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傷深き花嫁
「愛」がわからない ~「愛」されたい~
しおりを挟むグリースはしばらく考えてから、口を開く。
「……ルリちゃん、俺も本当はここにいてやりたい、でも今のルリちゃんにそれをやると、ルリちゃんに危害を加える奴が出る、だから非常に辛いかもしれないけど、『真祖の奥方』であるという事だけは今だけはぶれさせないてはダメだ、その地位が崩れるとルリちゃんの身が危ない」
「……」
「俺が下手に手を出しすぎると、戦争になりかねない、それは分かるよね」
「……」
「うん、愛してない怖い相手の傍にいるのは辛いと思う、でも――」
「ヴァイスはルリちゃんを愛してるから、ルリちゃんを傷つける行為はもうしないはずだ、もししたら俺があいつの事ボコボコにするから!」
グリースがそう言ってルリの手を握ると、ルリは少しだけ笑った。
グリースはルリの頬を優しく撫で、微笑み、日が暮れるまでルリの傍から離れなかった。
そして日が暮れた――
窓の外には月が見えた。
「……そろそろここから出ないとな」
グリースが呟くと、ルリはぎゅっとグリースの服の袖をつかんだ。
「……大丈夫、明日もまた来るからっとその前に」
グリースは薬と水の入ったグラスを手にし、薬をルリの口に入れる。
「飲んで」
ルリは水を少しだけ飲み、薬を飲んだようだった。
グリースはグラスを消して、ルリの頭を撫でる。
「……ルリちゃん、大丈夫だから、な?」
そう言うと、ようやくルリはグリースの服の袖から手を離した。
「いい子だね」
グリースは微笑み、ルリの頬にキスをする。
そして窓に寄りかかり、いつものように姿を消した。
グリースが姿を消した窓を見ながらルリは手を伸ばした。
――私は、どうすればいいの?――
――ねぇ、誰か教えて、愛するってなに?――
ルリの心の声に答えてくれる者はいなかった。
ルリは月をぼんやりと眺める、薬の副作用か気持ちは穏やかだ。
でも、まだ恐怖心がこびりついて離れない。
月が、窓が見えなくなった。
ルリの表情が暗くなる。
――怖い、怖い――
闇が――真祖の白い顔が自分を覗き込んでいる。
――苦しい――
ひゅーひゅーと喉が鳴る。
冷たい手が頬に触れる感触に体がこわばる。
脳裏ぶわりと、された事が蘇る。
毛布を掴んで、体を丸める。
――怖い――
真祖の顔が怖くて見れない。
――いっそ嫌ってお前なんていらないと言って欲しい――
――そうすれば、私はグリースの手を掴める――
――戦争の危険が無くなるからだ――
――嫌って、愛さないで――
「ルリ」
――いやだ、聞きたくない――
「愛している」
真祖のその言葉に、ルリは心の中で絶望する。
真祖の言葉はナイフの様にルリの心に突き刺さる。
自分をここから出さないという宣告だからだ。
抱きかかえられる、怖くて動けない、声も出ない、体が震える。
――逃げられない――
暴れることもできない。
心の傷が血を吹き出す。
心に酷い痛みが走る、色々な事で頭がぐちゃぐちゃになる。
気が付いたら真祖の部屋へ連れてこられていた。
ベッドに寝かせられる。
怖くて逃げるのも出来ない。
真祖はマントを脱ぎ棺の上に置くと、ベッドに乗っかってきた。
ルリの頬に触ってきた。
なぞるように触り、唇に触れてきた。
すこしひんやりとした唇の感触が口に伝わる。
――キス、されてる?――
何故か、少しばかり恐怖感が治まった。
頬や、瞼の上にも口づけをされる。
ぼんやりと、心が幼い自分が表にでていた時のことが蘇る。
少し冷たい唇の優しい口づけ。
そして抱きしめてきて――髪をすいて、髪に口づけて、それ以上のことはしない。
しばらく真祖の腕の中で抱きしめられていると、薬が睡眠導入の効果を持っていたのか眠気がやってきた。
ルリはその眠気に従うように、目を閉じた。
目を閉じた、寝息を立て始めたルリを見てヴァイスは安堵の息を吐く。
恐怖心と心の傷の所為でロクに動けなくなり、声も発せないほど怯えていたのが分かった。
一か八かの賭けだった。
幼児退行していた頃の、ルリが自分に心を完全に許すようになってからやるようになった口づけ、それと華奢な体を抱きしめる行為。
ルリの反応から見て、幼児退行時の記憶が頭に浮かんだのだろう、怯えが少しずつ減っていった。
グリースの場合、アレはルリに無理強いをして来なかった事もあるから今信頼が厚い。
だが、己とアルジェントはルリに無理を強いて傷つけた。
だから、まだ心が完治していない今は恐怖対象なのだ、だから――賭けとして幼児退行時のように接したのだ。
それが成功したことに安堵する。
グリースもルリが自分の妻という身分でなければ夜も傍にいただろう。
だが、真祖の妻という身分故、自分が真祖と妻の間を邪魔するような行為を取ってしまえば、妻であるルリの立場が危うくなる。
罰を与えたが、カルコスがまたルリのことを傷つけることも考えられた。
だからグリースは居なくなったのだ。
おそらくグリースはルリの事を考え、短い時間で彼女の心を安定化させるのが一番よいと思っているが、今のルリはそれでは壊れかねないから長い時間いるのだ。
だが、それがルリの立場を危うくしかねないことを恐れている。
ルリの身分は、立場は非常に重要なのだ、人間達の国にとっても、自分達吸血鬼にとっても。
ルリもそれを分かっている、だからグリースの手を取らない。
彼女が今望んでいるのは自分がルリから興味を無くす――愛を不要とすることだ。
そうすればグリースの手を取れると。
人間政府の所にもいかなくて済む。
けれども、ヴァイスにはそれはできなかった。
深く、深く愛してしまったのだ。
失う事が恐ろしく感じる程に。
夢を見るのだ、暗闇の中、ルリが一人立っているのを。
こちらを見ていない、声をかけると振り向く、振り向いた途端から全身にヒビが入り、体の欠片がどんどん落ちて砕け、腕が砕け、最後に頭が落ちて砕ける夢を。
何かの予知夢か、それともただの悪夢かヴァイスには判断がつかなかったが、悪夢であることを祈った。
ルリを失ったら、もう正気ではいられないのだ。
配下も、人間ももう区別なく殺しつくす程の狂気に陥るだろう。
それほど、ルリを深く愛してしまっているのだ。
おそらくかつての妻よりも愛してしまっているだろう。
その愛がルリを今苦しめていると知っても愛さずにはいられない、そしてルリの愛を欲さずにはいられないのだ。
グリースの精神構造を羨ましく思った。
グリースはルリを愛しているが、ルリからの愛は求めていないのだ、深く愛していながら、世界を敵に回す覚悟を持っていながら、ルリからの愛を求めていないのだ。
それもあり、ルリはグリースに安心感を覚えているのだ。
見返りを求めない愛が、ルリの傷を癒すにはよいのだろう。
だが、自分とアルジェントは――
ルリに愛してほしいと望んでしまう。
未だ自分たちの求める「愛」を知らぬ妻に、その「愛」を欲しいと心が求める。
自分の愚かさも身勝手さも理解している。
それでも、ヴァイスは求めずにはいられなかった。
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