美醜聖女は、老辺境伯の寡黙な溺愛に癒やされて、真の力を解き放つ

秋津冴

文字の大きさ
2 / 12

第一話 行き倒れの老人

しおりを挟む
 二年前。冬、王都。
 その日は神殿が主催する、美と豊穣の女神ラーダへ秋の収穫を奉じる祭りの最終日。

 王都の東側に位置する神殿の中庭で、大勢の人々が集まり、神殿の管弦楽団が奏でる演奏に身を委ねて女性はドレスをまとい、男性は礼服に袖を通してお洒落を楽しむ、夜会が開かれる直前だった。

 秋から冬へと差し掛かる夕暮れの空は、東の降りる青と西から這い上がる漆黒に押しつぶされそうになっていた。
 薄くも鮮やかな紫色が世界を覆い、太陽が姿を消した空には、新たに月が取って代わって昇っていた。

 細く鋭い金色の三日月は、その場に参加していた人々の肌に寒さを突き刺し、体温を奪っていく。
 普段ならば家路を急ぐ人々も、この夜だけは夏の終わりのころのように陽気にダンスを踊り、お酒を飲んで中庭の各所に焚かれた焚火を囲み、秋を無事に終われたことを女神に感謝して過ごすのだ。

 神殿が経営する学校の生徒は、裏方として祭りの進行を妨げることなく、各所を管理する神官たちの命令に従って、忙し気に動き回っている。

 そんな中、イザベラだけは特別な事情で、人々の前に出ることを許されず、いつものように行事が開催されるときは広大な敷地を覆う城壁の裏門前でやってくる物乞いや、報われない方々に向けて炊き出しを行っていた。

 多くの浮浪者が冬を過ごすための食糧や毛布、燃料を求めて列を成し、神殿では寄付金で購入した品々を彼らに施すのが、例年の習わしだった。

「配給はこれでお終い。衣類の方もほとんど無くなったし、燃料はこっちが寒さを凌ぐのに分けて欲しいくらい」

 神殿の最下層の使用人たち。
 元々奴隷だったり、犯罪者だった者が、その罪を許されたり身分を解放されたりして、たどり着く最底辺の場所に紛れて、イザベラは自分の受け持った部署が無事に品切れになったことを確認して、ひとつ頷く。

 夜も深まり、ようやく施しを受ける人々の列が途切れたころ、彼はやってきたのだ。
 よろよろと大きな体を震わせ、食事を出す受付口にたどり着くことなく、ばったりと道端に伏せて動かなくなる。

「ちょっと! 大丈夫ですか、おじいさん? しっかりして」
「あ、ああ。そこで襲われたんだ。なんてとこだこの都は。いつからこんなに物騒になった」

 行き倒れかもしれないと心配して駆けつけて見たら、老人は傷だらけだった。助けてくれ、と彼は懇願する。
 衣服はそれとなく上品な装いだったものの、激しく争ったのか着ていた上着の片袖が破れて取れかかっていた。

 ブレイク自身の顔や腹部にも大きなアザと出血があり、とても見て見ぬふりはできない状態だった。
 けれど、イザベラと一緒に駆けつけたその場にいた神官は、彼の発言を耳にして目を反らした。

 神殿は王都にある、王都の報われない人たちを救うのだ。
 そうすれば、王国から税金の一部を免除され、さらに褒美として支援金がでる。

 だが、王都の外からやって来る人々を助ける術を、神殿は用意していない。
 たとえ重症を抱えた病人や怪我人であっても、救いの手を差し伸べることはない。無視され、放置されるだけだ……あのときのブレイクのように。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ブラック企業から異世界転移した私、辺境伯様に拾われて「仕事は禁止、甘やかすのが俺の仕事だ」と言われて困っています

さら
恋愛
過労死寸前で異世界転移した私。 気を失っていたところを拾ってくれたのは、辺境伯様――。 助かった!と思ったら、彼の第一声はまさかのこれ。 「仕事は禁止。俺の仕事は君を甘やかすことだ」 ……え、何を言ってるんですかこの人!? 働かないと落ち着かないOL VS 徹底的に休ませたい辺境伯。 「庭を歩け」「お菓子を食べろ」「罪悪感は禁止」――全部甘やかしの名目!? 気づけば心も身体もほぐれて、いつしか彼の隣が一番安らぐ場所になっていた。

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

毒と薬は使いよう〜辺境の毒りんご姫は側室候補となりました

和島逆
恋愛
辺境の令嬢シャノンには、毒りんごを生み出す異能があった。 「辺境の毒りんご姫」と呼ばれる彼女を警戒し、国王ランベルトは側室候補としてシャノンを王都に召喚する。初対面から彼女を威圧し、本音を探ろうとするランベルトだったが── 「この毒りんごに、他者を殺める力はございません」 「わたくしは決して毒好きなわけではなく、わたくしが愛でているのはあくまで毒りんごなのです」 ランベルトの予想はことごとく外れ、いつの間にかマイペースな彼女にすっかり振り回されていくのであった。

老伯爵へ嫁ぐことが決まりました。白い結婚ですが。

ルーシャオ
恋愛
グリフィン伯爵家令嬢アルビナは実家の困窮のせいで援助金目当ての結婚に同意させられ、ラポール伯爵へ嫁ぐこととなる。しかし祖父の戦友だったというラポール伯爵とは五十歳も歳が離れ、名目だけの『白い結婚』とはいえ初婚で後妻という微妙な立場に置かれることに。 ぎこちなく暮らす中、アルビナはフィーという女騎士と出会い、友人になったつもりだったが——。

狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。

汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。 元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。 与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。 本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。 人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。 そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。 「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」 戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。 誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。 やわらかな人肌と、眠れない心。 静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。 [こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]

本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます

氷雨そら
恋愛
 本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。 「君が番だ! 間違いない」 (番とは……!)  今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。  本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。 小説家になろう様にも投稿しています。

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

処理中です...