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傷深き花嫁
不安だから、安らぎたい ~私は貴方が愛おしい~
しおりを挟むルリは花畑の中で、幼い自分に膝枕をされて横たわっていた。
『だいじょうぶ、おにいちゃんたちも、おじちゃんもこわくないよ』
幼い自分が優しく言う。
「……」
『いたいいたいも、すこしずつよくなるよ、わたしそうだったもん』
「……」
ルリは何も言わず、ただ幼い自分の言葉に耳を傾けていた。
「……ねぇ、愛するってなんなのかな……」
『わたしもよくわかんない』
「……愛されるのは酷く重い……」
『……それもよくわからないや……』
幼い自分に抱きしめられながら、ルリはぼんやりと思った。
――「愛」するってどういう気持ちなの?――
――ねぇ、何で私なの?――
ルリは目を閉じた。
目を開けるとルリは自分にあてがわれた部屋のベッドの上にいた。
昨日より体は何とか動く。
おぼつかない体を何とか動かしてグリースが置いていった薬を一錠手に取り、冷蔵庫から水いりのボトルを取り出し、薬を水で流し込む。
ボトルを仕舞い、再びベッドに戻る。
横になり、しばらくすると体の感覚も多少楽になり、酷く陰鬱な感情も多少改善された。
「……外、行きたい」
ぽつりと呟く。
グリースが来る気配はない、アルジェントの来る気配もない。
ルリは怖いが、部屋から出ることにした。
扉を開けると相変わらず闇色の空間が広がっている。
裸足だからひんやりとした感触がする。
「奥方様」
軽蔑するような声、頭の中の幼い自分が怯えているのを感じた。
声のした方を振り向くと赤い髪の男がいた。
赤銅色の目が自分を睨みつけている、軽蔑の眼差しだ。
幼い自分が表に出ていた頃、されてきたことが蘇り、顔が真っ青になる。
――いや、この人は怖い、私を、私を――
足が震えて動けない。
――逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ――
――お願い、動いて、なんで動けないの、お願い動いて――
錯乱しかけている間に、男は近づいてきた。
そしてルリの腕を強い力でつかむ。
「真祖様からの命令で外に出るのは禁じられているはずです、何故出たのですか?」
軽蔑と憎しみのこもった目で見ている。
恐怖で声が出ない。
「もしや、それほど肉欲に飢えておられるので?」
嘲笑うように唇を奪われる。
――気持ち悪い!!――
ルリの体は恐怖に嫌悪感がようやく勝ってくれたのか、男の唇を噛んだ。
ガリっと言う音がした、血の味がして余計気持ち悪い。
男は唇を開放した、男の唇から血が流れている。
男は血を赤い舌で舐めニタリと笑うと、ルリを抱き寄せた。
「本来の人格に戻られたと聞きましたが、獣のようですねぇ噛みついてくるとは」
「……して……はなして!!」
ルリは嫌悪感から男に抵抗するが、いつものような力がでない。
グリースの話から、精神的に不安定なのが体にも影響が強くでている可能性が高いから無理に動かない方がいいと言っていたのをちゃんと聞いておけばよかったと今更ながら自分の馬鹿な行動を反省した。
「あの時のよりも私は好みですよ、その飢えた体満足させてあげますよ」
「やめて!!」
ルリが声を上げると、何かを殴るような鈍い音がした。
「が……!!」
男はルリから手を離しその場に倒れこんだ。
ルリが音の方に視線を向ければ、氷でできた鈍器のようなものを持ったアルジェントが立っていた。
「ルリ様に近寄るなと言ったはずだカルコス」
アルジェントは薄汚いものを見るかのような目で男――カルコスを見下ろし、蹴り飛ばした。
カルコスはうめき声をあげて床にはいつくばっている。
アルジェントは氷の武器を消して、ルリを見た。
ルリは恐怖から腰を抜かし、その場に座り込んでしまう。
「ご、ごめんなさい……おねがい、やめて……」
声を絞り出してアルジェントに哀願する。
――お願い、「怖いこと」をしないで――
アルジェントは怯え切った表情のルリを見て悲痛の色に染まる。
ルリを犯そうとしたあの男と、同一存在としてルリが恐怖を感じているのが辛く、屈辱だった。
――カルコス、私は貴様とは違う!!――
ルリに少しだけ近づき、膝をつき、頭を垂れる。
「ルリ様、ご無事で何よりです」
「……」
「次から外に出たいときは私に申し付けください、お供いたします」
「……おこら、ない? こわいこと、しない?」
ルリが怯えた声で言うので、アルジェントは顔を上げ、穏やかにほほ笑んで手を伸ばし頬を撫でる。
「怒りません、怖いことも、致しません」
優しい声色で言う。
ルリは少しばかり落ち着いた表情を見せたので、アルジェントはルリを抱きかかえた。
唇の血に気づく。
「……噛まれたのですか?」
「……噛んだの」
「ではアレの薄汚い血ですねそれは」
アルジェントは濡れたハンカチを出現させ、ルリの唇の血を拭うとハンカチを消した。
「一度お部屋に戻ってお着換えを致しましょう、そのお召し物で外に出るのは少し問題があります」
アルジェントはそう言ってルリを部屋に連れて行った。
クローゼットと棚を開け、必要なものを取り出す。
「ルリ様、お一人で着替えられますか?」
「……うん」
「では着替えが終わるまで向こうを見てます、着替え終わりましたらお呼びください」
「……わかった」
アルジェントはルリの着替えを見ない様にした。
「着替え終わった……」
ルリの声にアルジェントは振り向く、ルリが人間の時から来ていた動きやすい服だ、靴下もちゃんと履けている。
アルジェントは靴を出現させ、ルリに履かせると抱きかかえた。
「外をご希望でしたよね、庭でよろしいでしょうか?」
「うん……」
アルジェントはルリを抱きかかえたまま転移した。
綺麗に整えられた庭に転移する。
ルリを地面に立たせると、少しふらついていたので支える。
「大丈夫ですか?」
「……少しふらつくけど、大丈夫……」
「それは大丈夫ではありません、私がお支えします」
アルジェントはルリの動作を補助しながら、ルリの庭の散策に同行した。
ルリは庭の植物にそっと触れて、慈しんでいるようだった。
時折空を見上げていた。
輝く太陽と、青い空が広がっていた。
吸血鬼達にはあまり良くない天気だ。
自分たちには関係ない天気だが、人間として生きてきたルリにとっては良い天気だろう。
ルリの表情は決して明るいとは言えないが落ち着いている、穏やかな表情だ。
アルジェントは安堵していた。
昨日ルリに拒絶されたのだ、今日も拒絶されるかと恐れていたのだ。
だが、今触れることを許してもらえることは何より嬉しかった。
アルジェントは穏やかな気持ちでルリを見守っていた、来訪者の気配を感じ取るまで。
アルジェントはルリを抱きしめた、ルリは困惑の表情をしている。
「誰だ」
「お久しぶりです、ロクショウです」
「人間政府の犬か、何の用だ?」
「いえ、実は真祖様の方にお伝えしなければならないことがあるんですが、道に迷いまして、この城の転移構造が全く分からな――」
「ヴァイス――真祖に会いたいなら俺が合わせてやるぜ」
ロクショウの首根っこを掴むように、グリースが現れた。
「げ」
「その時は俺も付き添いだ、あルリちゃんお薬部屋に置いといたからちゃんと飲むんだよ」
「……うん」
「グリース、人間政府に何があった?」
アルジェントは念のためグリースに尋ねる。
「ごたごたが起きて軍隊が革命起こし中、リーダーが吸血鬼撲滅派らしくて、このままだとやばいから革命軍どうにかしてほしいって救助の要望に来たらしい」
「……」
「つーわけで連れてくわ、このまま放置するとルリちゃんの家族とかも危なくなるしな!」
グリースはロクショウを連れて居なくなった、おそらく主の元へ連れて行ったのだろう。
ルリは体を震わせている。
「……お母さん達が……?」
「大丈夫です、配下が人間の国におります、ルリ様のご家族やご友人の身はお守りします」
「……本当?」
「ええ」
不安そうなルリに、アルジェントは優しく声をかける。
「……」
精鋭部隊が転移魔法で居なくなったのを感じ取った。
グリースもわざわざ分かるように転移魔法で居なくなった。
「……精鋭部隊とグリースが向かったようです。精鋭部隊もそうですが、あのグリースがいるなら軍隊の鎮圧は速やかに行われるでしょう」
「……本当?」
「ええ」
アルジェントは遠見を使って転移した先の情報を見る。
革命軍の軍人らしき連中を精鋭部隊が鎮圧している姿と――兵器や武器を燃やして消滅させ、軍人たちから戦意を奪い、命乞いをさせているグリースの姿が見えた。
――そのまま止めを刺してしまえばいいものを、愚者は生かしておくとロクなことがない――
「……アル、ジェント?」
ルリの声にアルジェントは遠見を止めた。
「……なんでもありません、ルリ様、そろそろ疲れたでしょう。お部屋に一度戻りましょう」
「……うん」
ルリを抱きかかえて庭から部屋へ転移する。
転移するとルリをベッドに座らせ、靴を脱がせて靴を転移させる。
「……隣、宜しいでしょうか?」
「うん……」
アルジェントはルリの隣に座り、自分に寄りかかっているルリの髪を優しく撫でた。
ルリは落ち着いた、穏やかな表情に戻り、目を閉じていた。
アルジェントにはその姿がたまらなく愛おしく感じられた。
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