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6.さよなら、愛した人
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ミュリエルが出ていった部屋の中、リュカは大きく溜息をついた。
そして、アルエットが出ていった後、すぐに入室していた人物に話しかける。
「これが、彼女を蔑ろにした結果だよ。満足かい――兄さん」
レナルドは、リュカの問いかけには答えず悄然とした様子で佇んでいる。
リュカは言葉を続けた。
「兄さんを憎めなかったミュリエルは、彼女の世界から兄さんを消してしまった。そうして心を守っているんだろうね。いないものとして扱われる気分はどう?」
「違う、こんなことを望んでいた訳じゃない……。ただ僕は、僕を頼っていた頃のミュリエルに戻ってほしかっただけなんだ……」
「だから、学園でミュリエルの悪い噂を流したのかい? 家の財産を使い込まれている、などと。……兄さんに取り入ろうとした者たちが嘘を膨らませて、どんどん尾ひれがついていく様は本当に胸糞が悪かったよ」
レナルドはリュカの方を見ようともしない。
ただ、独り言のように呟いた。
「……会えない時間が長引けば、卒業して一緒に住むことになった時、ミュリエルはもっと僕に執着してくれると思ったんだ。でも、ミュリエルがラグランジュで上手くやっていると聞いて、不安になった。……ミュリエルが孤立すれば、また僕を頼ってくれると思った。冷たい態度を取る僕に必死に縋ってくる姿を見て愛おしくなった」
「最低だね」
「もっと僕だけを見てほしかった。嫉妬して欲しかった。婚約解消を持ち出せば、もっと従順になってくれると思ったんだ。……あんな風になるなんて思っていなかった。あれから、どんなに話しかけても、触れても全く反応してくれなくなった」
リュカは心底軽蔑した表情を浮かべた。
「兄さんが彼女の心を壊したんだ。……さっきこの部屋に入ってきて、ミュリエルに縋り付いて泣く兄さんと、それに全く気づいていないミュリエルを見て、僕は本当に胸が苦しくなったよ。……兄さんが無理やり書かせた婚約解消届は、既にブランシャールに届けてある。全ての事情を知ったブランシャール伯は、然るべき判断を下すだろう。ああ、勿論うちの両親にも全て知らせてある。随分怒っていたみたいだよ」
ぎり、と歯噛みしたレナルドを見て、リュカはなぜか笑みを浮かべた。
ミュリエルには見せない、冷たい笑みだった。
「ミュリエルを苦しめた兄さんは許せないが、感謝している面もあるんだ。ブランシャールとラグランジュの婚姻は王命だ。兄さんが問題を起こしてくれたおかげで、ミュリエルと結婚するのは僕になるだろう。――幼い頃に諦めた初恋を成就させてくれて有難う、兄さん」
◆◆◆
レナルドと婚約解消が成立した二年後、ミュリエルはリュカと結婚し、ミュリエル・ラグランジュとなった。
ブランシャール家の娘の悪意ある噂を広め、周りを混乱させたとしてレナルドはラグランジュ家後継者の座を降ろされ、辺境の遠縁である男爵家に養子に出された。
彼の愛人であったアルエットはレナルドについて行こうとしたが、レナルド自身に激しく拒否された。
屋敷の前で口汚く罵り合う様が噂となり、アルエットは嫁ぐ先を見つけるのに苦労することになった。
婚約解消以降、ミュリエルは時折誰かを恋しがるような表情で遠くを見つめる様になった。
そういう時、彼女が誰を想っているのか、リュカは勿論気づいたが、あえてそれに触れるようなことはしなかった。
何年でも、何十年でも、彼女の心が癒えるのを待つつもりだった。
やがて時間の経過とともにミュリエルがそういった様子を見せることは減り、長男が産まれる頃にはその癖は無くなった。
ミュリエルとリュカは穏やかに愛し合うようになっていた。
そして、彼女の世界にレナルドが現れることは、二度と無かった。
そして、アルエットが出ていった後、すぐに入室していた人物に話しかける。
「これが、彼女を蔑ろにした結果だよ。満足かい――兄さん」
レナルドは、リュカの問いかけには答えず悄然とした様子で佇んでいる。
リュカは言葉を続けた。
「兄さんを憎めなかったミュリエルは、彼女の世界から兄さんを消してしまった。そうして心を守っているんだろうね。いないものとして扱われる気分はどう?」
「違う、こんなことを望んでいた訳じゃない……。ただ僕は、僕を頼っていた頃のミュリエルに戻ってほしかっただけなんだ……」
「だから、学園でミュリエルの悪い噂を流したのかい? 家の財産を使い込まれている、などと。……兄さんに取り入ろうとした者たちが嘘を膨らませて、どんどん尾ひれがついていく様は本当に胸糞が悪かったよ」
レナルドはリュカの方を見ようともしない。
ただ、独り言のように呟いた。
「……会えない時間が長引けば、卒業して一緒に住むことになった時、ミュリエルはもっと僕に執着してくれると思ったんだ。でも、ミュリエルがラグランジュで上手くやっていると聞いて、不安になった。……ミュリエルが孤立すれば、また僕を頼ってくれると思った。冷たい態度を取る僕に必死に縋ってくる姿を見て愛おしくなった」
「最低だね」
「もっと僕だけを見てほしかった。嫉妬して欲しかった。婚約解消を持ち出せば、もっと従順になってくれると思ったんだ。……あんな風になるなんて思っていなかった。あれから、どんなに話しかけても、触れても全く反応してくれなくなった」
リュカは心底軽蔑した表情を浮かべた。
「兄さんが彼女の心を壊したんだ。……さっきこの部屋に入ってきて、ミュリエルに縋り付いて泣く兄さんと、それに全く気づいていないミュリエルを見て、僕は本当に胸が苦しくなったよ。……兄さんが無理やり書かせた婚約解消届は、既にブランシャールに届けてある。全ての事情を知ったブランシャール伯は、然るべき判断を下すだろう。ああ、勿論うちの両親にも全て知らせてある。随分怒っていたみたいだよ」
ぎり、と歯噛みしたレナルドを見て、リュカはなぜか笑みを浮かべた。
ミュリエルには見せない、冷たい笑みだった。
「ミュリエルを苦しめた兄さんは許せないが、感謝している面もあるんだ。ブランシャールとラグランジュの婚姻は王命だ。兄さんが問題を起こしてくれたおかげで、ミュリエルと結婚するのは僕になるだろう。――幼い頃に諦めた初恋を成就させてくれて有難う、兄さん」
◆◆◆
レナルドと婚約解消が成立した二年後、ミュリエルはリュカと結婚し、ミュリエル・ラグランジュとなった。
ブランシャール家の娘の悪意ある噂を広め、周りを混乱させたとしてレナルドはラグランジュ家後継者の座を降ろされ、辺境の遠縁である男爵家に養子に出された。
彼の愛人であったアルエットはレナルドについて行こうとしたが、レナルド自身に激しく拒否された。
屋敷の前で口汚く罵り合う様が噂となり、アルエットは嫁ぐ先を見つけるのに苦労することになった。
婚約解消以降、ミュリエルは時折誰かを恋しがるような表情で遠くを見つめる様になった。
そういう時、彼女が誰を想っているのか、リュカは勿論気づいたが、あえてそれに触れるようなことはしなかった。
何年でも、何十年でも、彼女の心が癒えるのを待つつもりだった。
やがて時間の経過とともにミュリエルがそういった様子を見せることは減り、長男が産まれる頃にはその癖は無くなった。
ミュリエルとリュカは穏やかに愛し合うようになっていた。
そして、彼女の世界にレナルドが現れることは、二度と無かった。
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