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知り合いましょう 1
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なんだかんだ言って、一緒に映画見に行った日曜日。原口先輩は、頭が天井につきそうな小さな車であたしを拾って、シネコンでポップコーンとコーラを買った。
「アニメなんか見るの、久しぶり」
「世界に誇る日本の文化だぞ」
体は子供頭脳は大人! がキャッチフレーズのその映画は、確かに子供騙しじゃなく面白かったんだけど、いささかデート仕様じゃない。隣の席は身じろぎもせず、ど真剣に画面を見ている。あたしはどちらかと言えば単館映画が好きで、まさか男とこんなものを見るなんて思わなかった。っていうか、興味を知りもしない人間をこれに誘うって、どうなの。頭の中でぶつくさ言いながらも、エンドクレジットまで楽しんじゃった。
映画が終わって館内が明るくなり、立ち上がった拍子に腰がよろけた。あっと思ったら、大きい手があたしの肩を支えてた。
なんか、すごい安定感。この人、あたしが全力でぶつかっても、多分びくともしない。あたしの家族って全員小柄で、一番大きい父ですら、男の平均身長よりも10センチは低い。だから実は、体格の良い人には、基本的に弱いのだ。大きいってだけで、頼り甲斐がありそうに見えちゃう。それが人間性と比例しないんだって程度には、あたしも経験積んで来てるし、急に近づいてどうのなんて気にはならないんだけども。
「踊り子が、バランス崩しちゃいかんでしょ」
あたしの肩を支えたまま、熊は薄笑いした。
「何?」
「笑夢の美少女姉妹って、篠田だったろ?」
何年も前の新聞の地方記事が、いきなり蘇ってくる。
高知県発祥の「よさこい鳴子踊り」は全国中に飛び火して、あたしの住む市でも盛んだ。あたしの住む町内会でもチームができて、あたしと弟も何年か踊った。楽しかったんだ、大勢で踊るの。
それがある年ツートップで踊るあたしたちの写真が、新聞の地方版に載った。美少女「姉妹」として。取材されたんじゃなくて、たしか見物客の投稿にタイトルがついてたんだと記憶している。
弟は、その翌年から頑として踊らなくなった。大学に入って地元を離れたので、あたしも踊らなくなり、実家に帰った後も誘われたけれどチームには戻らなかった。
「ずいぶん古いネタね」
「俺、あの年、見てたんだ。休憩所まで行って、声かけようと思ったんだけど」
あ、なんかいやな予感。
「一緒に踊ってた……妹さん? に蹴り入れてた。進むの早えーんだよっ! 後ろに小学生がついてんだっ! って」
妹じゃないです。いくらなんでも、女の子を蹴りません。
「部活引退したばっかりだったしさ、篠田って小さいだけで印象薄かったから、ちょっと衝撃的だった」
高校の1年生と3年生って、なんて言うか、心情的には結構差があるから、原口先輩はあたしの猫の皮しか見てなかった筈。言葉を交わしたことなんて、あったかどうか。
「覚えてなくていい……っていうか、積極的に忘れて」
「忘れてた、去年まで」
原口先輩がスポーツクラブに入会しようと施設を見学していた時、あたしはボクササイズの体験レッスンに励んでいたらしい。だから彼が「あれ? 篠田?」なんて声をかけた時、彼はすでにあたしがいることを知っていたのだ。にも拘わらずあの場で知ったような顔をしたってのは、話しかけるきっかけが掴めなかったらしい。
「イキのいい女だなーって。俺、つつくと壊れそうな女ってダメなんだよね」
あたし、見かけは他人より、ずいぶん華奢だと思うんだけど。
「俺は打たれ強いし、少々手荒にされても壊れない。いい組み合わせだと思うんだけど」
「あたしの好みは?」
「多少の不備には目を瞑っていただく、と」
身長差は正確には38センチ、体重はあたしの倍。二次元なら可愛いかも知れないけど、実際のとこどう見えるのかは考えたくない。
別に恋人云々じゃなく、話し相手としてなら原口先輩は結構快適な相手だ。話題は薄くないし、何かに偏っているわけでもない。はじめて一緒に出掛けた先のアニメ映画だって別に品の悪いものじゃないし、服装もごくごく普通。あたしも暇だし、映画や居酒屋につきあうのは、やぶさかでないかも知れない。
「原口先輩って、お仕事何してるんですか?」
「公務員」
「職種は?土木課とか?」
「篠田とSNS繋いで、友達登録すれば言う」
連絡先が割れちゃってるのに、そこだけダメってのも変な話だ。面倒になったらブロックしちゃえば問題ないもの。
笑うなよと念を押されたにも拘わらず、聞いた途端に堪えきれずに笑ってしまった。
「いや、良い職業だよね。最近は男の人も多いし」
「男は力技が使えるから、重宝されるんだ」
190センチ近い大男の保育士なんて、想像もできない。
「やっぱりピンクのエプロンしてるわけ?」
「既成品であると思う?縫ったよ、自分で」
「自分でえ?」
背中を丸めて針を使う熊。ますます笑いが止まらなくなり、息が苦しい。
「お買い得でしょ。身体も頑健、性格温厚、縫い物までできる」
確かにお買い得かも知れないけど、それが真実だとは限らないでしょ、自己申告のみで。
「疑り深い顔、してんなあ」
大体、彼が見た「あたしの顔」だって、あたしの中の一部でしかない。ボクササイズとかよさこいとか(弟を蹴ってたとか)日常の切れっ端もいいとこで、あれがあたしの全てだと思われたら、超迷惑。
「いいよ、納得するまで観察してくれて」
上手く持って行かれたのだと気がついたのは、翌週の約束をした後だった。
「アニメなんか見るの、久しぶり」
「世界に誇る日本の文化だぞ」
体は子供頭脳は大人! がキャッチフレーズのその映画は、確かに子供騙しじゃなく面白かったんだけど、いささかデート仕様じゃない。隣の席は身じろぎもせず、ど真剣に画面を見ている。あたしはどちらかと言えば単館映画が好きで、まさか男とこんなものを見るなんて思わなかった。っていうか、興味を知りもしない人間をこれに誘うって、どうなの。頭の中でぶつくさ言いながらも、エンドクレジットまで楽しんじゃった。
映画が終わって館内が明るくなり、立ち上がった拍子に腰がよろけた。あっと思ったら、大きい手があたしの肩を支えてた。
なんか、すごい安定感。この人、あたしが全力でぶつかっても、多分びくともしない。あたしの家族って全員小柄で、一番大きい父ですら、男の平均身長よりも10センチは低い。だから実は、体格の良い人には、基本的に弱いのだ。大きいってだけで、頼り甲斐がありそうに見えちゃう。それが人間性と比例しないんだって程度には、あたしも経験積んで来てるし、急に近づいてどうのなんて気にはならないんだけども。
「踊り子が、バランス崩しちゃいかんでしょ」
あたしの肩を支えたまま、熊は薄笑いした。
「何?」
「笑夢の美少女姉妹って、篠田だったろ?」
何年も前の新聞の地方記事が、いきなり蘇ってくる。
高知県発祥の「よさこい鳴子踊り」は全国中に飛び火して、あたしの住む市でも盛んだ。あたしの住む町内会でもチームができて、あたしと弟も何年か踊った。楽しかったんだ、大勢で踊るの。
それがある年ツートップで踊るあたしたちの写真が、新聞の地方版に載った。美少女「姉妹」として。取材されたんじゃなくて、たしか見物客の投稿にタイトルがついてたんだと記憶している。
弟は、その翌年から頑として踊らなくなった。大学に入って地元を離れたので、あたしも踊らなくなり、実家に帰った後も誘われたけれどチームには戻らなかった。
「ずいぶん古いネタね」
「俺、あの年、見てたんだ。休憩所まで行って、声かけようと思ったんだけど」
あ、なんかいやな予感。
「一緒に踊ってた……妹さん? に蹴り入れてた。進むの早えーんだよっ! 後ろに小学生がついてんだっ! って」
妹じゃないです。いくらなんでも、女の子を蹴りません。
「部活引退したばっかりだったしさ、篠田って小さいだけで印象薄かったから、ちょっと衝撃的だった」
高校の1年生と3年生って、なんて言うか、心情的には結構差があるから、原口先輩はあたしの猫の皮しか見てなかった筈。言葉を交わしたことなんて、あったかどうか。
「覚えてなくていい……っていうか、積極的に忘れて」
「忘れてた、去年まで」
原口先輩がスポーツクラブに入会しようと施設を見学していた時、あたしはボクササイズの体験レッスンに励んでいたらしい。だから彼が「あれ? 篠田?」なんて声をかけた時、彼はすでにあたしがいることを知っていたのだ。にも拘わらずあの場で知ったような顔をしたってのは、話しかけるきっかけが掴めなかったらしい。
「イキのいい女だなーって。俺、つつくと壊れそうな女ってダメなんだよね」
あたし、見かけは他人より、ずいぶん華奢だと思うんだけど。
「俺は打たれ強いし、少々手荒にされても壊れない。いい組み合わせだと思うんだけど」
「あたしの好みは?」
「多少の不備には目を瞑っていただく、と」
身長差は正確には38センチ、体重はあたしの倍。二次元なら可愛いかも知れないけど、実際のとこどう見えるのかは考えたくない。
別に恋人云々じゃなく、話し相手としてなら原口先輩は結構快適な相手だ。話題は薄くないし、何かに偏っているわけでもない。はじめて一緒に出掛けた先のアニメ映画だって別に品の悪いものじゃないし、服装もごくごく普通。あたしも暇だし、映画や居酒屋につきあうのは、やぶさかでないかも知れない。
「原口先輩って、お仕事何してるんですか?」
「公務員」
「職種は?土木課とか?」
「篠田とSNS繋いで、友達登録すれば言う」
連絡先が割れちゃってるのに、そこだけダメってのも変な話だ。面倒になったらブロックしちゃえば問題ないもの。
笑うなよと念を押されたにも拘わらず、聞いた途端に堪えきれずに笑ってしまった。
「いや、良い職業だよね。最近は男の人も多いし」
「男は力技が使えるから、重宝されるんだ」
190センチ近い大男の保育士なんて、想像もできない。
「やっぱりピンクのエプロンしてるわけ?」
「既成品であると思う?縫ったよ、自分で」
「自分でえ?」
背中を丸めて針を使う熊。ますます笑いが止まらなくなり、息が苦しい。
「お買い得でしょ。身体も頑健、性格温厚、縫い物までできる」
確かにお買い得かも知れないけど、それが真実だとは限らないでしょ、自己申告のみで。
「疑り深い顔、してんなあ」
大体、彼が見た「あたしの顔」だって、あたしの中の一部でしかない。ボクササイズとかよさこいとか(弟を蹴ってたとか)日常の切れっ端もいいとこで、あれがあたしの全てだと思われたら、超迷惑。
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