最後の女

蒲公英

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「茜は夕ご飯、どう?」
「あ、家で食べる。秀さんに何も用意してきてないから」
 何人かで映画を見に出て、ひとりだけ夕食に加わらないことに、茜自体は別に抵抗はない。高校生時代は高校生時代で、家の食事当番のために遊べないこともあったのだから、大して変わらない。
「なんか可哀想。結婚しちゃうと、そこが不自由だよね」
 そう言われるまで、特別なことをしているとは思っていなかったし、自分が帰っても遅くまで遊んでいる人が、自分をどう見ているかなんて考えていなかった。部活帰りで母親がうるさいからと遊べない高校生と、あまり変わらないと思っていたのだ。
 あれ?なんか、違うかな。
 秀一は別に、茜が友達と夕食に行くと言っても、なんでもない。自分で持ち帰り弁当を購入して夕食を済ませ、先にシャワーだけの入浴を済ませているのみだ。家のことが気になるのは茜のほうで、別に強制されてるわけじゃない。早い結婚は茜が望んだことでもあり、友達と過ごす時間が減るなんて、気にするほどのことじゃない。

 アルバイト帰り、自転車の鍵を取り出した茜は、男に声をかけられた。見たことのある顔だなと思っていたら、自分のアルバイト先によく来る客らしい。背が高く、線が細くて綺麗な顔をしている。誰かがイケメンとかって騒いでた気がする。
「さっき、お先に失礼とか聞こえたから、待ってたんですよ。これから予定はあるんですか?」
「……えっと?」
「いや、そんなに長くはかかんないから、お茶でも飲みません?」
 これって、ナンパなんだろうか。私、結婚してるんだけど。あ、でもそうやって断って、勘違いだったら恥ずかしいかな。
 茜が頭の中でいろいろ考えているのを、相手の男は迷いと取ったらしい。
「ね、少しだけ。甘いものとか好きじゃない?」
「いや、それは好きですけど」
「じゃ、ちょっと行こうよ、ね?」
 断る機会が掴めず、ナンパであれば話が決定打になったときに断ろうと、お茶だけつきあうことに決めた。高校生時代の友達たちとも少し間遠になりつつあり、家では同年代の会話ができないので、興味が惹かれたのは確かだ。

 歩いてすぐの場所のカフェに座って、相手の男がオーダーしたザッハトルテをフォークでつつく。
「平野さん、ですよね。名札に書いてあった」
「……はい」
「俺、高遠って言います。平野さんってなんていうか、明るい人なんだろうなーって思ってて、友達になってみたいな、なんて」
 滑らかに自分に向けられる言葉に、他のものが浮かんだ。欲しい言葉なんて何一つ言ってくれず、子供が泣き出すような無愛想な男。
「平野さんは、この辺に住んでるの? 自転車だったけど」
「あ、一駅先です。交通費浮かせるのと、運動のため」
「自転車っていうのが、健康的だね。だから脚が綺麗なのか」

 自慢の部分を褒められて、満更でもない気分だ。つきあってくれとか好きだとか言われてるわけじゃないし、たまには他の女の子と同じように扱われるのも、悪くないなと茜は思う。高遠の顔は確かに綺麗だし、喋りが滑らかで聞き苦しくない。法隆寺の吽仁王の厚い胸板の存在感とは違う、言うなれば自分の体温と似た男を前に、茜はずいぶんリラックスした気分になった。
 うん、お喋りだけ楽しもうっと。向こうも友達になってみたいって言ったじゃないの。
 最近の遊びの動向とか、好きなテレビ番組とか、当たり障りのないファッションの話を一通りすると、小一時間が過ぎていた。もうそろそろと席を立つと、高遠は微笑んで礼を言った。
「メールアドレス、教えてくれる?もう、友達だよね」
 一瞬逡巡してから、茜は高遠にデータを送った。
 友達がひとり増えただけだよ、これは浮気なんかじゃないもん。
 ただし結婚しているのだとは、高遠には告げていないのだ。 
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