてしまう程の威圧感と一緒に近づいて来る。
聞き覚えのない声なのに、何故か知っている奇妙な声に戸惑う。その理由は考えればすぐに答えが見つかった。そいつの声をオレは聞いていたからだ。事務室で守峰と舌戦を繰り広げていた客人の親玉。そいつが、顔面蒼白となった先輩の背後にヌッと現れる。
「ほぉーう、こいつかぁ。お前が入れ込んでる後輩ってのは」
地獄の鬼のような罵声怒声のイメージそのままな男は、趣味の悪い派手なシャツを羽織り、脛まで捲り上げたズボンにビーチサンダル姿で、とてもじゃないが警察には見えない。
「おら、どうした。お前の口から聞かせろよ。『ぼくのお気に入りはこいつです』って言ってみろ」
先輩の肩に腕を回すと、ニヤニヤと笑いながら顎でオレを指す。オレはどうしたらいいのか分からず先輩を見るが、さっきまでの動揺していた表情はもうそこにはなかった。
オレを冷たくあしらって、帰らそうとした時と同じ顔。先輩の本心を隠す別の顔。
「なんだ、だんまりか。誤魔化せるとでも思ってんのか? 檻ん中に入れてたお前が外に出て、入れ替わりか知らねーが別の奴が檻に入ってんだぞ。どうゆう状況だよ、なぁ? その説明を省かせてやろうっておじさんの好意を無駄にする気か」
この状況を説明するのは、どう考えてもオレの役目だよな。いや、状況説明はどうでもいいとして、先輩に向けられている嫌疑を晴らす絶好のチャンスだ。オレはおっかない鬼のような男に弁明する為に口を開こうとしたが、
「外野は黙ってろ」
その瞬間、鉄格子を思いっきり蹴り飛ばされた。鉄格子が壊れるのではと思う程の強烈な蹴りに驚いたオレは、思わずその場を数歩退いてしまう。けれど、先輩は眉一つ動かさず、沈黙を守っていた。
男の本性が垣間見え、もう一度特攻する気力がすぐには溜まらず、情けないかなオレはその場に立ち尽くす。
「まったく強情な奴だ……おれだって暇じゃねぇーんだぞ! ああそうかい、お前がそういうつもりなら、こっちにも考えがある」
先輩の態度に変化がないと分かった男は、チッと舌打ちしてからオレが持っている鍵と同じ三本の鍵を取り出し、見せつけるようにオレのいる独房の鍵穴にその一つを差し込んだ。
男が苛立っているのは、手元を見るまでもなく分かるのだが、どうしても気になってしまう。違う鍵を差し込んでいるらしく、開く気配のない扉相手に奮闘する姿は、その扉によって守られているオレにとっては心臓に悪い光景だった。聞こえてくる悪態が、徐々に事務室での声を鮮明に思い出させるのだ。
「あぁークソがッ面倒だ!」
違う鍵を試しもせず、男は鍵を床に叩きつけると、問答無用で扉に蹴りを食らわせた。どれほどの威力で蹴ったのか、鍵もろとも扉は勢いよく開き、壁に跳ねっ返り騒々しい音を立てる。
「なんだ、脆い檻だなコリャ。意味ねぇじゃねーか」
ガハハと豪快に笑いながら、男は先輩には見向きもせず、ズンズンと独房に入ってきた。逃げる場所なんてあるはずもなく、あっと言う間に詰まる男との距離に、知らずダラダラと背中を冷や汗が流れる。脳裏に担任の悲惨な顔が浮かび、頭の中で警鐘が鳴る。
「なるほどな……お前が面食いだったなんて意外だなぁ。ま、コレくらいでないと、シャバで男なんざ食えねぇか」
見た目通りの下品な笑い声を吐きかけられる。何か反抗したいが、粘つくような視線の中に、剥き出しの殺気が込められ身動きが出来ず息を飲む。
「で? お前はこんな所で何してんだよ、色男」
ちょっと立ち話というには距離が近すぎる場所で男は立ち止まり、オレの顎を掴んだかと思うと、首でも引っこ抜く気なのかと思うような力加減で、右から左へ下から上へと向きを変えながら眺め回した。
問答無用で反省室送りにされた先輩の弁護に来た。そう答えればいいのに、圧倒されて言葉が出て来なかった。
何か喋ったら、口を開こうとしたら、殴られる。いや、そんな生ぬるい感覚じゃない、馬鹿みたいな話だが、殺されるとオレは本気で思っていた。
目の前の男にとって意に沿わない事を口走れば、何をされるか分からない。そんな恐怖に取り憑かれてしまう。
「ウチも落ちたもんだな。まだ、なんもしてねぇのに噛みつく根性もねぇのか?」
男はオレの顎を掴んだまま、首をガクガクと揺らしやがった。そのおかげで視界が揺れて、男の背後、独房の外で立ち尽くす先輩の姿が目に入った。さっきまで被っていた冷たい表情はボロボロに崩れ、今にも泣き出しそうな顔でこっちを見ている。
「……離せよ。オッサン」
顎で持ち上げられそうになって、ようやくオレの体は自由を取り戻した。危うく浮きそうになった踵でしっかり床を感じ、引き剥がそうと男の腕を掴み返す。
簡単には離してもらえないだろうと思っていたが、意外にもすんなり男は手を緩めてくれる。
「口の利き方がなってねぇよ、餓鬼」
緩まった手が即座に締まる。より掴みやすい場所、首を容赦なく絞めてきた。衝撃で嘔吐くが、構わずオレも密かに回収していた鍵を握り手を振り上げ、男の顔面目がけて叩きつける。
「……まだまだ……勉強が足りねぇみたいだな」
寸前で受け止められた手が、ミシミシと音を立てている錯覚に陥る。痛みと男から向けられる殺気で、押し殺した呻きが僅かに漏れる。
「目上の人間に対する態度がなってねぇ。こりゃあ見逃せんわ。大先輩として一肌脱いでやる」
首にかかる力がどんどん強くなっていく。本気かと相手の目を見れば、恐ろしい事に冗談など微塵も存在していないのは明らかだった。
「目上の人間には絶対服従だ」
よほどオレの態度に腹が立ったんだろう。あぁ、このまま死ぬなと思った瞬間、フッと首と手に血が流れる感覚が戻った。
「それでいいんだよ。はじめから素直になれよな、勝家。危うく学生くびり殺すところだったじゃねーか」
まともに呼吸が出来るようになって、その場にへたり込み何度も咳き込みながら、降ってくる言葉を耳で拾う。先輩が助けてくれたのか?
「コイツに手を出されるのは嫌か。ほーほー、いいんじゃねーか。でもな、このままじゃあ落第だ」
男が一方的に話すばかりで、先輩の声は聞こえてこない。どうなっているのか気になり、まともに呼吸出来るようになって顔を上げると、額に冷たい感触が押し当てられた。
「追試をしてやるよ。さあ、どうする?」
現実離れしすぎて笑いそうになる。まあ、この反省室だって、普通に生活していたら映画の中でしか見ない場所なんだろうが、拳銃を突きつけられるなんて、いくら圏ガクでも聞いた事がない。
頭おかしいだろ、このオッサン。学生相手に何やってんだ。こんなんでも一応は警察なんだろ。善良な市民に銃口向けて、マジで何がしたいんだ。
本気で撃つとは考えられないオレは、今まで見てきた中で一番の大人げなさに呆れていたが、先輩は本気にしたのか「止めて下さい」と震える声で言った。
「セイシュンを巻き込むのは止めて下さい。セイシュンは関係ない。俺とは関係無いんです」
大丈夫だよと駆け寄って言いたい。先輩は震える声で男に訴える。
「『セイシュン』ねぇ……面白いあだ名だな。他の奴からもそう呼ばれているのか、夷川清春」
先輩が答えた事で、男の雰囲気が変わった。無造作に構えていた拳銃を懐に戻し、とっくに調べられていたらしく、フルネームでオレを呼び、確認してきた。
「……そう呼ぶのは、先輩だけ……です」
自然と敬語になってしまったのが悔しい。
「そうかい。あー……悪かったな、本気でやらねーと意味ないんでな」
鈍い痛みが残る喉元に触れながら、どう返事していいのか迷い、小さく頷く事で意思表示しておく。状況を見るに、先輩がオレの為に動くかどうかを見極めたかったのか?
「そんな顔すんなよ。別に咎めに来た訳じゃねぇ。おじさんたちはなぁ、お前らの仲を推奨しに来てやったんだからよ」
どう見てもふざけた格好なのに、さっきまでの態度は先輩の本心を引き出す為の芝居だったのだろう、挑発を引っ込め真剣味を滲ます男に楯突こうとは思えなかった。と言うか、聞き逃せない事をサラリと言いやがる。オレと先輩の仲ってなんだ! しかも推奨ってどういう意味だ!
「おれが五体満足に生きてるって事は自制も出来てるな」
たった一言でオレの思考回路を混乱させた男は、グルグルと肩を回し、後ろに立つ先輩に向き直る。
「ババア誑かして逃げたのかと思って飛んで来たが、アイツに言った事は全部本当だったって訳だ」
男の声はどこまでも上機嫌で、向かい合う先輩の表情だけが、ちぐはぐに思えた。
「コイツもお前を慕ってるみたいだしな。なんだ相思相愛か? よかったじゃねーか」
騒々しく豪快に笑う男とは対照的に、大切なモノを落としてしまった深い深い穴を覗き込んでいるような、後悔で塗りつぶされた辛そうな顔をしている先輩が心配で、目を離せない。
「それにお前の為に馬鹿やるような連中が他にもいたしな。後で『セイシュン』だけじゃなく、外でねんねしてる奴らにも礼言っとけよ」
そうだ、ここに客がいるって事は、見張り役を買って出てくれた皆が間に合わなかったって事だ。知らせが間に合わない所ではなく、男の言い方だと気絶させられてるっぽいな。
オレがされた事を思えば、皆の様子を見に行くべきだろうが、今、目の前にいる男は分別なく生徒に手を上げるようには思えなかったので、この場に留まる。
「さて……お前の元気な姿も見れた。それじゃあ用は済んだし、おれらは帰るわ。残りの学生生活、せいぜい楽しんでくれや」
オレと先輩の仲について、ちゃんと説明して行けよ! と全力で引き止めたくなったが咄嗟に声は出ず、黙って見送ろうとしたが、独房を出ようとした男は、先輩の肩をポンと叩き
「ま、短い時間だろうが、そいつとやってみろよ。嬢ちゃんとやれなかった続きをな」
余計な一言を残していった。
男の間抜けな足音が聞こえなくなっても、オレも先輩もその場から一歩も動かなかった。先輩が何に打ちひしがれているのかは分からなかったが、オレの心をぶん殴ったのは最後の言葉だった。
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