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圏ガクの夏休み!!
身代わり
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色々とありすぎて、頭が呆然とする。呼吸するのも上手く出来ず、さっき絞められた時のダメージもあってか、オレはまた咳き込んだ。すると、ハッと顔を上げた先輩が、駆け寄ってくれる。
「セイシュン……大丈夫か?」
オレの首やら腕に触れながら何度も症状を確かめる先輩を黙って見つめる。沈黙したままのオレと目が合うと、先輩の表情はクシャリと歪んだ。
ごめんと繰り返す先輩の声を聞いていると、抱きしめてやりたい気持ちでいっぱいになったが、オレは自分の受けたショックを引きずり、追い打ちをかけるような言葉を口にしてしまう。
「せんぱい……『嬢ちゃん』って誰だよ」
頭を占拠する疑問を口に出しただけなのに、聞こえたのは先輩を責めるような自分の冷たい声だった。先輩は何も答えてくれない。それが余計にオレの感情を逆撫でする。
「なんで何も言わないんだよ。オレの事、その女の代わりにしようとしてたのバレて気まずい?」
「違う……お前は誰かの代わりなんかじゃない」
夏休み中、長く一緒にいたせいかな。先輩の表情や声に感情が読み取れてしまう。それが嘘だと分かってしまった。
「図星かよ……動揺してるのとか、分かりやすすぎじゃね」
先輩は何も言い返さない。何とか言えと突き飛ばすと、辛そうにオレから視線を外しやがった。小さく「違うんだ」と呟く声が聞こえたが、それ以上は何も言ってくれない。
泣きたくなるような沈黙に耐えきれず、オレは先輩に思いっきり肩をぶつけて、反省室を飛び出した。すると、目の前に異様な光景が現れる。
「お取り込み中は終わったかな? なら、ちょっと僕の話を聞いて。まあ見れば分かると思うんだけど、彼らの事ね」
久保とかいう男が、両手に稲継先輩と矢野君の首、いやシャツの襟ぐりを引っ掴み、不気味なくらい場違いな満面の笑みで、オレに差し出して来た。二人共、意識がないらしく首も腕も足も、力なくダラリと垂れている。
「夏場だから、外に転がしといても大丈夫だと思うんだけど、僕らが放置ってのは少し問題だよね。そこで、彼らを誰かに託したいんだけど、夷川君にお願いしてもいいかな? それとも、金城君に手伝って貰った方がいい? 今、声かけるの気まずいだろうから、僕が声かけてもいいんだけど……どうかな?」
男は顔に笑いを貼り付けたまま、オレの返事も聞かず、二人をポイッと床に放り投げた。
「あー今はこんな状態だけど大丈夫だからね。芭灯さんが手を出した訳じゃないから、特に怪我とかもないし、すぐに目覚めるよ」
潔癖症なのか、ハンカチを取り出し手を拭いだした男は、表情は変えず場違いな笑みを真っ直ぐオレに向けてきた。
「芭灯さんが無責任に君らの仲を進めようとしてるみたいだけど、僕個人としてはお勧めしないな」
頭の中が混乱して、冷静に受け答えが出来ず、黙っていればいいのに、オレは何も考えず「どうして」と聞き返してしまった。すると、男は笑みをスッと消し、黙ったままこちらに近づいて来た。何をされるのかと、一瞬身構えたが、男はオレの肩にポンと手を置き、すれ違いざま耳元で囁いた。
「彼は化け物だから」
意味が分からず、そのゾッとする響きに顔を上げると、男は「気を付けてね」とまた満面の笑みを浮かべる。
「あ、そうそう、あと窓の所にも一人寝てるから、よろしく」
そう言い残すと、男は当然のように窓から外に出て行った。土足で寮内を闊歩していた客人の無礼さに気付いた時、オレは耳に残った言葉を呟いていた。
「先輩が……化け物?」
さっき上がって来た階段に視線をやる。嫌味なくらい、場所と単語のイメージが合致していて笑ってしまう。それから、いつまで待っても上がってこない、オレを追いかけて来ない先輩に腹が立ち、その場で一人悪態を吐いた。
「おい夷川」
反省室に戻ろうか迷っていたオレは、突然聞こえた声に飛び上がる程に驚いた。見れば背後にどこからともなく現れた山センが立っている。
「山センは無事だったんだ」
「あったり前だ! お前らがヘマしたら置いてくって言っただろ」
目の前の稲継先輩と矢野君の姿を見ると、自分だけ無事ならいいのかと思わないでもないが、山センの背中には気絶している小吉さんが背負われていたので、出そうになった文句は飲み込む。
「早いとこ運び出すぞ。守峰が来る前に撤退だ」
「先輩は?」
「捨て置け。てか、金城が一緒に来たら、今夜の事がバレるだろーが。客人が帰ったんなら事態は変わる。金城と入れ替わりで反省室にぶち込まれたいのか。ほっといても金城は出て来る。いいから行くぞ!」
山センにせっつかれ、後ろ髪を引かれながらもオレはその場を後にした。
大の男二人を抱えろと無茶を言われたが、一人が精一杯だと山センに助けを求めたら「起きろ稲っち!」と思い切り倒れた人間を蹴り飛ばしやがって、何故かオレが目覚めた稲継先輩に恨みがましい目を向けられた。
バタバタと旧館を脱して、外から反省室のある部屋を監視していると、山センの言った通り、守峰たちだろう、すぐに電気が点いた。
その後、先輩の無事を確かめに行こうとしたが「見に行かなくても、戻って来るだろ」と、稲っちに蹴り起こされた矢野君に言われ、オレは大人しく部屋で帰りを待つ事にした。
正直、どんな顔をして何から話せばいいのか分からなかったが、まずは謝ってから考えようと、先輩が戻ってくるのを待っていたのだが、眠気に負けて舟を漕いでいたオレの肩を揺すったのは、奉仕作業に間に合うよう起こしに来てくれた小吉さんだった。
部屋を見回して、先輩が戻っていない事に気付いた小吉さんは「先生に聞いてみよう」と、目に見えて落胆していたオレを励ます為か、旧館へ誘ってくれる。
真正面から先輩の処遇を尋ねて、まともに答えてくれるとも思えないが、客人共が去ったという事は誤解も解かれたと思ってもいいはずだ。ならば、先輩の事で少々騒ぎ立てても問題ないだろう。
小吉さんにそう言うと、全力で嫌そうな顔をされてしまったが、小吉さんも戻って来なかった先輩が心配らしく、特に文句は言われなかった。
旧館へいつもより少し早めに到着すると、残留一年の姿こそ見えなかったが、食堂から人の気配がしたので、オレらは挨拶しながら中に入った。
けれど返事は返って来ず、気配の元である厨房へ顔を向けた後、どうしたものかと二人顔を見合わせていると、視線の先、ドアを蹴り開け、両手にやかんを下げた担任が姿を現した。
昨日より一回りほど腫れ上がった悲惨というか、元に戻るのかと思わず心配になってしまう顔をした担任に、改めて挨拶をした後、オレは前置きもなく、先輩は今どうなっているのかと問い詰める勢いで尋ねた。
「金城なら、もう自分の寝床に戻ってるだろ。夜中に芭灯さんらが帰ったからな……気付いてすぐに反省室からは放り出したぞ」
担任は熱々の茶を湯飲みに注ぐと、眠気覚ましにか、それを豪快に吹き冷ますと一気に飲み干した。小吉さんも真似しようとしているのか、湯飲みを準備し始めたので、オレは担任の背中を見送った後、慌てて予定変更を伝えた。
「奉仕作業に行かず、金城先輩を捜すのか?」
頷き答えると「当てはあるのか?」と重ねて聞いてくる。
「全くない。けど、多分、待ってても戻って来ないと思うんだ。だから捜す」
「あのな……おれ、なんか知らない間に寝ちゃって覚えてないんだけどな、お前、金城先輩を助けに行った時、何かあった……のか? その、ケンカとかしたのか?」
小吉さんに言われて少し悩んだ。
あの時は、オッサンの言葉にオレも先輩も動揺しまくって、まともに何一つ話せていないのだ。オレはちゃんと話を聞こうともせず逃げ出した。そんで今は先輩が絶賛逃亡中だ。
「してないよ。ケンカは今からやる」
素直に白状すると、湯飲みからお茶を盛大に溢れさせ、小吉さんがブルブル震えだした。怪しい手元からやかんを取り上げ、ここ数ヶ月で叩き込まれた習慣から、台拭きへと手を伸ばす。
「別に殴り合いのケンカしようって訳じゃないから、そんなこわが……心配しなくていいよ、小吉さん」
お茶の地図を消し、湯飲みの底を軽く拭いて、小吉さんに手渡してやる。オレの分も律儀に用意してくれていたので、付き合いで熱々のお茶に口を付けたのだが、茶葉の入れ忘れかと思う程に薄いそれは、見た目も味も白湯でしかなかった。
「ちょっと納得出来ない事があって……ちゃんと面と向かって話したいんだ。冷静に話し合うつもりだけど、オレむかついてるから……まあ、手とか足が出るかもしれないってだけ」
「え、夷川は、その……お、おお怒ってるのか?」
小吉さんの言葉に「うん」と即答していた。
「事情は知らねーけど、こんだけ心配かけて一言も寄越さない薄情者には怒っていいと思うんだ。だから、小吉さんも遠慮なく怒っていい」
そりゃあ救出作戦とか言って、面白半分で巻き込まれに行ったようなもんだけど、先輩を心配してたのは本当なのだ。
オレだけじゃなく、皆に……礼を言えとか謝れなんて無茶は言わないけど、誤解が解けて反省室から出られたって報告くらいは出来るだろう。なんで、それすらないんだよ。本当に腹立ちすぎて、無性に悲しくなる。
「おれは金城先輩が無事なら怒らないぞ。無事じゃなかったら、怒ると思うけど」
オレだって小吉さんぐらい寛大になりたいよ! いや、同じ気持ちだって胸張って言えるけど、それ以上にやっぱり気になるんだ!
「よし分かった。じゃあ、もし金城先輩を見かけたら、夷川が会いたがってるって伝えとく」
任せろとオレの肩をポンと叩く頼もしさを醸し出す小吉さんは、オレの不安を感じ取ってか「大丈夫」と付け加えた。
「すぐに見つかるよ。部屋に戻らなかったのは、反省室を出たのが遅かったからじゃないかな。んっとな、だから、あんまり怒ったら駄目なんだぞ」
味気ないお茶を飲み干し、小吉さんに宥められ、オレは一人校舎へと戻る。素直に頷いておいたが、小吉さんのように楽観的には考えられなかった。
「セイシュン……大丈夫か?」
オレの首やら腕に触れながら何度も症状を確かめる先輩を黙って見つめる。沈黙したままのオレと目が合うと、先輩の表情はクシャリと歪んだ。
ごめんと繰り返す先輩の声を聞いていると、抱きしめてやりたい気持ちでいっぱいになったが、オレは自分の受けたショックを引きずり、追い打ちをかけるような言葉を口にしてしまう。
「せんぱい……『嬢ちゃん』って誰だよ」
頭を占拠する疑問を口に出しただけなのに、聞こえたのは先輩を責めるような自分の冷たい声だった。先輩は何も答えてくれない。それが余計にオレの感情を逆撫でする。
「なんで何も言わないんだよ。オレの事、その女の代わりにしようとしてたのバレて気まずい?」
「違う……お前は誰かの代わりなんかじゃない」
夏休み中、長く一緒にいたせいかな。先輩の表情や声に感情が読み取れてしまう。それが嘘だと分かってしまった。
「図星かよ……動揺してるのとか、分かりやすすぎじゃね」
先輩は何も言い返さない。何とか言えと突き飛ばすと、辛そうにオレから視線を外しやがった。小さく「違うんだ」と呟く声が聞こえたが、それ以上は何も言ってくれない。
泣きたくなるような沈黙に耐えきれず、オレは先輩に思いっきり肩をぶつけて、反省室を飛び出した。すると、目の前に異様な光景が現れる。
「お取り込み中は終わったかな? なら、ちょっと僕の話を聞いて。まあ見れば分かると思うんだけど、彼らの事ね」
久保とかいう男が、両手に稲継先輩と矢野君の首、いやシャツの襟ぐりを引っ掴み、不気味なくらい場違いな満面の笑みで、オレに差し出して来た。二人共、意識がないらしく首も腕も足も、力なくダラリと垂れている。
「夏場だから、外に転がしといても大丈夫だと思うんだけど、僕らが放置ってのは少し問題だよね。そこで、彼らを誰かに託したいんだけど、夷川君にお願いしてもいいかな? それとも、金城君に手伝って貰った方がいい? 今、声かけるの気まずいだろうから、僕が声かけてもいいんだけど……どうかな?」
男は顔に笑いを貼り付けたまま、オレの返事も聞かず、二人をポイッと床に放り投げた。
「あー今はこんな状態だけど大丈夫だからね。芭灯さんが手を出した訳じゃないから、特に怪我とかもないし、すぐに目覚めるよ」
潔癖症なのか、ハンカチを取り出し手を拭いだした男は、表情は変えず場違いな笑みを真っ直ぐオレに向けてきた。
「芭灯さんが無責任に君らの仲を進めようとしてるみたいだけど、僕個人としてはお勧めしないな」
頭の中が混乱して、冷静に受け答えが出来ず、黙っていればいいのに、オレは何も考えず「どうして」と聞き返してしまった。すると、男は笑みをスッと消し、黙ったままこちらに近づいて来た。何をされるのかと、一瞬身構えたが、男はオレの肩にポンと手を置き、すれ違いざま耳元で囁いた。
「彼は化け物だから」
意味が分からず、そのゾッとする響きに顔を上げると、男は「気を付けてね」とまた満面の笑みを浮かべる。
「あ、そうそう、あと窓の所にも一人寝てるから、よろしく」
そう言い残すと、男は当然のように窓から外に出て行った。土足で寮内を闊歩していた客人の無礼さに気付いた時、オレは耳に残った言葉を呟いていた。
「先輩が……化け物?」
さっき上がって来た階段に視線をやる。嫌味なくらい、場所と単語のイメージが合致していて笑ってしまう。それから、いつまで待っても上がってこない、オレを追いかけて来ない先輩に腹が立ち、その場で一人悪態を吐いた。
「おい夷川」
反省室に戻ろうか迷っていたオレは、突然聞こえた声に飛び上がる程に驚いた。見れば背後にどこからともなく現れた山センが立っている。
「山センは無事だったんだ」
「あったり前だ! お前らがヘマしたら置いてくって言っただろ」
目の前の稲継先輩と矢野君の姿を見ると、自分だけ無事ならいいのかと思わないでもないが、山センの背中には気絶している小吉さんが背負われていたので、出そうになった文句は飲み込む。
「早いとこ運び出すぞ。守峰が来る前に撤退だ」
「先輩は?」
「捨て置け。てか、金城が一緒に来たら、今夜の事がバレるだろーが。客人が帰ったんなら事態は変わる。金城と入れ替わりで反省室にぶち込まれたいのか。ほっといても金城は出て来る。いいから行くぞ!」
山センにせっつかれ、後ろ髪を引かれながらもオレはその場を後にした。
大の男二人を抱えろと無茶を言われたが、一人が精一杯だと山センに助けを求めたら「起きろ稲っち!」と思い切り倒れた人間を蹴り飛ばしやがって、何故かオレが目覚めた稲継先輩に恨みがましい目を向けられた。
バタバタと旧館を脱して、外から反省室のある部屋を監視していると、山センの言った通り、守峰たちだろう、すぐに電気が点いた。
その後、先輩の無事を確かめに行こうとしたが「見に行かなくても、戻って来るだろ」と、稲っちに蹴り起こされた矢野君に言われ、オレは大人しく部屋で帰りを待つ事にした。
正直、どんな顔をして何から話せばいいのか分からなかったが、まずは謝ってから考えようと、先輩が戻ってくるのを待っていたのだが、眠気に負けて舟を漕いでいたオレの肩を揺すったのは、奉仕作業に間に合うよう起こしに来てくれた小吉さんだった。
部屋を見回して、先輩が戻っていない事に気付いた小吉さんは「先生に聞いてみよう」と、目に見えて落胆していたオレを励ます為か、旧館へ誘ってくれる。
真正面から先輩の処遇を尋ねて、まともに答えてくれるとも思えないが、客人共が去ったという事は誤解も解かれたと思ってもいいはずだ。ならば、先輩の事で少々騒ぎ立てても問題ないだろう。
小吉さんにそう言うと、全力で嫌そうな顔をされてしまったが、小吉さんも戻って来なかった先輩が心配らしく、特に文句は言われなかった。
旧館へいつもより少し早めに到着すると、残留一年の姿こそ見えなかったが、食堂から人の気配がしたので、オレらは挨拶しながら中に入った。
けれど返事は返って来ず、気配の元である厨房へ顔を向けた後、どうしたものかと二人顔を見合わせていると、視線の先、ドアを蹴り開け、両手にやかんを下げた担任が姿を現した。
昨日より一回りほど腫れ上がった悲惨というか、元に戻るのかと思わず心配になってしまう顔をした担任に、改めて挨拶をした後、オレは前置きもなく、先輩は今どうなっているのかと問い詰める勢いで尋ねた。
「金城なら、もう自分の寝床に戻ってるだろ。夜中に芭灯さんらが帰ったからな……気付いてすぐに反省室からは放り出したぞ」
担任は熱々の茶を湯飲みに注ぐと、眠気覚ましにか、それを豪快に吹き冷ますと一気に飲み干した。小吉さんも真似しようとしているのか、湯飲みを準備し始めたので、オレは担任の背中を見送った後、慌てて予定変更を伝えた。
「奉仕作業に行かず、金城先輩を捜すのか?」
頷き答えると「当てはあるのか?」と重ねて聞いてくる。
「全くない。けど、多分、待ってても戻って来ないと思うんだ。だから捜す」
「あのな……おれ、なんか知らない間に寝ちゃって覚えてないんだけどな、お前、金城先輩を助けに行った時、何かあった……のか? その、ケンカとかしたのか?」
小吉さんに言われて少し悩んだ。
あの時は、オッサンの言葉にオレも先輩も動揺しまくって、まともに何一つ話せていないのだ。オレはちゃんと話を聞こうともせず逃げ出した。そんで今は先輩が絶賛逃亡中だ。
「してないよ。ケンカは今からやる」
素直に白状すると、湯飲みからお茶を盛大に溢れさせ、小吉さんがブルブル震えだした。怪しい手元からやかんを取り上げ、ここ数ヶ月で叩き込まれた習慣から、台拭きへと手を伸ばす。
「別に殴り合いのケンカしようって訳じゃないから、そんなこわが……心配しなくていいよ、小吉さん」
お茶の地図を消し、湯飲みの底を軽く拭いて、小吉さんに手渡してやる。オレの分も律儀に用意してくれていたので、付き合いで熱々のお茶に口を付けたのだが、茶葉の入れ忘れかと思う程に薄いそれは、見た目も味も白湯でしかなかった。
「ちょっと納得出来ない事があって……ちゃんと面と向かって話したいんだ。冷静に話し合うつもりだけど、オレむかついてるから……まあ、手とか足が出るかもしれないってだけ」
「え、夷川は、その……お、おお怒ってるのか?」
小吉さんの言葉に「うん」と即答していた。
「事情は知らねーけど、こんだけ心配かけて一言も寄越さない薄情者には怒っていいと思うんだ。だから、小吉さんも遠慮なく怒っていい」
そりゃあ救出作戦とか言って、面白半分で巻き込まれに行ったようなもんだけど、先輩を心配してたのは本当なのだ。
オレだけじゃなく、皆に……礼を言えとか謝れなんて無茶は言わないけど、誤解が解けて反省室から出られたって報告くらいは出来るだろう。なんで、それすらないんだよ。本当に腹立ちすぎて、無性に悲しくなる。
「おれは金城先輩が無事なら怒らないぞ。無事じゃなかったら、怒ると思うけど」
オレだって小吉さんぐらい寛大になりたいよ! いや、同じ気持ちだって胸張って言えるけど、それ以上にやっぱり気になるんだ!
「よし分かった。じゃあ、もし金城先輩を見かけたら、夷川が会いたがってるって伝えとく」
任せろとオレの肩をポンと叩く頼もしさを醸し出す小吉さんは、オレの不安を感じ取ってか「大丈夫」と付け加えた。
「すぐに見つかるよ。部屋に戻らなかったのは、反省室を出たのが遅かったからじゃないかな。んっとな、だから、あんまり怒ったら駄目なんだぞ」
味気ないお茶を飲み干し、小吉さんに宥められ、オレは一人校舎へと戻る。素直に頷いておいたが、小吉さんのように楽観的には考えられなかった。
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