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学園編
7."お兄さん"の矜持
しおりを挟む学園長への挨拶を終えて、僕はローダと共に寮へ戻った。
ロビーではオーレリア兄様が待ってくれていて、少し会話をしてから兄様とは別れた。
まだお昼だから、予定通り校舎の案内も……と思ったけれど、オーレリア兄様は僕が疲れているだろうからと今日はもう休むよう勧めてくれたのだ。
そういうわけなので、お言葉に甘えて僕は部屋に戻ることにした。
いよいよ明日から学園生活が始まるし、万全の状態で臨むためにも休んでおかないと……と、ここまで考えて僕はついに現実逃避から抜け出した。
部屋に戻って休む前に、まだ一つ片づけておかなければならないことがある。
「ローダ、ごめんね。僕ちょっとシモ……先生とお話があるから、先に戻っていてくれる?」
「俺はフェリアルの護衛だ。離れるわけにいかない」
「う、うん……それは、そうだけど、その……なんていうか、先生は強いの。今たとえ襲われたとしても、たぶん大丈夫だと思う」
学園長室から連れて来ていた、背後に立つ彼に視線を誘導させる。
ローダは無言で彼を一瞥したかと思うと、その一瞬で彼の実力を悟ったのか「……わかった」と渋々頷いた。
階段を上がっていくローダを見送ってから、僕はようやく振り向いた。
へにょりと眉尻を下げ、とっても色々言いたげです!という表情をこれでもかと強調させた困り顔を浮かべて。
「……それで、どうしてここにいるの?シモン」
ニコニコ笑顔でついてきていた新任の養護教諭……もとい、毎度おなじみ侍従のシモン。
今朝感傷的なお別れをしたばかりの彼を見上げると、シモンはきょとんと首を傾げた。
いやいや、ぱちくりしたいのはこっちだよ。まったくもう。
「どうしてと言われましても。俺はただ、採用された新たな職場へ働きに来ただけですよ?いやぁ、ちょうど学園の養護教諭をやってみたかったんですよね」
白々しいにもほどがある供述を聞いてジト目を向ける。
すぐに騙されるちんちくりんと言われる僕でもわかる。シモンは明らかに嘘をついている。
絶対に僕を追って学園まで来たに違いない。わざわざ教員試験を受けて養護教諭としてついてくるなんて……さすがに予想外だ。
たしかにシモンのことだから、どうにかして学園に忍び込むことはありえるだろうと思っていたけれど。
うーん、でも正々堂々と正面から現れたわけだし、どうせこうなるならこの展開でよかったのかも。よかったのかな……うーん。
「新しい職場って……僕の侍従はやめたってこと?」
「なッ!?それは違います!これはアレです、副業です!いまどき流行ってるんですよ、副業!俺もそろそろ新たな挑戦とか?してみたくなったりしたので!」
逆に何ならできないんだ、という感じのシモンが『新たな挑戦』だなんて。
シモンに新しい挑戦というものが残っていたことに驚きだ。なんとなく、シモンは『未経験』という言葉から最も遠い人物に見えるから。
「新しい挑戦って?シモン、お医者さんになりたいの?」
「うん?うーん、まぁそうですね。医療知識を培うのも悪くないですよね。いざという時、確実にフェリアル様をお救いするためにも」
結局僕のためなのか……と溜め息を吐く。
いや、嬉しいけれど。嬉しいけれど、なんていうかいつものシモンだ。通常運転だ。
門出を乗り越えてついに一人、新天地へ!と思った矢先、光の速さで日常が追いかけてきたような感覚である。
立派なお兄さんとしてせっかく独り立ちしたのに。嬉しいけれど。うーん……嬉しいならいいのかな。嬉しいならいいか。
「……そっか。うん。先生になれてよかったね、シモン。あ、ちがう。えぇっと、シモン先生?これからは、僕がシモンに敬語使わなきゃね」
「え“ッ!!」
先生には礼儀正しくしなきゃいけないから、これからは僕がシモンに敬語を使って、シモンが僕に砕けた口調で接することになるのか。
なんだか不思議な感じだなぁ、なんて思っている僕の正面で、シモンが突然ぶしゅっと鼻血を噴き出した。うーん、いつもの。
「フェリアル様がッ、フェリアル様が俺に敬語をッ……!ありえない、不敬すぎるッ!だが、だがッ、正直興奮するッ……!!」
ぼたぼた、と磨き抜かれた床に血が滴り落ちる様子を見て眉尻を下げる。
まったくシモンったら。このままじゃ殺人事件でもあったみたいじゃないか。
せっかく学園に入学したのに、青春群像劇ならまだしも泥沼ミステリーが始まるのは絶対に避けたい。
フェリアルの事件簿、真実はいつもひとつ、じっちゃんの名にかけて。
学園に相応しくないストーリーがどんどん頭の中に……いけない、切り替えないと。
「シモン。じゃない、えっと、シモン先生。僕はお部屋に帰るので、先生はきちんと床をお掃除したほうがいいとおもいます。ふきふき忘れないでください」
「はぅッ!敬語でも主の威厳が微塵も欠けないフェリアル様まじ天使!さすが根っからの支配者オーラを纏う英雄はレベルが違いますね!」
む!えへへ、僕ってそんなにかっこいい感じかな、えへへ。
……って、違う。だめだめ。僕ったらまたシモンの全肯定にドヤ顔しそうになってしまった。
これじゃだめだ。学園では立派なお兄さんとして独り立ちすると決めたのだから。
シモンの全肯定な甘やかしを享受するわけにはいかない。
僕は内心グッと決意すると、再会の喜びを交わすことも後回しにシモンへ背を向けた。
「それじゃあシモン先生、さよなら。先生のお仕事がんばってください」
「え……フェ、フェリアル様……!?」
本当は、学園長室で姿を見た時からぎゅっと抱きつきたくて堪らなかった。
でも、それじゃあずっと子供っぽいままだ。シモンが僕を追ってきたことは、嬉しいことじゃなく試練だと思わなきゃ。
名残惜しい気持ちを堪えて、僕は『廊下は走らず!』の張り紙にも気付かないまま階段を駆け上った。
***
授業初日を万全の状態で臨むと決めていたのに、結局よく眠れなかった。
見るからにどよーん……とした空気を纏って現れた今朝の僕を見て、ローダはぱちくり瞬きつつも深くは何も聞いてこなかった。
毎日恒例のシモンによる『おやすみ』と『おはよう』がないからか、それも相まって最悪の寝覚めだ。
やっぱり枕は公爵家で使っていたものを持ってくるべきだったな……って。考えるまでもなく、よく眠れなかった一番の原因はそれじゃないけれど。
「ローダ。僕、変じゃない?かっこいいお兄さんに見える?」
「かっこいいかは分からないが、安心しろ。フェリアルは可愛い」
そうじゃない!と思わず叫びそうになった。
なんてこった。ローダもそういうタイプだったのか。僕にかっこいいではなく可愛いと言ってくる不服なタイプ……。
ちょっぴり拗ねながらも改めて姿見を確認し、制服姿の自分をジッと見つめる。
うむ、ネクタイよし、ボタンよし。成長を見越したサイズはやっぱり少しぶかぶかだけれど、まぁちょっとすれば制服に合う立派な高身長になるだろう。
「よーし、よし。いくぞー、がんばるぞー」
おー!と一人で姿見を前に意気込む。
改めて中身を確認してから鞄を持ち、僕はローダと一緒に寮の部屋を出た。
「おお、おおーっ」
部屋から一歩出ると、たくさんの生徒達が談笑したり登校し始めている光景が目の前に。
昨日は誰とも鉢合わせなかったけれど、時間が違うとこうも賑やかな廊下になるのか。なんとうか……いかにも学園生活が始まります!って感じの雰囲気だ。どきどき。
それでもって、部屋を出た直後から無数の視線がビシバシ突き刺さる。
「──おい、あれって……」
「──なんで英雄がここに……」
まぁ仕方ないよね。なんてったって、誰もが知る学園の生徒会長がいるわけだし。
そりゃあみんなこっち凝視しちゃうよね。
「……フェリアル、俺から離れるな」
周囲を軽く見渡したローダが、ふと何やら険しい表情でそう忠告してきた。
それを聞いた僕は、それはもう深く頷いた。
「うん!ぜったい離れない!」
今までの経験で学んでいる。
僕は間違いなく、ここで一度や二度は迷子になることになる……。
そういうわけなので、初日である今日は許される限りずっとローダにくっついているつもりだ。
僕はローダが差し伸べてくれた手をぎゅっと握ると、四方八方から注がれる無数の視線から逃れるように寮を後にした。
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