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一家皆殺しの押込強盗に遭遇した少女の話 ──『我衣』、『街談録』より
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どっと駆け寄った男の勢いに、つたは反射的に身を引いた。逃げる間もなく、つやの頸に男の腕が巻きついた。
──殺される。
そうおもった刹那に、もう一人の賊から「待て」、という声が掛かった。賊がこの屋敷に押し入って以来、初めて発した言葉だった。
「殺すな」、男はさらに言葉を継いだ。つやに男たちのやりとりを聞いている余裕はなく、
「おきっしゃんは、だめ、殺さないでください」、と声を絞り出した。
求めもしないのに少女がだした言葉に、賊たちはたがいに目を見合わせた。
「誰だ、それは」、やせた賊の方が、つやに問うた。
「おきっしゃんは小さいから、なにもわかってません。こんなに暗くては、なにも見えない」
抜き身を頸に当てられながら、つやは的外れにいいたいことだけ言いつのった。
子守がいることを事前に調べ上げていた賊たちは、この少女がなにものか、何を望んでここに現れたのかをそれで察した。
「殺しゃしねえ。子供を殺すのは、後味が悪くってしかたねえ」
つやの顔が暗闇の中で輝いた。
「隣に縛って転がしてある。あとでお前がほどいてやればいい。……、そのまえに頼みたいことがある。……金のありかをおしえてもらおうか。どこに隠しているのか知ってるか」
「知ってる」、つやは即座に答えた。市郎兵衛は泥棒に備えて、用心深く隠し戸棚を拵えていた。もちろん、それは秘密にされていたが、きしの寝起きで、市郎兵衛のいるところに出入りしていたつやは、なにもおかれていない仏壇の背後から、市郎兵衛が這うようにしてでてくるのを目にしていた。あれはきっとなにかを隠しているのだと、つやはその時思ったの覚えていた。
そうして、つやは盗賊をつれて、仏壇のおかれた間に進んだ。
「あそこ、うしろ」、と指さした。
男たちは、いわれたように裏に回って、しばらくあちらこちらをさぐっているようだったが。
「これだ」という声がして、畳、座敷をいじくる音がきこえてしばらくしてから、錠前のついた葛籠ほどの箱を取り出した来た。かなり長いあいだ、錠前をこわそうといろいろと試みていたが、ついには諦めたようだった。
小太りの方が、部屋をでていき、やせた賊が箱の上にどかりと腰掛けた。かなり頑丈につくられているのだろう、賊の体重にもびくともしないような強さがあった。賊はじっと、つやの方をみて、なにか思案している様子だった。
しばらくして、男が戻ってきたが、一人ではなく、見張り役の男をともなっていた。そいつは腰に脇差しを射していたが、職人のつかう道具袋のようなものを背中に掛けていた。見張り役は錠前に苦労している相棒のようすをみると、囊からくの字におれた太い金属棒をだすと、それをつかって錠前の棒をへし曲げて解錠した。男たちは、中から小判のたぐいをつかみ出すと、持参していたらしい袋に移し替え始めた。
それをみていたつやは、意を決したように男たちに向かっていった。
「きっちゃんはどこにいますか」
狙い通りの獲物に夢中となっていた盗賊たちは、その言葉を耳にして、ここに自分たち以外の者が生きているのを忘れていたことに気づいた。まじまじと、つやを見やった。
つやにも、このとき、三人の顔をはっきりと見分けることができた。三つ刻に押し入って以来、もうかなりの時間をたって六つ刻に近づいており、雨戸の隙間から射し込む微細な曙光でも、暗闇に馴染んだ年若い通夜の瞳には、十分すぎるほどの視界もたらしていたのである。
盗賊たちはみな手ぬぐいで頬被りしていたが、激しい動作れすえに緩みがちとなり、顔を隠しおおせていなかった。なんのきなく、男たちの顔を流し見した、つやの表情が見張り役の男を見た時、一変した。やせた男が、
「子供はこっちだ」、とつやを連れ出さなかったら、あやうく声をあげていただろう。
男に押し出されるように入った部屋では、ご隠居様がうつろの顔となって倒れていた。つやは、ときどき祖母であるご隠居さまと一緒に休むことがあった。キョロキョロとその部屋をみまわして、小さな影がないかと視線を走らせた。
──どこ、どこ。
そうおもって、男に戸板だそうとふり返ろうとした矢先に、右肩にどんと衝撃があって、それから草の葉で脛を切ったときの切り傷の痛みの何十倍もが、背中を焼いた。きしはとっくに殺されていて、母親のりえの下敷きとなっていいたのであった。折良く見つけた屋敷の案内人はもう不要となった。目撃者を残さぬよう全員を殺すという、最初からの予定どおり、小娘も始末をつけようとしていた。
ふだんのつやなら、最初に一撃に倒れ伏して、あらかいもみせず追撃の刃を蒙ったかもしれない。しかし、このときのつやは、きしの消息が心配のあまり、背中のうえで脈動する焼ける痛みにあらがって、刀の襲ってきたのと違うほうに、ととっと歩みをなして、涙ぐましい逃走を試みた。
やせた男は、そういうつやの心を燃やした抵抗などいささかも歯牙にかけなかった。よちよちあるく芥子粒のような虫をすりつぶすくらいの気持ちで、第二の刃をくだした。つやは前よりもっと大きな歩幅で前につんのめった。男は簡単にとどめをさせないことに、すこし苛立ちが募ってきた。もう、男にも部屋の中に射し込んでくる明かりの強さが、すでに夜があけつつあり、逃走を開始せねばならないとを告げていたからである。
裏側から心臓を突き刺して終わらせようとした、まさにその瞬間
「朝の早うから、すまんこってす。どなたさまか、お願いいたします」
という予期せぬ声が家の外から届いた。女の声だった。
やせた盗賊はわずかに手元がくるった。予期せぬ者が現れた動揺もあったが、串刺しにしようとした少女が、まるでいままでの傷害などまるでなかったかの勢い、ばっと顔色が輝くようにして、とつじょ声のほうにふり返って姿勢をひねったからだった。その輝きは一瞬で潰えた。男の刀はつやの背中から胸へと突きぬけたからである。刀を引き抜くと少女はそのまま前に昏倒した。
やせた男は、金を持ち出そうとする仲間の元に走って戻ると、問いかけるような視線を贈った。見張り役の男はいっしゅん思案をめぐらせた様子だったが、すぐに決断を下した。二人を手招きすると裏口のほうへと向きをとったのである。目撃者となるかもしれない者を殺すより、さっさとこの家から出ようという意図は、他の二人に伝わった。本当に声の主一人だけが来ているのか、そいつを殺しそこねることがないかはわからない。もう人々が動き出す時刻となって、逃走のさまで誰に見とがめられるかわからない。
男たちは財物を懐におさめると、裏の口から遁走した。
──殺される。
そうおもった刹那に、もう一人の賊から「待て」、という声が掛かった。賊がこの屋敷に押し入って以来、初めて発した言葉だった。
「殺すな」、男はさらに言葉を継いだ。つやに男たちのやりとりを聞いている余裕はなく、
「おきっしゃんは、だめ、殺さないでください」、と声を絞り出した。
求めもしないのに少女がだした言葉に、賊たちはたがいに目を見合わせた。
「誰だ、それは」、やせた賊の方が、つやに問うた。
「おきっしゃんは小さいから、なにもわかってません。こんなに暗くては、なにも見えない」
抜き身を頸に当てられながら、つやは的外れにいいたいことだけ言いつのった。
子守がいることを事前に調べ上げていた賊たちは、この少女がなにものか、何を望んでここに現れたのかをそれで察した。
「殺しゃしねえ。子供を殺すのは、後味が悪くってしかたねえ」
つやの顔が暗闇の中で輝いた。
「隣に縛って転がしてある。あとでお前がほどいてやればいい。……、そのまえに頼みたいことがある。……金のありかをおしえてもらおうか。どこに隠しているのか知ってるか」
「知ってる」、つやは即座に答えた。市郎兵衛は泥棒に備えて、用心深く隠し戸棚を拵えていた。もちろん、それは秘密にされていたが、きしの寝起きで、市郎兵衛のいるところに出入りしていたつやは、なにもおかれていない仏壇の背後から、市郎兵衛が這うようにしてでてくるのを目にしていた。あれはきっとなにかを隠しているのだと、つやはその時思ったの覚えていた。
そうして、つやは盗賊をつれて、仏壇のおかれた間に進んだ。
「あそこ、うしろ」、と指さした。
男たちは、いわれたように裏に回って、しばらくあちらこちらをさぐっているようだったが。
「これだ」という声がして、畳、座敷をいじくる音がきこえてしばらくしてから、錠前のついた葛籠ほどの箱を取り出した来た。かなり長いあいだ、錠前をこわそうといろいろと試みていたが、ついには諦めたようだった。
小太りの方が、部屋をでていき、やせた賊が箱の上にどかりと腰掛けた。かなり頑丈につくられているのだろう、賊の体重にもびくともしないような強さがあった。賊はじっと、つやの方をみて、なにか思案している様子だった。
しばらくして、男が戻ってきたが、一人ではなく、見張り役の男をともなっていた。そいつは腰に脇差しを射していたが、職人のつかう道具袋のようなものを背中に掛けていた。見張り役は錠前に苦労している相棒のようすをみると、囊からくの字におれた太い金属棒をだすと、それをつかって錠前の棒をへし曲げて解錠した。男たちは、中から小判のたぐいをつかみ出すと、持参していたらしい袋に移し替え始めた。
それをみていたつやは、意を決したように男たちに向かっていった。
「きっちゃんはどこにいますか」
狙い通りの獲物に夢中となっていた盗賊たちは、その言葉を耳にして、ここに自分たち以外の者が生きているのを忘れていたことに気づいた。まじまじと、つやを見やった。
つやにも、このとき、三人の顔をはっきりと見分けることができた。三つ刻に押し入って以来、もうかなりの時間をたって六つ刻に近づいており、雨戸の隙間から射し込む微細な曙光でも、暗闇に馴染んだ年若い通夜の瞳には、十分すぎるほどの視界もたらしていたのである。
盗賊たちはみな手ぬぐいで頬被りしていたが、激しい動作れすえに緩みがちとなり、顔を隠しおおせていなかった。なんのきなく、男たちの顔を流し見した、つやの表情が見張り役の男を見た時、一変した。やせた男が、
「子供はこっちだ」、とつやを連れ出さなかったら、あやうく声をあげていただろう。
男に押し出されるように入った部屋では、ご隠居様がうつろの顔となって倒れていた。つやは、ときどき祖母であるご隠居さまと一緒に休むことがあった。キョロキョロとその部屋をみまわして、小さな影がないかと視線を走らせた。
──どこ、どこ。
そうおもって、男に戸板だそうとふり返ろうとした矢先に、右肩にどんと衝撃があって、それから草の葉で脛を切ったときの切り傷の痛みの何十倍もが、背中を焼いた。きしはとっくに殺されていて、母親のりえの下敷きとなっていいたのであった。折良く見つけた屋敷の案内人はもう不要となった。目撃者を残さぬよう全員を殺すという、最初からの予定どおり、小娘も始末をつけようとしていた。
ふだんのつやなら、最初に一撃に倒れ伏して、あらかいもみせず追撃の刃を蒙ったかもしれない。しかし、このときのつやは、きしの消息が心配のあまり、背中のうえで脈動する焼ける痛みにあらがって、刀の襲ってきたのと違うほうに、ととっと歩みをなして、涙ぐましい逃走を試みた。
やせた男は、そういうつやの心を燃やした抵抗などいささかも歯牙にかけなかった。よちよちあるく芥子粒のような虫をすりつぶすくらいの気持ちで、第二の刃をくだした。つやは前よりもっと大きな歩幅で前につんのめった。男は簡単にとどめをさせないことに、すこし苛立ちが募ってきた。もう、男にも部屋の中に射し込んでくる明かりの強さが、すでに夜があけつつあり、逃走を開始せねばならないとを告げていたからである。
裏側から心臓を突き刺して終わらせようとした、まさにその瞬間
「朝の早うから、すまんこってす。どなたさまか、お願いいたします」
という予期せぬ声が家の外から届いた。女の声だった。
やせた盗賊はわずかに手元がくるった。予期せぬ者が現れた動揺もあったが、串刺しにしようとした少女が、まるでいままでの傷害などまるでなかったかの勢い、ばっと顔色が輝くようにして、とつじょ声のほうにふり返って姿勢をひねったからだった。その輝きは一瞬で潰えた。男の刀はつやの背中から胸へと突きぬけたからである。刀を引き抜くと少女はそのまま前に昏倒した。
やせた男は、金を持ち出そうとする仲間の元に走って戻ると、問いかけるような視線を贈った。見張り役の男はいっしゅん思案をめぐらせた様子だったが、すぐに決断を下した。二人を手招きすると裏口のほうへと向きをとったのである。目撃者となるかもしれない者を殺すより、さっさとこの家から出ようという意図は、他の二人に伝わった。本当に声の主一人だけが来ているのか、そいつを殺しそこねることがないかはわからない。もう人々が動き出す時刻となって、逃走のさまで誰に見とがめられるかわからない。
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