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【番外編②】甘く溶かして
【番外編】甘く溶かして ②
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バレンタインまであと二日、わくわくでいっぱいだ。それなのに朝起きると身体が重たい。このだるさは風邪かもしれない。昨日は雪が降るかもというくらい冷えたから、それも悪かったのかもしれない。でも今日はバイトがあるし、バレンタインの買い物もしないといけない。
寒気にふるっとひとつ身震いすると、藍流が気がついた。
「奏、どうしたの? 寒い?」
「う、ん……ちょっとだるいかな」
「熱あるかも」
流風が俺の額に手を置き、難しい顔をして藍流が体温計を持ってきてくれる。体温を測っている間、ふたりはじっと俺を見ている。心配をかけているな、と申し訳なく思っていると電子音が小さく鳴った。
「……三十七度五分」
微熱だけど、このせいでだるいのだ。どうしよう。
「病院行こう」
「俺が連れてく。藍流は学校行く用事あるんでしょ」
「ごめん、絶対外せないからお願いしてもいい?」
「わかった」
ふたりで話を進めているのを聞きながら、少しぽうっとする頭で考える。病院に行って、バイトに行って、帰りにバレンタインの買い物をして――プレゼントを買うことはできなさそうだから、チョコだけでも買いたい。とりあえず病院だ。でも流風について来てもらうのは悪い。
「病院はひとりで行けるよ」
「だめ」
「俺がついてく」
頑として聞き入れない、というふたりに困ってしまう。
「でも、それで流風にうつったら大変だし」
「そんな心配しなくていいの。俺は大丈夫」
「バイトも行かないと……買い物も……」
今日は午後からだから、病院に行って一度帰宅して、それから向かっても間に合うだろう。バイトが終わったら買い物をして……頭の中でスケジュールを立てる。
「バイトはよくなるまでお休み。職場の人にうつしたら大変だよ」
「藍流の言うとおり。休みの連絡するのもきつければ俺が電話するから」
連絡するくらいはできる。でも。
「休んだら迷惑かけちゃう」
「風邪をうつしたらもっと迷惑がかかるよ?」
「……買い物もしたい」
藍流の言うとおりなのだけれど、それでも諦めがつかない。
「なに買うの? 今日じゃなきゃだめ?」
「……それは」
できたら当日まで内緒にしておきたい。言いよどむと顔を覗き込まれた。
「俺か藍流が買ってこようか?」
そう言われても……と口を開く。
「……バレンタインの買い物」
ふたりにチョコを作って贈りたいから、そう言うと藍流と流風が顔を見合わせる。反対されるのはわかっているけれど、どうしてもふたりにチョコを作りたい。
なにか考えたように天井を一度見た藍流が流風を見ると流風が頷く。
「奏」
「なに?」
藍流の硬い声に嫌な予感がする。
「今年はバレンタインなし」
「えっ、やだよ!」
続けて流風が言った言葉にすぐ反対の意を口にする。バレンタインなしなんて絶対に嫌だ。でも藍流も流風も怖い顔をして俺を見ている。
「奏、レポートも毎日遅くまでやってたよね」
「……うん」
それがなんだろう。どう答えても話の方向が逸らせないように感じて唇を噛む。
「そういう疲れが溜まってたんじゃないかな。奏の気持ちは嬉しいけど、俺も流風も奏が一番大切なんだ」
「チョコを贈りたいと思ってくれただけで充分だよ」
ふたりはそう言うけれど、でも俺はどうしてもチョコを贈りたい。少し熱が高いだけで動けないわけではない。市販薬を飲めばバイトも問題ないのではないか。
「でも、ちょっと休んで買い置きの薬飲めばバイトも行けるから――」
「いい加減にしろ!」
「!」
今までに見たことがない怖い表情の藍流に顔が引き攣る。助けを求めるように流風を見ると、流風も同じような顔をしていて、また藍流を見る。
「バイト行ってどうするの? 周りにうつして『ごめんなさい』って言うの? それでいいと思ってる? もっとしっかり考えて」
「……」
「バレンタインだって、そんな状態の奏になにか作ってもらって俺と流風が嬉しいと思う? 本当に俺達のためなら今は休むんじゃないの?」
言われていることはすべて正論で、次第に視界が涙で歪んでくる。藍流と流風はまだ怖い顔をしている。
「っ……だって……っ」
こんなふうに叱られるのは初めてで、ひと粒涙が落ちてしまえば次々溢れていく。藍流の言うことが正しいから、自分の浅はかさにも涙が出る。
「俺も藍流も、奏のすることはなんでも見守るし受け入れたい。でも奏が自分を大切にしないことには本気で怒るよ」
「……」
ふたりは正しいことを言っている。だからバレンタインはなし、とそれをうまく消化できない俺は子どもだ。
藍流に顔を覗き込まれる。
「とにかく、よくなるまでバイトは休み。バレンタインはなし」
「……」
受け入れたくない。でも俺が嫌がれば嫌がるほどふたりが怒るのがわかる。叱られるのが嫌とか、ふたりが怖いとかではなくて、バレンタインという気持ちを伝えるイベントがなしになってしまうのがただ悔しい。それでもゆっくり頷くと、息を吐き出す音がふたつ聞こえた。
俺が粘ればもしかしたらなしにはならないかもしれない。でもそれをすることが藍流と流風を傷つけることなのだと思ったら粘るなんてできない。
流風が立ち上がって病院に行く準備を始めるのをぼんやり見る。俺も支度しないといけない。そう思うのに動けないでいると、藍流も出かけるために立ち上がる。
「……」
謝らないといけなのに、言葉ではなくて涙ばかり出てくる。藍流は俺の頭を撫でてから出かけて行った。
寒気にふるっとひとつ身震いすると、藍流が気がついた。
「奏、どうしたの? 寒い?」
「う、ん……ちょっとだるいかな」
「熱あるかも」
流風が俺の額に手を置き、難しい顔をして藍流が体温計を持ってきてくれる。体温を測っている間、ふたりはじっと俺を見ている。心配をかけているな、と申し訳なく思っていると電子音が小さく鳴った。
「……三十七度五分」
微熱だけど、このせいでだるいのだ。どうしよう。
「病院行こう」
「俺が連れてく。藍流は学校行く用事あるんでしょ」
「ごめん、絶対外せないからお願いしてもいい?」
「わかった」
ふたりで話を進めているのを聞きながら、少しぽうっとする頭で考える。病院に行って、バイトに行って、帰りにバレンタインの買い物をして――プレゼントを買うことはできなさそうだから、チョコだけでも買いたい。とりあえず病院だ。でも流風について来てもらうのは悪い。
「病院はひとりで行けるよ」
「だめ」
「俺がついてく」
頑として聞き入れない、というふたりに困ってしまう。
「でも、それで流風にうつったら大変だし」
「そんな心配しなくていいの。俺は大丈夫」
「バイトも行かないと……買い物も……」
今日は午後からだから、病院に行って一度帰宅して、それから向かっても間に合うだろう。バイトが終わったら買い物をして……頭の中でスケジュールを立てる。
「バイトはよくなるまでお休み。職場の人にうつしたら大変だよ」
「藍流の言うとおり。休みの連絡するのもきつければ俺が電話するから」
連絡するくらいはできる。でも。
「休んだら迷惑かけちゃう」
「風邪をうつしたらもっと迷惑がかかるよ?」
「……買い物もしたい」
藍流の言うとおりなのだけれど、それでも諦めがつかない。
「なに買うの? 今日じゃなきゃだめ?」
「……それは」
できたら当日まで内緒にしておきたい。言いよどむと顔を覗き込まれた。
「俺か藍流が買ってこようか?」
そう言われても……と口を開く。
「……バレンタインの買い物」
ふたりにチョコを作って贈りたいから、そう言うと藍流と流風が顔を見合わせる。反対されるのはわかっているけれど、どうしてもふたりにチョコを作りたい。
なにか考えたように天井を一度見た藍流が流風を見ると流風が頷く。
「奏」
「なに?」
藍流の硬い声に嫌な予感がする。
「今年はバレンタインなし」
「えっ、やだよ!」
続けて流風が言った言葉にすぐ反対の意を口にする。バレンタインなしなんて絶対に嫌だ。でも藍流も流風も怖い顔をして俺を見ている。
「奏、レポートも毎日遅くまでやってたよね」
「……うん」
それがなんだろう。どう答えても話の方向が逸らせないように感じて唇を噛む。
「そういう疲れが溜まってたんじゃないかな。奏の気持ちは嬉しいけど、俺も流風も奏が一番大切なんだ」
「チョコを贈りたいと思ってくれただけで充分だよ」
ふたりはそう言うけれど、でも俺はどうしてもチョコを贈りたい。少し熱が高いだけで動けないわけではない。市販薬を飲めばバイトも問題ないのではないか。
「でも、ちょっと休んで買い置きの薬飲めばバイトも行けるから――」
「いい加減にしろ!」
「!」
今までに見たことがない怖い表情の藍流に顔が引き攣る。助けを求めるように流風を見ると、流風も同じような顔をしていて、また藍流を見る。
「バイト行ってどうするの? 周りにうつして『ごめんなさい』って言うの? それでいいと思ってる? もっとしっかり考えて」
「……」
「バレンタインだって、そんな状態の奏になにか作ってもらって俺と流風が嬉しいと思う? 本当に俺達のためなら今は休むんじゃないの?」
言われていることはすべて正論で、次第に視界が涙で歪んでくる。藍流と流風はまだ怖い顔をしている。
「っ……だって……っ」
こんなふうに叱られるのは初めてで、ひと粒涙が落ちてしまえば次々溢れていく。藍流の言うことが正しいから、自分の浅はかさにも涙が出る。
「俺も藍流も、奏のすることはなんでも見守るし受け入れたい。でも奏が自分を大切にしないことには本気で怒るよ」
「……」
ふたりは正しいことを言っている。だからバレンタインはなし、とそれをうまく消化できない俺は子どもだ。
藍流に顔を覗き込まれる。
「とにかく、よくなるまでバイトは休み。バレンタインはなし」
「……」
受け入れたくない。でも俺が嫌がれば嫌がるほどふたりが怒るのがわかる。叱られるのが嫌とか、ふたりが怖いとかではなくて、バレンタインという気持ちを伝えるイベントがなしになってしまうのがただ悔しい。それでもゆっくり頷くと、息を吐き出す音がふたつ聞こえた。
俺が粘ればもしかしたらなしにはならないかもしれない。でもそれをすることが藍流と流風を傷つけることなのだと思ったら粘るなんてできない。
流風が立ち上がって病院に行く準備を始めるのをぼんやり見る。俺も支度しないといけない。そう思うのに動けないでいると、藍流も出かけるために立ち上がる。
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