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学園編
8.対等であるために
しおりを挟むクラスが異なるローダとは職員室の前で別れることになり、僕は担任だという先生と教室へ向かった。
その間、予想はしていたけれど、あまり気持ちよくはない視線を向けられて少し落ち込んだ。
ほぼ全ての先生たちが僕に畏怖やら好奇やらの目を向けて、相手は一応生徒だというのに遠巻きにしてヒソヒソと何やら内緒話をし始めて……。
悪い内容だとは思いたくないけれど、やっぱり寂しいものは寂しい。
実感がない『英雄伝』は、どうやら僕自身が思うよりずっと世間に影響を与えているようだ。
考えが甘かった。確かに傍から見れば、僕という存在はあらゆる意味で異端なのだから。
「──ではフェリアル様。私がお呼びしますので、その後にお入りくださいね」
「あ……はい、わかりました」
うじうじと考え込んでいると、あっという間に教室へ着いた。
二年C組、ここが僕のクラスだ。
以前は貴族と平民、成績優秀者とそれ以外でクラスが分けられていたらしいけれど、アル先生が学園長になってからその制度は一新されたらしい。
身分も成績も関係なくバラバラの分け方。つまり、前世の学校のような仕組みである。
先生が先に教室へ入っていくのを見送って、僕はまたぼーっとしてしまった。
「……フェリアル、様」
ぽつりと呟きが零れる。
廊下の窓に映った自分の表情は、分かりやすいくらいに沈んでいた。
職員室を訪れた時、先生たちは揃って僕のことを『フェリアル様』と呼んだ。
すぐに呼び方を指摘して、敬語もやめてほしいと伝えたけれど……返ってくるのは困ったような愛想笑いと畏怖の滲んだ視線だけだった。
「……はぁ」
自分の立場は分かっているつもりだ。
世間的に見て、僕がどれほど複雑な存在として見られているかも理解している。
けれど、こうして実際に先生たちから腫れ物を扱うように接されると……やっぱり、悲しい気持ちは少しだけある。
だからって、僕の口から偉そうに“普通に接して”だなんてことは言えないし……。
「フェリアル様、どうぞ中へ」
教室から聞こえてきた声でハッと我に返る。
すーはーと深呼吸して、ドキドキうるさい胸を押さえながら教室へ入った。
その直後、とてつもなく賑やかなざわめきがドッと沸いた。
瞬く間にヒソヒソとした話し声が囁かれるのを前に、僕はほんの少し泣きそうになりながらも必死で平静を保った。
「フェリアル・エーデルスです。よろしくおねがいします」
壁に嵌め込まれた大きな黒板の前で、俯きがちに頭を下げる。
ざわめきの内容をなるべく聞かないようにしながら、先生の「お席は窓側の一番後ろです」という言葉に頷いてそそくさと歩き出した。
階段教室なので、僕の席は教室内の一番高い場所にある。
段差を一段ずつ上がっていく度に、両脇からまたもやヒソヒソと話し声が聞こえてきた。
やっぱり内容までは聞き取れないけれど……無数の視線を向けられながら何やら囁かれるこの状況は、正直言って少し苦手だ。
ようやく席に辿り着いて、ゆっくりと椅子に座る。
その時、ふと右隣から小声で呼びかけられた。
「フェリアル」
ハッと息を呑む。
聞き覚えのある声。優しいこの声は……僕の大好きな友達の声だ。
膝の上できゅっと握っていた拳が微かに震える。
そっと声の方を振り向くと、温かみのある黒茶色の癖毛がふわふわ靡くのが見えた。
「アディくん……」
瞳が潤む。せっかく視界いっぱいに映した友達の顔が滲むのは悲しくて、すぐに裾でくしくしと目を擦った。
改めて顔を上げると、そこにはやっぱり初めてのお友達であるアディくんの姿があった。
柔らかく細められる灰色の瞳には、お世辞にもかっこいいとは言えない表情の僕が映っている。
へにゃ……と眉尻を下げて涙を堪える僕に、アディくんは仕方なさそうな笑みを浮かべながら小さく手を振ってくれた。
「同じクラスだな。アランのやつ絶対悔しがるぜ」
アディくんはそう言って悪戯っぽく笑う。
その表情を見て、その声を聞いた瞬間、なんだか少しだけ褪せていた世界が瞬く間に色付いたような感覚がした。
あぁ、そうだ。僕は、まさにこれを望んでいた。
予想以上の注目とか、向けられる畏怖の視線とか。色々あって、早くも心が折れかけていたけれど……。
今やっと、本来の目的を思い出せた気がする。
僕は友達と対等になりたくて、ここにきた。頑張って勉強して、学園に入学した。
失った時間を挽回したくて……だから、だから僕は……。
「うぅッ……アディくんっ……」
「はッ!?お、おい、どうした!?」
せっかく堪えたのに、涙腺が決壊してしまったことで涙がぽろぽろと溢れる。
凭れかかるようにして抱きつくと、アディくんは驚いたような声を上げながらもすぐに僕の背へ腕を回してくれた。
「うぇぇっ……ぼくっ、ぼくがんばったのぉ……っ」
「ちょ!わかったッ、フェリアルわかったからッ!みんな見てっからッ……!」
「あでぃくんたちにっ、あいたくてぇ……がんばったのぉ……!」
「っ……あぁくそッ!先生!コイツなんか具合悪いみたいなんで保健室連れて行きます!」
力が抜けるとその後はもう駄目で、涙腺どころか心も何もかも決壊してしまった。
周りの目も考えず号泣しながら抱きつく僕を、アディくんはそれでも振り払ったりせずに力強く抱き締め返してくれる。
気が付くと、僕はアディくんに半分担がれるようにして教室を後にしていた。
***
「ぐすん……」
「ちっとは落ち着いたか、アホの子の英雄さんよ」
「あほじゃないもん……」
保健室には誰もいなかった。
さすがにここまで来るとだいぶ正気を取り戻して、僕はなんてことをしてしまったんだ……と自己嫌悪が止まらない。
特別措置で途中入学してきた噂の英雄が、まさかの大号泣を晒しながら生徒に抱きつく。
文字だけ見れば完全に頭のおかしい人だ。初日から全ての言動を間違っている気がする。
僕ってどうしてこうなのだろう。勉強だって、会話の練習だって、入学する前にたくさん頑張ったのに……。
結局全部がダメダメじゃないか。あぁ、本当に自分が嫌になる……。
「ごめんねアディくん……僕のせいで、みんなに注目されちゃって……」
ただでさえアディくんは騒がしいものが苦手なのに。
静かな状況を好むアディくんに対して、なんてとんでもない仕打ちをしてしまったのか。
どよーん……と項垂れる僕の隣に座ると、アディくんは眉尻を下げて微笑んだ。
「なに言ってんだ。んなこと気にする歳じゃねぇよ。ちょっとくらい注目されたところでビクビクするようなガキじゃねぇんだから」
「……そっか。それなら、いいの」
あぁ、まただ。せっかくアディくんが励ましてくれたのに、僕はまた……。
こういう時、空白の二年の重みを思い知る。
二年は、短いように見えて長い。特に、僕やアディくんの年頃ならなおさらだ。
僕の知らない間にアディくんは正しく成長していって、その間、僕はなんの変化もないままで。きっとアランもアディくんと同じように……。
僕は、追い付きたくてここに来た。
けれど、それは難しいことなんだって突きつけられる。
アディくんにじゃない。他でもない、自分自身に。
「……」
「……フェリアル」
黙り込む僕を見て何を思ったのだろう。
アディくんはジッと僕を見つめたかと思うと、ふと小さく呟いた。
「なぁフェリアル。俺さ、嬉しいよ」
「……え?」
「ほら、俺って愛想ねぇから友達も少ないし……だから、さっきお前が教室に入ってきた時、すげぇ嬉しかったんだ。なんかさ、ほっとしたんだよ。情けねぇだろ?」
そう言うと、アディくんは照れくさそうに笑う。
ほんのり頬を染めるその姿を見て、僕は目を見開いた。
「っ……」
二年。長い月日は、当然のごとく人間に変化をもたらす。
でも、変わらないものもある。それだって、当然のことだ。
「ぼく……ぼくも」
声が震える。僕はアディくんの手にぎゅっと自分の手を重ねた。
すると、すぐにアディくんは僕の手を強く握った。指同士が絡み合って、まるで目に見えない絆が形になったみたいに。
「僕も、ほっとした……安心、したのっ……うれしくて、それでっ……!」
また涙が溢れ出す。
あぁ、きっとこの後ぱんぱんに目が腫れてしまうだろうな。そんなことを、やけに冷静に考えた。
アディくんは一度繋いでいた手を離すと、ぱっと両腕を広げた。
「“ぎゅー”するか?フェリアル」
あの頃の僕達が重なる。
僕は何度もコクコクと頷いて、アディくんにぎゅーっと抱きついた。
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