ヤバい奴に好かれてます。

たいら

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 歩きながらアルバイト用のIDを警備員のいる入り口でかざした。そしてスーツを着た人たちとエレベーターに乗った。二十階まである、まだできたばかりの新しいビルの三階から五階を占めている業務用家具メーカーの本社が、俺の職場だ。
 三階でエレベーターを降り、またIDをかざしてドアを開け、会社の中に入った。そしてデスクで働く人を横目に歩き、メンテナンス部と書かれたドアを開けた。
 メンテナンス部と堂々と書かれてはいるが、中は掃除道具で囲まれた窓のない狭い空間だ。簡素なテーブルと椅子とロッカーの必要最低限の物の他に、片隅に観葉植物が一つ置かれている。
 作業着に着替えると、ロッカーの中に鞄を入れ、椅子に座った。 
「野坂くん、おはよう」
「おはようございます」
 少し遅れて入ってきた人物に挨拶をした。
 木村さんは、去年この会社を定年退職をしたあと再雇用された、このメンテナンス部唯一の社員だ。
 背が小さくて少し禿げてる気の良いおじいさんて感じのおじさん。優しいオーラが体中を覆っているのが見えるようだ。
 ブラックな会社や久保田がいるような職場で働いてきた俺には、いつも笑顔の木村さんは神様に見えた。これならたしかに、上司によるストレスはないかもしれない。
 久保田が俺の職場にあてがったのは、元々は老舗家具メーカーだったが最近はレンタル家具で業績をあげている会社、つまり俺が契約社員として元々働いていた営業所の本社だった。久保田も今はこっちにいる。
 久保田と同じ職場なんて絶対に嫌だと思っていたけど、以前いた営業所と違って広いし、部署も違うから偶然会うことはそうそうない、と久保田に説得されたのだ。
 メンテナンス部と言えば聞こえはいいが、つまり久保田が働く場所を掃除する仕事だった。
「じゃ、そろそろ始めよっか」
「はい」
 立ち上がり、モップを手に取った。
「あれ? ジョンソンがまだだな」
 木村さんがそう言うと、ちょうどいいタイミングで扉が開いた。現れたのはアメリカ人のジョンソンだった。
 ひょろりと高い背に浅黒い肌をしていて、のんびりとした性格の留学生だ。留学生のくせになぜか毎日バイトに入っている。
 ジョンソンはまだフードの付いた私服のジャンパーを着ていた。
「ジョンソンまた遅刻か? 早く着替えなさい」
「ごめんよ」
 ジョンソンは低い声で一言謝るとロッカーへ向かった。
「今日はまず四階の会議室を先に掃除してくれと言われてるから」
「はい」
 木村さんと掃除道具を乗せたカートを押しながら、メンテナンス部を出た。三階から四階へ行くためにエレベーターを待っていると、着替えたジョンソンもやってきた。
「ごめんよごめんよー」
 三人でエレベーターに乗ると、エレベーターは四階についた。四階は久保田のいる営業部がある場所だ。
 久保田は俺が営業所で契約社員を辞めたあと、本社へ異動になり、営業統括部の部長になった。つまり出世したのだ。
 そう。あいつは俺が転職した会社を倒産させたり、バイト先を破滅させている間にのうのうと着実に出世していたのだ!
「くそっ! あいついつか殺してやる!」
 突然営業部のドアが開き、出てきた男が壁を殴った。その男は大股で通路に掃除機をかけていた俺の横を通り過ぎ、エレベーターに乗って、どこかへ行ってしまった。
「…………」
 俺は気付かなかったふりをして仕事を続けた。
「何なのよ! あの悪魔! 絶対殺してやる!」
 また営業部から出てきた女が髪を振り乱しながら叫び、階段を駆け下りて行った。
「またくぼたかな?」
「…………」
 逆の端から掃除機をかけていたはずのジョンソンが、いつの間にか真後ろに来ていた。
 四階を掃除していると、必ずと言っていいほど久保田の悪口や罵倒する声を聞く。部署問わず、この会社では大抵の人間が久保田の悪口を言っているのだ。大抵の人間に嫌われているのにも驚きだし、老若男女関係なく嫌われているのにも驚きだ。ある意味公平な男なのだ。久保田ってやつは。
「くぼたってなにもの?」
 ジョンソンがさらに聞いてくる。
「…………」
 久保田とは、悪魔でありAIであり、サイボーグであり、見た目はマネキンであり、なぜか俺の恋人でもある。
 しかし久保田という人間が罵倒されるのは当然だとは思うが、恋人が罵倒されていると思うと複雑な気分になる。
 今日も淡いブルーの絨毯の埃を取りながら、胸が痛くなるのを感じた。これはなんなんだ? こんな感情を久保田に持つなんてどうかしてるだろ。
 もちろん、ジョンソンにそんな説明はできない。
「……知らない。久保田のことなんてなんにも知らない」
 俺はそう答えて掃除に没頭しているフリをした。
 実際、何も知らないんだ。
 あいつのことなんか。一方的に好かれて、一方的に調べ上げられて、強引な手順で付き合う羽目になったけれど、俺はあいつのことを何にも知らない。 
 どうして大して魅力のない俺なのかも分からない。
 こんな俺の人生を破滅させてあいつは喜んでいる。
 あいつの頭はいかれてるんだ。きっと脳みそが生まれた時から病んでいるに違いない。そんな奴に二十四時間愛され続けているんだ。
「お、それ彼女が作ってくれたの? いいね~」
 午前の仕事を終え、メンテナンス部での昼食中、俺の弁当を見た木村さんが言った。
「僕なんか愛妻弁当なんて何年も食べてないよ~」
「へへっ」
 思わず照れたように笑ってしまったが、しかし作ったのはもちろん彼女じゃない。鋼の心と鉄の体を持ったサイボーグだ。
 今日の弁当のおかずはオムライスと骨付きチキンの唐揚げと、久保田が育てたブロッコリーとツナのサラダだった。オムライスには海苔とハムとケチャップで顔が描かれているし、唐揚げの骨の部分にはリボンがついている。
 俺は園児か?
 しかし見た目はどうであれ、味は間違いなく美味しかった。冷めてもこんなに美味しいオムライスと唐揚げを作れるのだから、久保田の料理の腕前は恐ろしく上がっている。地球上で作れない料理はもうないかもしれない。
 あいつの手料理を毎日三食食べ続けている俺の舌は、味覚が作り変えられてしまったのか、どんな高級店の料理よりも久保田の料理の方が美味しいと感じるようになってしまっていた。もしかしたら俺の体も一歩一歩サイボーグに近づいているのかもしれない。
 あんなに久保田の金で高級料理を堪能しまくっていたころが懐かしい。あのころの俺に教えてやりたい。もう地獄は始まってるんだぞって。地獄の沼に片足突っ込んでるんだぞって。
「あいさいべんとうってなに?」
 コンビニのおにぎりを食べているジョンソンに聞かれた。
「彼女や奥さんが作ってくれる弁当のことだよ」
 同じくコンビニのパンを食べている木村さんが答えた。
「おとこがつくったらあいさいべんとうにならないの?」
「…………」
「いや、男でも恋人なら愛妻弁当だよ」
 木村さんが答えた。
「ほんと? なんで?」
「愛があれば愛妻弁当だよ」
「ふーん?」
 ジョンソンが首を傾げながら頷いた。
 俺には久保田の愛は重すぎる。
 たまには冷凍食品で済ましてほしいし、俺のために畑で野菜を育てないでほしいし、風邪なんかで徹夜で看病しないでほしいし、俺のために夜なべしてマフラーを編んだりしないでほしい。
 あいつの愛は俺には重すぎるんだ!
「午後は四階のトイレから始めるから」
 木村さんがコンビニで買ったコロッケを食べながら言った。
「……はい」
 俺は鉛のように重い、久保田が俺だけのために汗を流して育てたブロッコリーを口に入れながら返事をした。
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