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第一章
第2話 救急医、転生す
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『先生!血圧下がってきてます!』
『ノルアド2ミリショット!持続も6に増やして!』
『挿管準備できました!薬剤吸ってあります!』
『オッケー、CV準備もお願い』
『先生!80歳女性CPA応需依頼きてます!あと20分!』
『いけ……るか!?いこう!急いで挿管、CV終わらせるよ!』
『はい!』
張り詰めた声とアラーム音が交錯する。
ガウンの下を汗が這い、マスクの内側がやけにあつい。
手は止められない。思考も止まらない。誰かが待っている。
ようやく朝日が、カーテン越しに差し込んできた。
救急医高梨は、ふぅ、と長い息をついて目を閉じる。
「…終わった」
けれどそれは、たった一晩が明けただけ。
否。
朝から夜を超えて、また朝が来て、さらに昼をまたいで――
気づけば、高梨は30時間以上、病院にいた。
本来は日勤のはずだった。
外来がようやく落ち着いた、午後3時。
当直予定の先輩が発熱で倒れたという連絡が舞い込んできた。
元々人員に余裕はない。
「高梨先生いける?」
上司のその一言で、高梨は元々の朝8時からの勤務に加え、深夜も寝られず働き、今ようやく病院で朝8時を迎え、コンビニで買った夜食用のスープ春雨を、入院した患者データを電子カルテで眺めながら、すするはめになったのだ。
「高梨先生おつかれさま!引き継ぎ終わったら帰ってね!」
そういう上司も、次々に鳴る救急車からの応需依頼に手が回りきっていない。
(こんな状況では…引き継ぎと言ってもね…)
高梨がようやく全ての患者の引き継ぎを終え、帰宅の途に着いた時には、時計は14時を回っていた。
ふらふらと高梨が病院をあとにする。
妙に冷えた病院から出ると、じりじりと照りつける太陽がやけに眩しく感じた。
(全く寝られなかった…)
大きなあくびをもはや噛み殺すこともできず、職員用に指定された駐車場へと歩いて行く。
駐車場は少し病院から離れているため、人気が少なく、誰の気配もない。
車のドアに手をかけた、その瞬間。
どくん
心臓が、一発強く鳴った。
次の鼓動が来る前に、
視界がゆっくり、白く染まっていく。
音が、遠のく。
足元が浮き、空気が冷える。
(――最期が、スープ春雨な人生か……)
まぶたが重くなる。
誰の声も届かない。
気づけば、地面に膝をついていた。
おやつ用のスープ春雨の入ったコンビニ袋が、耳元でぐしゃ、と鳴った。
――次の瞬間。
身体が、強く引かれた。
心拍のような音が、どくんどくんと耳奥を打つ。
ざわざわと水が流れ、世界全体が揺れているようだった。
狭い。
暗い。
まるで水の中に、逆さまに沈んでいくような感覚。
ぎゅうぎゅうと全身を押し潰される。
頭を動かしたいのに、まるで満員電車の中にいるかのように、首ひとつ回せない。
(……なに、これ……)
何度目かの締め付けに合わせて、遠くで誰かが叫んでいた。
けたたましく鳴る心音。
そして。
――光が、差した。
世界がぱかりと割れたように、眩しさが身体を包む。
一気に空気が入ってくる。萎んでいた肺が急速に膨らむ。
息を、大きく吸った。
ふわり、と身体が持ち上がる。
何か柔らかくて温かいものから離れた瞬間、
ぷつん。何かが切られる感覚がした。
「おめでとうございます!元気な女の子ですよ!」
(えっわたし死んだ?)
こうして高梨は、クラリスとして新たな出発の日を迎えたのだった。
それからの高梨…いや、クラリスは燃えていた。
(前の人生は、勉強、勉強、勉強……)
医学部に入るために何千時間、医師国家試験のために何万時間。
でも、ようやく白衣を着て、救命の現場に立った時――痛感した。
(何をするにも、結局は体力よ!!)
……というわけで、第二の人生は最初から鍛えることにした。
赤子の身体はとにかく眠い。
眠いけれど、寝るものかと起きてるうちはとにかく腹筋を鍛え、寝返りをしまくり、ベッドの柵に頭をぶつけるたび、母親に心配された。
ハイハイ期には、家中を這い回る速度が異常だと近所で噂になった。
歩けるようになってからは、「移動は基本ランニングです」を信条に、誰よりも速く階段を上り下りした。
何度目かの階段転落をした時には流石に父親に怒られた。
そのうち風邪をひかなくなり、男の子たちと組手をしても負けなくなった。
そして、クラリスは――
七歳の誕生日を迎えたのだった。
『ノルアド2ミリショット!持続も6に増やして!』
『挿管準備できました!薬剤吸ってあります!』
『オッケー、CV準備もお願い』
『先生!80歳女性CPA応需依頼きてます!あと20分!』
『いけ……るか!?いこう!急いで挿管、CV終わらせるよ!』
『はい!』
張り詰めた声とアラーム音が交錯する。
ガウンの下を汗が這い、マスクの内側がやけにあつい。
手は止められない。思考も止まらない。誰かが待っている。
ようやく朝日が、カーテン越しに差し込んできた。
救急医高梨は、ふぅ、と長い息をついて目を閉じる。
「…終わった」
けれどそれは、たった一晩が明けただけ。
否。
朝から夜を超えて、また朝が来て、さらに昼をまたいで――
気づけば、高梨は30時間以上、病院にいた。
本来は日勤のはずだった。
外来がようやく落ち着いた、午後3時。
当直予定の先輩が発熱で倒れたという連絡が舞い込んできた。
元々人員に余裕はない。
「高梨先生いける?」
上司のその一言で、高梨は元々の朝8時からの勤務に加え、深夜も寝られず働き、今ようやく病院で朝8時を迎え、コンビニで買った夜食用のスープ春雨を、入院した患者データを電子カルテで眺めながら、すするはめになったのだ。
「高梨先生おつかれさま!引き継ぎ終わったら帰ってね!」
そういう上司も、次々に鳴る救急車からの応需依頼に手が回りきっていない。
(こんな状況では…引き継ぎと言ってもね…)
高梨がようやく全ての患者の引き継ぎを終え、帰宅の途に着いた時には、時計は14時を回っていた。
ふらふらと高梨が病院をあとにする。
妙に冷えた病院から出ると、じりじりと照りつける太陽がやけに眩しく感じた。
(全く寝られなかった…)
大きなあくびをもはや噛み殺すこともできず、職員用に指定された駐車場へと歩いて行く。
駐車場は少し病院から離れているため、人気が少なく、誰の気配もない。
車のドアに手をかけた、その瞬間。
どくん
心臓が、一発強く鳴った。
次の鼓動が来る前に、
視界がゆっくり、白く染まっていく。
音が、遠のく。
足元が浮き、空気が冷える。
(――最期が、スープ春雨な人生か……)
まぶたが重くなる。
誰の声も届かない。
気づけば、地面に膝をついていた。
おやつ用のスープ春雨の入ったコンビニ袋が、耳元でぐしゃ、と鳴った。
――次の瞬間。
身体が、強く引かれた。
心拍のような音が、どくんどくんと耳奥を打つ。
ざわざわと水が流れ、世界全体が揺れているようだった。
狭い。
暗い。
まるで水の中に、逆さまに沈んでいくような感覚。
ぎゅうぎゅうと全身を押し潰される。
頭を動かしたいのに、まるで満員電車の中にいるかのように、首ひとつ回せない。
(……なに、これ……)
何度目かの締め付けに合わせて、遠くで誰かが叫んでいた。
けたたましく鳴る心音。
そして。
――光が、差した。
世界がぱかりと割れたように、眩しさが身体を包む。
一気に空気が入ってくる。萎んでいた肺が急速に膨らむ。
息を、大きく吸った。
ふわり、と身体が持ち上がる。
何か柔らかくて温かいものから離れた瞬間、
ぷつん。何かが切られる感覚がした。
「おめでとうございます!元気な女の子ですよ!」
(えっわたし死んだ?)
こうして高梨は、クラリスとして新たな出発の日を迎えたのだった。
それからの高梨…いや、クラリスは燃えていた。
(前の人生は、勉強、勉強、勉強……)
医学部に入るために何千時間、医師国家試験のために何万時間。
でも、ようやく白衣を着て、救命の現場に立った時――痛感した。
(何をするにも、結局は体力よ!!)
……というわけで、第二の人生は最初から鍛えることにした。
赤子の身体はとにかく眠い。
眠いけれど、寝るものかと起きてるうちはとにかく腹筋を鍛え、寝返りをしまくり、ベッドの柵に頭をぶつけるたび、母親に心配された。
ハイハイ期には、家中を這い回る速度が異常だと近所で噂になった。
歩けるようになってからは、「移動は基本ランニングです」を信条に、誰よりも速く階段を上り下りした。
何度目かの階段転落をした時には流石に父親に怒られた。
そのうち風邪をひかなくなり、男の子たちと組手をしても負けなくなった。
そして、クラリスは――
七歳の誕生日を迎えたのだった。
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