きみが隣に

すずかけあおい

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きみが隣に⑥

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「……言わないでいいよ、瀬尾」

 睨み合っていたふたりが俺を見る。大丈夫、もう充分だ。

「もう、わかったから」
「矢崎……でも瀬尾は……」
「いいから」
「……」

 口を噤んだ半田から距離を取って、瀬尾に近づいて顔を見る。やっぱりだめだ、惹かれてしまう……そばにいたいと思ってしまう。裏切られるかもしれないのに、離れた時間で瀬尾の心を見てしまったから、ただ責めることができない。俺が言ったとおり、一切話しかけてこなかった瀬尾。そして俺は瀬尾が気になってどうしようもなかった。
 じっとその顔を見る。本当はずっとそばで見ていたかった。こんなに苦しそうな表情をしている瀬尾に心を動かされないなんて無理だ。

「瀬尾、ちゃんと説明して。瀬尾の口で。それが先だよね?」
「矢崎……」
「罰ゲームのこと。瀬尾の気持ち……全部」

 おずおずと俺のほうに手を伸ばした瀬尾が、触れる寸前にぎゅっと拳を握り、それから力を緩めて俺の肩を手でぱっぱっと払う。

「なに?」
「半田が触ったから。汚れ落とし、厄除け」
「ひでー言い方」

 半田が笑いながら手をひらひらと振って教室を出て行く。もう一度瀬尾に向かい合い、その瞳をまっすぐ見つめる。

「瀬尾……」
「ごめん、矢崎。全部説明する」

 先程半田から聞いた、小テストの点数で負けて罰ゲームをしたこと、女子だと絶対オーケーされるから、といつもひとりでいる俺に告白するように言われて、嫌だったけれど負けたのは事実だからと渋々告白したこと、本当はあの罰ゲーム自体嫌だったこと……なにも隠さず教えてくれた。

「友だちからでオーケーしてもらったから、それでよかった。でも、そばにいればいるほど矢崎は素直でいい奴で、知らない表情とか見て気になっていって……」

 瀬尾の気持ちは本当に本当なんだ、と思ったらようやく安心できた。そうしたらふっと肩の力が抜けて心が楽になった。

「本当に矢崎が好きなら二度と話しかけるなって言われて……ショックだったけど、当然だとも思った。それだけ矢崎を傷つけたんだよな……」
「すごく傷ついたよ。俺だって瀬尾に惹かれてたから」
「え?」

 一度俯き、ぎゅっと目を閉じて、勇気を出せ、と心の中で自分に言ってから顔を上げる。

「俺、瀬尾のそばにいたいと思ってた。俺が笑うとき、瀬尾に隣にいてほしいって」

 頬が熱いし、恥ずかしくて逃げ出したい。瀬尾もまっすぐ俺を見つめているので、情けないことになっていると思う表情も震える声も隠せない。

「瀬尾のこと……すっ……好きになっちゃってたんだから、責任取ってよ!」

 自分で言って更に頬が熱くなった。言うにしても「責任取って」はないだろう。瀬尾もぽかんとしている。

「矢崎……?」
「……瀬尾の馬鹿……。瀬尾なんか、ずっと好きでいて困らせてやる……」

 もうなにを言ってもぐだぐだで、それでも言いたいことは言いきった、とその場にしゃがみ込む。力が抜けたから自然とそうなってしまっただけなんだけど。すると瀬尾もしゃがんで俺と視線を合わせてくる。困ったような、それでいて嬉しさを隠せないで口元が緩んでいる表情に頬がどんどん熱くなっていき、耳まで熱い。

「……ほんとに困らせてくれるの?」
「……」
「そんな嬉しいこと、してくれるの?」
「……」

 瀬尾を見て、ひとつ頷いてから俯いて顔を隠すと、勢いよく抱きつかれて尻もちをつく。

「好き、矢崎が好き……すごく好き」
「何回も言わなくてもいいよ……」
「嫌だ。言う」

 微笑みながらも僅かに瞳が揺れている様子が切なくて、どうしたらいいかわからない。そっと瀬尾の頬に触れると、瀬尾はその手を取りぎゅっと握った。触れた指先が震えている。

「矢崎が好き」
「うん。俺も、瀬尾を好きになっちゃった……最低なのに」
「ごめん……」
「いい。瀬尾が最低じゃなければ話すこともないまま終わってた。でも、もう人の気持ちで遊ぶようなことはしないで」
「二度としないって約束する」

 ふたりで床に座り込んで、瀬尾が俺の頬に触れ、俺も瀬尾の頬に触れる。時が止まったように見つめ合い、引きつけられるようにどちらからともなくゆっくり唇を重ねた。

「決めた」

 唇を離し、至近距離で俺を見ていた瀬尾が頬にまでキスをくれて、今更どきどきし始める。

「なにを?」

 くすぐったいキスに目を細めると、瀬尾が微笑む。

「矢崎をめちゃくちゃ傷つけたから、これからはそれ以上に矢崎を笑顔にする。世界一笑顔でいっぱいにする」
「そんなことできるの?」
「できるんじゃなくて、するの。そうしたいから」

 両手で頬を包まれ、もう一回唇が触れ合って離れる。

「そっか……でもそんなの簡単だよ」
「そんなことない。俺、矢崎を笑顔にできるように精いっぱい頑張る」
「うん、頑張って。瀬尾が隣にいたら俺はずっと笑っていられるから……ん」

 キスで唇が塞がれ、瞼や額、顎にも唇が触れて離れて、また触れるとくすぐったくて笑ってしまう。

「ほんとだ……矢崎の可愛い笑顔」
「可愛くはないけど」
「可愛いよ」

 ちゅっと音を立てて唇に啄むキスが触れる。唇が離れていき、恥ずかしいけれど勇気を出して俺からもキスをした。

「や、矢崎……」

 頬を少し赤く染めた瀬尾が口元を手で隠す。俺は顔が熱すぎて火が出そうだ。

「やば……嬉しすぎる」

 お返しと言うように瀬尾が更にキスをくれた。キスって幸せすぎてクセになる。もっとキスがほしくなってしまう。

「瀬尾、ありがとう」
「ん?」
「罰ゲームが瀬尾でよかった。場合によっては俺は今頃瀬尾以外の誰かと――」
「やめろ、想像もしたくない!」

 言葉を遮る強引なキスもどきどきする。瀬尾が俺の肩に額をつけてひとつ息を吐き出す。

「罰ゲーム最悪って思ってたけど、俺でよかった……」
「そうだね」

 少し意地悪を言ってしまったけれど、これくらいは許してもらおう。

「矢崎」
「なに?」
「好き」
「うん……俺も、瀬尾が好き。だからずっと瀬尾に隣にいてほしい」
「絶対矢崎の隣にいる。離れろって言っても離れないから」

 顔を上げた瀬尾と目が合い、もう一度唇が重なった。



 おわり


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