元救急医クラリスの異世界診療録 ―今度こそ、自分本位に生き抜きます―

やまだ

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第二章

第11話 これがわたしの戦い方

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それから、四人がようやく例の洞窟近くにたどり着いたのは、明け方近くだった。

少し高台になった洞窟入り口の真上から、四人は湖を見下ろしていた。

暗闇に沈む大地の中で、エメラルドグリーンの湖が、松明の光を受けて鈍く光る。

――ざあああ……

ときおり立つ水音が、湖の底に“何かがいる”ことだけを告げていた。

「この道具がなかったら迷ってたね……」

ヴィルが手に持つ羅針盤は、アニが開発した“魔石追尾器”だった。
村を出た瞬間から針はひたすら一方向を示し続け、今もなお、湖の中心を鋭く指している。

「アニはこんな研究までしてるなんて、本当にすごいんだね」

クラリスが水筒の飲み口から口を外しそういうと、アニは余裕なさげにぷいと横を向く。

「それより……相当魔力高いよ、あれ。いけるの?」

湖を見るアニは、もう体調の悪さを隠すことが出来ないようだった。

「わかんないけど…ねえ大丈夫?具合、悪いんでしょ」

「……僕は、高い魔力に当てられると気分が悪くなるだけ。こいつのせいってこと」

アニがちらと湖を見ると、またも何かが水音を立てた。

「そんなことが……もしかして城下町にいた時から?ずっとそうだったなんて、つらかったでしょ……」

「や、やめてよ。倒してくれれば治るんだから」

アニは俯き、ぽつりと小さな声で続けた。

「……きみにとっても、悪い話じゃないんだ」

「それって……?」

クラリスは言葉をかけようとしたが、その瞬間。

木陰から湖をうかがっていたルスカが、短く言った。

「……直に夜明けが来る。作戦の用意はいいか」

クラリスは自然と背筋を伸ばし、静かに頷いた。




そう。
作戦――それは、あのランチの時に立てたものだった。

『敵を知らずして倒すことはできん』

ルスカの静かな一言に、クラリスはやたら力強く頷き、リュックから分厚い本を取り出した。

『怖い魔物の見分け方――決定版!』

『いや……嘘でしょ?』

アニは一瞥しただけで深いため息を落とす。

クラリスは慌てて本を閉じ、

『……冗談だよ、これでしょ』

と、もらったばかりの“魔石の砂”の巾着を机に置いた。

アニが小声で『どこまでが本気なんだ……』と呟いた時、ルスカは皆を見渡し、短く言った。

『突然現れた湖。湖に潜む巨大生物。そこに集まる鳥。無関係なはずはない。まず、確実におびき寄せられる鳥から調べるぞ』






クラリスは巾着にそっと指先を這わせる。

(もうじき朝がきて、これを蒔いてどうなるか、ね)

やがて空はゆっくりと紫に染まり、紅を帯び、光が差し込んだ。

四人は顔を見合わせる。
ルスカが剣を握る手に、汗が滲む。

クラリスは巾着に手を突っ込み、魔石の砂をひとつかみ、湖の辺りに向かって力いっぱい投げた。

砂が朝日に煌めきながら降り注いだ刹那、湖面が大きくうねる。

ざばぁあああーー……!!

四人は反射的に身構えた。

次の瞬間、湖を割って現れたのはーー

「わ、ワニ……!?」

ヴィルの声が裏返る。
診療所など一飲みできそうな巨体。
ゆっくりと口を開けながら這い出たその背が、真紅に染まり……

ぼっ……!!

音を立て、炎が立ち上った。

高台にいる四人でさえ肌がひりつくほどの熱。

火の粉が弾けた次の瞬間ーー
湖上を直線的に舞う影。

「あれは……あの時の鳥だな……!」

ルスカが口元を覆う。

鳥たちは魔石の砂へ一直線に飛び、貪り、そして再びワニの炎の中へ溶けるように戻っていく。

「やっぱり……使い魔、なんだ…!!」

アニが呟く。

ヴィルは震え混じりの声で叫ぶ。

「で、でもあんなの……どうやって倒せば……!」

剣を構えかけたルスカの前でーー

クラリスが一歩、進み出た。


「クラ、下がれ、危険だ……!」


クラリスは答えず、ただ静かに手を掲げた。

一瞬、世界から音が抜ける。

光が、発動する。

アニが叫ぶ。

「消すつもり……!?あいつが持つ素材は……っ!」

だがクラリスはワニの背中だけを見つめていた。

炎が、ふっと。

音もなく消えた。

次の瞬間、ワニが喉奥からひきつるような声を漏らし、もがき始める。

湖上を飛んでいた鳥たちも、そのまま空中で“吸い込まれるように”一瞬で消失する。

「な、なにが……?」

アニは呆然と呟き、ルスカは瞬きすら忘れていた。

「ワニは……消えてない……?
じゃあ……何をしたの、クラ……?」

ヴィルが呆然とつぶやいた。

クラリスは手を下ろさないまま、息ひとつ乱れない声で答える。

「酸素を、消してるの」

「……は?」

ルスカでさえ、言葉を忘れたように固まる。

クラリスは視線をワニから外さぬまま、淡々と言葉を重ねる。
ワニは背中の炎を灯そうとしているのか、何度か背中の方を向く。が、火はつかない。

「陸に上がるということは、酸素が必要な生物ってこと。
炎を維持するにも、代謝するにも。
……あとは、わたしの能力とあいつの持久戦」

誰に説明するでもなく、ただ淡々と述べている。
ヴィルは、クラリスから目を離せずにいた。

「あれだけの巨体で、背中に炎を維持して、いまも火をつけようとしてる。必要なエネルギー量は莫大。だから――酸素がなければ、すぐに限界がくる」

その言葉と同時に、

 ドォン――

湖面が大きく揺れた。

ワニは一声もあげず、岸辺に横たわるように、力なく崩れ落ちた。

クラリスはようやく手を下ろし、淡い息をひとつだけ吐いた。

「……終わり。
わたしは恨みはなかったけど……村の人が困ってたからね」

ふわりと微笑みながら、
まるで散歩の帰り道みたいにくるりと三人を振り返る。

「じゃあ、アニ?これであなたはわたしの仲間よ。
高位貴族に――二言なし、だよね?」

にこり、と無邪気な笑顔。

その笑顔を受けたアニは、ぞわりと肩を震わせた。

「……怖いんだけど……」

その一言に、ヴィルは小さく頷き、
ルスカはそっと目を逸らした。
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