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公爵の帰還
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コトコト、コトコト。
スープを煮込む音と、ミルクとトウモロコシの甘やかな香りが、調理場から食堂へと広がてくる。
クロムウェル領のトウモロコシの多くは蒸留酒の原料になるけど、一部のトウモロコシはこうして食卓に上がる。
ハノンというか…ゴールドスタイン領は、こっちと気候は大して変わらない。
でも、風景は違う。
森を隔てただけで異なった景観となるのだ。
クロムウェル領は平坦な畑作地帯なのに対し、ゴールドスタイン領は”帰らずの森”から離れるに従って穏やかな丘陵地なる。
その丘を利用した牛羊の牧畜を盛んで、牧歌的な長閑さがゴールドスタイン領のウリだ。
ただ、領主一家は田舎を好まず。
騎士団を要する費用をケチる為か、領都は”帰らずの森”からうんと離れた隣領の境にある。領内一栄えた町は、お頭の言葉を借りれば”虚飾の町”とのこと。
領都以外は興味がないのだろう。そこを省けば、小さな村が点在しているだけの田舎領地だ。
そんな村々の主要産業は牧畜と蕎麦、ジャガイモ。
あと僅かばかりのライ麦だ。その為、パンを焼くのも蕎麦粉を使う。とはいえ、家でパンを焼く人は殆どおらず、食卓にあがるのはガレットや蕎麦粥が一般的となる。
トウモロコシも栽培しているけど、小粒で甘みもない飼料用だ。収穫後乾燥させると、市場には出ず飼料タンクへ入る。
なので、トウモロコシに馴染みのなかった私は、初めてコーンスープを飲んで一口で恋に落ちた。
甘くコクのあるスープは、頬が落ちそうなほど美味しいのだ。
「イヴって、コーンスープ好きよね」
食器を片付けながら、マリアが苦笑する。
私はカウンターに手をついて、こくこくと頷く。
「トウモロコシのスープって初めて飲んだから。あんなに甘くて美味しいって思わなかったです。スープが甘いんですよ?帝国では一般的なんですか?」
「いや。コーンスープは第2の夏の定番ってだけだな」
ピーターが大鍋の火を消して答えてくれる。
「他では飲まないんですか?」
「トウモロコシの産地かどうかで違うな。うちは産地だが、あれは蒸留酒用。食べても甘みは少ないし皮が厚いんだ。茹でたてだと食えなくはないが、冷えると硬くなる」
「あんなに美味しいのに?」
大鍋を凝視すると、ピーターが笑う。
「これは種類が違うトウモロコシ。こっちの収穫量はあまりないんだよ。夏季、領内で消費する程度しか栽培していないと聞いたことがある。だからスープか、焼くかの簡単な調理法しか広まってない。ただ、トウモロコシが主力の他領だと、トウモロコシを挽いた粉で作ったパンや粥状にしたポレンタなんかがある。他にもサラダにしたり、粒を炒って菓子にしたりと色々とレシピがあるらしい。ああ、ちなみに、ここは夏はコーンスープ、冬はカボチャスープを定期で出すと決まってる。カボチャスープも甘いぞ。なんでも何代か前の騎士団長の好物が定着したんだと」
「男の人で甘いスープが好きって珍しいわね」
マリアが目を見開いて言う。
私も同感だ。
「その団長、酒より甘味が好きだったらしいんだ。別に下戸じゃないし、酒にも強かったらしいが、甘味を好んだんだとか。まぁ、俺も又聞きの又聞きだから真相は分からない」
「その団長のお陰で、美味しいスープを頂けるんですね」
早くお昼になれ、と声が弾んでしまう。
「コーンスープはこれが食べ納めだけどな」
「え!?そうなんですか…」
しょんぼりと眉尻を下げると、ピーターは笑いながら発酵させていた大きなパン生地を用意し始めた。今度はパンの焼ける香りを楽しめるようだ。
口元をにまにまと緩ませていると、マリアがエプロンで手を拭きながらこちらにやって来る。
「そういえば、イヴはダイナマイトツリーの見送り祭に参加した?」
「見送り祭?私が待機してた時は既にお祭りでしたよ?」
「イヴがいたのは樹皮を剥ぐまででしょう?その後よ。特に帝都に出立する時ね。盛大な祭りだったんだから!春祭り並みに凄かったのよ!」
マリアが大興奮で身悶える。
「春祭り?」
「知らないのか?豊穣の女神様に感謝する祭りだ」
「秋ではなくて?ハノンでは収穫祭として秋にします。春はヴァルプルギスの夜祭」
ヴァルプルギスの夜祭は春迎えの行事だ。
人死が多い冬を魔と例え、魔を祓い春を迎えるという意味がある。
ハノンでのヴァルプルギスの夜祭は、厳かな祭りだ。夜を通し、あちこちで篝火が焚かれ、大人たちは松明を手に村を巡る。賑やかさはなく、粛々と魔を祓う。
一応、ハノンにもささやかな教会があるので、おじいちゃん司祭が取り仕切っている。
夜更かしを許可された子供たちは、夜通し焚かれる篝火と非日常的な雰囲気に呑まれ、恐怖と高揚感を抱えて家の中で息を殺す。殆どの子供は夜更けを待てずに寝てしまうのだが、朝まで耐え抜いた子供は、広場に出て、大人たちと一緒に春の訪れに感謝の歌を歌う。
そうしてヴァルプルギスの夜祭は終えるのだ。
「ヴァルプルギスの夜祭はこっちでもやるわよ。形骸化してるから、あまり意味はないけど。その1週間後にする春祭りが本命ね。帝国の北部地域では、冬は豊穣の女神様の試練だと言われてて、試練に打ち勝った子らに等しく恵みを与えて下さる…というわけ。つまり、厳しい冬をありがとうございます!今年の豊穣の約束、お願いしますねってこと」
「まぁ、北部以外の連中には”は?”って言われるけどな」
ピーターがけらけらと笑う。
「ランスの…極北の国と似た感じですね。向こうは白魔茸は豊穣の女神の遣いと言われてるらしくて、厳しい冬の年は豊穣になるって聞きました」
「へぇ~似てるな。でも、こっちでは白魔茸は多くの命を奪うから嫌われてて、大雪から明けた春祭りは粛々として犠牲者の鎮魂を主体にしている。それ以外の年は盛況だ」
「白魔茸が出た冬は死者数が多いものね…。どんなに備えても、雪の重みで家屋が潰れちゃ逃げられないわ。でも、今冬の備えは十分だから、きっと春祭りは盛大よ。その春祭りは、3日かけて行われるのよ。飲んで歌って踊って!力自慢のアームレスリングは公爵様も許可を下した唯一の賭け事だから、凄いわよ~。春乙女っていう町一番の可愛い女の子を決める大会があって、最終日は春乙女を乗せた花車が町を巡るの。熱狂的な3日間なの」
「その3日間と同じくらいの熱量が、ダイナマイトツリーの見送りにあったんですね」
慄くのが正解か、呆れるのが正解か。
ダイナマイトツリーは樹皮剥がしに3日。
巨木を3つの輪切りにするのに5日かかった。
さらに2日かけて、輪切りにされたダイナマイトツリーに大繩をかけ、屈強な男衆たちによって特別製荷車に載せられた。
屈強な男衆たちは、観客からも募ったらしい。条件は飲酒していないこと。
終結した力自慢たちが、雄叫びを上げて荷車に積み込んだそうだ。
巨大荷車を牽くのは、公爵家から投入された大型馬になる。
1台につき4頭。計12頭の大型馬だ。
それ以外に、代理人が乗る箱馬車1台と大工たちや荷物を乗せる幌馬車2台、樹皮を乗せた荷車2台は、1台につき1頭での牽引となった。
そんな大所帯は、お祭り騒ぎの観衆の中を蝸牛の歩みで帝都に出発した。
という情報を、ジョアンから聞かされている。
公爵家所有の馬は、軍馬に限らず、全てが魔馬との交配で生まれた馬種になる。軍馬は速さと持久力に特化させているけど、輓馬ともなるとスタミナお化けな上に筋骨隆々の重量級となる。骨格の違いからか、軍馬より大きいので迫力満点だ。
1頭でも圧倒される存在感なのに、それが17頭。
壮観な眺めを説明するのに、ジョアンは興奮をぶり返して身振り手振りで馬の良さを説明してくれた。
ほぼ馬の話だったので、祭りの話は出なかった。
そうマリアに説明すると、マリアは嘆息する。
「確かに大きな馬がいっぱいいたわ。でも、そうじゃなくてね。見送り祭は出立の2日目前。昼過ぎから始まったのよ。誰が言い出したのか”見送り祭”だ~って。丸太を荷台に載せるのに力自慢を募ったんだけど、そこからだと思う。熱気も最高潮。畑の中にまで人が殺到してたくらいよ。私とピーターなんて、遠目に見てただけ」
「さすがに、あの中には危なくていけないよ」
ピーターが苦笑し、マリアが肩を竦めた。
「きっと帝都までの道のりは延々とお祭り騒ぎよ」
「なにせ魔樹だからな」と、ピーターが目玉を回して天井を仰ぐ。
「普通、魔樹なんてものは高ランク冒険者くらいしかお目にかからない。丸太になっていたとしても、見てみたいという心情は分かるよ。しかも、公爵家の輓馬だ。そりゃあ、勇壮だったぞ」
ピーターはパン生地を適当な大きさに丸めながら、「あの馬はカッコいいよ」とジョアンと同じことを言う。
「男って馬が好きよね」と、マリアが声を潜めて唇を尖らせた。
まぁ、声を潜めたところで獣人の聴力の前では無意味なのだけど。
ピーターも苦笑している。
「これから帝都方面に向かう人たちは幸運よ。南方に家族がいる人なんかは、冬になる前に避難しようってね。でも、護衛を雇うにはお金がかかるでしょう?だから、ダイナマイトツリーに便乗しようって。なかなかの大所帯になってたわ」
「かなり時間がかかると思うけど…」
「時間はかかってもいいのよ。殆どが商人だから。商売しながら戻るのにちょうどいいでしょう?だって、帝都までの道のりは何処もお祭り騒ぎになるんだから」
「公爵家の馬を見れるだけでも貴重だからなぁ」
惚れ惚れと大型馬の行進を語るピーターの意外な面を見た気がする。
てっきり料理一筋かと思ってた。
「ピーターってば、公爵家の馬車がイヴを迎えに来る度、こっそり覗いてたのよ。デカい、デカい、カッコいい!って」
マリアが笑いながら暴露すれば、ピーターは頬を上気させながら「仕方ないだろ」と唇と尖らせる。
おしゃべりしながらも均一の大きさでパン生地を丸めていくから器用だ。しかも手早い。
「いた」
ふぅ、と息を吐いて食堂に入ってきたのはアーロンだ。
調理場から香るコーンスープに目元を緩め、こちらに歩いて来る。
「イヴを捜していたが、こっちにいたのか」
「もしかして怪我ですか?」
「いや。単なる使いだ」
「使い?」
意味が分からず首を傾げる私に、アーロンは苦笑する。
「ジャレッド団長が手を離せないので俺が来た。勿体ぶっても仕方ないから単刀直入に伝える。昨日、公爵閣下が帰還され、招待状が届いたそうだ。明後日に謁見となるので、その心積もりでいるようにとのことだ」
謁見…。
仰々しい言葉に、ぞぞぞ、と怖気が走り自然と背筋が伸びる。
「公爵様がイヴを招待するの?」
興味津々とマリアがカウンターから身を乗り出した。わくわくとした顔はアーロンに向けられている。
「イヴに褒賞が出ると聞いた」
「ああ、確かにイヴは色々と頑張ってるからな。トードブルーを献上なんて普通はできない」
「ローリック村でも活躍してるもの」
マリアはしたり顔で言うけど、私は活躍していない。集会場で身を竦ませていただけだ。
「褒賞って一体、どんなのを貰えるのかしら?」
「そりゃあ、金貨じゃないか?」
マリアとピーターが揃って首を傾げる。
思わず、私もつられて首を傾げつつアーロンを見上げる。
「騎士の場合は功績によって異なる。金一封や短剣、剣帯が多い。希望を出せば、魔馬との交雑馬も得られる。大きな功績をあげれば勲章、または爵位を授かることもある。だが、イヴは騎士ではないからな。あるのなら金一封くらいじゃないか?」
金一封か…。
今は家賃も食事も困ってはいないので、お金を使うとしたら服くらいだけど、それも全部ジャレッド団長が揃えてしまった。
お金はあっても困るものではないけど、身の丈に合わない大金は身を滅ぼすと聞く。
「イヴが貴族なら、それにドレスや装身具などもつくのだろうが…」
「私は平民ですよ?」
「そうよねぇ。私たちがアクセサリーやドレスを贈られても着ていく場所がないし、保管が大変。洗濯なんてどうするの?」
マリアが笑い、私も「洗濯かぁ」としみじみ思う。
「洗うの大変だろうし、きっと1日で乾かないわよ?」
「洗濯の心配するような庶民にドレスを贈るわけにはいかないだろな」
ピーターはけたけたと笑う。
ただ、アーロンだけが微妙な顔で曖昧に微笑んでいた。
スープを煮込む音と、ミルクとトウモロコシの甘やかな香りが、調理場から食堂へと広がてくる。
クロムウェル領のトウモロコシの多くは蒸留酒の原料になるけど、一部のトウモロコシはこうして食卓に上がる。
ハノンというか…ゴールドスタイン領は、こっちと気候は大して変わらない。
でも、風景は違う。
森を隔てただけで異なった景観となるのだ。
クロムウェル領は平坦な畑作地帯なのに対し、ゴールドスタイン領は”帰らずの森”から離れるに従って穏やかな丘陵地なる。
その丘を利用した牛羊の牧畜を盛んで、牧歌的な長閑さがゴールドスタイン領のウリだ。
ただ、領主一家は田舎を好まず。
騎士団を要する費用をケチる為か、領都は”帰らずの森”からうんと離れた隣領の境にある。領内一栄えた町は、お頭の言葉を借りれば”虚飾の町”とのこと。
領都以外は興味がないのだろう。そこを省けば、小さな村が点在しているだけの田舎領地だ。
そんな村々の主要産業は牧畜と蕎麦、ジャガイモ。
あと僅かばかりのライ麦だ。その為、パンを焼くのも蕎麦粉を使う。とはいえ、家でパンを焼く人は殆どおらず、食卓にあがるのはガレットや蕎麦粥が一般的となる。
トウモロコシも栽培しているけど、小粒で甘みもない飼料用だ。収穫後乾燥させると、市場には出ず飼料タンクへ入る。
なので、トウモロコシに馴染みのなかった私は、初めてコーンスープを飲んで一口で恋に落ちた。
甘くコクのあるスープは、頬が落ちそうなほど美味しいのだ。
「イヴって、コーンスープ好きよね」
食器を片付けながら、マリアが苦笑する。
私はカウンターに手をついて、こくこくと頷く。
「トウモロコシのスープって初めて飲んだから。あんなに甘くて美味しいって思わなかったです。スープが甘いんですよ?帝国では一般的なんですか?」
「いや。コーンスープは第2の夏の定番ってだけだな」
ピーターが大鍋の火を消して答えてくれる。
「他では飲まないんですか?」
「トウモロコシの産地かどうかで違うな。うちは産地だが、あれは蒸留酒用。食べても甘みは少ないし皮が厚いんだ。茹でたてだと食えなくはないが、冷えると硬くなる」
「あんなに美味しいのに?」
大鍋を凝視すると、ピーターが笑う。
「これは種類が違うトウモロコシ。こっちの収穫量はあまりないんだよ。夏季、領内で消費する程度しか栽培していないと聞いたことがある。だからスープか、焼くかの簡単な調理法しか広まってない。ただ、トウモロコシが主力の他領だと、トウモロコシを挽いた粉で作ったパンや粥状にしたポレンタなんかがある。他にもサラダにしたり、粒を炒って菓子にしたりと色々とレシピがあるらしい。ああ、ちなみに、ここは夏はコーンスープ、冬はカボチャスープを定期で出すと決まってる。カボチャスープも甘いぞ。なんでも何代か前の騎士団長の好物が定着したんだと」
「男の人で甘いスープが好きって珍しいわね」
マリアが目を見開いて言う。
私も同感だ。
「その団長、酒より甘味が好きだったらしいんだ。別に下戸じゃないし、酒にも強かったらしいが、甘味を好んだんだとか。まぁ、俺も又聞きの又聞きだから真相は分からない」
「その団長のお陰で、美味しいスープを頂けるんですね」
早くお昼になれ、と声が弾んでしまう。
「コーンスープはこれが食べ納めだけどな」
「え!?そうなんですか…」
しょんぼりと眉尻を下げると、ピーターは笑いながら発酵させていた大きなパン生地を用意し始めた。今度はパンの焼ける香りを楽しめるようだ。
口元をにまにまと緩ませていると、マリアがエプロンで手を拭きながらこちらにやって来る。
「そういえば、イヴはダイナマイトツリーの見送り祭に参加した?」
「見送り祭?私が待機してた時は既にお祭りでしたよ?」
「イヴがいたのは樹皮を剥ぐまででしょう?その後よ。特に帝都に出立する時ね。盛大な祭りだったんだから!春祭り並みに凄かったのよ!」
マリアが大興奮で身悶える。
「春祭り?」
「知らないのか?豊穣の女神様に感謝する祭りだ」
「秋ではなくて?ハノンでは収穫祭として秋にします。春はヴァルプルギスの夜祭」
ヴァルプルギスの夜祭は春迎えの行事だ。
人死が多い冬を魔と例え、魔を祓い春を迎えるという意味がある。
ハノンでのヴァルプルギスの夜祭は、厳かな祭りだ。夜を通し、あちこちで篝火が焚かれ、大人たちは松明を手に村を巡る。賑やかさはなく、粛々と魔を祓う。
一応、ハノンにもささやかな教会があるので、おじいちゃん司祭が取り仕切っている。
夜更かしを許可された子供たちは、夜通し焚かれる篝火と非日常的な雰囲気に呑まれ、恐怖と高揚感を抱えて家の中で息を殺す。殆どの子供は夜更けを待てずに寝てしまうのだが、朝まで耐え抜いた子供は、広場に出て、大人たちと一緒に春の訪れに感謝の歌を歌う。
そうしてヴァルプルギスの夜祭は終えるのだ。
「ヴァルプルギスの夜祭はこっちでもやるわよ。形骸化してるから、あまり意味はないけど。その1週間後にする春祭りが本命ね。帝国の北部地域では、冬は豊穣の女神様の試練だと言われてて、試練に打ち勝った子らに等しく恵みを与えて下さる…というわけ。つまり、厳しい冬をありがとうございます!今年の豊穣の約束、お願いしますねってこと」
「まぁ、北部以外の連中には”は?”って言われるけどな」
ピーターがけらけらと笑う。
「ランスの…極北の国と似た感じですね。向こうは白魔茸は豊穣の女神の遣いと言われてるらしくて、厳しい冬の年は豊穣になるって聞きました」
「へぇ~似てるな。でも、こっちでは白魔茸は多くの命を奪うから嫌われてて、大雪から明けた春祭りは粛々として犠牲者の鎮魂を主体にしている。それ以外の年は盛況だ」
「白魔茸が出た冬は死者数が多いものね…。どんなに備えても、雪の重みで家屋が潰れちゃ逃げられないわ。でも、今冬の備えは十分だから、きっと春祭りは盛大よ。その春祭りは、3日かけて行われるのよ。飲んで歌って踊って!力自慢のアームレスリングは公爵様も許可を下した唯一の賭け事だから、凄いわよ~。春乙女っていう町一番の可愛い女の子を決める大会があって、最終日は春乙女を乗せた花車が町を巡るの。熱狂的な3日間なの」
「その3日間と同じくらいの熱量が、ダイナマイトツリーの見送りにあったんですね」
慄くのが正解か、呆れるのが正解か。
ダイナマイトツリーは樹皮剥がしに3日。
巨木を3つの輪切りにするのに5日かかった。
さらに2日かけて、輪切りにされたダイナマイトツリーに大繩をかけ、屈強な男衆たちによって特別製荷車に載せられた。
屈強な男衆たちは、観客からも募ったらしい。条件は飲酒していないこと。
終結した力自慢たちが、雄叫びを上げて荷車に積み込んだそうだ。
巨大荷車を牽くのは、公爵家から投入された大型馬になる。
1台につき4頭。計12頭の大型馬だ。
それ以外に、代理人が乗る箱馬車1台と大工たちや荷物を乗せる幌馬車2台、樹皮を乗せた荷車2台は、1台につき1頭での牽引となった。
そんな大所帯は、お祭り騒ぎの観衆の中を蝸牛の歩みで帝都に出発した。
という情報を、ジョアンから聞かされている。
公爵家所有の馬は、軍馬に限らず、全てが魔馬との交配で生まれた馬種になる。軍馬は速さと持久力に特化させているけど、輓馬ともなるとスタミナお化けな上に筋骨隆々の重量級となる。骨格の違いからか、軍馬より大きいので迫力満点だ。
1頭でも圧倒される存在感なのに、それが17頭。
壮観な眺めを説明するのに、ジョアンは興奮をぶり返して身振り手振りで馬の良さを説明してくれた。
ほぼ馬の話だったので、祭りの話は出なかった。
そうマリアに説明すると、マリアは嘆息する。
「確かに大きな馬がいっぱいいたわ。でも、そうじゃなくてね。見送り祭は出立の2日目前。昼過ぎから始まったのよ。誰が言い出したのか”見送り祭”だ~って。丸太を荷台に載せるのに力自慢を募ったんだけど、そこからだと思う。熱気も最高潮。畑の中にまで人が殺到してたくらいよ。私とピーターなんて、遠目に見てただけ」
「さすがに、あの中には危なくていけないよ」
ピーターが苦笑し、マリアが肩を竦めた。
「きっと帝都までの道のりは延々とお祭り騒ぎよ」
「なにせ魔樹だからな」と、ピーターが目玉を回して天井を仰ぐ。
「普通、魔樹なんてものは高ランク冒険者くらいしかお目にかからない。丸太になっていたとしても、見てみたいという心情は分かるよ。しかも、公爵家の輓馬だ。そりゃあ、勇壮だったぞ」
ピーターはパン生地を適当な大きさに丸めながら、「あの馬はカッコいいよ」とジョアンと同じことを言う。
「男って馬が好きよね」と、マリアが声を潜めて唇を尖らせた。
まぁ、声を潜めたところで獣人の聴力の前では無意味なのだけど。
ピーターも苦笑している。
「これから帝都方面に向かう人たちは幸運よ。南方に家族がいる人なんかは、冬になる前に避難しようってね。でも、護衛を雇うにはお金がかかるでしょう?だから、ダイナマイトツリーに便乗しようって。なかなかの大所帯になってたわ」
「かなり時間がかかると思うけど…」
「時間はかかってもいいのよ。殆どが商人だから。商売しながら戻るのにちょうどいいでしょう?だって、帝都までの道のりは何処もお祭り騒ぎになるんだから」
「公爵家の馬を見れるだけでも貴重だからなぁ」
惚れ惚れと大型馬の行進を語るピーターの意外な面を見た気がする。
てっきり料理一筋かと思ってた。
「ピーターってば、公爵家の馬車がイヴを迎えに来る度、こっそり覗いてたのよ。デカい、デカい、カッコいい!って」
マリアが笑いながら暴露すれば、ピーターは頬を上気させながら「仕方ないだろ」と唇と尖らせる。
おしゃべりしながらも均一の大きさでパン生地を丸めていくから器用だ。しかも手早い。
「いた」
ふぅ、と息を吐いて食堂に入ってきたのはアーロンだ。
調理場から香るコーンスープに目元を緩め、こちらに歩いて来る。
「イヴを捜していたが、こっちにいたのか」
「もしかして怪我ですか?」
「いや。単なる使いだ」
「使い?」
意味が分からず首を傾げる私に、アーロンは苦笑する。
「ジャレッド団長が手を離せないので俺が来た。勿体ぶっても仕方ないから単刀直入に伝える。昨日、公爵閣下が帰還され、招待状が届いたそうだ。明後日に謁見となるので、その心積もりでいるようにとのことだ」
謁見…。
仰々しい言葉に、ぞぞぞ、と怖気が走り自然と背筋が伸びる。
「公爵様がイヴを招待するの?」
興味津々とマリアがカウンターから身を乗り出した。わくわくとした顔はアーロンに向けられている。
「イヴに褒賞が出ると聞いた」
「ああ、確かにイヴは色々と頑張ってるからな。トードブルーを献上なんて普通はできない」
「ローリック村でも活躍してるもの」
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「そりゃあ、金貨じゃないか?」
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思わず、私もつられて首を傾げつつアーロンを見上げる。
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金一封か…。
今は家賃も食事も困ってはいないので、お金を使うとしたら服くらいだけど、それも全部ジャレッド団長が揃えてしまった。
お金はあっても困るものではないけど、身の丈に合わない大金は身を滅ぼすと聞く。
「イヴが貴族なら、それにドレスや装身具などもつくのだろうが…」
「私は平民ですよ?」
「そうよねぇ。私たちがアクセサリーやドレスを贈られても着ていく場所がないし、保管が大変。洗濯なんてどうするの?」
マリアが笑い、私も「洗濯かぁ」としみじみ思う。
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