美醜聖女は、老辺境伯の寡黙な溺愛に癒やされて、真の力を解き放つ

秋津冴

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第十話 認めてくれる人

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 ブレイクは悪い老人ではない。だけどあまりにも歳が離れすぎている。それにジェシカの高慢な性格と、ブレイクのあの人を人とも思わないわがままな性格は火と水のような関係だと言ってもいい。
 
 いや、むしろ火に油を注ぐ形で、早々に離婚する可能性だってある。
 イザベラにはまだ老人を敬うという美徳があるが、ジェシカはあくまで能力至上主義の権化のような性格だ。

 強欲で尊大な億万長者であり、結界を維持している偉大なる魔法使いのブレイクを、最初は尊敬するかもしれない。だけど、彼がこの十日間もの間、姉の家に厄介になっていた理由をもし知ってしまったら、ジェシカはどうするだろう?

 街中で物取りに襲われて血まみれになり、財布まで奪われて一文無しになった彼が、偉大なる魔法使いとは、どう見ても信じられない。

 彼の豊かな魔法の才能は息子の誰かに受け継がれていて、今ではただの貧相な老人になってしまったのではないかというのが、この時のイザベラの予想だった。

「どうだ? 妹はお前の自慢なのだろう? その妹が、七十を越える老人の妻になるなど、姉としてはどうだ? 納得がいくか? 妹が幸せになれると思えるのか? どうなんだ」
「……あの子は、ジェシカはまだ修行の途中です。神殿に残り聖女となるべき存在です……」

 結婚してしまったら、ブレイクは自分がこの王都に残ることを、許してくれるだろうか?
 拒絶され、北に無理矢理連れられて行くなら、女神が宿る左目をえぐり出して、あの祠に祀るしかないのかも。

 自分のことはどうでもいい。
 すべてはあの子のため。妹の成功のためなら、お姉ちゃんは片目を失ってもいい。イザベラの覚悟はできていた。

「ではお前にこの結婚に対しての異論はないな?」
「あちら様が文句を言われないのであれば……」
「それなら話は早い」

 神官長は満足そうにニタリ、とほほ笑むと、両手を軽く打ち鳴らす。
 扉の向こうには待ちかねていたかのように十数人の侍女や女司祭が立っていて、イザベラの身を別室へと案内する。

 それから数時間後、まだ十四歳の少女は、その身には少しばかりぶかぶかだが美しいデザインの純白なドレスに身を包み、新郎の待つ神殿の一室へと足を運んだ。

 信徒たちが結婚式を挙げるためのその場所では、これまた真っ白なスーツに身を飾ったあの老人ブレイクが不敵な笑いと共に、待ち構えていた。

「女神様の恩寵は、そこにあったようだな」
「やっぱり、このことを……」
「だが、安心しろ。わしがお前を愛することはない。ついでに、誰にも秘密を漏らすこともせん。それを今ここで誓おう」
「……妹が聖女になるまで、待っていただけるのなら。王都に住まわせて欲しいの」

 そう提案すると、ブレイクはふむ、と意外そうな顔をした。
 イザベラの願いはすべて妹に向いている。彼女を悪しざまに言う発言も、周囲からたくさん耳にしてきた。
 
「そこまでして、お前は妹が大事なのか? この場に参列すらしていないのに」

 急遽の結婚。大した準備も、心の支度もできないままに、イザベラはその場所にいた。
 彼らの立つ祭壇の下段には、神殿の経営陣と神官や司祭たちが数十人、この政略結婚が成功するようにと祝いに訪れていたが、どこにも実妹ジェシカは見当たらない。

「……大神官様たちが隠しているのだと思います。ごめんなさい」
「なぜ、謝る?」
「わたしたちの、女神神殿の誠意が。あなたから与えらえた好意に対する恩返しが、こんな裏切りだなんて、恥ずかしくて……情けない」
「それは違う」
「え?」

 老人はまた不敵に微笑んだ。あくどい笑みはここでも光っている。
 だが、そこには神官長のような悪辣なものはなく、表現がおかしいけれど、優しさの内包されたあくどさだった。

「わしは最初から双子の優秀な方と条件を出した。それは今目の前にいる」
「でも、わたしはなにも優秀なんかじゃ……」

 ひそひそと話をしている間に、神父はさっさと進行を早め、あっという間に指輪の交換。そして、愛を誓い合う、誓約のキスの瞬間が来てしまった。

 ブレイクは幼い花嫁のベールを取り、大きな白い手袋に包まれた両手で、イザベラの頬を優しく包んだ。
 彼女が目を閉じてつま先立ちになり身長差を埋めるようにすると、彼もまた膝を折り、その視線を下げる。

 周囲から見えないように、新郎は新婦の頬にそっと口づけをかわして、静かに告げた。

「この世に女神を宿すことのできる者など、そうそういるものか。女神に愛されたお前こそ、わしの嫁に相応しい。どんな不遇に合っても、己を犠牲にして妹を優先し続けてきたその気高き心こそ、本当の聖女が持つ者だ」
「それは妹が……わたしじゃない」
「結婚しておくれ、イザベラ。この世間から忌み嫌われたわしの元ならば、お前は誰の目を気にすることなく、自由に生きていける」
「どうしてそんなこと言って誘うの? 自由になれるなんて、もう望んでないのに」

 腫れあがったまま涙腺も枯れてしまったはずの左目から熱いものが頬を伝う。
 右目からも、同様にして涙が溢れて留まることを知らない。
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