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褒賞
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ガラガラと車輪が回る音と、力強く石畳を蹴る蹄音が緩やかに減速する。
蹄音が軽やかになるのにつれて、私の心臓は大鐘を打つような音を鳴らす。
今日は公爵様との謁見日だ。
一昨日の夜、ジャレッド団長から渡されたのは、公爵様のサイン入りの招待状だった。
ちなみに、王侯貴族の招待状を断れば、次に届くのは召喚状となる。
召喚状は強制力があり、出頭を命じられる際に用いられる。冒険者間で度々見かける召喚状は、主に酔っぱらって暴れた末の憲兵詰所への召喚状だ。冒険者というのは、酒癖が悪い奴が一定数いるので珍しくはない。
基本、最初の召喚状は罰金刑で終わるので、大抵の冒険者は素直に憲兵詰所に赴く。
でも、それを無視すると罰則が重くなり禁固刑となる。3通目の召喚状を無視すると、禁固刑に冒険者資格の剥奪や、町からの追放刑が加わる。
これが貴族家からの召喚状となれば、物理的に首が飛ぶ危うさがある。
少なくとも、向こうではそうだ。
ということで、公爵様からの招待状を断れるわけもなく、朝早くから出向いてくれたディアンネの手で支度を整えてもらった。
今回は、いつ用意したのか、ジャレッド団長から贈られたレモンイエローのワンピースとクリーム色のショールを着用。
スクエアネックのエンパイアワンピースは、7分丈の控えめなパフスリーブで、普段使いできそうなシンプルなデザインだ。その上にフラワーレースのショールを羽織れば余所行き感が出る。派手過ぎず。清楚なお嬢様風。
ワンピースを贈られた時には困ったけど、これなら町歩きしても悪目立ちしない。
ハワード団長夫妻から贈られたワンピースは、上品なレースをあしらっていることもあり、どうしても”お忍び風”で浮いてしまうので着る機会が限定される。可愛いけど仕方ない。
そんなことを思っていると、隣から盛大なため息が聞こえた。
「やはりアクセサリーも揃えておけば良かったな…」
ぴたり、と寄り添うように座るジャレッド団長は、不満げな表情で「髪飾りもだ」と、蝶を模した髪飾りを見据える。
この髪飾りも、ハワード団長夫妻からの贈り物だ。
選んだのはヴィヴィアン様らしいけど、ハワード団長から贈られたという体が気に入らないらしい。
「耳と首元が寂しいな。気が利かず悪かった。揃いで髪飾りも今度買いに行こう」
「い…いえ。アクセサリーは必要ないです」
ふるふると頭を振れば、ジャレッド団長は不満げに唇をへの字に曲げる。
「だが、指輪の代わりになるものが必要だ」
ピンキーリングがダメになった時、新しいのを…と言われて断ったのだ。
また…という思いが頭を過った。
指がパンパンに腫れて、指輪が枷になるなんて想像にもしていなかった。指輪を切断する時には意識を失っていたけど、激痛で腫れあがった指を見て、どういう状況だったのか想像がついた。
「イヤリングか、ネックレスか、ブレスレットか…。どれかを贈らせてほしい」
懇願するような目に根負けして曖昧に頷くと、ジャレッド団長は満足げに口角を上げた。
不機嫌になられるよりは良いけど、ひょいひょい財布を開きすぎだと思う。ついこの間も、冬用の服を仕立てに行ったばかりなのに…。
貢がれて喜ぶ女性は多い。ハノンにもいた。
でも、私は祖母の言葉通り、”只より高い物はない”精神を受け継いでいるので怖くなる。
ひっそりと嘆息すると、コンコンコンコンと4回のノックの後、ドアが開いた。
いつの間にか到着していたらしい。
ドアを開いたのは、いつもの年若い従者ではなく、黒い燕尾服を着用した白髪交じりの壮年の男性だ。
「ジャレッド様、お帰りなさいませ。イヴ・ゴゼット様、ようこそ御出で下さいました。わたくしはジミー・オルセンと申します」
そう言って、右手を胸に添えてお辞儀する。
「ジミーは父上の専属執事だ。公爵家には使用人として代々仕える家門があるが、オルセン家はその1つで、平民ながら執事を輩出する優秀な家門になる」
専属執事?
ぽかんとしている間に、ジャレッド団長が馬車から降り、「イヴ」と手を差し出している。
エスコートだ。
慣れないというか、気恥ずかしい。
大きな手にちょこんと手を乗せ、ゆっくりとステップを降りる。
最初は慣れないエスコートと段差でぎこちなかったけど、今日は少しだけ淑女っぽく降りれたと自画自賛してみる。
「どうした?余裕が出てきたのか?」
「え?」
「口元が綻んでいた。てっきり開き直ることにしたのかと思った」
言われて頭を上げて対峙したのは、ずらりと並んだ出迎えの使用人たちの列だ。
あまりの仰々しい出迎えに血の気が引く。
「まさか、気づいていなかったのか?」
「見てませんでした…。いつもはこんなんじゃないですよね?」
「まぁ、形だな。功労者に褒賞が出るんだ。賓客を迎える体裁は整えるが、それもここまでだ。大袈裟にするなと伝えてあるからな」
「賓客…」
思わず口を噤み、「ご案内させて頂きます」と歩き出した執事についていく。
右手に男性、左手に女性の使用人たちが列を成す。男女ともに黒で統一された制服と、「いらっしゃいませ」と寸分違わぬ角度で下げられた頭。
壮観な眺めながらに、今までにない対応に尻込みする。
願わくば、公爵家訪問はこれで最後にしてほしい。
そんなことを考えながら、相変わらず長い廊下を奥へ奥へと進む。
壁は白。天井も白。廊下は灰褐色の大理石で、ヒールが当たる度、カツ、カツと音がする。
照明は魔道具だ。
「ジミー。応接室ではないのか?」
「はい。ゴゼット様が緊張なさらないようにと、図書室でお会いするそうです」
確かに、応接室よりも緊張度合いが低い気がする。
しばらく歩いた後、ぴたりと止まったのは赤みを帯びた金褐色の両開きの扉の前だ。当たり前のように豪華な彫刻が施されている。
コンコンコンコン。
4回のノックの後、返答を待たずに執事は扉を開いた。
そのまま扉を支え、頭を下げて入室を促している。
「イヴ。大丈夫か?」
「だだだだ大丈夫です」
ぎくしゃくと足を進め、図書室に入って緊張が吹き飛んだ。
すごい…。
吹き抜けホールだ。
入って右手と左手の2ヵ所に金色の螺旋階段があり、2階部分が回廊のようになっている。窓があるのは1階のみなので、2階の四方は全面書架だ。
天井から吊られた豪華絢爛なシャンデリアが、本を傷めない程度の柔らかな明かりを灯している。
1階は右側のみが一面書架になっており、ホール中央に様々な形のソファと、鈴蘭の形をしたランプが乗るコーヒーテーブルが配されている。
さらに分厚い藍色のカーテン付き窓の前には、細長いライティングデスクと椅子が2脚並ぶ。
窓の外には色とりどりの花が咲く庭園が一望できる。
左側は暖炉だ。
ここの暖炉も食堂と同じで大きい。ただしシンプルで彫刻はない。マントルピースもなんの飾りもない。
意外だ。
でも、余計な調度品があると気が散ってしまうかも。これくらいシンプルな作りが読書には良い気がする。
暖炉の横。窓側には、地下に続く階段があり、下にも図書室が広がってそうだ。
「どうかな?我が家の図書室は」
耳元で聞こえた渋みのある声に、「ふぁ!」と情けなくジャレッド団長に飛びついてしまった。
「父上。悪ふざけが過ぎます」
父上…!?
慌てて姿勢を正そうとするけど、心臓がばくばく跳ねて手汗が酷くなる。
「悪ふざけとは失礼だね。緊張を解こうとしているのだよ。ああ、ジミー、用意を」
「畏まりました」
軽く頭を下げ、執事が退室して行った。
「さぁさぁ、ゴゼットさん。好きな椅子に座り給え」
手をこすり合わせながら、どこか陽気な口調はグレン団長を彷彿とさせる。
ただ、見た目は年を重ねたジャレッド団長だ。
疎らに白髪が生えているものの、豊かなチョコレート色の髪と黄金色の双眸をした偉丈夫だ。
ハワード団長も同じ色合いだけど、ハワード団長は両親の良いとこどりした顔立ちだと思う。グレン団長は意外にも母親似。そして、ジャレッド団長は色合いも顔立ちも父親似だ。
「イヴ」
ジャレッド団長に促されて、猫脚の2人掛けソファに座る。
座って、ふかふかクッションに深くお尻が沈み込んで焦った。何しろ、全てが獣人サイズなのだ。2メートル級の人たちに合わせて作られたソファに座れば、まるで子供になった気分だ。危うくひっくり返りそうになった私を、ジャレッド団長が慌てて支えてくれる。
「大丈夫か?」
「だ…大丈夫です。ふかふかで驚きましたが…」
背凭れがあるとはいえ、ジャレッド団長が支えてくれなければ恥を晒すところだった。
「ふふふ。我々では丁度よくとも、ゴゼットさんには些か座り辛いようだ。これはラウリットに言っておかないとね」
ラウリット?
というか、なぜ?
首を傾げた私の疑問をそのままに、公爵様は向かいの一人掛けソファに座る。
「さて。まずは礼を言わせてほしい。献上してもらったトードブルーは、オークションで白金貨625枚にて落札された。今冬、領民から飢えや寒さでの死者がでることはないだろう。心より感謝する」
がっちりと両膝に手を置き、公爵様が深々と頭を下げる。
貴族の旋毛なんて初めて見た!
なんて思考が明後日の方向へ飛ぶほど硬直していると、私に代わってジャレッド団長が「父上」と声をかける。
「イヴが緊張するようなことは止めて下さい」
「いや。こういうのは形が大事だろう?私は必要であれば頭を下げるよ」
茶目っ気たっぷりの顔で、公爵様が頭を上げた。
「トードブルーだけでも大事なのに、薬の件もある。伯母上のことも報告を受けた。ダイナマイトツリーによる負傷者の治癒も聞いたよ。帰路の途中、ダイナマイトツリーの運搬とすれ違ったけどね。あの巨木だ。解体中に負傷者が多数出たのは想像に難くない。薬不足の今、どれだけの者が助けられたかしれないし、さらに今冬も、どれだけの者が命を救われるか。それを考えてごらん。頭を下げることくらい造作ないだろう?」
「否定はしません」
ジャレッド団長は小さく息を吐く。
「それで、イヴへの褒賞は何ですか?」
「それなんだよ。今まで褒賞を授与した者の多くは騎士だったからね。勲章と褒賞金、剣だったけど、ゴゼットさんは勲章や剣を貰っても嬉しくないだろう?」
嬉しくないし、邪魔になる…とは正直に言えるわけもない。
ここは賢くジャレッド団長に託して無言に徹する。
「イヴは冒険者ですが、剣は使いません。そもそも討伐も、調査も行わない。薬師になるために必要だから冒険者に登録したにすぎませんから」
私がひたすら頷いていると、ノック音がした。
今回も反応が返る前に、ドアが開く。
ここまで案内してくれた執事と、その後ろに褐色の髪の男性が続いて入室してくる。
2人の手には黒いトレイがある。
お茶を運んできたというにはトレイは小さいし、ここにはコーヒーテーブルしかない。なんだろうかと見ている間に、2人は公爵様の傍らで足を止めた。
「まずは目録だね」
執事が私の横に移動して片膝をついた。
これを取ればいいのかな…?
不安になって執事を見れば、穏やかな笑みで頷いたので正解なのだろう。
恐る恐るに目録を手にすると、トレイの底に刻まれた金色の家紋が映えた。
執事が下がると、続いて男性が膝をつく。その手にしているものを見て、びしっと硬直してしまった。
黒い革製のトレイに天鵞絨が張られ、そこに置かれているのは煌びやかなネックレスとイヤリングのセットだ。
私の髪飾りの宝石に似ているけど、色合いや輝きが違う。
ネックレスは小ぶりの宝石が一周し、胸元には7つの宝石が花を模っている。イヤリングもネックレスと同じ宝石で、大粒のドロップ型だ。
私が固まっていると、ジャレッド団長が「確認した」と頷いた。
あれは今受け取るのではなく、確認のために見せただけらしい。男性は微笑で目礼し、すっと下がった。
「イヴ。目録を」
「あ、は…はい」
ぎこちなく、目録を広げる。
1.カナリーイエローダイヤモンドのネックレス1点
2.カナリーイエローダイヤモンドのイヤリング1セット
3.褒賞金大金貨30枚
4.別邸馬車付き
今日の日付と、以上を贈呈するという公爵様のサイン。
斜めに一筆書きしたサインは、イライジャ・クロムウェルと書いているらしい。カッコいい書き方だけど、初見では読めない。私も招待状のサインをジャレッド団長に教えてもらった経緯がある。初めて公爵様の名前を知った瞬間だった。
まぁ、そんなことより!
宝石がカナリーイエローダイヤモンドだったとか、その上、報償金が大金貨30枚も出るとか!
質問したいことは色々あるけど、特に謎の4番!
「あ…あの!この別邸というのは?」
「別邸は別邸だよ。幾つか空きがあるから、選んでもらっても構わない」
「え?…は?…すみません。ちょっと…意味が?」
頭の中にクエスチョンマークが飛び交う。
私の疑問が公爵様にも伝わったのか、公爵様は徐々に眉根を寄せ、ぎろりとジャレッド団長を睨んだ。
「ジャレッド。少し話そうか」
ドスのきいた声に、私は再び硬直し、ジャレッド団長は渋面を作って立ち上がった。
「ゴゼットさんは寛いでいてくれたまえ。読書していても構わないよ。専門書は2階になる。ジミー、ゴゼットさんを頼むよ」
「畏まりました」
執事が頭を下げている間に、公爵様はジャレッド団長と男性を引き連れて退室して行った。
4番の謎だけを残して…。
蹄音が軽やかになるのにつれて、私の心臓は大鐘を打つような音を鳴らす。
今日は公爵様との謁見日だ。
一昨日の夜、ジャレッド団長から渡されたのは、公爵様のサイン入りの招待状だった。
ちなみに、王侯貴族の招待状を断れば、次に届くのは召喚状となる。
召喚状は強制力があり、出頭を命じられる際に用いられる。冒険者間で度々見かける召喚状は、主に酔っぱらって暴れた末の憲兵詰所への召喚状だ。冒険者というのは、酒癖が悪い奴が一定数いるので珍しくはない。
基本、最初の召喚状は罰金刑で終わるので、大抵の冒険者は素直に憲兵詰所に赴く。
でも、それを無視すると罰則が重くなり禁固刑となる。3通目の召喚状を無視すると、禁固刑に冒険者資格の剥奪や、町からの追放刑が加わる。
これが貴族家からの召喚状となれば、物理的に首が飛ぶ危うさがある。
少なくとも、向こうではそうだ。
ということで、公爵様からの招待状を断れるわけもなく、朝早くから出向いてくれたディアンネの手で支度を整えてもらった。
今回は、いつ用意したのか、ジャレッド団長から贈られたレモンイエローのワンピースとクリーム色のショールを着用。
スクエアネックのエンパイアワンピースは、7分丈の控えめなパフスリーブで、普段使いできそうなシンプルなデザインだ。その上にフラワーレースのショールを羽織れば余所行き感が出る。派手過ぎず。清楚なお嬢様風。
ワンピースを贈られた時には困ったけど、これなら町歩きしても悪目立ちしない。
ハワード団長夫妻から贈られたワンピースは、上品なレースをあしらっていることもあり、どうしても”お忍び風”で浮いてしまうので着る機会が限定される。可愛いけど仕方ない。
そんなことを思っていると、隣から盛大なため息が聞こえた。
「やはりアクセサリーも揃えておけば良かったな…」
ぴたり、と寄り添うように座るジャレッド団長は、不満げな表情で「髪飾りもだ」と、蝶を模した髪飾りを見据える。
この髪飾りも、ハワード団長夫妻からの贈り物だ。
選んだのはヴィヴィアン様らしいけど、ハワード団長から贈られたという体が気に入らないらしい。
「耳と首元が寂しいな。気が利かず悪かった。揃いで髪飾りも今度買いに行こう」
「い…いえ。アクセサリーは必要ないです」
ふるふると頭を振れば、ジャレッド団長は不満げに唇をへの字に曲げる。
「だが、指輪の代わりになるものが必要だ」
ピンキーリングがダメになった時、新しいのを…と言われて断ったのだ。
また…という思いが頭を過った。
指がパンパンに腫れて、指輪が枷になるなんて想像にもしていなかった。指輪を切断する時には意識を失っていたけど、激痛で腫れあがった指を見て、どういう状況だったのか想像がついた。
「イヤリングか、ネックレスか、ブレスレットか…。どれかを贈らせてほしい」
懇願するような目に根負けして曖昧に頷くと、ジャレッド団長は満足げに口角を上げた。
不機嫌になられるよりは良いけど、ひょいひょい財布を開きすぎだと思う。ついこの間も、冬用の服を仕立てに行ったばかりなのに…。
貢がれて喜ぶ女性は多い。ハノンにもいた。
でも、私は祖母の言葉通り、”只より高い物はない”精神を受け継いでいるので怖くなる。
ひっそりと嘆息すると、コンコンコンコンと4回のノックの後、ドアが開いた。
いつの間にか到着していたらしい。
ドアを開いたのは、いつもの年若い従者ではなく、黒い燕尾服を着用した白髪交じりの壮年の男性だ。
「ジャレッド様、お帰りなさいませ。イヴ・ゴゼット様、ようこそ御出で下さいました。わたくしはジミー・オルセンと申します」
そう言って、右手を胸に添えてお辞儀する。
「ジミーは父上の専属執事だ。公爵家には使用人として代々仕える家門があるが、オルセン家はその1つで、平民ながら執事を輩出する優秀な家門になる」
専属執事?
ぽかんとしている間に、ジャレッド団長が馬車から降り、「イヴ」と手を差し出している。
エスコートだ。
慣れないというか、気恥ずかしい。
大きな手にちょこんと手を乗せ、ゆっくりとステップを降りる。
最初は慣れないエスコートと段差でぎこちなかったけど、今日は少しだけ淑女っぽく降りれたと自画自賛してみる。
「どうした?余裕が出てきたのか?」
「え?」
「口元が綻んでいた。てっきり開き直ることにしたのかと思った」
言われて頭を上げて対峙したのは、ずらりと並んだ出迎えの使用人たちの列だ。
あまりの仰々しい出迎えに血の気が引く。
「まさか、気づいていなかったのか?」
「見てませんでした…。いつもはこんなんじゃないですよね?」
「まぁ、形だな。功労者に褒賞が出るんだ。賓客を迎える体裁は整えるが、それもここまでだ。大袈裟にするなと伝えてあるからな」
「賓客…」
思わず口を噤み、「ご案内させて頂きます」と歩き出した執事についていく。
右手に男性、左手に女性の使用人たちが列を成す。男女ともに黒で統一された制服と、「いらっしゃいませ」と寸分違わぬ角度で下げられた頭。
壮観な眺めながらに、今までにない対応に尻込みする。
願わくば、公爵家訪問はこれで最後にしてほしい。
そんなことを考えながら、相変わらず長い廊下を奥へ奥へと進む。
壁は白。天井も白。廊下は灰褐色の大理石で、ヒールが当たる度、カツ、カツと音がする。
照明は魔道具だ。
「ジミー。応接室ではないのか?」
「はい。ゴゼット様が緊張なさらないようにと、図書室でお会いするそうです」
確かに、応接室よりも緊張度合いが低い気がする。
しばらく歩いた後、ぴたりと止まったのは赤みを帯びた金褐色の両開きの扉の前だ。当たり前のように豪華な彫刻が施されている。
コンコンコンコン。
4回のノックの後、返答を待たずに執事は扉を開いた。
そのまま扉を支え、頭を下げて入室を促している。
「イヴ。大丈夫か?」
「だだだだ大丈夫です」
ぎくしゃくと足を進め、図書室に入って緊張が吹き飛んだ。
すごい…。
吹き抜けホールだ。
入って右手と左手の2ヵ所に金色の螺旋階段があり、2階部分が回廊のようになっている。窓があるのは1階のみなので、2階の四方は全面書架だ。
天井から吊られた豪華絢爛なシャンデリアが、本を傷めない程度の柔らかな明かりを灯している。
1階は右側のみが一面書架になっており、ホール中央に様々な形のソファと、鈴蘭の形をしたランプが乗るコーヒーテーブルが配されている。
さらに分厚い藍色のカーテン付き窓の前には、細長いライティングデスクと椅子が2脚並ぶ。
窓の外には色とりどりの花が咲く庭園が一望できる。
左側は暖炉だ。
ここの暖炉も食堂と同じで大きい。ただしシンプルで彫刻はない。マントルピースもなんの飾りもない。
意外だ。
でも、余計な調度品があると気が散ってしまうかも。これくらいシンプルな作りが読書には良い気がする。
暖炉の横。窓側には、地下に続く階段があり、下にも図書室が広がってそうだ。
「どうかな?我が家の図書室は」
耳元で聞こえた渋みのある声に、「ふぁ!」と情けなくジャレッド団長に飛びついてしまった。
「父上。悪ふざけが過ぎます」
父上…!?
慌てて姿勢を正そうとするけど、心臓がばくばく跳ねて手汗が酷くなる。
「悪ふざけとは失礼だね。緊張を解こうとしているのだよ。ああ、ジミー、用意を」
「畏まりました」
軽く頭を下げ、執事が退室して行った。
「さぁさぁ、ゴゼットさん。好きな椅子に座り給え」
手をこすり合わせながら、どこか陽気な口調はグレン団長を彷彿とさせる。
ただ、見た目は年を重ねたジャレッド団長だ。
疎らに白髪が生えているものの、豊かなチョコレート色の髪と黄金色の双眸をした偉丈夫だ。
ハワード団長も同じ色合いだけど、ハワード団長は両親の良いとこどりした顔立ちだと思う。グレン団長は意外にも母親似。そして、ジャレッド団長は色合いも顔立ちも父親似だ。
「イヴ」
ジャレッド団長に促されて、猫脚の2人掛けソファに座る。
座って、ふかふかクッションに深くお尻が沈み込んで焦った。何しろ、全てが獣人サイズなのだ。2メートル級の人たちに合わせて作られたソファに座れば、まるで子供になった気分だ。危うくひっくり返りそうになった私を、ジャレッド団長が慌てて支えてくれる。
「大丈夫か?」
「だ…大丈夫です。ふかふかで驚きましたが…」
背凭れがあるとはいえ、ジャレッド団長が支えてくれなければ恥を晒すところだった。
「ふふふ。我々では丁度よくとも、ゴゼットさんには些か座り辛いようだ。これはラウリットに言っておかないとね」
ラウリット?
というか、なぜ?
首を傾げた私の疑問をそのままに、公爵様は向かいの一人掛けソファに座る。
「さて。まずは礼を言わせてほしい。献上してもらったトードブルーは、オークションで白金貨625枚にて落札された。今冬、領民から飢えや寒さでの死者がでることはないだろう。心より感謝する」
がっちりと両膝に手を置き、公爵様が深々と頭を下げる。
貴族の旋毛なんて初めて見た!
なんて思考が明後日の方向へ飛ぶほど硬直していると、私に代わってジャレッド団長が「父上」と声をかける。
「イヴが緊張するようなことは止めて下さい」
「いや。こういうのは形が大事だろう?私は必要であれば頭を下げるよ」
茶目っ気たっぷりの顔で、公爵様が頭を上げた。
「トードブルーだけでも大事なのに、薬の件もある。伯母上のことも報告を受けた。ダイナマイトツリーによる負傷者の治癒も聞いたよ。帰路の途中、ダイナマイトツリーの運搬とすれ違ったけどね。あの巨木だ。解体中に負傷者が多数出たのは想像に難くない。薬不足の今、どれだけの者が助けられたかしれないし、さらに今冬も、どれだけの者が命を救われるか。それを考えてごらん。頭を下げることくらい造作ないだろう?」
「否定はしません」
ジャレッド団長は小さく息を吐く。
「それで、イヴへの褒賞は何ですか?」
「それなんだよ。今まで褒賞を授与した者の多くは騎士だったからね。勲章と褒賞金、剣だったけど、ゴゼットさんは勲章や剣を貰っても嬉しくないだろう?」
嬉しくないし、邪魔になる…とは正直に言えるわけもない。
ここは賢くジャレッド団長に託して無言に徹する。
「イヴは冒険者ですが、剣は使いません。そもそも討伐も、調査も行わない。薬師になるために必要だから冒険者に登録したにすぎませんから」
私がひたすら頷いていると、ノック音がした。
今回も反応が返る前に、ドアが開く。
ここまで案内してくれた執事と、その後ろに褐色の髪の男性が続いて入室してくる。
2人の手には黒いトレイがある。
お茶を運んできたというにはトレイは小さいし、ここにはコーヒーテーブルしかない。なんだろうかと見ている間に、2人は公爵様の傍らで足を止めた。
「まずは目録だね」
執事が私の横に移動して片膝をついた。
これを取ればいいのかな…?
不安になって執事を見れば、穏やかな笑みで頷いたので正解なのだろう。
恐る恐るに目録を手にすると、トレイの底に刻まれた金色の家紋が映えた。
執事が下がると、続いて男性が膝をつく。その手にしているものを見て、びしっと硬直してしまった。
黒い革製のトレイに天鵞絨が張られ、そこに置かれているのは煌びやかなネックレスとイヤリングのセットだ。
私の髪飾りの宝石に似ているけど、色合いや輝きが違う。
ネックレスは小ぶりの宝石が一周し、胸元には7つの宝石が花を模っている。イヤリングもネックレスと同じ宝石で、大粒のドロップ型だ。
私が固まっていると、ジャレッド団長が「確認した」と頷いた。
あれは今受け取るのではなく、確認のために見せただけらしい。男性は微笑で目礼し、すっと下がった。
「イヴ。目録を」
「あ、は…はい」
ぎこちなく、目録を広げる。
1.カナリーイエローダイヤモンドのネックレス1点
2.カナリーイエローダイヤモンドのイヤリング1セット
3.褒賞金大金貨30枚
4.別邸馬車付き
今日の日付と、以上を贈呈するという公爵様のサイン。
斜めに一筆書きしたサインは、イライジャ・クロムウェルと書いているらしい。カッコいい書き方だけど、初見では読めない。私も招待状のサインをジャレッド団長に教えてもらった経緯がある。初めて公爵様の名前を知った瞬間だった。
まぁ、そんなことより!
宝石がカナリーイエローダイヤモンドだったとか、その上、報償金が大金貨30枚も出るとか!
質問したいことは色々あるけど、特に謎の4番!
「あ…あの!この別邸というのは?」
「別邸は別邸だよ。幾つか空きがあるから、選んでもらっても構わない」
「え?…は?…すみません。ちょっと…意味が?」
頭の中にクエスチョンマークが飛び交う。
私の疑問が公爵様にも伝わったのか、公爵様は徐々に眉根を寄せ、ぎろりとジャレッド団長を睨んだ。
「ジャレッド。少し話そうか」
ドスのきいた声に、私は再び硬直し、ジャレッド団長は渋面を作って立ち上がった。
「ゴゼットさんは寛いでいてくれたまえ。読書していても構わないよ。専門書は2階になる。ジミー、ゴゼットさんを頼むよ」
「畏まりました」
執事が頭を下げている間に、公爵様はジャレッド団長と男性を引き連れて退室して行った。
4番の謎だけを残して…。
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