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5.貴方を消したい
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ふらふらと覚束ない足取りで歩く。
誰もが寝静まった深夜の館は、耳が痛い程の静寂が支配していた。
私は、まっすぐにレナルドの部屋へと向かう。
遠慮なく扉を開け放つと、彼は私を待っていたかのようにこちらを向いて立っていた。
「そろそろ来ると思ったんだ」
――何故?
「僕に謝りに来たんだろう? もう差し出がましい行いはしないと。だって、君には僕しかいないんだからね」
――いいえ。
レナルドは怪訝な顔をして、そして私が握りしめているものに気づいたのか大きく驚愕に顔を歪ませた。
「な、何をするつもりなんだミュリエル。そんなことをしても何の解決にもならないぞ。わかった、話をしよう――」
――いいえ。いいえ。
私は貴方を愛することを止められない。
でも、もうこの苦しみには耐えられない。
貴方がかつて私に向けていた柔らかい笑みを、他の女には見せているのかと思うと許せない。
縋り続けることしかできない自分が惨めで辛い。
なら、貴方が、レナルドが私の世界からいなくなればいい。
そして私は、右手に握ったナイフを大きく振りかぶって、そして――
そこで、ベッドから飛び起きた。
「ゆ、夢……?」
全身から大量の汗をかいていたようで、ぐっしょりと濡れて気持ち悪い。
そうだ、夢だ。あんな恐ろしいこと、私に出来る筈がない。
――本当に?
しかし明朝、レナルドに会うことは出来なかった。
夜の間にまたどこかへ出かけてしまったのだろうか。
使用人に尋ねてみたが、口を揃えて出かけるところは見ていないという。
しかし、屋敷中どこを探しても彼を見つけることが出来なかった。
誰にも見つからないようにこっそり女の所に行ってしまったのだろうか。
……だとしても、暫く待てば、きっと帰って来るだろう。
しかし、次の日も、その次の日も。
私はレナルドに会うことは出来なかった。
忽然と姿を消してしまったのである。
そして一月が経ち、レナルドの浮気相手であるアルエットが私の元へと訪れた。
何故かレナルドはアルエットの元へも通ってはいないらしい。
私にわざわざ文句を言いに来たようだが、私に言われてもどうすることも出来ない。
そもそも婚約者である私の元へそんな文句を言いにくるのは流石にちょっとどうかと思う。
……が、私はそんなことよりも、レナルドが彼女の前にも姿を見せていないという事実が気にかかって仕方がない。
アルエット嬢にお帰りいただいた後、私は一人不安に駆られ溜息をついた。
……あれは、本当に夢だったのだろうか?
私は、本当にあの夜レナルドを手にかけてしまったのではないだろうか。
リュカも使用人たちも、どちらかと言えばレナルドよりも私に協力的だった。
もしかすると、誰かが、レナルドの死体をどこかに隠してしまったのでは?
「ミュリエル? どうしたんですか?」
客が帰ったというのに応接室から出てこない私を心配したのだろう。
リュカが気づかわしげに声をかけてきた。
その顔は、声色は、いつかの日のレナルドのように柔らかく優しいもので。
必死に抑えてきた感情を溢れさせるには、十分だった。
「わ、私が……レナルドを殺してしまったのでしょうか?」
「ミュ、ミュリエル? 何故そんなことを思ったんですか?」
「わたくし、夜会の後、レナルドの部屋で、彼を、ナイフで……。夢だと思っていたんです! でも、彼はあの日から姿を消してしまった。本当に、あれは夢だったの? 夢だと思い込みたかっただけで、本当は――」
突然泣き出した私を見て、リュカが焦ったように私を抱きしめた。
その温かな体温に安心感を覚え、そしてそれがより私の罪の意識を苛む。
「リュカは……私を庇っているのではないですか? たまに、レナルドの気配を感じる時があるんです。姿は見えないのに。彼は、魂だけになって彷徨っているのでしょうか? わたくしは、貴方の兄を、レナルドを、この手で――」
「ミュリエル」
そう言ってリュカは私の頭を優しく撫でる。
「大丈夫です。そんなことありません。全部悪い夢ですよ。――少し、疲れてしまっているようですね。この屋敷に来てからずっと頑張っていましたから、仕方ありませんよ。少しブランシャールに帰って、ゆっくりしてはどうでしょう。大丈夫です。僕がなんとかしておきます」
私は泣きながら応接室から退室し、そのままラグランジュの屋敷を後にした。
誰もが寝静まった深夜の館は、耳が痛い程の静寂が支配していた。
私は、まっすぐにレナルドの部屋へと向かう。
遠慮なく扉を開け放つと、彼は私を待っていたかのようにこちらを向いて立っていた。
「そろそろ来ると思ったんだ」
――何故?
「僕に謝りに来たんだろう? もう差し出がましい行いはしないと。だって、君には僕しかいないんだからね」
――いいえ。
レナルドは怪訝な顔をして、そして私が握りしめているものに気づいたのか大きく驚愕に顔を歪ませた。
「な、何をするつもりなんだミュリエル。そんなことをしても何の解決にもならないぞ。わかった、話をしよう――」
――いいえ。いいえ。
私は貴方を愛することを止められない。
でも、もうこの苦しみには耐えられない。
貴方がかつて私に向けていた柔らかい笑みを、他の女には見せているのかと思うと許せない。
縋り続けることしかできない自分が惨めで辛い。
なら、貴方が、レナルドが私の世界からいなくなればいい。
そして私は、右手に握ったナイフを大きく振りかぶって、そして――
そこで、ベッドから飛び起きた。
「ゆ、夢……?」
全身から大量の汗をかいていたようで、ぐっしょりと濡れて気持ち悪い。
そうだ、夢だ。あんな恐ろしいこと、私に出来る筈がない。
――本当に?
しかし明朝、レナルドに会うことは出来なかった。
夜の間にまたどこかへ出かけてしまったのだろうか。
使用人に尋ねてみたが、口を揃えて出かけるところは見ていないという。
しかし、屋敷中どこを探しても彼を見つけることが出来なかった。
誰にも見つからないようにこっそり女の所に行ってしまったのだろうか。
……だとしても、暫く待てば、きっと帰って来るだろう。
しかし、次の日も、その次の日も。
私はレナルドに会うことは出来なかった。
忽然と姿を消してしまったのである。
そして一月が経ち、レナルドの浮気相手であるアルエットが私の元へと訪れた。
何故かレナルドはアルエットの元へも通ってはいないらしい。
私にわざわざ文句を言いに来たようだが、私に言われてもどうすることも出来ない。
そもそも婚約者である私の元へそんな文句を言いにくるのは流石にちょっとどうかと思う。
……が、私はそんなことよりも、レナルドが彼女の前にも姿を見せていないという事実が気にかかって仕方がない。
アルエット嬢にお帰りいただいた後、私は一人不安に駆られ溜息をついた。
……あれは、本当に夢だったのだろうか?
私は、本当にあの夜レナルドを手にかけてしまったのではないだろうか。
リュカも使用人たちも、どちらかと言えばレナルドよりも私に協力的だった。
もしかすると、誰かが、レナルドの死体をどこかに隠してしまったのでは?
「ミュリエル? どうしたんですか?」
客が帰ったというのに応接室から出てこない私を心配したのだろう。
リュカが気づかわしげに声をかけてきた。
その顔は、声色は、いつかの日のレナルドのように柔らかく優しいもので。
必死に抑えてきた感情を溢れさせるには、十分だった。
「わ、私が……レナルドを殺してしまったのでしょうか?」
「ミュ、ミュリエル? 何故そんなことを思ったんですか?」
「わたくし、夜会の後、レナルドの部屋で、彼を、ナイフで……。夢だと思っていたんです! でも、彼はあの日から姿を消してしまった。本当に、あれは夢だったの? 夢だと思い込みたかっただけで、本当は――」
突然泣き出した私を見て、リュカが焦ったように私を抱きしめた。
その温かな体温に安心感を覚え、そしてそれがより私の罪の意識を苛む。
「リュカは……私を庇っているのではないですか? たまに、レナルドの気配を感じる時があるんです。姿は見えないのに。彼は、魂だけになって彷徨っているのでしょうか? わたくしは、貴方の兄を、レナルドを、この手で――」
「ミュリエル」
そう言ってリュカは私の頭を優しく撫でる。
「大丈夫です。そんなことありません。全部悪い夢ですよ。――少し、疲れてしまっているようですね。この屋敷に来てからずっと頑張っていましたから、仕方ありませんよ。少しブランシャールに帰って、ゆっくりしてはどうでしょう。大丈夫です。僕がなんとかしておきます」
私は泣きながら応接室から退室し、そのままラグランジュの屋敷を後にした。
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