転生令嬢シルヴィアはシナリオを知らない

潮海璃月

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第10話 脚本枠外

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 卒業パーティが散々な結果になってしまったため、仕切り直しイベント・ベルンハルト殿下送別会が宮殿で開かれた。隣国の王子様の留学最後の思い出がアレというのは申し訳ないというシリゼ王国国王の配慮である。

「ちょっとシルヴィア、一体どうなってるのよ!」

 アントワネットはまるで悪役令嬢のようにまなじりを吊り上げてやってきた。少し前にも似たようなセリフを聞いたけれど、アントワネットは同じセリフを繰り返すCPUなのだろうか。

「どうって、なにが?」
「どうして貴女がベル王子の秘密を知っていたの?」

 なるほど、やはりアントワネットのいう「初見殺し」は二人の入れ替わりのことだったか。

「知ってたっていうか、気付いたっていうか。色々ヒントが散りばめられていたから」
「嘘よ、気付くわけないわ。やっぱり貴女、『カルカル』をプレイしたことがあったのね?」

 ちなみに、アントワネットの破滅エンドは回避されたようだ。卒業パーティで襲ってきた魔物にブルークレール家が総力を挙げて対応したことが功を奏したらしい。それどころか、フレデリク殿下は「なぜあんな聡明なアントワネットとの婚約を破棄したのか」と陛下に責められているらしく、そしてアントワネットに復縁を迫っているらしく、しかしアントワネットは願い下げと突っぱねているらしい。

 なお、魔物撃退の最大の功労者は私なのだが。そしてもちろん、これ以上悪名が広まってはたまらないとその手柄はロード・ルトガーにお譲りしたのだが。

 そんなこんなで、今のアントワネットは婚約破棄されたが何も不名誉なことなどない身軽な独身令嬢、これこそまさに独身貴族である。

「だから、ないです。でもごめんなさい、黙ってたけど、私も転生者なの」
「そんなの見てれば分かるわよ。だって貴女、ぜーんぜん貴族令嬢っぽくないんだもの」

 まあ、そうなりますよね。非常識な場所では常識人も非常識人扱い、異世界の変人は高確率で地球人なのだろう。さすがに私が白藤だとまでは気付かれていないようだが。

「で? 嬉しい? まんまと私を出し抜いてベル王子の婚約者になって?」
「出し抜いたつもりはないんだけれど、しいて出し抜いたと言うのならそれは貴女のほうじゃないの、アントワネット」

 結局ベルンハルト殿下の婚約者にはなっていないのだが、言いたいことのほうが先に口から出てしまった。

「トゥルーエンド以外はバッドエンド、なんだっけ? トゥルーエンドの道筋、どうせ貴女は知ってて黙ってたんでしょう? ……例えば、二人を名前で呼ばないとか」

 その表情を見る限り、どうやら図星らしい。

 乙女ゲーのことは詳しく知らないけれど、トゥルーエンドのためには「名前」の入った会話を選択してはいけないなどの縛りがあるのだろう。ヒロインが“私は貴方たちが入れ替わっていることに気付いていますよ”と言外に伝えるため、そしてそうすることで二人の正体を暴くシーンに辿りつけるとか、きっとそんな仕様なのだ。しかも、本物のベルンハルト殿下と結婚するためには、一見攻略対象ではない“ロード・ルトガー”と仲良くしなければならない。

 確かに、それは非常に難易度が高い。現に私は全く気にせず“ベルンハルト殿下”と仲良くしていたし、ポンポン二人の名前を呼んでいた。プレイヤーだったらバッドエンドまっしぐらだったかもしれない。

 そしてアントワネットは、なんとも上手いことに、二人を合わせて呼んだことはあっても、個別に名前を呼んだことはなかった。そしてもちろん、仲良くしていたのは“ロード・ルトガー”ばかり。将を射んと欲すればなんとやらというヤツだと最初は思っていたが、二人の入れ替わりに気付いて納得した。まったく、よくやっていたものだ。

「もちろん、それをどうこう言うつもりはないんだけど。代わりに貴女から出し抜いただのなんだの言われる筋合いはないわ」
「何言ってるのよ、離宮のときだって、私の言うことに耳を貸さなかったくせに」
「離宮の件は『放っておいても死にやしない』だけどこっちはバッドエンド――『そのまま漫然と二人の名を呼んでいれば死ぬ』、真逆の結果でしょ。まあいいの、アントワネット。私は貴女とあれこれ話すつもりはないから」

 ともかく、アントワネットは無事にベルンハルト殿下本人の好感度を上げていたわけだし、私もアントワネットをお勧めしておいたし、これからアントワネットは結婚を申し込まれるはずだ。だからあまり騒がないでほしい。

「じゃあね、アントワネット。貴女がしてきた執拗しつような嫌がらせのことは黙っておいてあげるから、安心して」

 そんなことでフレデリク殿下みたいな婚約破棄になっちゃ堪んないしな。

 おためごかしを最後の挨拶にするつもりだったのだけれど、アントワネットは「そうやって調子に乗っていられるのも今のうちよ!」と嘲笑交じりの大声を投げてきた。

「貴女は二人を名前で呼んでいた。その分岐を選んでも正体を暴くシーンには辿りつけるのよ、でもね、トゥルーエンドじゃないってわけ! 王子と護衛の組み合わせに最初から違和感を覚えて慎重に言葉を選ぶ、それができない浅はかな令嬢はふさわしくないって送別会で婚約破棄されるのよ!」
「それもう慎重通り越してただの疑心暗鬼よ。名乗られた名前で呼んで何が悪いのって感じだし」
「大体貴女、自分の立場を分かっているの? 『ブランシャール家の奇娘』だなんて恥ずかしい異名までつけられているうえに、フレデリク殿下の婚約者争いに敗れてからろくに王子妃教育も受けてない」

 しかし自分は、そう言いたげにアントワネットは洋扇で自らを示す。

「王子妃教育がどれほど大変なものか知ってる? 貴女が好き勝手に魔法の研究なんてしてる間に、私がどれだけ厳しい日々に耐えてきたか!」
「知らないわよそんなの。ていうかアントワネット、よく考えて」

 言い聞かせたいがあまり、その双肩に手を載せてしまった。

「将来の王子妃としての、血の滲むような努力。それをしたのは、貴女じゃなくて旧アントワネットなのよ」

 学院入学時に突然アントワネットとなった水島さんは、他人のふんどしで相撲をとっているだけなのだ。

「何よ旧アントワネットって! 新しくても旧くても私は私よ!」

 難しいね、アイデンティティ。我思う故に我ありってね。

「じゃあフレデリク殿下の婚約者の座を争って私を崖から突き落として殺そうとしたことを謝ってよ」
「そんなの知らないわよ、そんな設定どこにも書いてないんだから!」

 うーむ、二秒で矛盾してしまった。期待はしていなかったし案の定ではあるのだが。

 アントワネットがもう一度口を開いた、そのとき、扉が開いて主役が登場する。どうやらここで秘密が暴露されるらしく、二人の立ち位置は従前と逆になっているし、二人を見た他の貴族達はどよめいた。

「改めまして、エクロール国から参り、これから帰国予定のベルンハルト・ホルテンシアと申します。我が身の安全のため、皆様を騙すような形になってしまったこと、心からお詫び申し上げます」

 前に出たのは、金髪碧眼の、まるで硝子細工のように美しい顔をした“ベルンハルト王子殿下”。参加している貴族達にいくつか挨拶を述べた後、彼は“ロード・ルトガー”を連れて私達のもとへやって来た。

「こんにちは、レディ・アントワネット、レディ・シルヴィア。お二人は既にご存知ですね」
「ええ、ベルンハルト殿下。こうしてご挨拶できて光栄ですわ」

 さっきまでの口論はどこへやら、アントワネットは気品あふれる笑みを浮かべて膝を折る。私も軽く頭を下げた。そんな私を見て、ベルンハルト殿下はちょっと残念そうに眉尻を下げた。

「……レディ・シルヴィア」
「はい。婚姻の件ですね」
「……そうです。非常に残念ですが、あちらの話はなかったことにいたしましょう」

 視界の隅で、アントワネットの目が嬉しそうに輝く。確かに、これだけ聞けば、ベルンハルト殿下側が婚約を再考したように聞こえるだろう。

「そして、レディ・アントワネット」
「はい!」
「早くから私の正体に気付く貴女の聡明さ、どんな状況でも狼狽えることなく立ち振る舞う勇敢さ……」

 うんぬんかんぬん、とベルンハルト殿下が連ねる口説き文句を途中から聞き流す。アントワネットがどんどん頬を染めていくのを見ていれば充分だった。

「私と結婚していただけますか、アントワネット・ブルークレール」
「……喜んで」

 突如として卒業パーティを襲った魔物、それにいち早く対応したブルークレール侯爵家のご令嬢、しかも『聖域指定』という回復能力持ち。そんな非の打ち所のないご令嬢と、軍事大国エクロール王国王子との結婚。

 おめでたいニュースに、ホール内にはわっと歓声が湧く。アントワネットは、拍手に包まれながらそっとベルンハルト殿下の手を取った。

「……シルヴィア」
「はいなんでしょう、ロード・ルトガー」
「……君はずっとよそよそしいな。正体も割れたんだ、“ルトガー”でいい」
「じゃあルトガー、なんでしょう?」
「……卒業パーティ時は俺もまだ殿下のフリをしてたけど、あのとき口にしたことに嘘はない。エクロール王国に来ることがあれば歓迎するし、なにかあれば俺達を頼ってくれ。力になる」
「ありがとうございます。ルトガーも、またシリゼ王国に来ることがあれば歓迎しますよ」
「……俺と一緒にエクロール王国に帰らないか」

 ぱちくりと隣のルトガーを見上げると、なんとあのクールなルトガーが頬を染めている。それなのに私に向き直って手を取るときた。

「……それは、そういう意味で?」
「……そういう意味だ。正真正銘、ルトガー・ジルバンから、シルヴィア・ブランシャールに結婚を申し込んでいる」

 アントワネットはベルンハルト殿下と踊っているし、他の貴族達も踊ったり彼らを祝福したりと忙しくて私達には目もくれない。

「どうだろう、シルヴィア。俺と結婚してくれないか」

 まるでアントワネットがダウンロード・コンテンツのヒロインになったかのように、ベルンハルト殿下との結婚エンドを迎え、華々しいダンスが繰り広げられる中、私とルトガーは、世界に二人きりになったように見つめ合った。

「……お友達からでいかがでしょう?」
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