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序章
ドルチェタイム
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グロリアが連れてきてくれたカフェ【Dolce Donut Donatello】は、先日の中央広場から伸びる道にあった。
幅の狭い木造の店内にはレジカウンターと、その下にドーナツをはじめとしたお菓子や、パニーニなどのサンドウィッチの入ったガラスのショーケースがあるだけだった。
壁には古びた絵画や黒板が下がっている。
黒板には、ぶどう酒やコーヒーや紅茶などのドリンクや、ジェラートやグラニータなどと書かれていた。
テラス席はなく、テーブル代わりの大樽が1つ置かれているだけだ。
大樽にはすでに先客がいた。
先客のカメは、日向ぼっこをしながら眠っていた。
どうしよう、これじゃ食べる場所がない……、そう思っていると、グロリアは、カメの横に、フツーにエスプレッソの小さなカップを乗せ、カンノーリを頬張って、幸せそうな顔をした。
「え、ぼくの分は?」
「自分で買いなよ」
「ちぇ」
ぼくは、カプチーノとフルサイズのクロスタータというイタリアのパイを買った。
パイには、砂糖漬けのブラックベリーがぎっしりと詰まっていた。
ところが、レジカウンターの上に商品が出されて、ぼくは眉をひそめた。
驚いたことに、カプチーノにはソーサーがなく、直径15cmほどもある大きなパイの方にはフォークがついていなかった。
しょうがないので、ぼくは自分で魔法を使い、ソーサーやティースプーンやフォークを生み出すことにした。
「7FUだ」店主であるドナテッロさんは言った。
「え?」ぼくは、メニューを見た。【カプチーノ-1FU、クロスタータ・ディ・モーレ-3FU】。「でも、そこには……」ぼくはメニューを指差した。
「それは持ち帰りの値段だ。表で食べていくならプラス3FUだ」
「なるほど……、それならそうと書いておいてくれればいいのに」
「貴重なご意見どうも。参考にさせてもらうよ」と、ドナテッロさんは言った。
その様子を見るに、絶対に貴重なご意見だなんて思ってないし、今後の参考になんかしないだろうということが窺えた。
ぼくは、カプチーノとクロスタータを手に、店を出た。
見れば、グロリアはニヤニヤしていた。
「なに?」
「いくらだって?」
「ここで食うなら3FUプラスだって」
グロリアは笑った。
「なに?」
「あのね……」地球で言えばヴェネツィアに相当する場所から遠路遥々ここニホニアまでやってきたアテリア人であるドナテッロさんは、信じられないことに、店を訪れる人の顔を全て覚えているらしい。
それだけ聞けば、なんて良い人なんだろう、きっとドナテッロさんは人が大好きな暖かい人なんだな……、と思うものだが、さらに話を聞いてみれば、どうやらそういうわけでもないらしい。
奴は、初めて訪れる客からは、必ずぼったくるらしい。
その名目は、イートインスペースの利用料だったり、入会費だったりと様々なようだ。
ドナテッロさんのお菓子を気に入って二度目に来店した者たちは、二回目からは、『あんたはイートインスペースの利用料はタダだ、常連さんだからな』、という、ドナテッロさんの欺瞞に満ちた笑顔に感動してしまうらしい。
イタリア人が観光客からぼったくるというのは有名な話だったが、驚いたことに、連中は遠路はるばる異世界転移をしてこんな場所にやって来てまで、ぼくのような観光客からぼったくっているようだ。
まったく困ったもんだぜ……、と思いながら、クロスタータを食べてみると、さくさくもちもちのパイ生地からはバターの風味がして、ブラックベリーが甘くて美味かった。
パイによって刺激された嗅覚と味覚が、周囲に漂う、心地良い花の香り掴んだ。
ぼくは、目を瞑り、鼻で深く息を吸った。
バターとブルーベリーの香り、花の香り、カプチーノの甘い香り、コーヒーの香ばしい香り、秋の香り。
新鮮な空気には、様々な香りが含まれていた。
サクサクのパイ生地を噛む音、そよ風に揺られる花壇の花々、鳥の鳴き声、硬い靴底が石畳を叩く音……、コト……、と、すぐ近くで、何か硬いものが、硬い木の板に置かれる音に目を開けてみれば、グロリアが、樽の上にエスプレッソのカップを置き、タバコを咥えていた。
視線を感じてそちらを見れば、樽の上で眠っていたカメが、いつの間にやら目を覚ましていた。
カメは、ぼくを見上げて、パイを見て、再びぼくを見上げた。
ここでも利用料を要求されてしまった。
ぼくは、パイを摘んで、欠片をカメの前に置いた。
カメは、しゅっ、と、首を伸ばしてパイの欠片を食べようとしたが、パイ生地は、ビリヤードで玉を弾くように、カメの顔に弾かれて、地面に落ちてしまった。
ネコ顔のグリフォンが、どっからともなくやってきて、そのパイ生地を食べた。
ネコ顔のグリフォンはぼくを見上げた。
視線を感じてそちらを見ると、カメも、無表情にぼくを見上げていた。
こいつらグルなんじゃないか……? と思いながら、ぼくはネコ顔のグリフォンを睨みつけた。
ネコ顔のグリフォンはスタスタと歩き去って行ったが、10mくらい離れたところで、こちらを振り返って、再び歩き去っていった。
ぼくは、ため息を吐いて、「これで最後だぞ」と、言いながら、カメの前にパイ生地のかけらを置いた。
カメは、今度は上手にパイ生地を咥えることが出来た。
満足した様子のカメは、ぼくに頷きかけると、首を引っ込めて、昼寝に戻った。
「ネコ顔のグリフォンには気をつけなよ。あいつら調子に乗るから」と、グロリア。
「うん。知ってる」
「ワシ顔の方は、自立してて、自分でネズミとか取って食うから良いんだけどね。でも、ワシ顔にねだられたらあげてやんなよ。あいつらプライドが高いから滅多に人にすり寄ってくることはないんだけど、そういう連中が助けを求めてくる時は、本当に困ってる時だから。プライドが傷つく痛みを堪えて、胸の中で啜り泣きながら助けを求めてくるのよ」
「なんか、どっちにしろめんどくさい奴らだね。グリフォンって」
「関わらないのが一番よ」タバコを吸い終えたグロリアは、店内に入ってすぐに戻ってきた。両手にエスプレッソのカップを持っている。
「お? ぼくに?」
グロリアはニンマリとして、左手のエスプレッソを一口で飲み干し、右手のエスプレッソを啜った。
「けち」
「それ美味しそうだね」
「分けてあげない」
「お願いっ! 一口だけっ! ねっ、先っちょだけで良いからっ! お、俺さぁ……、もう我慢出来ねんだよ……、でへへへへへ……」グロリアは、鼻息を荒くしながら言った。
「しょうがないなぁ」ぼくは、グロリアにパイを差し出した。
グロリアは、パイをちぎった。
結構ごっそり持っていかれた。
グロリアはあーん、と頬張って、むしゃむしゃとした。「美味い」
「だよね」
「ソラってちょっとお願いしたら簡単にヤらせてくれそうだよね。何をとは言わんけど」
「かっ、死ね」ぼくは、残りのパイを頬張り、むしゃむしゃした。ごくん。「死ね」
「大事なことだから二回言ったってわけね。うぇえ~ん」グロリアは泣くフリをした。「うえんぴえんぱおん」
「なんだよぴえんぱおんって」
「数年以内に流行る。流行らなくてもわたしが流行らせます」
ぼくは笑った。カプチーノでパイを流し込み、息を吐く。「美味しかった。タバコちょうだい」
グロリアはこちらにタバコを差し出してきた。
「ありがと」ぼくは、煙を吐いた。
良い街だ……、と思った。
西部劇っぽかったり、イタリアっぽかったり、ポーランドっぽかったり……。
小6の修学旅行を思い出す。
「そういえば、こっち来る時あのおねえさんに、ニホニアね、って言ってたけど、あれってどういうことなの?」
「土地名を言えばそこまで繋いでくれるの」
「そうなんだ」
「うん」
「この世界広いみたいだから、どうやって見て周ろうかなって考えてたの。細マッチョのスライムを雇うか、自然同化の魔法で行こうかって考えてた」
「細マッチョのスライムねー。スライムに乗るなら、普通のプニプニのスライムが一番よ。筋肉ついたスライムだと走ることしか出来ないし寝心地も硬いけど、プニプニのスライムならウォーターベッドみたいで寝心地最高だし、なんにでも変身できるし、融通も効くから。鳥とかドラゴンになってもらって空から見て周るのもいいし、ユニコーンに変身してもらって駆けても良いし。ただ、スライムって対象を包み込んで形とか性質や能力を記憶してから変身するっていう性質なのよね。形状記憶のボキャブラリーが多いほど強くて、自立心も旺盛でヒトと仲良くしようっていう感じじゃなくなるのよね。雇う費用も高くなるし。鳥に変身できるだけなら、細マッチョのスライムより安いから、オススメね」
「性質とか能力って?」
「たとえば、スライムがドラゴンを包み込んで形状を記憶しているときにドラゴンが火を噴いたら、スライムもドラゴンの火を吹けるようになるの。ドラゴンほど強力じゃなくても、魔法使いの火よりは全然強力なやつ」
「どういう理屈?」
「コピーをして進化するのよ。それがスライムっていう生き物なんだとしか説明できないわね。この世界は幻獣を尊重して、連中と共存しているけど、生態の研究や解明には積極的じゃないの。スライム一つとっても、地球にいる幻獣とはところどころで生態が違うみたいだし、地域ごとにも違いがある。それにインターネットもないし、土地も広いから、情報の共有にも一手間だし。多分、幻獣の研究に力を入れてる人もいるとは思うけど、そういう奴はこんな街中にはいないだろうし」
「スライムってドラゴンの火食らっても生きてられるの?」
「連中は不老不死だから。歳を取ったら、活性化している細胞と弱りかけている細胞に分裂して、弱りかけている方は消滅するんだって。年取ったスライムは、幻獣保護委員会のシェルターに行くみたいよ。で、シェルターの中で若返るんだって」
「繁殖は?」
「たまにするみたい」
「分裂?」
「謎」
ぼくは左手に作った輪っかに、右手の人差し指を差し込んで首を傾げた。
グロリアは笑った。「本当に謎なんだって」
ぼくはタバコの煙を吐いた。「この世界にインターネットがあったらやだな……」
「なんで?」
「ここにいれば肌が荒れないのに、インターネットが普及したら、地球と一緒になっちゃう」
「女の子みたいなこと言うのね」
「やめろ」
グロリアは肩を竦めた。「わたしにはわかんない悩みだね」
「ラッキーだね。でも、それなら交通手段で悩む必要もないね。地図あるし、行きたいと思った地名を言えばそこまで行けるっていうなら、それに越したことない」
「自然同化の魔法って高等部から学ぶんだけどさ、基礎だけなら教えてあげよっか?」
ぼくは、うーんと唸った。
実は、それについてはグロリアの幼馴染であり、ぼくの友人でもあるレオーニさんという、イタリア人のおにいさんから教えてもらって、すでに出来るのだ。「失敗したら死ぬ系はやだよ」
「死なんし。大丈夫。やってみよ」
「良いよ」ぼくは頷いた。「でも、また今度が良いな。今日は思いっきり遊びたい」
「思いっきりね」グロリアは、ニヤリとした。こいつがこういう顔をするときは、ろくでもないことを考えている時だった。「何か食べたいものある?」
「ビール」
幅の狭い木造の店内にはレジカウンターと、その下にドーナツをはじめとしたお菓子や、パニーニなどのサンドウィッチの入ったガラスのショーケースがあるだけだった。
壁には古びた絵画や黒板が下がっている。
黒板には、ぶどう酒やコーヒーや紅茶などのドリンクや、ジェラートやグラニータなどと書かれていた。
テラス席はなく、テーブル代わりの大樽が1つ置かれているだけだ。
大樽にはすでに先客がいた。
先客のカメは、日向ぼっこをしながら眠っていた。
どうしよう、これじゃ食べる場所がない……、そう思っていると、グロリアは、カメの横に、フツーにエスプレッソの小さなカップを乗せ、カンノーリを頬張って、幸せそうな顔をした。
「え、ぼくの分は?」
「自分で買いなよ」
「ちぇ」
ぼくは、カプチーノとフルサイズのクロスタータというイタリアのパイを買った。
パイには、砂糖漬けのブラックベリーがぎっしりと詰まっていた。
ところが、レジカウンターの上に商品が出されて、ぼくは眉をひそめた。
驚いたことに、カプチーノにはソーサーがなく、直径15cmほどもある大きなパイの方にはフォークがついていなかった。
しょうがないので、ぼくは自分で魔法を使い、ソーサーやティースプーンやフォークを生み出すことにした。
「7FUだ」店主であるドナテッロさんは言った。
「え?」ぼくは、メニューを見た。【カプチーノ-1FU、クロスタータ・ディ・モーレ-3FU】。「でも、そこには……」ぼくはメニューを指差した。
「それは持ち帰りの値段だ。表で食べていくならプラス3FUだ」
「なるほど……、それならそうと書いておいてくれればいいのに」
「貴重なご意見どうも。参考にさせてもらうよ」と、ドナテッロさんは言った。
その様子を見るに、絶対に貴重なご意見だなんて思ってないし、今後の参考になんかしないだろうということが窺えた。
ぼくは、カプチーノとクロスタータを手に、店を出た。
見れば、グロリアはニヤニヤしていた。
「なに?」
「いくらだって?」
「ここで食うなら3FUプラスだって」
グロリアは笑った。
「なに?」
「あのね……」地球で言えばヴェネツィアに相当する場所から遠路遥々ここニホニアまでやってきたアテリア人であるドナテッロさんは、信じられないことに、店を訪れる人の顔を全て覚えているらしい。
それだけ聞けば、なんて良い人なんだろう、きっとドナテッロさんは人が大好きな暖かい人なんだな……、と思うものだが、さらに話を聞いてみれば、どうやらそういうわけでもないらしい。
奴は、初めて訪れる客からは、必ずぼったくるらしい。
その名目は、イートインスペースの利用料だったり、入会費だったりと様々なようだ。
ドナテッロさんのお菓子を気に入って二度目に来店した者たちは、二回目からは、『あんたはイートインスペースの利用料はタダだ、常連さんだからな』、という、ドナテッロさんの欺瞞に満ちた笑顔に感動してしまうらしい。
イタリア人が観光客からぼったくるというのは有名な話だったが、驚いたことに、連中は遠路はるばる異世界転移をしてこんな場所にやって来てまで、ぼくのような観光客からぼったくっているようだ。
まったく困ったもんだぜ……、と思いながら、クロスタータを食べてみると、さくさくもちもちのパイ生地からはバターの風味がして、ブラックベリーが甘くて美味かった。
パイによって刺激された嗅覚と味覚が、周囲に漂う、心地良い花の香り掴んだ。
ぼくは、目を瞑り、鼻で深く息を吸った。
バターとブルーベリーの香り、花の香り、カプチーノの甘い香り、コーヒーの香ばしい香り、秋の香り。
新鮮な空気には、様々な香りが含まれていた。
サクサクのパイ生地を噛む音、そよ風に揺られる花壇の花々、鳥の鳴き声、硬い靴底が石畳を叩く音……、コト……、と、すぐ近くで、何か硬いものが、硬い木の板に置かれる音に目を開けてみれば、グロリアが、樽の上にエスプレッソのカップを置き、タバコを咥えていた。
視線を感じてそちらを見れば、樽の上で眠っていたカメが、いつの間にやら目を覚ましていた。
カメは、ぼくを見上げて、パイを見て、再びぼくを見上げた。
ここでも利用料を要求されてしまった。
ぼくは、パイを摘んで、欠片をカメの前に置いた。
カメは、しゅっ、と、首を伸ばしてパイの欠片を食べようとしたが、パイ生地は、ビリヤードで玉を弾くように、カメの顔に弾かれて、地面に落ちてしまった。
ネコ顔のグリフォンが、どっからともなくやってきて、そのパイ生地を食べた。
ネコ顔のグリフォンはぼくを見上げた。
視線を感じてそちらを見ると、カメも、無表情にぼくを見上げていた。
こいつらグルなんじゃないか……? と思いながら、ぼくはネコ顔のグリフォンを睨みつけた。
ネコ顔のグリフォンはスタスタと歩き去って行ったが、10mくらい離れたところで、こちらを振り返って、再び歩き去っていった。
ぼくは、ため息を吐いて、「これで最後だぞ」と、言いながら、カメの前にパイ生地のかけらを置いた。
カメは、今度は上手にパイ生地を咥えることが出来た。
満足した様子のカメは、ぼくに頷きかけると、首を引っ込めて、昼寝に戻った。
「ネコ顔のグリフォンには気をつけなよ。あいつら調子に乗るから」と、グロリア。
「うん。知ってる」
「ワシ顔の方は、自立してて、自分でネズミとか取って食うから良いんだけどね。でも、ワシ顔にねだられたらあげてやんなよ。あいつらプライドが高いから滅多に人にすり寄ってくることはないんだけど、そういう連中が助けを求めてくる時は、本当に困ってる時だから。プライドが傷つく痛みを堪えて、胸の中で啜り泣きながら助けを求めてくるのよ」
「なんか、どっちにしろめんどくさい奴らだね。グリフォンって」
「関わらないのが一番よ」タバコを吸い終えたグロリアは、店内に入ってすぐに戻ってきた。両手にエスプレッソのカップを持っている。
「お? ぼくに?」
グロリアはニンマリとして、左手のエスプレッソを一口で飲み干し、右手のエスプレッソを啜った。
「けち」
「それ美味しそうだね」
「分けてあげない」
「お願いっ! 一口だけっ! ねっ、先っちょだけで良いからっ! お、俺さぁ……、もう我慢出来ねんだよ……、でへへへへへ……」グロリアは、鼻息を荒くしながら言った。
「しょうがないなぁ」ぼくは、グロリアにパイを差し出した。
グロリアは、パイをちぎった。
結構ごっそり持っていかれた。
グロリアはあーん、と頬張って、むしゃむしゃとした。「美味い」
「だよね」
「ソラってちょっとお願いしたら簡単にヤらせてくれそうだよね。何をとは言わんけど」
「かっ、死ね」ぼくは、残りのパイを頬張り、むしゃむしゃした。ごくん。「死ね」
「大事なことだから二回言ったってわけね。うぇえ~ん」グロリアは泣くフリをした。「うえんぴえんぱおん」
「なんだよぴえんぱおんって」
「数年以内に流行る。流行らなくてもわたしが流行らせます」
ぼくは笑った。カプチーノでパイを流し込み、息を吐く。「美味しかった。タバコちょうだい」
グロリアはこちらにタバコを差し出してきた。
「ありがと」ぼくは、煙を吐いた。
良い街だ……、と思った。
西部劇っぽかったり、イタリアっぽかったり、ポーランドっぽかったり……。
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「そういえば、こっち来る時あのおねえさんに、ニホニアね、って言ってたけど、あれってどういうことなの?」
「土地名を言えばそこまで繋いでくれるの」
「そうなんだ」
「うん」
「この世界広いみたいだから、どうやって見て周ろうかなって考えてたの。細マッチョのスライムを雇うか、自然同化の魔法で行こうかって考えてた」
「細マッチョのスライムねー。スライムに乗るなら、普通のプニプニのスライムが一番よ。筋肉ついたスライムだと走ることしか出来ないし寝心地も硬いけど、プニプニのスライムならウォーターベッドみたいで寝心地最高だし、なんにでも変身できるし、融通も効くから。鳥とかドラゴンになってもらって空から見て周るのもいいし、ユニコーンに変身してもらって駆けても良いし。ただ、スライムって対象を包み込んで形とか性質や能力を記憶してから変身するっていう性質なのよね。形状記憶のボキャブラリーが多いほど強くて、自立心も旺盛でヒトと仲良くしようっていう感じじゃなくなるのよね。雇う費用も高くなるし。鳥に変身できるだけなら、細マッチョのスライムより安いから、オススメね」
「性質とか能力って?」
「たとえば、スライムがドラゴンを包み込んで形状を記憶しているときにドラゴンが火を噴いたら、スライムもドラゴンの火を吹けるようになるの。ドラゴンほど強力じゃなくても、魔法使いの火よりは全然強力なやつ」
「どういう理屈?」
「コピーをして進化するのよ。それがスライムっていう生き物なんだとしか説明できないわね。この世界は幻獣を尊重して、連中と共存しているけど、生態の研究や解明には積極的じゃないの。スライム一つとっても、地球にいる幻獣とはところどころで生態が違うみたいだし、地域ごとにも違いがある。それにインターネットもないし、土地も広いから、情報の共有にも一手間だし。多分、幻獣の研究に力を入れてる人もいるとは思うけど、そういう奴はこんな街中にはいないだろうし」
「スライムってドラゴンの火食らっても生きてられるの?」
「連中は不老不死だから。歳を取ったら、活性化している細胞と弱りかけている細胞に分裂して、弱りかけている方は消滅するんだって。年取ったスライムは、幻獣保護委員会のシェルターに行くみたいよ。で、シェルターの中で若返るんだって」
「繁殖は?」
「たまにするみたい」
「分裂?」
「謎」
ぼくは左手に作った輪っかに、右手の人差し指を差し込んで首を傾げた。
グロリアは笑った。「本当に謎なんだって」
ぼくはタバコの煙を吐いた。「この世界にインターネットがあったらやだな……」
「なんで?」
「ここにいれば肌が荒れないのに、インターネットが普及したら、地球と一緒になっちゃう」
「女の子みたいなこと言うのね」
「やめろ」
グロリアは肩を竦めた。「わたしにはわかんない悩みだね」
「ラッキーだね。でも、それなら交通手段で悩む必要もないね。地図あるし、行きたいと思った地名を言えばそこまで行けるっていうなら、それに越したことない」
「自然同化の魔法って高等部から学ぶんだけどさ、基礎だけなら教えてあげよっか?」
ぼくは、うーんと唸った。
実は、それについてはグロリアの幼馴染であり、ぼくの友人でもあるレオーニさんという、イタリア人のおにいさんから教えてもらって、すでに出来るのだ。「失敗したら死ぬ系はやだよ」
「死なんし。大丈夫。やってみよ」
「良いよ」ぼくは頷いた。「でも、また今度が良いな。今日は思いっきり遊びたい」
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