江戸の夕映え

大麦 ふみ

文字の大きさ
48 / 63
一家皆殺しの押込強盗に遭遇した少女の話 ──『我衣』、『街談録』より

4

しおりを挟む
 つやは、戸口で倒れている要蔵を見ないようにして、足早に戸口をくぐった。もし顔でも見てしまえば、さっきの盗賊達のひとかけらのためらいもない、おそろしい殺害の景色を思い出してしまうよう思えたからだった。押し殺そうとしても湧き上がってくるあの景色をきしの笑顔でかき消して、だだただきしを思って足を出した。
 
開け放たれた戸口に入り込こむと、下男の小源治が、捕まえてきた鳥をさばくときの匂い、さっき要蔵の横を通りすぎてきたとき鼻をついた匂いが、あたりに立ちこめているのにきづいた。ここでも、きっと血がながされたのだ。射し込む月夜の光をたよりに土間の様子が窺うと、竈の反対側、男たちが寝床をつくるあたりの地面にころがる物の影が見えた。

 ──どうしよう。

 あの影の正体を確かめる必要があるのか、つやはいっしゅん思い悩んだ。

 なんの動きもないし、呻吟する声のひつともたてない。

 つやはなつと下女部屋に下がる前に、下男達が休む場所に茣蓙をならべて、そのうえで小源治が要蔵となにやら語り合って笑っていたのを思い出した。

 けっきょく、近くに寄って確かめることはしなかった。その時、のぼり框のむこう、主人一家の寝室となる座敷あたりから、騒がしい音が聞こえてきたからである。

 つやはとっさに竈のそばに走りより、屈んで身をふせて、あちらから姿がみえないように隠れた。男二人が、市郎兵衛一家が寝ている部屋の扉をあけようとしているところだった。

 ──きっしゃん、危ない。

 つやは思わず叫びそうになったが、なかからの動物の唸り声のような叫び声のあまりの凄惨さに、その声は押しとどめられてしまった。だすんだすとと重みのあるものが、壁なりなにかかたいものにぶつかり合う音、耳にささる高い女の悲鳴、どすんと床に響く音が、次から次から折り重なって聞こえてきた。

 ──ご主人様の声だった。

 最初の男の唸り声の出元は分かったが、それから聞こえてくる音や声がなんなのかよくわからない。だが、もうこれ以上、ここでみているわけにはいなかいと、つやは意を決して、襖の方に近づいて、なかをそっとのぞきこんだ。

 暗闇のなかで、匂いがいつもより強く鼻腔をついた。腹の底からせり上がってくる、酸っぱいものをぐっとこらえて、息をつめて、きしの姿、声を求める。

 賊とおぼしき影、抜き身を振り回しているのは一人しか見えない。めったやたらに刀をふりまわして、床に伏している影のいくつもを薙いでいる。もう一人の賊はどうしたのかと視線をめぐらせると、続きの隣間の襖も開け放たれている。あそこは、大奥様のお休みになる部屋だと、わかるとつやはいてもたってもいられなくなり、中へと足を踏み入れた。

 まさにその時、動く者がいなくなって、刀を振り回すのをとめたやせた賊が、そのつやに目を止めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...