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「やめろって! はなせっ!」
今日の久保田はいつになく手荒くて、手首に痣ができてしまいそうだった。久保田が力を緩めるわけがないと分かっていても抵抗した。
こんな時でも感情が見えない久保田の顔は恐ろしい。どうしたってこいつには俺の抵抗や怒りが通じないんだ。
「あの会社はなんだったんだよ!」
俺は何のために掃除してたんだよ!
「あそこはこれからうちの会社の新規事業部が入る予定なんです。それを先に使わせてもらっていただけです」
「なんで一介の会社員がそこまでできるんだよっ⁉」
「それは秘密です」
相変わらずこいつは俺の知らないところで暗躍してやがる。こいつの謎はいつか必ず解き明かしてみせる!
「じゃああそこで働いてた人たちは⁉」
「あれは僕が雇ったエキストラです」
「エキストラたちに自分の悪口を言わせてたのかっ⁉」
「楽しんでもらえましたか?」
なにこいつっ⁉ なんなのっ⁉ なんでそこまですんのっ⁉
盛大に暴れてみたが、久保田はビクともしない。腕がマットレスとくっつきそうだ。
「き、木村さんは?」
「彼はあなたがいる限りはあそこで働き続けられます。そういう契約ですから」
「…………」
「あともう一人のあなたに風邪を引かせ、怪我をさせた奴は海に沈めようと思ってます」
「ジョンソンをっ⁉」
海の藻屑にっ⁉
「それもあなたしだいですけど」
「…………」
まただ。またこいつは俺に選択肢があるようなフリをする。本当はないくせに。俺はただしっかり呼吸ができるくらいの自由が欲しいだけなのに。
そんな小さなことなのに。
「野坂さん」
どうして分かってくれないんだ。
「早く諦めてください」
「嫌だっ!」
腹の上に乗られながら、足をバタつかせた。
この異常者、ストーカー、執着心の強すぎる変態がっ!
「僕はあなたのためならなんだってするんですから、あなたがもっと我儘になればいいんです」
「お前のそういうのが嫌だって言ってんだよ! 重いんだよ!」
どうせ俺の我儘につけ込みたいだけのくせに!
「でももうあなたには僕しかいないじゃないですか」
「全部お前のせいでなっ!」
一週間ぶりの久保田はやっぱり何も変わっていなかった。悪魔でマネキンみたいでAIみたいな男。俺を思い通りにすることばかり考えている男だ。
「野坂さん」
眼鏡越しで睨み合った久保田は、血が通ってなさそうに見える。でもすり寄るように抱きしめられると熱くて窒息しそうになった。
こいつの体が本当はどこもかしこも熱いことを俺はよく知っているんだ。
「……はなせよっ!」
「僕も初めて会った時からあなたしかいないんです」
「…………」
「だから早く諦めてください」
「…………」
「これ以上僕から離れないでください」
……耳元から伝わる囁き声が最高にウザい。
あまりにも息苦しい。
最悪。
こんな奴に好かれたら大変だ。
俺はただ平穏に生きたいだけなのに。安心できる場所でのんびりとしたいのに。
なのになんでこんな奴に捕まっちゃったんだ。俺の人生めちゃくちゃじゃないか。こいつは俺からすべてを奪っても平然としている。俺がどこにも行けないようにとがんじがらめに縛り上げてくる。
そんなの逃げたいと思うのが普通だろ。
でも逃げ出そうにも、どうやって逃げ出せばいいか分からない。何があっても逃してはくれないんだ。
結局、こいつに見つかる前に逃げるしかなかったのか?
「野坂さん」
カーテンは床に落ち、破れた布団は羽根とともに散らばっている。
「…………」
久保田の鼻に齧り付いてやると、その瞬間、久保田の力が緩んだ。その拍子に久保田を押し倒し、立場が逆転したみたいに久保田の上に乗った。
こんなことをするから、こいつが調子にのるんだ。分かっているのに。
おかしいだろこんなの。こんな奴とこんなことするなんて。分かってはいるのに。
眉間に皺を寄せている久保田と、指を絡めて手を握り合い、何度も唇を合わせる。久保田の舌を誘うように動かす。
「…………」
こんな奴にこんなことしたら最後なのに。
「……野坂さん」
悔しいけど、ずっと久保田のことが頭から離れなかった。離れれば離れるほど。今度は近づけば近づくほど離れられなくなる。
こんな奴なのに。
「……なんだよ」
見上げる久保田の眼鏡をはずして、また指を絡める。
「野坂さん」
「……だからなに?」
「好きです」
「…………」
こんなの何度も聞いて聞き飽きてる。でも久しぶりのキスは本当に離れ難くて、こんなことしちゃだめだと分かっているのに、久保田と何度も唇を合わせていた。
こうやってまんまとこいつの罠にハマっていくんだ。抜け出したくても抜け出せなくなっていくんだ。
でもこいつは本当はとっくに気がついてる。
洗脳されているわけでも操られているわけでもなく、俺が落ちていることに。
目を覚ますと、久保田に見下ろされていた。
「…………」
「起きました?」
起き上がると、部屋はすっかり片付けられ、カーテンはきちんとぶら下げられ、俺の体には毛布がかけられていた。
でも体中は痛いし、手首に痣はあるし、それ以外にも小さな痕がたくさん付いているのが見えた。
……俺は昨日プロレスでもやったのか?
「野坂さん。そろそろ引っ越しませんか?」
とっくに服を着て、身支度を整えている久保田が俺の横に座り、彫刻像のように、自分の足に頬杖をつきながら言った。
「え? どこに?」
「どこでもいいですよ」
「……どこでもって仕事は」
そこまで言って思い出した。
また仕事探さなきゃ。今度こそ久保田の魔の手にかからない仕事を。……俺にできるのか?
自信がない。
でもやるしかない。
逃げ道は自分で探さなきゃ。じゃなきゃこいつとは付き合えない。
「僕はそろそろ会社員というものに飽きてしまいました。そもそもここまで長くやる予定ではなかったんです。だから小さな営業所に異動したのに、あなたに出会ってしまったんです」
「…………」
「あなたが良いと言うのなら会社を辞めようと思います」
助けを求めたって誰も助けてはくれないんだ。俺の前には神や仏や、ましてやUFOや宇宙人なんて現れやしない。
「そしてあなたと四六時中一緒にいようと思うのですが」
「…………」
「どうしますか?」
でも悪魔はいる。目の前に。
今日の久保田はいつになく手荒くて、手首に痣ができてしまいそうだった。久保田が力を緩めるわけがないと分かっていても抵抗した。
こんな時でも感情が見えない久保田の顔は恐ろしい。どうしたってこいつには俺の抵抗や怒りが通じないんだ。
「あの会社はなんだったんだよ!」
俺は何のために掃除してたんだよ!
「あそこはこれからうちの会社の新規事業部が入る予定なんです。それを先に使わせてもらっていただけです」
「なんで一介の会社員がそこまでできるんだよっ⁉」
「それは秘密です」
相変わらずこいつは俺の知らないところで暗躍してやがる。こいつの謎はいつか必ず解き明かしてみせる!
「じゃああそこで働いてた人たちは⁉」
「あれは僕が雇ったエキストラです」
「エキストラたちに自分の悪口を言わせてたのかっ⁉」
「楽しんでもらえましたか?」
なにこいつっ⁉ なんなのっ⁉ なんでそこまですんのっ⁉
盛大に暴れてみたが、久保田はビクともしない。腕がマットレスとくっつきそうだ。
「き、木村さんは?」
「彼はあなたがいる限りはあそこで働き続けられます。そういう契約ですから」
「…………」
「あともう一人のあなたに風邪を引かせ、怪我をさせた奴は海に沈めようと思ってます」
「ジョンソンをっ⁉」
海の藻屑にっ⁉
「それもあなたしだいですけど」
「…………」
まただ。またこいつは俺に選択肢があるようなフリをする。本当はないくせに。俺はただしっかり呼吸ができるくらいの自由が欲しいだけなのに。
そんな小さなことなのに。
「野坂さん」
どうして分かってくれないんだ。
「早く諦めてください」
「嫌だっ!」
腹の上に乗られながら、足をバタつかせた。
この異常者、ストーカー、執着心の強すぎる変態がっ!
「僕はあなたのためならなんだってするんですから、あなたがもっと我儘になればいいんです」
「お前のそういうのが嫌だって言ってんだよ! 重いんだよ!」
どうせ俺の我儘につけ込みたいだけのくせに!
「でももうあなたには僕しかいないじゃないですか」
「全部お前のせいでなっ!」
一週間ぶりの久保田はやっぱり何も変わっていなかった。悪魔でマネキンみたいでAIみたいな男。俺を思い通りにすることばかり考えている男だ。
「野坂さん」
眼鏡越しで睨み合った久保田は、血が通ってなさそうに見える。でもすり寄るように抱きしめられると熱くて窒息しそうになった。
こいつの体が本当はどこもかしこも熱いことを俺はよく知っているんだ。
「……はなせよっ!」
「僕も初めて会った時からあなたしかいないんです」
「…………」
「だから早く諦めてください」
「…………」
「これ以上僕から離れないでください」
……耳元から伝わる囁き声が最高にウザい。
あまりにも息苦しい。
最悪。
こんな奴に好かれたら大変だ。
俺はただ平穏に生きたいだけなのに。安心できる場所でのんびりとしたいのに。
なのになんでこんな奴に捕まっちゃったんだ。俺の人生めちゃくちゃじゃないか。こいつは俺からすべてを奪っても平然としている。俺がどこにも行けないようにとがんじがらめに縛り上げてくる。
そんなの逃げたいと思うのが普通だろ。
でも逃げ出そうにも、どうやって逃げ出せばいいか分からない。何があっても逃してはくれないんだ。
結局、こいつに見つかる前に逃げるしかなかったのか?
「野坂さん」
カーテンは床に落ち、破れた布団は羽根とともに散らばっている。
「…………」
久保田の鼻に齧り付いてやると、その瞬間、久保田の力が緩んだ。その拍子に久保田を押し倒し、立場が逆転したみたいに久保田の上に乗った。
こんなことをするから、こいつが調子にのるんだ。分かっているのに。
おかしいだろこんなの。こんな奴とこんなことするなんて。分かってはいるのに。
眉間に皺を寄せている久保田と、指を絡めて手を握り合い、何度も唇を合わせる。久保田の舌を誘うように動かす。
「…………」
こんな奴にこんなことしたら最後なのに。
「……野坂さん」
悔しいけど、ずっと久保田のことが頭から離れなかった。離れれば離れるほど。今度は近づけば近づくほど離れられなくなる。
こんな奴なのに。
「……なんだよ」
見上げる久保田の眼鏡をはずして、また指を絡める。
「野坂さん」
「……だからなに?」
「好きです」
「…………」
こんなの何度も聞いて聞き飽きてる。でも久しぶりのキスは本当に離れ難くて、こんなことしちゃだめだと分かっているのに、久保田と何度も唇を合わせていた。
こうやってまんまとこいつの罠にハマっていくんだ。抜け出したくても抜け出せなくなっていくんだ。
でもこいつは本当はとっくに気がついてる。
洗脳されているわけでも操られているわけでもなく、俺が落ちていることに。
目を覚ますと、久保田に見下ろされていた。
「…………」
「起きました?」
起き上がると、部屋はすっかり片付けられ、カーテンはきちんとぶら下げられ、俺の体には毛布がかけられていた。
でも体中は痛いし、手首に痣はあるし、それ以外にも小さな痕がたくさん付いているのが見えた。
……俺は昨日プロレスでもやったのか?
「野坂さん。そろそろ引っ越しませんか?」
とっくに服を着て、身支度を整えている久保田が俺の横に座り、彫刻像のように、自分の足に頬杖をつきながら言った。
「え? どこに?」
「どこでもいいですよ」
「……どこでもって仕事は」
そこまで言って思い出した。
また仕事探さなきゃ。今度こそ久保田の魔の手にかからない仕事を。……俺にできるのか?
自信がない。
でもやるしかない。
逃げ道は自分で探さなきゃ。じゃなきゃこいつとは付き合えない。
「僕はそろそろ会社員というものに飽きてしまいました。そもそもここまで長くやる予定ではなかったんです。だから小さな営業所に異動したのに、あなたに出会ってしまったんです」
「…………」
「あなたが良いと言うのなら会社を辞めようと思います」
助けを求めたって誰も助けてはくれないんだ。俺の前には神や仏や、ましてやUFOや宇宙人なんて現れやしない。
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