騎士団長のお抱え薬師

衣更月

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お兄ちゃん

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 2頭立ての馬車が、荒々しく街道を疾駆する。
 乗り心地は悪い。
 頭を打たないように足を突っ張っり、竹籠を抱き込んで死守しなければならないくらいだ。隣に座るアーロンが支えてくれなければ、たぶん、私はひっくり返っていた。
 でも、馭者となったジョアンは乗り心地よりもスピード重視。
 何しろ、ニエーレには衰弱した子供たちが待っているのだ。1秒も無駄にはできない。
 私だって先を急ぐことには賛成している。
 目が回って気分が悪くなったけど…。
 そんな中で、アーロンは平然と現場の状況を教えてくれた。
 ニエーレには孤児院が2つあり、1つがスカーレン子爵が運営するニエーレ孤児院だ。こっちは教会の横に建っていて、子爵家の出資でやりくりしている。ただ、子爵家から捻出される予算は、最低限の生活を維持できる程度しかない。多くは寄付金やバザーなどの収益で賄っているという。
 まぁ、それは他所の孤児院も同じで、貴族が運営していても贅沢はできない。
 衣服は上の子のお下がりか、寄付された古着。絵本や教材は貴族子女が使わないものを、寄付として置いて行くのだ。
 路上で暮らす浮浪児より恵まれているけど、やはり両親がいる平民の子よりもカツカツの生活となっている。
 そして、もう1つの孤児院が、今回摘発された奴隷商の拠点だったという。
 町から外れた場所にあった廃墟に手を加え、それらしく繕った孤児院は、怪しくはあっても人の出入りが頻繁だったので正常・・に見えたらしい。
 ただ、運営資金の出所が不明で、スカーレン子爵が怪しむまで3年の月日がかかった。
 というのも、3年と少し前に襲った豪雨で川が氾濫し、多くの孤児が出たそうだ。そのどさくさに紛れ、孤児院が出来たので手が回らなかったという。
 流されてしまった家屋の建て直しに、川の整備。橋をかけ直し、復興を押し進めながら次の豪雨の備えの協議がひと段落ついた後に、孤児院が新たに出来ていたことを知ったらしい。
 孤児院は教会が運営するものと、貴族が運営するものがある。
 が、極稀に裕福な商人が慈善事業として孤児院を運営することがある。その資金は寄付金とバザーで賄われているが、新たな孤児院はその形跡がない。
 調査してみれば、怪しい輩が出入りしている。
 そこでヘルプを受けたのが、クロムウェル公爵だ。
 クロムウェル騎士団は、皇帝陛下指揮下の帝国騎士団と比ぶべくもない小規模騎士団だけど、権限においては同等のものを皇帝陛下より許されているという。
 そもそも騎士団を有することができるのは、公爵家と辺境を守る各貴族家だけ。さらに騎士団を有する許可が下りても、騎士の数は千名以下と決まっている。なぜ決まっているのかと言えば、謀反を起こされないためだ。キャトラル王国ではさらに制限がきつく、ゴールドスタイン伯爵家ですら騎士団は持ちえない。ゴールドスタイン領を守っているのは王国騎士団の分隊と、伯爵家が私費を投じて雇った傭兵と冒険者だ。
 まぁ、キャトラル王国の歴史は謀反クーデターの歴史でもあるので、王家が地方に武力を持たせるのを警戒しているのだ。それほど王家は家臣に信を置いていない。
 一方、ヴォレアナズ帝国では、辺境を守る各領地には小さいながらに武力所持が許可されている。
 クロムウェル騎士団は従騎士を除けば、団員数は500余名の在籍だ。
 あと500名は増やせるのに、そうしないのは精鋭揃いだからなんだと思う。さらに有事には領民も戦えると言っていたので、きっと事足りるのだろう。騎士団を保有するのもタダではないので、少数精鋭で対処できれば、それが最善だ。
 では、公爵家でも辺境とは無縁の領地はどうするのかと言えば、100名以下の騎士団の保有を許可されているという。
 領地の治安維持には十分の人数だとは思う。
 その他の貴族家には、騎士の在籍は認められていないが、100名以下の私兵保有は許されている。
 騎士というのは簡単に言えば騎乗して戦う兵士なので、騎乗しなければ大丈夫という意味だ。つまり、貴族家で飼育できる馬は馬車用と乗馬用、または急使などの使者が使う駿馬数頭のみと限定され、例え趣味でも軍馬を所持することは許されない。
 そんな厳しい規則の中で雇われる者の多くは、何かしらの理由で騎士学校を中退した者たちなのだという。中には元騎士もいるそうだが、寄せ集め集団なので実力も統率力もない。
 馬という足もないので、綿密な計画の下に動かなれば賊を取り逃してしまう。
 今回、ニエーレの孤児院に踏み込んだのはスカーレン子爵家お抱えの私兵で、全く統率がとれていなかった。そもそもクロムウェル公爵にヘルプを出していたのに、クロムウェル騎士団が動く前に功を急いだ私兵が独断専行した。それに多くが追従したという。結果は、奴隷商人を数名取り逃がすという失態。
 これに青褪めたのはスカーレン子爵で、至急クロムウェル騎士団に応援要請を飛ばした。
 その行動が、なんと内通者によって漏洩していたというのだから、スカーレン子爵の心境はいかばかりか。
 私がスカーレン子爵なら緊張と恐怖と絶望で嘔吐している…。
 救いだったのは、6名の孤児が救出されたことだ。
 6名全員が栄養失調状態で、暴力を振るわれていた痕跡もあるという。
「ポーションは体力のない子供と老人には一か八かの賭けになるので使えなかった…」
 アーロンは肩を落とす。
 手持ちのポーションが劣化して、患者自身の免疫力や回復力を底上げするドーピング剤と化していたのだから仕方ない。
 衰弱していても大人なら耐えきるだけの土台があるけど、子供はその土台がないので危険極まりない。毒と同義だ。
「ポーションを使わなかったことは最善ですよ。それで、子供たちの症状は分かりますか?」
「打撲痕が多い。もしかすると、骨折もあるかもしれない。発熱症状もある」 
「想定の範囲内ですね」
 抱きかかえた竹籠を軽く叩くの同時に、「ニエーレに入りました」とジョアンの声がした。

 お昼を少し過ぎた頃に到着した郊外の孤児院もどきは、想像を超える廃墟だった。
 修繕されていると思ったのは外観のみで、一歩中へ入るとタイルは罅割れ、土壁のあちこちは崩れ落ち、天井には雨漏りの染みが広がっている。
 臭いは最悪で、糞便の臭いに隠れ、何かが腐った臭いも漂っている。
「けほ」と咳き込んだのは、口と鼻を腕で覆ったジョアンだ。
 ジョアン以外にも、獣人たちは一様に顔色が悪い。
 人族の私でも具合が悪くなる臭いなのだ。獣人の嗅覚を思うと不憫になる。
「こんなところに子供たちを座らせておくな。外で休ませろ」
 叱責を飛ばしたのはアーロンだ。
 悪臭に耐え忍んでいた人たちが、アーロンの指示に従って行動を起こす。
 揃いの焦げ茶色の制服を着ているのが、スカーレン子爵家の私兵たちだ。私服姿の大人がニエーレの自警団で、司祭平服キャソックは教会から来た司祭様。黒い修道服の修道女シスターもいる。教会関係者が多く見えるのは、ニエーレ以外の教会からも救援が来ているから。
 全員が悪臭に顔色を無くす中、子供たちは臭いを感じられないほどに長時間拘束されてたのか、悪臭を嗅ぎ取れないほど衰弱しているのか、虚ろな目のままに反応は薄い。
 外に出て何度か深呼吸している内に、兵士たちが適当な場所にラグマットを敷き始めた。
 少し離れたところでは、大きめの石を円形に組み、真ん中に薪を置いて火を熾している。吊り下げられた寸胴鍋からは、微かにポタージュの香りがする。
「イヴ、指示をしてくれ」
「わ!私がですか!?」
「治癒士はイヴだからな。あとは素人だ」
「そうっすよ。何をしていいのか分かんないっすからね」
 2人の言葉が聞こえたのか、じろじろと不躾な視線が四方から飛んで来る。
 あのチビが?と言いたげな視線に畏縮しつつ、そっとラグマットを指さした。
「まずは…そこに子供たちを移動させて下さい。あと…毛布があれば子供たちに。清潔な水と拭くものもお願いします」
「分かった」
 アーロンは頷き、兵士たちに的確に指示を飛ばして行く。
 私の指示なら無視されただろう言葉も、アーロンが言えば違う。憧れのクロムウェル騎士団員からの指示なのだ。兵士たちがきびきびと動く。
 私は靴を脱いでラグマットに上がり、運ばれて来る子供たちを1人1人診ることになった。
 手伝ってくれるのは、ニエーレの治療院、ガフ医院から駆けつけているグレイス・ステュディ看護師だ。
 50手前の彼女は、白い髪と水色の瞳がキレイなヒツジの獣人だ。
 グレイスと一緒に、盥いっぱいの水にタオルを浸し、子供たちの顔や腕の汚れを丁寧に拭うことから始める。汚れを拭うと、体のあちこちに青あざや腫れが目立つ。
 小さな子たちに殴る蹴るの暴行を加えたのかと思うと、腹立たしさと悲しさから目が潤みそうになる。
「ゴゼットさん…」
「大丈夫です」
 ぐずり、と鼻を鳴らして、すぐに治療を開始した。
 グレイスは食い入るように私の治癒魔法を見ながら、子供たちの治療記録を書き留めて行く。
 子供の多くがヒツジやリス、ウサギの獣人だけど、1人だけイヌ科がいた。
 トム・ランドー。麦わら色の髪をした男の子で、年齢は8才。
 人族なら平均的な背丈も、獣人に照らし合わせれば小柄すぎる。
 イヌ科の血だからか、彼はたった8才にして5人の仲間を守ろうとして、何度も打ち据えられたのだという。服を脱がせれば、骨が浮き出るほど痩せている。体のあちこちに青黒い打撲痕もある。治癒魔法をかければ、骨折箇所も分かった。
 可愛いと抱き着きたくなる耳と尻尾も、本来ならヒト化が進んでなくなっている年齢だ。8才で耳と尻尾が残っているのは、ヒト化に必要なエネルギーが足りず、生命活動に回っているせいだとジョアンが教えてくれた。
 ヒト化には痛みも伴うし、なにより体力がいる。
 体が成長を止めるほど、トムは衰弱している。耳と尻尾もみすぼらしく、艶がないどころか、ところどころの毛が抜けている。しらみのみがいるのも分かった。
 鼻の奥がツンとして、涙がこみ上げてくる。
 必死に涙を堪えていると、トムは言葉少なに、「オレがいちばん上だから…」と言う。
 アーロンとジョアンも厳しい顔つきだ。
「熱が高いわ」
 グレイスは体温計を見て、下唇を噛む。
「治癒魔法は怪我に効くけど、病気はダメなの。一応、あとでお医者さんに診察してもらって下さい」
「分かりました。責任をもって、子供たちを預かります」
 心強いグレイスの言葉にほっとする。
「さて。解熱剤だけど…トムはお兄ちゃんだから、ちょっとくらい苦いお薬も平気でしょ?」
 おどけて言えば、トムは目を瞠った。
 蒼玉のようなキレイな目が、そわそわと泳いでいる。それが年相応で安心する。
 私は竹籠に詰め込んだ小瓶を取り出す。
 小瓶の中には、黒い丸薬が数十粒入っている。見るからに苦々しいそれが、解熱剤の薬になる。
 ポポカという蔦草がベースのため、臭いとえぐみが強い。粉末では飲めたものじゃないので、ポポカを使う時は丸薬となるのだ。
 人族でも「くさ!にが!」となるが、ポポカは多年草で生命力が強い上に効果が高いので平民の味方だ。
 恐らく、貴族は見たことすらないだろう薬草。それがポポカである。
「それはポポカですね」
 グレイスが言う。
「ええ。とってもアレですけど、効果覿面なので」
 苦笑しながら、完全に怯んでしまったトムの手に丸薬を3粒落とす。
 ふるふる震える子犬みたいな顔が、丸薬に鼻を近づけて皺くちゃになる。ぎゅっと目を瞑って、顔を背け、「けほ」と小さく噎せた。
「ほら、お兄ちゃん頑張って」
「水も持って来たっすよ」
 ジョアンがカップに並々に注いだ水を手をスタンバイしている。
 トムは意を決したように口を開くと、勢いよく丸薬を飲み込んだ。
 一気に水を飲み干して苦みはなかったらしいけど、お腹から臭みがせり上がると泣いた。
 うん、気持ちは分かる。
 それでも直に熱は下がる。
 私はトムの頭を撫でながら、ご褒美の飴玉を小さな手のひらに乗せた。
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