江戸の夕映え

大麦 ふみ

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美しい比丘尼に宿を貸す一家の話 ─『神国愚童随筆』より

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 その翌日、払暁ふつぎょう、比丘尼は三夜にもわたる旅寝の礼をいとに丁寧ていねいにのべると、熊蔵の家を後にした。いとは宿代を求めず、比丘尼もそれに触れなかった。娘二人も、母からすこし離れたところから比丘尼の方にむけて、そっとお辞儀で見送った。

 比丘尼は新市のあたりを出て、もと来た街道筋をたどりだした。天道が正中からすこし傾き出したころ、大きな包み背中にして、転ぶような急ぎ足でこちらにむかって来る男に出会った。熊蔵だった。

「仰せくださいましたように、お宅に参りました。よし様、娘様にはご懇意にあずかりまことにかたじけのうございました」

 路上に立ち止まり、深々と頭をさげる比丘尼の言葉を熊蔵はほとんど聞いていなかった。

「そうでございますか。家にもおりませんでまっこと失礼でございました。あの者達の御伽おとぎでは、さぞや無調法ぶちょうほうなことでしたでしょう。せめて今夜一晩なりとも御一泊くだされよ。ご一緒いたしましょう」

 しっかと腕をつかみ、強引にもときた長崎市街のほうへ引きずっていこうとする熊蔵に、比丘尼は、

「お志はほんとうにかたじけなく存じます。けれど、他の地方にも熊野様のお教えを運ぶ勤めがございます。またご縁がございまして、御目通おめどおりかないましたら、その折りには是非とも御世話いただきたくございます」

 口調は腰低く、だがしつこくからんでくる熊蔵を振り切ろうとした。しかし、そもそも熊蔵が比丘尼に宿を提供しようとしたのは、一晩たっぷり楽しませてもらうためだった。仕事のせいで間が悪くなって居合わせず、このままこんな綺麗な女を取り逃がしてしまうのかと思うと、熊蔵は吐き気をもよおすほど気分が悪くなった。

 昼飯の休憩やすみ時なのだろう、辺りの畑に百姓のすがたはまったくなかった、街道の人通りも絶えて、鳥の鳴き声ばかりが聞こえていた。

「けして離しませんぞ、ご一緒いたします」

 ──そこらにひきずりこんで、ぜったい一発やる。

 熊蔵は比丘尼の腕をますます強く握り、脇道へと外れ、里芋なのだろうか丈ののびた大ぶりの葉が茂る畑の畦道あぜみちを、奥のほう奥のほうへとぐいぐいと引っ張っていた。

 ──ここらまでくればそうそう人には見つかるまい。

 なにもかもやむにやまれぬ思いつきの行動だったが、おもいのほか都合よくことが動いているのが熊蔵には嬉しく、ますます気持ちを高ぶらせた。ここに連れ込むまで、比丘尼は声のひとつもあげず、抗うそぶりをみせなかった。

 ──やっぱりな。安い女なんだ、こいつは。その気になっているぞ、こりゃ。

 はち切れそうな欲望の圧から解き放つべく、熊蔵は野良仕事で踏みしめられた土のうえに比丘尼を押し倒しおそうとした。

 そのしゅんかん、今までの柔らから比丘尼の腕が突然鉄のような硬さを帯びて、強い力で熊蔵の握りしめる手を振り払った。

 ──逃げられる。

 最後の最後に仕留め損ねたかと、泣きたくなるような情けない気持ちを味わったのはあまりに短い時間であった。くるりと熊蔵に正対した比丘尼は、先ほどの石のような両腕で熊蔵の両肩を強く掴むと、体重を熊蔵にあずけ、足で大地を蹴上けあげる勢いも利用して、熊蔵を畦道の上に組み伏した。

 熊蔵はあっけにとられて、なにが起こっているのかわからなかった。

 比丘尼は両膝で熊蔵の大腿を押さえながら、かえるのように上へ上へと押し上げた。熊蔵の下半身を覆っているのはふんどしだけとなった。履き古して草臥れたくたびれた褌は少しゆるめに締められていて、比丘尼の手で簡単にぎ取られた。つい先ほどまで痛いほど張り詰めていた熊蔵の陽物は、いまやかわいそなほど縮み上がっていた。

 ──やられる。

 比丘尼があざ笑うような瞳を熊蔵にむけ、ゆっくりと顔を降ろして熊蔵のそれに近づけていくと、ただただ大切なものが奪われてしまうような恐れが湧き上がった。比丘尼の美しい唇と舌は、熊蔵のそれをしばらくいつくしんでいたが、熊蔵に官能の喜びはまったくなかった。

 比丘尼は顔をあげてあやしげな視線を熊蔵に送ってきた。いよいよここからが本番という合図と言葉無く伝わった。比丘尼は尻をまくるように着物をからげ、尼のとはとてもみえないあざやかな紅色の湯文字ゆもじも一緒にまくり上げた。土の上にぐいぐいと押しつけられたままの熊蔵の目の高さに、強い日光の元で、なにもさえぎられることなく、比丘尼の陰部の一切が目前にさらされた。

 それを目にした熊蔵に言葉がうまくみつけられなかった。隆起した黒く、太い一物が威圧するように、熊蔵を見下ろしていた。熊蔵のそれなど小指にみえるほどの脈打つ巨大なかたまりがすでにぬらぬらと太陽の光を反射していた。

 なんとか生き延びなければという生き物の本能は空しく、今度はうつ伏せにされ、尻を高く掲げられると、激しい痛みが熊蔵の臀部臀部を貫いた。比丘尼が腰を揺する度に痛みが背中の真ん中を一筋に脳天へと駆け上がる。

 熊蔵は助けを求めて、声を挙げようとしたが、背後から口元を押さえ込まれた。己が比丘尼が抵抗したらとともくろんでいたことがそのまま熊蔵になされていた。

 比丘尼のはあはあと粗い息づかいが、湿り気を帯びた息とともにもれた。甘やかな匂いがした。やがて腰の動きが一層激しく、小刻みに早くなって、比丘尼は頂点に達したように、おおと野太い声をあげてからしめの言葉を絞り出した。

過分かぶんなぁりぃ」

 竜巻は去ったが、熊蔵はしばらくそのまま地面の上で陽光に焼かれていた。おもいのほかその時間はみじかいものであったかもしれない。鳥の声がしていた。うち捨てられてしおれたままの熊蔵はぼんやりとそれを聞いた。

 熊蔵は、どうやって家にたどりついかおぼえていなかった。帰り道は、一足ごとに痛む尻穴にぐっと力をいれて堪えることに精一杯だった。また比丘尼の最後の言葉が謎めいて、なんどもなんども、熊蔵の頭の中で響いていた。

 ──過分なぁりぃ、……なにをいったいそこまで……。

 店の前に立っている、いじめ抜かれた野良の子犬の様子の熊蔵を、女房のよしがみつけ、抱えるようにして家の中にいれた。

 奥の娘たちに足濯ぎの湯をはったたらいをもってくるように声をかけた。なにごとかと見に来た娘たちも父の疲れ切った様子に、ただちにいわれたことに応じた。

「なあおい、留守のあいだに比丘尼がやってきて泊まったかい」

 足の汚れを丁寧に拭き取ってもらいながらよしに尋ねた。ええまあね、とよしは顔をあげずに答えた。熊蔵は続けて問うた。

「夜は、お前、娘達も、どんなふうにすごしていたんだい」

 よしははっとしたように顔をあげて、困ったような曖昧な薄笑いを浮かべた。熊蔵は振り返って娘達に目をやると、ふたりとも母親とまったくおなじ薄笑いをたたえてた。熊蔵はそれでなにもかもが腑に落ちた。

「おまえらが何にも口にしないのはもっともなことだ。この儂だって、途中であいつに遭って、ケツ穴かっぽじられたのさ」

 三人にあまり驚いたような様子は見えず、やはりあいまいな薄ら笑いのまま、それぞれの過ごした一夜のことをおもいでしているようだった。(了)
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