美醜聖女は、老辺境伯の寡黙な溺愛に癒やされて、真の力を解き放つ

秋津冴

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「わしがお前を愛することはないだろう」

 結婚式の誓約の場で、亡き夫が静かに宣言したセリフを思い出す。
 フッ、と高い鷲のような鼻で笑い、彼は愛情なんて欠片も感じらえれない視線で、イザベラを見下ろしてそう言った。

 身長が160センチと低い彼女と比較して、花婿のブレイクは背筋がしゃんと伸びた180センチ。
 全身からは生きる欲望に満ちたオーラが漂っていて、どう見ても六十歳だった。

 七十の後半には見えない。白くなり後退した髪はまだふさふさとしていて、元の黒に染め直せばもっと若く見えるだろう。

 さすがに声は年相応だったが、どれほど残酷で人の心がない男かと思っていたら、優しい深みのある低い声だったのが意外だった。

 こんな男にずっと守り続けた純潔を捧げ、あの節くれだった指が身体を這いまわる夜まで、あと数時間。
 吐き気が胃の奥から湧き上がりそうで、ぐっと下腹に力を入れてそれを我慢する。

 冬の空みたいに透き通ったアイスブルーの瞳は、彼の酷薄さを物語っているようだ。

 そこに映る豊かな真紅の髪と、深みのあるエメラルドの瞳が戸惑いに揺れている。
 これは愛のない結婚だと最初から理解していたのに、今更のように告げられると、心が動揺を覚えていた。

 結婚式は春先に行われた。
 イザベラが仕える、女神ラーダの神殿でのことだった。

 愛と豊穣を司る女神は二人の結婚を祝福してくれているのだろうか?
 女神の御前で「愛をすることはない」なんて告白する、ブレイクの無神心さにイザベラは呆れる。

 これは契約結婚です。そうあらかじめ知っていたから、特に腹立たしくなることもない。
 ああ、愛されることは無いんだ、と胸の内で孤独に嘆息するのみだ。

 さらに結婚の趣旨は愛ではなく、神殿を運営する連中が無能すぎて経営は破綻し、莫大な借金を抱えたためにブレイクがそれを肩代わりする上での身売りだった。

 イザベラを国内でも有数の資産家であるブレイクに差し出すことで、債務がチャラになり、さらに支援金までして貰えるという、好条件を神殿は彼から引き出していた。

 ブレイクは一代で平民から侯爵へと這い上がった成り上がりだが、その生業がまた、イザベラに苛立ちを与えた。
 彼は王国の民ならば誰でも嫌うような高利貸しだったからだ。

 今では銀行を幾つも率いるグループの総帥であり、北の結界を管理する大役を国王陛下から任ぜられている彼は辺境伯。
 侯爵と同列の上級貴族の一人だが、その本業は強欲で取り立ての厳しさから悪名高い、金貸しなのだ。

 王国で、ここ半世紀の間でにブレイクから金を借りたことがない人間はいない、と噂されるまで有名な男だった。

「あなた、憶えていますか? あの冬の日を」

 無言の遺体となったブレイクの頬を、若き未亡人はそっと撫でてやる。
 少しばかり乱れていた髪をそっと直して、その肌の冷たさに悲しみと懐かしさを覚えた。

 ブレイクとの出会いは偶然であり、衝撃的で、今から考えてもよく助けたものだ、と思ってしまう。
 あの日の彼は傲慢さも尊大な物言いもなく、ただの行き倒れの傷ついた老人だった。
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