肩越しの青空

蒲公英

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ことの発端

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「結婚しない?」
 スポーツクラブのロビーで、半ジャージのあたしに声をかけた熊みたいな男は、とても機嫌の良い顔だった。
「はい?誰と?」
「俺と、君」
「なんで?」
 意味わかんない、このバカ。
「絶対気が合うだろうし、楽しいと思うよ」

 大学を卒業して地元に帰って、地元の中堅会社に就職してから、4年経った。遊ぶのに不自由するほど田舎じゃないし、親元にいれば贅沢な生活はできる。まわりの友達はそろそろ結婚しはじめ、次に男とつきあったら、それを視野に入れるのかなーなんて思っていた矢先の話だ。

 あたしの前に立つ熊みたいな男は高校の先輩で、別に連絡を取り合っていたわけじゃない。スポーツクラブで前年の「入会費半額キャンペーン」で再会しただけ。
「あれ?篠田?地元にいたのか」
「うわ、お久しぶりです。原口先輩も地元にいたんですね」
 東京まで一時間もかからない場所なんだから残っている人は多いけど、意外に会わないものだ。よほど近所にでも住んでいなければ、どこでどんな生活をしているのかなんて情報は入らない。
 あたしと先輩が所属していた弱小のバスケットボール部は、男女とも部としての許可はギリギリで、よく合同練習をした。身長150センチ台にギリギリ引っかかっているようなあたしが、試合に出たような部だ。

 で、そんな奴が何故いきなり「結婚」なのか。こいつと寝たことなんてない。それどころか、一緒に出掛けたこともサシで飲んだこともない。いやその前に、連絡先すら知らない。
 大体において、結婚とか言われてすぐに喜ぶほど、困ってない。あたしはそこそこ美人だと自負してるし、仕事もあるし、親との折り合いも悪くないのだ。

 もっさりした体格と大きな厚い掌は、高校生の頃とあまり変わっていない。2年先輩なので、部活動で一緒だったのは、3ヶ月程度だ。
「原口先輩がどこに住んでるのかも、知らないんですけど」
「そりゃ、結婚相手のことは知りたいよね」
「誰が相手だって言った?頭、大丈夫?」
「至って正常。とりあえず、意識をすり合わせなくちゃね、静音ちゃん」
 脳味噌が煮えくり返りそうな脈絡のなさに、あたしは頭を抱えた。

「送ろうか?」
「あたし、車なんだけど」
「俺、歩き」
 どういう手段で送ろうとしたやら、判断に迷うところだ。30センチ上から降ってくる声は、やたらめったら暢気で、世間話の続きみたいに聞こえる。ロビーから出て駐車場を突っ切るとこ、あたしの斜め後ろを歩く嵩高い奴は、車までのこのことついて来るらしい。

「何?送らないよ」
「発車するまで、お見送り」
 開錠してシートベルトをつけると、原口先輩はにっこりと手を振った。笑うと眼の縁に皺がたくさんできる、人の良さそうな顔。

「電話するから、待っててね」
「知らないくせに」
「電話番号、まだ入ってる。篠田は変えた?」
 原口先輩は、自分のスマートフォンを指差した。変わってませんけど。電話番号を変えるとそっちこっちに連絡しなうちゃならないから、番号はずっと変えてない。最近はSNSで連絡することが多いから、誰のデータが入ってるとか気にしてなかったけど。

「高校の連絡網が、今になって役に立つとは」
「役立てなくても問題はないですけど」
「いや、活用する」
 何を考えているやら、深く考えようとすると頭がガンガンしてくる気がして、あたしはサイドブレーキを外した。いいや、明日にしとこ。

 家に帰って自分のスマートフォンのアドレス帳を確認した。使っていないものは更新していないから、入力当時のデータがそのまま残ってる。
 原口昭文、3年3組。あれ、副部長だっけ? 住所も入ってるぞ、あの当時って何でもかんでも入れてたなあ。あ、市内じゃないや。歩きって言ってたけど、駅までなのかな、それとも一人で住んでるとか。
 高校時代に同じ部活だった子に、メッセを送ってみる。
 >久しぶり。ねえ、いきなりだけど原口先輩って覚えてる?
 間髪置かずに戻ってくるところが、暇な証拠だな。
 >おっきい人だよね。あんまり覚えてない。
 そこからメールがいくつか続いて、日曜にでも会おうかって話になる。地元の友達って、これができるから楽。電車に乗って綺麗にして出掛けるのも悪くはないけど、普段着にファミレスでちょっとお茶しよって楽さは地元ならではだ。


 電話するって言ったくせに、原口先輩と次に会ったのは、ジムでマシントレーニングしてる時だった。チェストプレスしてる時に声を掛けられても、困るんですけど。
 しかも、あたしは話なんてないんですけど。
「サーキット終わったら、ラウンジでお茶しよう。待ってるから」
「あたし、お風呂も入るんだけど」
「じゃ、その後でいいや。ロビーにいるから」
 無視して帰ってやろうかと思ったけど、ロビーを通らないとフロントにロッカーの鍵が返せない。

 眉だけ描いたすっぴんのあたしがロビーに降りた時、原口先輩は待ち合わせ用のソファで眠っていた。
 待ってるとか言って寝るか、バカ。しかも下向いてウトウトなんて可愛いものじゃなくて、背もたれに寄りかかって明らかに寝てるってわかる形で。このまま帰ってもあたし的には問題ナイ。でも灯りが消えるまでここで熊が寝ていたら、スタッフさんは困るんじゃないかしらん。
「……先輩、寝るんなら、お家に帰ってからの方が良いですよ」
 ぼんやりと目を開けた先輩は、しばらく合わない焦点を無理にあたしの顔に合わせようとしてた。
「あれ? 篠田?」
「あれ、じゃありません。寝ちゃうんなら、待ってるなんて言わないでください」
「ああ、ごめんごめん。恋人を迎える態度じゃなかったな」
「だから、誰が!」
 やっぱり、放って帰れば良かった。

 態勢を立て直すべくラウンジできっぱり否定することに決め、向かい合わせに座る。
「俺、バナナジュース。篠田は?」
「アイスティー。ドリンク代、持ってくれるんでしょうね」
「今に同じ財布になるんだから、どっちが払っても」
 思わず、テーブルの下で足を蹴る。けっこうな勢いで蹴ったと思ったのに、平然とニヤニヤしてるのが、悔しい。
「幼稚園児に蹴られたって、大して痛くないだろうよ」
「失礼な。幼稚園児ってあたし?」
「体格差、それくらいあるんじゃない?体重、俺の半分くらいだろ」

 トレーニングウエアの下の盛り上がった筋肉は、目の前に座るとすごい威圧感なのに、人の良さそうな表情と飄々とした喋り方が、それを帳消しにしてる。
「この際、きっぱり言いますけど」
「おっと。まさか条件を知る前にお断り、じゃないよね」
 原口先輩はニヤニヤしたまま、テーブルの上で両手を開いてみせた。
「口を利くのも嫌な相手と、一緒にテーブルについたりしないよね。とりあえずお互いを知りましょ」

 先に「結婚」を持ち出しといて、お互いを知りましょなんて、ふざけた話だ。バカにされてんのか、こいつが真性のバカなのか。
「ってワケで、日曜日に出掛けよう。映画なら、アニメと実写どっち?」
「誰が行くって?」
「あれ、都合悪い?じゃ、土曜日の夕方からで」
 ……頭、痛。

「まさか、あたしに彼氏がいないとでも」
「いるの?」
 いや、いないけどさ。いてもおかしくないでしょ、外見も、年齢も。
「言葉に詰まったところみると、やっぱりいないんじゃない。まったく問題ない」
「いないからって何も」
「ま、馬には乗ってみよってとこで、ひとつ」
 この熊、意外に口が減らない。 
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