42 / 70
第二章
第12話 帰ってきた場所
しおりを挟むクラリスがアニの方へ手を差し伸べ、一歩踏み出したときだった。
(……あれ?)
足元がふっと抜ける。
世界が歪み、視界がぐるりと回る。
(やば……使いすぎた、かも……)
力の入らない身体が、そのまま後ろへ傾いた。
「クラッ……!!」
回る視界の端で、ヴィルとルスカが同時に手を伸ばしてくるのが見えた。
「~~……」
……誰かの声が聞こえる。
それから、すぐ隣に人の気配。
重たい瞼を、なんとか押し上げると、
そこには、腰を下ろしているアニの姿があった。
「……起きた?」
ちらりと視線だけを向けて、アニは水筒に口をつける。
「あれ……?わたし、どう、なってた……?」
「倒れたんだよ。魔力切れってやつ」
クラリスはゆっくりと身体を起こした。
全身が、ひどい筋肉痛のように重たい。
それでも視線を巡らせると、ここが洞窟を見渡せる高台だとわかる。
倒したワニの上では、ヴィルとルスカが何か作業をしているところだった。
その様子を確認したところで、アニが小さな黄色の小瓶を差し出す。
「……魔力切れに多少いいよ」
「ありがとう」
受け取って口をつける。
(酸っぱくて、苦くて、どろっとしてて……しかも、くさい……)
思わず口元を押さえた、その時だった。
「……消しちゃえばよかったのに。倒れるまで、無茶しないでさ」
アニは膝を抱え、口元を隠しながらそう言った。
まるで、悪いことをしてしまって怒られるのを待っている子供のように。
「だって、どうしてもアニに仲間になって欲しかったし」
クラリスはへらりと笑った。
「……ぼく、散々嫌なこと言ったのに、よくそんな気になったね」
クラリスは目を見開いたが、一度息を吐くと、まっすぐアニの方に視線を向けた。
「アニって、言いかたきついけど、言ってることは間違ってないかなって。
そのアニが"消すな"って言うってことは、なにかあると思って。違う?」
にこりと笑うその横で、アニは瞬きもできず、ぴたりと止まった。
(……ぼくを、信じて……)
そんなふうに思われたのは、いつぶりだろう。
アニの脳裏に、診療所で汗だくになりながら、
必死に誰かの命に向き合うクラリスの姿がよぎった。
その時だった。
「アニ!あったぞ!」
ルスカの声に、二人は顔を向けた。
クラリスが高台から覗くと、二人はほっとしたように顔を見合わせる。
血まみれのルスカは、袋のようなものを重たそうに両手で掲げていた。
「あれは……?」
「魔石だよ。……あれ使えば、しばらく研究できるでしょ」
アニはぷいと顔を背けた。
「魔石の鉱山に陣取って、しかも使い魔を使ってまで魔石を集める魔物だから。体内に貯めてるはずだって、思って…」
アニの言葉はぐいと手を引かれ遮られる。
「ありがとう!アニ!すっっごく嬉しい!」
輝いた目に、アニの視線も吸い寄せられる。
「……あんたが、他の奴らと違うのはわかったよ。……研究の件、手伝ってあげる」
「ほんと!?嬉しい!!ヴィル!ルスカ!手伝ってくれるってー!…いたたたた」
繋いだ手でバンザイをしようとしてクラリスは笑いながら両手を降ろす。
アニは、ただ、その顔を見つめていた。
視線を逸らす理由を、見失ったまま。
それから、歩けないクラリスをヴィルとルスカが交代でおぶりながら、四人は村へ戻った。
魔物の処理は村人を通じて軍へと依頼し、必要な報告だけを済ませて、彼らは翌朝には帰路につくことになった。
ようやく城門をくぐり、見慣れた街並みが目に入る頃には、すっかり夕暮れが街を照らしていた。
クラリスの膝の上には大きな袋が一つ。
あの魔物から取った魔石だった。
「ふわぁ……」
クラリスは目をこすりながら、ぼんやりと顔を上げる。
正面では、ヴィルとアニが肩を寄せ合い、完全に眠り込んでいた。
馬車の揺れに身を任せ、静かな寝息を立てている。
ぺらり、と紙をめくる音に気づいて視線を向けると、隣にはルスカがいた。
(……あれ?)
自分の体勢に違和感を覚え、クラリスはゆっくりと気づく。
(いま……寄りかかってた、よね……?)
じっとルスカの肩を見つめていると、彼は本から視線を上げ、ちらりとこちらを見た。
「……またやっちゃいました?」
おそるおそる聞くと、
「御名答だ」
即答だった。
その一言に、クラリスの顔から血の気が引く。
「ご、ごめん……!重かったよね!?」
慌てるクラリスに、ルスカは人差し指を自身の唇に当て、ちらりとヴィル達を見た。
「静かに」
そう言って、眠っている二人に目配せをしたあと、口角をわずかに上げた。
「俺はあいつみたいに優しくはない。この貸しは、何らかの形で返してもらうぞ」
「こわ……。王族の“何らかの形”、こわ……」
クラリスが小声で震えた、そのときだった。
馬車が、がたん、と大きく揺れて停止する。
御者の気配。
そして、静かに扉が開いた。
「わたし、魔石とみんなの荷物を先に診療所においてくる!起こしておいて!」
クラリスが魔石の袋を大事そうに抱えて馬車を降りた時だった。
「クラリス!?」
聞き慣れた声。
だが、久しぶりの怒気を含んだその声にクラリスはびくりと肩を揺らす。
「お、お母さん!?」
どうやらミュラーと話していたらしいクラリス母が、怒りを隠すことなく、どすどすと足音を立てクラリスの前に立った。
久しぶりのお説教の気配に、クラリスは思わず喉がひゅっとなった。
「あんたね……!!お母さんは、もう堪忍袋の緒が切れました!!」
「ち、ちょっと待っておかあさんどうしたの」
「どうしたのじゃありません!!」
そのあまりの剣幕に、馬車からルスカやヴィル、アニも顔を覗かせた。
「あんたもう、結婚しなさい!!」
「…………へ?」
夕暮れの街に、間の抜けた声が響いた。
97
あなたにおすすめの小説
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
美少女に転生して料理して生きてくことになりました。
ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。
飲めないお酒を飲んでぶったおれた。
気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。
その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった
転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~
深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。
ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。
それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?!
(追記.2018.06.24)
物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。
もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。
(追記2018.07.02)
お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。
どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。
(追記2018.07.24)
お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。
今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。
ちなみに不審者は通り越しました。
(追記2018.07.26)
完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。
お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!
王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
転生先ではゆっくりと生きたい
ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。
事故で死んだ明彦が出会ったのは……
転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた
小説家になろうでも連載中です。
なろうの方が話数が多いです。
https://ncode.syosetu.com/n8964gh/
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる