元救急医クラリスの異世界診療録 ―今度こそ、自分本位に生き抜きます―

やまだ

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第一章

第14話 その可愛さに、抗えない

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翌朝。

臨時休診の札を診療所の扉にかけて、三人は王城へと向かっていた。ルスカとは、城で合流する手筈だった。

「ねえ、なんの病気だと思う?」
ミュラーの診察道具を手に持ちながら、ヴィルがぽつりと問いかける。

「そもそも俺は、その妹君ってのを知らん。何歳なんだ?」
「わたしも知りません」

二人の返答に、ヴィルは目を見開いて数歩よろけた。

「し、知らないんですか!?巷で今いちばん話題の、この世で最も美しいといわれる白雪姫様ですよ!」

「……詳しいな?」
ミュラーの冷静なひと言に、ヴィルはうつむいて頬を染めた。

「べ、べつに……。みんな知ってます。僕の兄たちが特に好きで。兄なんてイラストカードまで持ってますよ」

「イラストカード!?そんなのあるの!?」
クラリスが思わぬ食いつきを見せ、ヴィルはまたも後ずさった。

「シュヴァン王子のアクスタとか欲しい!えっ、公式ショップどこ!?パチモン買いたくない!」

「うるせぇなあ……それより仕事の話だ。何か他に情報はないのか」

ミュラーの言葉に、ヴィルは腕を組んで考える。

「えーと……確か七歳で、この前式を終えたばかり。能力は……『時を戻す』って聞いたような」

「と、時を……!?チートじゃんそんなの…!」
「チート…?」

クラリスの足がぴたりと止まり、ヴィルは首を傾げた。

この世界では、王族はもっとも魔力が高く、特別な能力を持つとされる。

(つまり、“素晴らしい能力"を持ってるからこそ、何がなんでも治したいってことね。そして――わたしたちにまで依頼が来た、と)

クラリスは小さくうなずいて、そっとミュラーを見上げた。

(つまりは失敗すれば……どんな目に合うかわからない)

見上げたまま優しく微笑む。

「ミュラー先生……頭がついたまま、帰れるといいですね……」

「逃げるなよ?その時は全員一緒だからな」

ミュラーの背中に、ひやりと冷たいものが流れた。








何度も、何度も身体検査を受けた末――
三人はようやく、王城の一室。
フィーリア姫の私室の前へとたどり着いた。

「まさか、いっぺん全裸にされるとはな……」

舌打ちしながら、ミュラーは空になったポケットを探る。禁煙させられたと言うのに、タバコを探す癖が抜けない。

「ぼ、僕なんか……ノートの中まで全部見られましたよ。変な質問もいっぱいされて……」

シャツの裾を慌ててズボンに入れつつ、ヴィルは涙目だ。

「えっ、遅いと思ったらそんなことされてたんですか?わたし、ちょっと服の上から触られただけでしたけど」

クラリスの何気ない一言に、男ふたりの顔が引きつる。

「……一番やべぇだろ!こいつが!」

ミュラーが低い声で叫ぶように言うと、ヴィルも真っ赤な顔でこくこくとうなずいた。

「まあまあ。こんな愛らしい看板娘を捕まえて、魔女だのスパイだの言えます?」

クラリスは飄々と笑ってみせる。

と、そのときだった。

「ミュラー医師と、その弟子たち。入れ」

中から声がかかり、ぎぃ……と重厚な扉が開いた。
三人は顔を見合わせ、そっと中へ足を踏み入れる。


「よく、来てくださいました」

鈴を転がすような、柔らかい声。

目を向けた先――
真っ白な天蓋つきの寝台に腰掛けた少女が、こちらを見つめていた。

白い肌はまるで陶器のように滑らかで、
長い睫毛に彩られた大きな瞳は、冬の青空のように澄み切っている。

桃色の唇は微笑むように弧を描き、
金糸のような髪はゆるやかに巻かれ、風にふわりとそよいだ。

誰かが、息を呑む音を立てた。

その場の空気が、すこしだけ張り詰める。

まるで、伝説の人形が命を持ったかのような――そんな、美しさだった。


けれど。


クラリスだけは、じっとその姿を見つめながら、目を細めていた。

(……たしかに美しい。けれど――この違和感は、いったい……?)

咳払いがひとつ、室内に響いた。

「こちらは、フィーリア・パストリア姫殿下である。無礼のないよう、振る舞うように」

青年がミュラーたちを鋭く睨む。

三人は、はっと我に返り、膝をついて頭を下げた。

「……本当に、こんな者どもが医官たちより有能なのでしょうか?」

「まあ、カレル。そんな言い方はよくないわ。それに、お兄様方が推薦なさった方々ですもの。わたくし、楽しみにしていたのよ」

フィーリアの鈴のような声が響くと、
カレルと呼ばれた青年は、諦めたようにため息をひとつついた。

そのとき、扉がノックされた。

「ルスカ王子殿下がお見えです」

「まあ、お兄様。通してくださいな」

声に応じて、カレルが扉を開ける。
そこに現れたのは、黒髪を束ねた若い王子――ルスカだった。

彼は静かに部屋へ入り、頭を下げたままのミュラーたちをちらりと一瞥する。

「ああ、来ていましたか」

「ちょうど、いま到着されたところです。お兄様まで来てくださるなんて、嬉しいですわ」

「……ああ。俺もミュラー先生の弟子だからな。診察は……まだのようだな?」

「ええ、これからですの。さあ皆さん、顔を上げて。よろしくお願いしますね」

フィーリアの声にうながされ、ミュラーたちは一斉に顔を上げた。

(……なんというか、話し方も、雰囲気も……子どもらしくないな。……わたしが言えたことじゃないけど)

クラリスは、もう一度フィーリアを見つめた。

白雪姫の名にふさわしく、透き通るような白い肌。

(……それにしても、白すぎない?)

まじまじと見つめるクラリスの脇腹を、ヴィルがひじで軽くつついた。

はっとして顔を上げると、
カレルをはじめ、部屋の視線が一斉にクラリスに注がれていた。

小さく頭を下げるクラリス。
カレルは咳払いをひとつして、言った。

「……では、話を始めよう。お前たちをここに呼んだ理由を」
「いいえ、カレル。……見ていただいた方が早いわ」

そう言って、フィーリアはゆっくりとベッドの縁に腰をずらし、真っ白な足を床へと下ろした。

カレルが慌てて手を差し伸べる。

その手を、姫は当たり前のように取った。

そして立ち上がろうとした、その瞬間。

ぐらり、と身体が傾ぐ。

「姫ッ!」

カレルが即座にその身を支えた。

フィーリアの細い指が、彼の腕にきゅっと縋りつく。
それは、まるで陶器の人形が今にも砕けそうに揺れているかのようだった。




「……わたくし、歩けませんの。なんとかしてくださる?」




にっこりと微笑むその顔は、あまりにも穏やかで、あまりにも現実離れしていて――

クラリスたちは、思わずごくりと唾を飲んだ。









それから、カーテンが閉められた薄暗い部屋に、クラリスとフィーリアは二人きりになった。

(……いや、なんでこんなことに?)

クラリスはふぅ、と小さく息を吐く。

『フィーリア姫に触れて、お身体を目にしていいのは女性だけです』

カレルの堂々たる宣言とともに、クラリス以外の全員が追い出されたのだった。
一応、異議は申し立てた。
だが――聞き入れてはもらえなかった。

「ええと……わたし、クラリスです。11歳です」

「ふふ、フィーリア・パストリアですわ。7歳になりましたの」

小さく礼を交わすと、クラリスはそっとベッドサイドに腰を下ろす。

(主訴は“歩けない”。神経系……?)

クラリスはまぶたを閉じる。

(急性期は得意だけど……こういう慢性的な症状は、あまり診たことがないんだよな)

ふぅ、と息を吐くと、ヴィルが置いていったバックからカルテとペンを取り出した。

「いつからですか?」

「半年ほど前から、変な感じはありましたの。でも歩けなくなったのは……一ヶ月ほど前からかしら」

にこりと笑うその顔に――

(可愛い~~~~……何食ったらこんな可愛くなるんだ……)

クラリスは思わず頬を染め、ぼーっと見とれてしまう。

「クラリスさん?」

首を傾げるフィーリアに、クラリスははっとして、脈を診察しようと手首にそっと触れた。

(細い……それに……)

ふにふに。

手のひらに軽く触れる。
骨が浮くほど細いが、皮膚の感触はとても柔らかい。

(手も小さくて可愛い~~~)

「クラリスさん?」

今度はフィーリアのほうが我に返ったように、咳払いをした。

「では……お身体、見せてもらいますね」





なにしろ、クラリスの頭に“小児の慢性疾患”の引き出しはなかった。

だから――頭からつま先まで、丁寧に、ひとつずつ診ていくしかなかった。

足の力が入らない以外に、これといって異常はない。
反射にも大きな問題は見られない。

けれど、完全に正常とも言えなかった。

(……この子、貧血があるかも。それも、かなり重度の)

眼瞼結膜は、まるで紙のように白い。

「フィーリアさん。失礼ですが、普段どんなものを食べていますか?」

そう尋ねると、フィーリアはふいに、はっとしたように瞳を見開いた。

「フィーリアさん?」

「あ……いえ。ごめんなさい。そんなふうに名前を呼ばれたの、初めてで……嬉しくて」

頬を染め、恥ずかしそうに――でも、どこか嬉しそうに微笑む。

「それで……なんだったかしら?」

その仕草にクラリスは目を細めた。

(可愛い~~~……じゃない!!違う!!)

――診察は、困難を極めていた。
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