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番外編
にゃんこハロウィン!
しおりを挟む「おかしくれなきゃいたずらするぞー」
真っ白なシーツを頭から被り、両腕をわーっ!と挙げる。
時刻は早朝。
今日と言う日をわくわくしながら待ち望んでいた僕は、早起きするなりシモンが自室に来る時間帯を狙って奇襲を仕掛けた。
その結果が今まさに起こっている。
シーツを被っているので前が見えなくてアレだけれど、きっと目の前に立っているシモンはあまりの驚きにびっくらこいているに違いない。
ふすふすっと布の下でドヤ顔を浮かべていると、ふいに布越しに大きな影がかかった。
「むっ!?あわ、あわわっ!」
びっくりして退く前に、その影は僕をシーツごとガバッ!と抱き込んだ。
あわあわと暴れる僕を抱え込んだ……恐らくシモンらしき人影は、何やら耳元で悶絶したような声を絞り出した。
「いたずらしてくださいいぃぃッ!」
僕をぎゅっと抱え込んだまま、シモンはばたんきゅーと倒れ込んでしまった。
***
状況を説明しよう。
今日はハロウィンである!
説明といっても、たぶんこれだけで状況は理解できるだろう。
ハロウィン、すなわちお菓子をいっぱい食べられる日。
僕は毎年この日を楽しみにしている。なにしろお菓子をいっぱい食べられるのだ。わくわくの理由はそれ以外ない。
たとえ誰かに「おかしたべすぎだよー」と言われても、いや今日はハロウィンだからいっぱい食べなきゃだめなんだよふすふすと言い訳できる。
そんな感じで、とっても最高な日なのである。えっへん。
そんなこんなで、今年も待ちに待ったエーデルス公爵家のハロウィンが始まった。
相変わらず早朝シモンへの「おかしください」から始まった我が家のハロウィン。
シモンが僕の奇襲を受けて鼻血ぷしゃーをするのも、なぜか罰であるイタズラを望むのも毎年恒例の展開だ。
というわけなので、僕は至って冷静にシモンの処置をして気を取り直した。
「シモン、鼻血とまった?」
「止まりました!毎年すみません!なにせおばけフェリアル様は毎年新鮮な致死量の愛らしさを提供してくださるので……」
鼻血を適当にふきふきと処置したシモンは、僕をニッコニコで抱き上げてむぎゅーっと抱き締めた。
「お菓子についてはもちろんご用意しているので、おやつの時間に一緒に食べましょうね。今日のチーズケーキはシモンスペシャルですよ!」
「しもんすぺしゃる……!」
なにそれおいしそう。もぐもぐ。
唇の端からこぼれた僕の涎を慣れた手つきで拭き取りながら、シモンはさっさとクローゼットへ向かう。
何やら上機嫌なシモンを見上げ、僕はきょとんと首を傾げた。
「シモン、ごきげん?」
ぱちくり瞬く僕を一度床に下ろすと、シモンは鼻歌でも歌い出しそうな様子でニコニコと頷いた。
「えぇ、えぇ、それはもうご機嫌ですとも!なにせ今年の“フェリアル様仮装選び権”は俺の手に渡っているのですから……!」
僕の仮装選び権。
それはその名の通り、僕のハロウィンの仮装を何にするかを選べる権利のことである。
毎年じゃんけんで決まるそれは、前回は確かディラン兄様がゲットしていた。
その時は吸血鬼の仮装をすることになったなぁと懐かしい記憶を思い返す。
なぜかディラン兄様が『俺の首を噛み切ってフェリの眷属にしてくれ』と血走った目で言っていたことも。
何はともあれ、とにかくこれはあくまで僕の仮装を選ぶ権利だ。
別に自分の仮装をあれこれ考えるわけでもないのに、なぜか毎年みんな本気の目をしてじゃんけんに臨む。
よくわからないけれど、これが公爵家の恒例行事になっているので僕も特に何も言えない。
みんなが楽しいならそれでいいよね。
「フェリアル様、今年の仮装はコレでお願いします!」
「……む?」
去年のハロウィンを思い返してふむふむしていると、シモンが何やらクローゼットからバッ!と取り出して僕の前に掲げた。
「…………にゃんこ?」
僕の髪色とまったく同じ色の猫耳カチューシャを見て、ぽかんと目を丸くした。
猫耳カチューシャと、オーバーサイズのモコモコした白いファーニット、そしてモコモコのスリッポン。スリッポンは底面に肉球の装飾が施されている。
気になるのはこれまたモコモコの短パンが辛うじてお尻を隠せるくらいに短いことと、短パンのお尻の部分から伸びるふわふわの尻尾……。
それから一番は、やけにリアルな猫耳カチューシャくらいだろうか。
「にゃんこ……」
「はい!今年のフェリアル様はにゃんこフェリアル様です!」
「にゃんこふぇりある……」
また予想外の仮装がきたなぁ、とぱちくり瞬く。
受け取ったカチューシャを試しにつけてみると、何やら猫耳がむずむずと動き出す感覚がしてあわわとびっくらこいた。
「むぅ!?シ、シモン!みみうごいた!」
「えぇ。そりゃ猫の耳は動きますよ」
いやカチューシャは動かないよ、と困惑顔の僕にシモンはふふんと胸を張る。
「今日の為に魔塔と共同開発した猫耳カチューシャです。装着した者の感情に連動して、本物の猫と限りなく同じ動きをするんですよ!」
す、すごい……なにがすごいって、僕の仮装にかけるシモンの執念がすごい……。
ハロウィンというたった一日のイベントのために、あの魔塔と手を組んで猫耳カチューシャなるものを開発してしまうほどの執念……。
いや、シモンらしいといえばシモンらしいけれども。
「むん……ありがと、シモン」
「えへへ!喜んでいただけて嬉しいです!ささっ!早速お着替えしましょう!」
正直この仮装はかなり、とっても恥ずかしい。
でもこれは他でもないシモンが大きな労力をかけて開発したであろうものなのだ。その気持ちを無碍にすることはできない。
嬉しそうに笑うシモンを見るとなおさら「あのこれちょっぴりはずかしいかもふすふす」とは言えず。
僕はふにゃりと笑顔を作り、流されるままお着替えすることにした。
「──シモン、変じゃない?」
シモンから渡されたモコモコニットと猫耳カチューシャ、尻尾付きの仮装に着替えてすぐ。
鏡に映る自分の姿を見て、僕はてれてれと頬を染めながら背後のシモンに問いかけた。
予想はしていたけれど、思っていたよりずっと照れくさい衣装だ……。
「か、かッ!かわわわわッッ!!」
僕の問いに答えず何やら真っ赤な顔でカタカタと震えているシモンに首を傾げつつ、改めて鏡に映った姿をジーッと見つめる。
僕の羞恥心に連動しているのか、猫耳はぺたんと伏せられ、細く長い尻尾は足の間にきゅるんと丸まっていた。
猫耳だけじゃなく尻尾も動くなんて聞いていない。
短すぎる短パンから覗く足も気になる。
今は秋だからスース―して寒いかも、と思っていたけれど、魔法でもかけられているのか剝き出しの足はポカポカだ。
「しもん……?」
それにしてもシモンはどうして何も言わないのか。
ひょっとしてこの仮装、似合っていないんじゃ……。なんて不安に思いながら振り返った瞬間、視界に映ったシモンの姿にぎょっと目を見開いた。
「シ、シモン……っ!?」
なぬーっ!?と両腕を上げてびっくり仰天する。
同時に、猫耳と尻尾がピーンと伸びる感覚がした。
シモンはツーッと鼻血を垂らしながら、何やらとってもありがたそうに両手を組んで拝んでいた。
膝をついて天を仰ぐ姿はさながら神様の使者みたいで、僕は思わずはわわ……と震えてしまった。
「この世の全てに感謝──」
シモンが神を拝んでいる……。
あのシモンが。基本的に神嫌いのシモンが。
あまりに違和感の強すぎる姿を前に、僕は慌ててシモンに駆け寄った。
「シモン、シモン、しっかり……!」
シモンが神様を拝むなんて大事件だ!どうかしている!とあたふた、あわあわ。
一刻も早くシモンの正気を戻さないと……!と青ざめながらシモンの肩を揺らすと、シモンはやがてハッとしたように我に返った。
「はッ!!す、すみません!あまりの尊さに思わず暴走してしまい……」
なんてこったとばかりに汗を拭うシモンをはわわ……と見上げる。
とにかく正気に戻ったようでよかった。
ほっと一息吐くと同時に、ピンと立っていた猫耳がへにゃりと伏せられ尻尾はゆらゆらと揺れた。
それを見たシモンが、なぜか再び「くはァッ!!」と吐血する。
「がががッッ──!!」
「しもーん!」
白目を剥いて口から泡を噴き出すシモンに、僕は涙目で縋り付いた。
***
本日二度目のシモンばたんきゅーを経て、ようやく公爵家のハロウィンが始まろうとしていた。
鼻血が止まらない両方の鼻孔にティッシュを詰め込んだシモンは、いつも通りの有能な侍従シモンとして僕の背後に控えた。
鼻にティッシュが詰め込まれているけれど、それ以外はいつもの有能シモンである。
「おかしください、れっつごー!」
「お菓子ください、レッツゴー!」
ハロウィン開始の掛け声をして、ついに僕はふすふすと意気込み部屋を出た。
まずは誰におかしくださいしに行こうかなーと考えて、毎年恒例の流れでいこうと決めた。
最初はお父様とお母様。その次が兄様たち、そして使用人や騎士団のみんなだ。脳内で予定を組み終えると、僕は早速とたとたと駆け出した。
お父様がいるであろう執務室に向かう途中、廊下で出会った使用人のみんなに奇襲することも欠かさない。
「おかしくれなきゃいたずらするぞー」
牙を剥き出すように猫の手でにゃーにゃーと威嚇すると、攻撃を恐れたらしい使用人は全員が大人しくお菓子を差し出してくれた。
「──今年は子猫ちゃんですか~、可愛いですね~」
「──お菓子あげるのでイタズラしてください!!」
「──フェリアル坊ちゃん最高!フェリアル坊ちゃん最高!」
「──がッ、がわ“い”ぃ“!」
シモンが抱える大きなバスケットがみるみるうちにお菓子の山で埋まっていく。
なんだか中にはおかしな反応をする使用人も紛れていた気がするけれど、たぶん気のせいだろうと執務室へ急いだ。
早くもお菓子がたくさん集まってきたことに心はウキウキで、それが猫耳と尻尾にも反映される。
ルンルン揺れる猫耳と尻尾を背後から見てどう思ったのか、シモンは度々血を噴き出していた。そろそろ貧血になりそうで心配だ。
そんなこんなでようやく執務室に辿り着くと、僕はふんすと息巻いて扉をノックした。
「こんこん。おかしくれなきゃいたずらするぞー」
セリフを紡ぎ終えるかどうかのタイミングで扉が開く。
現れたのは執事ではなくお父様で、僕は思わず尻尾をピンと立てた。猫耳もピクピク動いてしまった気がする。
「来たかフェリア────くはァッ!?!?」
「お、おとーさまー!」
とっても嬉しそうなニッコニコの笑顔で扉を開けたお父様は、僕を視認するなりなぜかドターンと後ろ向きに倒れてしまった。な、なにゆえ……。
「うちのフェリアルが、猫に……!」
「おとうさま、おとうさま。これカチューシャ。ぼく、ねこちがう」
いつも冷静沈着なお父様がばたんきゅーしてしまったことに動揺し、おかしな文法になりながらもあたふたと声をかける。
お父様を心配する気持ちがまたもや反映してしまったのか、尻尾が勝手にゆるりと動いてお父様の身体に巻き付いた。
まるでヘビみたいに絡みつく尻尾が何かを刺激したのか、お父様は『はわわ!』という感じの反応をしながら震え始めた。
「うちのフェリアルは猫だった──!?」
「おとうさま、お気をたしかに」
僕は猫じゃないよ、人間だよ。
当たり前すぎることを丁寧に説明するけれど、お父様はしばらく冷静さを欠いた暴走具合であたふたし続けていた。
***
「お父様、だいじょうぶかな」
「きっと大丈夫ですよ。ほら、美味しいお菓子も貰えましたし次に行きましょう?」
「うむ……」
お父様への『おかしください』を遂行し、次のターゲットのもとへ向かう道中。
あれからお父様はなんとか回復したものの、僕の猫耳と尻尾を見てあわわっ……と最後まで身体を震わせて続けていた。
そんなお父様を置いてきてしまったことに罪悪感を覚えて呟きを零すが、シモンの励ましを受けてひとまず立ち直した。
「キャンディと、クッキー。おいしそう」
バスケットの一番上に置かれているお菓子を見てわくわくと呟く。
シモンは僕の高揚した声を聞いて、ふわりと優しく笑った。
「どちらも帝都で有名な菓子店の人気商品みたいですね。日持ちがするので、何日かに分けてゆっくり食べましょうね」
一気に食べたら虫歯になっちゃいますから、と微笑むシモンにうむうむと頷く。
すぐに全部食べてしまいたい気持ちはあるけれど、僕はお兄さんなのでその欲望をしっかり我慢できるのだ。えっへん。
猫耳と尻尾を上機嫌にピクピクゆらゆら動かしながら歩いていると、早くも次のターゲットがいる部屋へと辿り着いた。
「こんこん。おかしくれなきゃいたずら──」
ガチャ。
まだお約束のセリフを紡ぎ終えていないのに、向こう側から扉が開く。
「待ちくたびれたぞ」
「……はぇ?」
むぎゅっと強く抱き締められる。
なんだねこのデジャヴは……と困惑しながら顔を上げると、そこには爛々と瞳を輝かせるディラン兄様の綺麗なお顔があった。
「なぜ俺を後回しにした?真っ先に兄様にイタズラしに来ないと駄目だろう。まったく、フェリはおっちょこちょいだな」
「あぇ、えぇー……」
なぜかイタズラされる前提のディラン兄様を見上げ、今年もへにょりと眉尻を下げる。
ディラン兄様は毎年ハロウィンになると様子がおかしくなるのだ。いや、様子がおかしくなるのは公爵家の人たち全員だけれど、ディラン兄様は特に。
サラッと「俺からの菓子はこれだ」と大量のお菓子をバスケットに流し込みつつ、ディラン兄様は僕の全身をくまなく眺めた。
「…………」
「あ、あのぅ……ディランにいさま……?」
無言で見つめられることに不安が湧き、無意識に猫耳がへにゃ……と伏せる。
尻尾も不安そうに右へ左へと忙しなく揺れた。
「……、……」
「むっ?ひゃっ!?」
ふと、ディラン兄様がゆらゆら揺れていた僕の尻尾をむぎゅっと鷲掴みした。
カーマイン色の瞳はらしくなくギラッと見開かれていて、興味深そうに尻尾や猫耳を掴んでは撫で回し始める。
猫耳と尻尾は動きだけじゃなく感覚も連動しているのか、お尻と脳内にぞわわっと熱っぽい刺激が走った。
「…………これは、なんだ」
「はっ、はぅっ」
「……?フェリ?」
「ひゃぅぅ……っ」
頭のてっぺんからぷしゅぅっと湯気が立つ。
真っ赤に染まった僕の顔を見たディラン兄様は、カッ!と目を丸くして驚いたように僕を凝視した。
同時に、ディラン兄様の手から思わずといった様子で力が抜ける。
猫耳がピクピクッと痙攣しながら力なく伏せ、尻尾がへにゃ……と床についた。
「あぅぅ……っ、み、みみとしっぽ……ぞわわってするから、さわっちゃ、めっ……」
片手で猫耳、片手で尻尾をきゅっと押さえて呟くと、何やら正面と背後から同時にバタンッ!と鈍い音が響いた。
「む……むっ!?に、にいさまっ……!?」
目の前にはチーンと安らかな顔でご臨終するディラン兄様が。
ついでに、背後にはやっぱり鼻血を噴き出して死亡するシモンの姿もあった。
「ディランにーさまー!」
既視感のありすぎる光景にふえぇっと涙目になりながら、僕は悲劇に咽び泣くかのごとくディラン兄様にひしっと縋り付いた。
***
「──……で、見事に全員ぶっ殺したと」
「ぼく、なんにもしてない。みんな、かってにしんだ」
公爵家に散らばる死屍累々、その中でも目の前で気絶しているディラン兄様を見据えて、ついさきほど僕の悲鳴で駆けつけたガイゼル兄様が呆れ顔で呟いた。
僕がちょこまか動いて犠牲者を増やさないようにと、ガイゼル兄様にがっちり抱っこされてしまったのは数分前のことだ。
ピクピクと動く猫耳と、筋肉質な腕にゆるりと巻き付く尻尾を見て、ガイゼル兄様はぷるぷる震えながらも何やらギリギリ正気を保っているようだった。
「……なるほどな。こりゃ死ぬわ。シモンの奴、今年はとんでもねぇ爆弾を仕込んでくれたモンだぜ」
「ばくだん?」
僕の仮装は爆弾じゃなくて猫だけど……とぱちくり困惑。
ガイゼル兄様は僕をジッと見下ろすと、ふいに猫耳をふわっと優しく撫でてきた。
心地の良い仕草に目が細められ、ガイゼル兄様の手に合わせて猫耳がぺたりと伏せる。
「ぅん……なでなで、もっと」
すりすりと頬擦りすると、ガイゼル兄様は一瞬梅干しを噛んだみたいにキュッと顔を顰めて、すぐに困り果てた顔でガックシ肩を落とした。
「──んっとに、とんでもねぇ爆弾だぜ」
無言でなでなでが再開される。
僕は満足気にふすふす笑うと、ハッと気を取り直してガイゼル兄様に奇襲を仕掛けることにした。
そういえば、ガイゼル兄様からはまだお菓子をもらっていなかったから。
「ね、ガイゼルにいさま」
「ん?」
猫の手でにゃーっとガイゼル兄様を威嚇する。
五秒後、公爵家の死屍累々に新たな犠牲者が追加されるとは知る由もなく、僕はうきうきでお菓子をねだった。
「おかしくれにゃきゃいたずらするぞー」
公爵家のハロウィンは、まだ始まったばかりだ。
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