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第3話 嫉妬(冬真)
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親友の叶芽にはたくさん友達がいる。
それは今に限った話ではないのだが、冬真はどうしようもなく妬いてしまうのだった。
自然体で愛らしいだけでなく、誰に対しても楽しそうに接する叶芽に吸い寄せられる人間は少なくない。冬真がいない時は、誰かが必ず叶芽の傍にいた。隣にいるのが自分じゃない時の寂しさ。それが豪雪のように積もりに積もって、いつか雪崩を起こすのではないかと心配しているくらいだった。
だからといって今以上に距離を詰める勇気もなく。見ているだけで辛いからといって遠ざける潔さもなかった。
そして今日もまた、叶芽がサークルの先輩と談笑しているのを、黙って見つめていた。
冬真が担当教授に挨拶をした、たった数分でこれだ。油断も隙もあったものじゃない。
冬真が睨みつけるように視線を送っていると、叶芽でなく、一緒にいる相手がちらりと冬真に視線をやった。
「——おい叶芽、金沢が何か言いたそうにこっち見てるぞ」
食堂の自販機近くで叶芽と立ち話をしていたのは、平川易虎という四年生だった。鈍感な叶芽と違い、易虎は冬真の視線をしきりに気にしていた。
それもそのはず。冬真がいるのは、ひとつ向こう側のテーブルで、近くにいるにもかかわらず無言で二人を睨みつけているのだから。
俺以外と喋るな、とは言えないながらも、独占欲は剥き出しだった。
易虎は優しそうな見た目で、しかも人当たりの良い性格が人気の先輩なだけに、叶芽を取られないかと、そんな心配ばかりしていた。
だが叶芽は冬真のそんな気持ちなど知るはずもなく、振り返って笑顔を向ける。
その瞬間、冬真はだらしない顔になるもの、咳払いをして誤魔化した。
「——じゃ、冬真が暇そうなので、俺はそろそろ……」
叶芽がようやく会話を強制終了させると、易虎はやれやれといった感じで叶芽の頭をはたいた。
「今夜の飲み会には来いよ」
だが飲み会という言葉を聞いた瞬間、叶芽は目を泳がせた。
「……行けるようなら。たぶん無理ですけど」
しどろもどろ答える叶芽に、冬真の強い視線が注がれる。会話の内容よりも、易虎が叶芽の頭に触れたことが気になった。
すると、易虎は悪い顔をして、叶芽の頭をさらに叩いた。
「なんだよそれ、つきあい悪いな。前はちょくちょく参加してたくせに」
「俺の愚痴がそんなに聞きたいんですか?」
「あはは、根暗な叶芽はまだ健在なのか?」
豪快に笑う易虎だが、叶芽は冬真を気にするように、視線をちらちらと動かす。どうやら、冬真に聞かれたくない話をしているようだった。気になった冬真は前のめりになるが、周囲の声がうるさいせいか、叶芽の話している内容までは聞こえなかった。
そして叶芽は慌てたように易虎に告げる。
「うるっさいな、冬真の前ではその話しないでくださいね」
「はいはい、彼氏の前ではイイ子ぶりたいんだな。いつかはバレると思うけどな」
「——彼氏って何?」
とうとう我慢ができずに叶芽の傍にやってきた冬真を見て、易虎が盛大に噴き出す。易虎は腹を抱えてひとしきり笑ったあと、冬真の頭もポンポンと叩いた。
「お前のことだよ、金沢」
「え? 俺?」
「そうだ。どうせなら、金沢も来いよ」
「ちょっと、易虎先輩」
「なんの話?」
焦る叶芽を見て、冬真は前のめりで易虎に尋ねる。
すると、易虎は人の好い顔で笑った。
「実は、サークルの飲み会に叶芽を誘っていたんだ」
「叶芽と平川先輩のサークルって、駄菓子研究会だっけ?」
「違うよ、テニスサークル!」
「あはは、確かに駄菓子ばっかり食ってるよな、うちのサークル。金沢よく知ってるなぁ」
「女子から聞いたんだ」
まさか叶芽の情報を引き出すためにテニスサークルの女子に近づいたとは言えるはずもなく。冬真が視線を泳がせていると、易虎が話題を変えた。
「そういえば叶芽、お前最近やたら合コン開いてるんだろ? 女子から聞いたぞ。どうして俺を呼んでくれないんだ?」
「先輩には彼女がいるでしょう? 密告しますよ」
「叶芽は厳しいな」
「それで、叶芽は行くの? 飲み会」
冬真が話を戻すと、叶芽は慌てたようにかぶりを振る。
「いや、行かないよ。俺が酒に弱いのは知ってるだろ?」
「じゃ、酒呑まなきゃいいじゃん」
易虎が提案すると、叶芽は目を瞬かせる。悪い笑みを浮かべているところを見ると、易虎が呑ませないわけがなく。冬真がフォローするか迷っていると、そのうち易虎は、冬真にも話を振った。
「で、金沢はどうする? 気さくな集まりだし、良かったら来ないか?」
「叶芽が行くなら」
即答だった。正直、叶芽が飲み会をキャンセルする理由が知りたくもあり、絶好の機会だと思った。
すると、乗り気の冬真を見て、易虎はさっそくスマホを操作し始める。
「じゃあ、二人分の料理追加するよう、言っとくわ」
「ちょっと易虎先輩!」
青ざめる叶芽を見て、易虎は大袈裟にため息を吐く。さすがにサークルの集まりを全てキャンセルする叶芽に、何か思うところがあったのだろう。少し尖った口調でまくしたてる。
「たまにはいいだろ? お前、あんまり付き合い悪いとみんな離れてくぞ? それじゃあな。俺はあと二コマ残ってるから、行くわ」
食堂から出て行く易虎を見送りながら、叶芽は諦めたように深いため息を落とした。
「もう、易虎先輩はいつもマイペースなんだから」
「叶芽と平川先輩って、仲いいね」
「ああ、一時期、シェアハウスで一緒に住んだことがあったから」
「え……それ初耳なんだけど」
易虎と同居していた事実に愕然とする冬真だが、叶芽はまるで黒歴史とでも言うように苦笑していた。
「あんまりいい思い出はないけどね。ていうか、言わなかったっけ?」
「ああ、聞いてない。でも今は違うんだ?」
「そうだよ。先輩には色々と甘えすぎてたから、自立したんだよ」
「……へぇ」
甘えすぎてと聞いて、妙な妄想に走りそうになった冬真は、軽く頭を振って切り替える。
「それで、叶芽はサークルの飲み会に行くの?」
「易虎先輩は有言実行の人だから、行くしかないだろうね。冬真はどうする?」
「叶芽が行くなら……俺も行く」
「そっか。じゃあ、飯だけ食って帰る感じかな」
ようやく腹を括った叶芽に、冬真は密かにガッツポーズをしていた。
***
やや空が暗くなった頃。
易虎の誘いに便乗した冬真は、叶芽とともにテニスサークルの飲み会に参加したのだが。
「すごい、今日は冬真君がいる」
「え? マジ? 私化粧直しに行ってくる!」
「ちょっと易虎、先に教えておいてよ!」
貸し切りにした小洒落たバーでは、例に洩れず女性陣が色めき立っていた。さすが大学の花と呼ばれるだけあって、すでに冬真の争奪戦が繰り広げられている。
気楽な立食スタイルだが、冬真に近づこうとして争う女子たちに、隣の叶芽が驚いた顔をしていた。
「さすが冬真……人気者は違うね。俺が久しぶりに参加しても、気づく人がいないよ」
少し寂しそうな叶芽に、易虎が苦笑する。
「そういじけるなって。みんな叶芽が来て喜んでる……はず」
「易虎先輩、フォローするなら断言してくださいよ」
「あはは」
易虎が叶芽の頭をくしゃりと手でかき混ぜるのを見て、冬真の顔が険しくなる。
二人のスキンシップは何度見ても慣れることができず、胸がジリジリと焦げ付く感じがした。
「冬真くん、顔が怖いよ~! どうしたの?」
傍にいた女子の一人が、冬真の険しい顔を見て驚く。
冬真は慌てて笑顔を作るもの、繕いきれるものでもなかった。
「……なんでもない」
「ほら、このチキン食べなよ。衣がサクサクで美味しいよ」
別の女子に揚げたての骨つきチキンを手渡された冬真は、半ばやけになってそれを口に放り込む。ついでに添えてあったビールを飲み干すと、座った目で叶芽を睨みつけた。
だが叶芽は向かいの易虎と談笑をしていて、隣にいる冬真の視線に気づく様子はなかった。
そんな風に冬真がやさぐれる中、気持ちとは裏腹に、群がるサークルの女子たち。
我先にと押し合いへし合いをしながら、前に出た女子が冬真にメニューを差し出した。
「冬真くん、何か飲む?」
「……強めの酒がいい」
冬真がつぶやくと、女子たちは競うようにして店員を呼んだ。その様子があまりに激しくて、叶芽がぎょっとした顔で冬真のほうを見る。
「冬真って、人気あるとは思ってたけど……こんなにすごいんだ?」
「叶芽君も何か飲む?」
「俺は梅ソーダでお願いします」
「そろそろお時間ですので」
叶芽の注文がラストオーダーになったところで、サークルのメンバーたちは帰り支度を始めた。
といっても、居酒屋をはしごするつもりなのだろう。皆、冬真の傍から離れようとしなかった。
叶芽と喋るタイミングもなく憂鬱な顔をする冬真だったが、そんな中、叶芽の様子がおかしいことに気づいた。
「どうしたんだ? 叶芽……顔が赤い」
「へ? そお? なんかふわふわする」
冬真は叶芽の持つグラスに口をつける。すると、強烈な甘さのあとからアルコールの香りが漂った。
「叶芽、これ……酒だよ」
「え? ジュースじゃないの?」
きょとんと目を丸くする叶芽を見て、女子たちがハッとした顔をする。
「店員さん、オーダーを間違えたのかも」
「大変……叶芽くんはお酒が入ると……」
酒が入ってぼんやりしている叶芽を見て、サークルのメンバーたちが騒ぎ始めた。
あれだけ冬真の傍から離れようとしなかった女子たちが、別席に移動するのを見て、普通じゃない空気を感じ取る。
しかも女子たちは叶芽を遠巻きに見ながらヒソヒソと何かを相談し合った後、冬真に軽く挨拶をして他店に移動して行った。一部の女子は名残惜しそうに冬真のことを見ていたが、それでも諦めた様子で去ってゆく。
只事ではない状況に、さすがの冬真も驚いた顔をして、易虎に尋ねる。
だが、易虎もどこか落ち着かない様子で、外ばかり見ていた。
「あの、平川先輩、どうしたんですか……?」
「呼んでおいてすまないな。あとは君に叶芽は任せたから」
最後に易虎まで立ち去るのを見て、冬真が呆然としていると。
突然、冬真の腕を叶芽ががっちりと掴んだ。
「とうま、にけんめいくよ!」
先ほどまで易虎ばかり見ていた叶芽が、いつの間にか冬真をじっと見つめていた。
そして目が合うなり、今までに見たことのない笑顔を見せる叶芽を見て、冬真は迷わず頷いていた。
それは今に限った話ではないのだが、冬真はどうしようもなく妬いてしまうのだった。
自然体で愛らしいだけでなく、誰に対しても楽しそうに接する叶芽に吸い寄せられる人間は少なくない。冬真がいない時は、誰かが必ず叶芽の傍にいた。隣にいるのが自分じゃない時の寂しさ。それが豪雪のように積もりに積もって、いつか雪崩を起こすのではないかと心配しているくらいだった。
だからといって今以上に距離を詰める勇気もなく。見ているだけで辛いからといって遠ざける潔さもなかった。
そして今日もまた、叶芽がサークルの先輩と談笑しているのを、黙って見つめていた。
冬真が担当教授に挨拶をした、たった数分でこれだ。油断も隙もあったものじゃない。
冬真が睨みつけるように視線を送っていると、叶芽でなく、一緒にいる相手がちらりと冬真に視線をやった。
「——おい叶芽、金沢が何か言いたそうにこっち見てるぞ」
食堂の自販機近くで叶芽と立ち話をしていたのは、平川易虎という四年生だった。鈍感な叶芽と違い、易虎は冬真の視線をしきりに気にしていた。
それもそのはず。冬真がいるのは、ひとつ向こう側のテーブルで、近くにいるにもかかわらず無言で二人を睨みつけているのだから。
俺以外と喋るな、とは言えないながらも、独占欲は剥き出しだった。
易虎は優しそうな見た目で、しかも人当たりの良い性格が人気の先輩なだけに、叶芽を取られないかと、そんな心配ばかりしていた。
だが叶芽は冬真のそんな気持ちなど知るはずもなく、振り返って笑顔を向ける。
その瞬間、冬真はだらしない顔になるもの、咳払いをして誤魔化した。
「——じゃ、冬真が暇そうなので、俺はそろそろ……」
叶芽がようやく会話を強制終了させると、易虎はやれやれといった感じで叶芽の頭をはたいた。
「今夜の飲み会には来いよ」
だが飲み会という言葉を聞いた瞬間、叶芽は目を泳がせた。
「……行けるようなら。たぶん無理ですけど」
しどろもどろ答える叶芽に、冬真の強い視線が注がれる。会話の内容よりも、易虎が叶芽の頭に触れたことが気になった。
すると、易虎は悪い顔をして、叶芽の頭をさらに叩いた。
「なんだよそれ、つきあい悪いな。前はちょくちょく参加してたくせに」
「俺の愚痴がそんなに聞きたいんですか?」
「あはは、根暗な叶芽はまだ健在なのか?」
豪快に笑う易虎だが、叶芽は冬真を気にするように、視線をちらちらと動かす。どうやら、冬真に聞かれたくない話をしているようだった。気になった冬真は前のめりになるが、周囲の声がうるさいせいか、叶芽の話している内容までは聞こえなかった。
そして叶芽は慌てたように易虎に告げる。
「うるっさいな、冬真の前ではその話しないでくださいね」
「はいはい、彼氏の前ではイイ子ぶりたいんだな。いつかはバレると思うけどな」
「——彼氏って何?」
とうとう我慢ができずに叶芽の傍にやってきた冬真を見て、易虎が盛大に噴き出す。易虎は腹を抱えてひとしきり笑ったあと、冬真の頭もポンポンと叩いた。
「お前のことだよ、金沢」
「え? 俺?」
「そうだ。どうせなら、金沢も来いよ」
「ちょっと、易虎先輩」
「なんの話?」
焦る叶芽を見て、冬真は前のめりで易虎に尋ねる。
すると、易虎は人の好い顔で笑った。
「実は、サークルの飲み会に叶芽を誘っていたんだ」
「叶芽と平川先輩のサークルって、駄菓子研究会だっけ?」
「違うよ、テニスサークル!」
「あはは、確かに駄菓子ばっかり食ってるよな、うちのサークル。金沢よく知ってるなぁ」
「女子から聞いたんだ」
まさか叶芽の情報を引き出すためにテニスサークルの女子に近づいたとは言えるはずもなく。冬真が視線を泳がせていると、易虎が話題を変えた。
「そういえば叶芽、お前最近やたら合コン開いてるんだろ? 女子から聞いたぞ。どうして俺を呼んでくれないんだ?」
「先輩には彼女がいるでしょう? 密告しますよ」
「叶芽は厳しいな」
「それで、叶芽は行くの? 飲み会」
冬真が話を戻すと、叶芽は慌てたようにかぶりを振る。
「いや、行かないよ。俺が酒に弱いのは知ってるだろ?」
「じゃ、酒呑まなきゃいいじゃん」
易虎が提案すると、叶芽は目を瞬かせる。悪い笑みを浮かべているところを見ると、易虎が呑ませないわけがなく。冬真がフォローするか迷っていると、そのうち易虎は、冬真にも話を振った。
「で、金沢はどうする? 気さくな集まりだし、良かったら来ないか?」
「叶芽が行くなら」
即答だった。正直、叶芽が飲み会をキャンセルする理由が知りたくもあり、絶好の機会だと思った。
すると、乗り気の冬真を見て、易虎はさっそくスマホを操作し始める。
「じゃあ、二人分の料理追加するよう、言っとくわ」
「ちょっと易虎先輩!」
青ざめる叶芽を見て、易虎は大袈裟にため息を吐く。さすがにサークルの集まりを全てキャンセルする叶芽に、何か思うところがあったのだろう。少し尖った口調でまくしたてる。
「たまにはいいだろ? お前、あんまり付き合い悪いとみんな離れてくぞ? それじゃあな。俺はあと二コマ残ってるから、行くわ」
食堂から出て行く易虎を見送りながら、叶芽は諦めたように深いため息を落とした。
「もう、易虎先輩はいつもマイペースなんだから」
「叶芽と平川先輩って、仲いいね」
「ああ、一時期、シェアハウスで一緒に住んだことがあったから」
「え……それ初耳なんだけど」
易虎と同居していた事実に愕然とする冬真だが、叶芽はまるで黒歴史とでも言うように苦笑していた。
「あんまりいい思い出はないけどね。ていうか、言わなかったっけ?」
「ああ、聞いてない。でも今は違うんだ?」
「そうだよ。先輩には色々と甘えすぎてたから、自立したんだよ」
「……へぇ」
甘えすぎてと聞いて、妙な妄想に走りそうになった冬真は、軽く頭を振って切り替える。
「それで、叶芽はサークルの飲み会に行くの?」
「易虎先輩は有言実行の人だから、行くしかないだろうね。冬真はどうする?」
「叶芽が行くなら……俺も行く」
「そっか。じゃあ、飯だけ食って帰る感じかな」
ようやく腹を括った叶芽に、冬真は密かにガッツポーズをしていた。
***
やや空が暗くなった頃。
易虎の誘いに便乗した冬真は、叶芽とともにテニスサークルの飲み会に参加したのだが。
「すごい、今日は冬真君がいる」
「え? マジ? 私化粧直しに行ってくる!」
「ちょっと易虎、先に教えておいてよ!」
貸し切りにした小洒落たバーでは、例に洩れず女性陣が色めき立っていた。さすが大学の花と呼ばれるだけあって、すでに冬真の争奪戦が繰り広げられている。
気楽な立食スタイルだが、冬真に近づこうとして争う女子たちに、隣の叶芽が驚いた顔をしていた。
「さすが冬真……人気者は違うね。俺が久しぶりに参加しても、気づく人がいないよ」
少し寂しそうな叶芽に、易虎が苦笑する。
「そういじけるなって。みんな叶芽が来て喜んでる……はず」
「易虎先輩、フォローするなら断言してくださいよ」
「あはは」
易虎が叶芽の頭をくしゃりと手でかき混ぜるのを見て、冬真の顔が険しくなる。
二人のスキンシップは何度見ても慣れることができず、胸がジリジリと焦げ付く感じがした。
「冬真くん、顔が怖いよ~! どうしたの?」
傍にいた女子の一人が、冬真の険しい顔を見て驚く。
冬真は慌てて笑顔を作るもの、繕いきれるものでもなかった。
「……なんでもない」
「ほら、このチキン食べなよ。衣がサクサクで美味しいよ」
別の女子に揚げたての骨つきチキンを手渡された冬真は、半ばやけになってそれを口に放り込む。ついでに添えてあったビールを飲み干すと、座った目で叶芽を睨みつけた。
だが叶芽は向かいの易虎と談笑をしていて、隣にいる冬真の視線に気づく様子はなかった。
そんな風に冬真がやさぐれる中、気持ちとは裏腹に、群がるサークルの女子たち。
我先にと押し合いへし合いをしながら、前に出た女子が冬真にメニューを差し出した。
「冬真くん、何か飲む?」
「……強めの酒がいい」
冬真がつぶやくと、女子たちは競うようにして店員を呼んだ。その様子があまりに激しくて、叶芽がぎょっとした顔で冬真のほうを見る。
「冬真って、人気あるとは思ってたけど……こんなにすごいんだ?」
「叶芽君も何か飲む?」
「俺は梅ソーダでお願いします」
「そろそろお時間ですので」
叶芽の注文がラストオーダーになったところで、サークルのメンバーたちは帰り支度を始めた。
といっても、居酒屋をはしごするつもりなのだろう。皆、冬真の傍から離れようとしなかった。
叶芽と喋るタイミングもなく憂鬱な顔をする冬真だったが、そんな中、叶芽の様子がおかしいことに気づいた。
「どうしたんだ? 叶芽……顔が赤い」
「へ? そお? なんかふわふわする」
冬真は叶芽の持つグラスに口をつける。すると、強烈な甘さのあとからアルコールの香りが漂った。
「叶芽、これ……酒だよ」
「え? ジュースじゃないの?」
きょとんと目を丸くする叶芽を見て、女子たちがハッとした顔をする。
「店員さん、オーダーを間違えたのかも」
「大変……叶芽くんはお酒が入ると……」
酒が入ってぼんやりしている叶芽を見て、サークルのメンバーたちが騒ぎ始めた。
あれだけ冬真の傍から離れようとしなかった女子たちが、別席に移動するのを見て、普通じゃない空気を感じ取る。
しかも女子たちは叶芽を遠巻きに見ながらヒソヒソと何かを相談し合った後、冬真に軽く挨拶をして他店に移動して行った。一部の女子は名残惜しそうに冬真のことを見ていたが、それでも諦めた様子で去ってゆく。
只事ではない状況に、さすがの冬真も驚いた顔をして、易虎に尋ねる。
だが、易虎もどこか落ち着かない様子で、外ばかり見ていた。
「あの、平川先輩、どうしたんですか……?」
「呼んでおいてすまないな。あとは君に叶芽は任せたから」
最後に易虎まで立ち去るのを見て、冬真が呆然としていると。
突然、冬真の腕を叶芽ががっちりと掴んだ。
「とうま、にけんめいくよ!」
先ほどまで易虎ばかり見ていた叶芽が、いつの間にか冬真をじっと見つめていた。
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